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セレニアの国の物語  作者: さなか
オーネットのエディメル
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5 愛される退屈な日々

 エディメルは時々私の絵を描きたがる。


 私は窓辺から動かずにいる...移動さえしなければ良いのだからとっても退屈な時間。あとは相手が望む格好をしているように見せるだけだもの。

「上手くなっただろう。」とエディメルは私に言うのだけれど、私には絵がわからない。

 エディメルが自分の描いた絵を見た情報を読み取って、エディメルが望む私の美しい姿をいかにエディメルが上手く表面に映し出せたかを識る...。

 上手いかどうかの基準は、彼自身がどれほど満足出来ているか。


「お上手です、エディメル様。」


 レラの答えは毎回同じ。でも、エディメルは前に言われた事を忘れているのね。

 レラはエディメルの絵を見る時、頭の中で比べているのが私じゃない。別の人間...硬くて動かない 物を思い浮かべている。


『終わったの?』


「もう少し。君の美しさをもっとこの絵の中に、表現したいんだ。」


 そう言って、また作業に取り掛かる。色、線、光、私の姿の美しさ...彼の頭の中は絵を描く事に夢中。


 絵にどんな意味があるの?私という存在を私たち...私の認識出来ないものに変換して、何故エディメルは満足しているのかしら。

 彼は私以外の絵を描かない。空も海も風も屋敷み離れも小径もミシュワの花畑も絵を描く彼の意識には入りこむ事が出来ない。ーーもし私がミシュワの姿のままだったら、エディメルは私を描かない。

 何故かしら、私、本当は彼に描かれるのがーー。






「絵の意味?」


 絵の時間が終わって、エディメルは昼寝をする。私は屋敷のレイドンの部屋に行った。彼は次の旅行の事を考えている。またどこかへ出掛けるみたい。


『レイドンも時々、図を描くでしょう。』


「ああ...あれは物事を解りやすくするために描くんだよ。君たちと違って人間は耳から入る情報と目から入る情報が分かれているだろう?

 相手の頭の中に直接イメージを送る事が出来ないから、視覚情報に変えて渡すんだよ。」


『エディメルは私の情報を誰かに渡したいという事ね。』


 と、私は納得した。


「いや、エディメルの描く絵の事なら...彼はあの絵を誰かにあげたりしないだろう?

 あれは君への行き場の無い衝動をぶつけているんだ。」


『衝動?』


「彼が君を想う気持ちだよ。君を抱きしめる事が出来ない代わりに愛情を表現しようとしているんだよ。」


『愛情...好意を持つ事でしょう?好意を表現するのに私の嫌いな事をするのは人間の行動としてはおかしいわ。』


「それは哀しい彼の自己満足...。」


 レイドンは言いかけて、荷造りをする手を止める。


「...ケンシー。君が嫌いだと思うのは...絵を描かれる事?描かれるためにじっとしている事?エディメルが絵にかかりきりになる事?それとも絵、そのもの?」


『描かれる事。私の存在が減るんだもの。』


「減る?」


 レイドンは手帳を探している。物を散らかして手帳を入れていた上着が見つからないようだわ。


『生気を吸われているような感覚ね。』


「ちょっと待って、それは重大な話だ。」


 彼は大慌てになって、部屋の中を右往左往した。レイドンは他人の言葉や行動に影響を受けて慌てる事は無いけれど、自分の行動の内に慌てたり頭の中が大騒ぎになる時がよくある。

 ようやく紙とペンを用意して彼は言った。


「文章ではどうかな、ケンシーの名を持つ精霊はシロンの生気を吸って育ち...。」


『嫌じゃ無いわ。』


 そうね、見られながら描かれるのが嫌なんだわ。エディメルの瞳...人間の視覚器官に吸い込まれて、そして絵になってしまう私。本質を表すのは言葉の方で、姿では無いはずなのに。


「...君は何故、僕にそれを聞くんだい?」


 いつものように散々、色々な事を私に質問した後で、レイドンはふと気を留めて言った。


「他の事もそうだ。君は人間の...エディメルの行動を僕に確認する事にしているね。」


『レイドンに聞かなければわからないんだもの。貴方の言葉は明確で、すぐに理解できる。イグニーズだと頭のあっちこっちから声が聞こえてきて肝心な答えがわからないの。』


「僕やイグニーズではなく...エディメルの気持ちを彼自身に聞いてみた事があったかい?」


『エディメルに?』


「君たちは、お互いの気持ちをもっと話し合うべきだと思うな。君は彼の気持ちを読み取っているのかもしれないけど、他者との会話という工程がなければ生じて来ない言葉も色々とあるはずだよ。」


 レイドンの言った事は、レイドンで考えると理解出来る。彼は頭の中で精霊や人間の事を延々と考えているわけでは無いけれど、私が質問すれば答えがどこかから取り出されてくるもの。

 そうね、エディメルが子どもの頃には私たち、もっとたくさんの話をしていたわ。エディメルが私に聞いて欲しいと思う事がたくさんあったから。

 死への恐怖。自分の体の事。レイドンのように賢くなれない悩みや、イグニーズのように女の子に好意を持たれたかったり、親と喧嘩をしたり...エディメルの悩みを毎日聞いて私は人間に詳しくなった。人間と深い繋がりの無かったからあまり興味を持っていなくて、はじめはエディメルが勝手に話すのを聞くばかりだった私も、そのうち彼が会いに来る事が楽しみになっていた。

 いつからだったのかしら。私に本を読んでくれたりはするけど、最近は彼自身の話を全然していないわ。悩みをすべて私に話し尽くしてしまったからかもしれない。私はあの時のエディメルの願いを叶え終わっていたのね。


 今の私とエディメルは朝起きて夜眠るまでほとんど側にいるけれど、ただ一日を共に過ごしているだけで...時々別の行動をするけれど...。


『私たち...同じものみたいだわ。まるで。』


「同じ?」


『そうね。往き来する情報がなければ、違う知識を持たなければ二つの個体でいる必要が無いのよ。』


「ケンシー。」


 レイドンは私を気遣って、名前を呼んだ。でも、私にこの答えを生じさせたのはレイドンとの会話だわ。


「エディメルが君と話さないのは、君の事で悩んでいるからだよ。」


『私を愛しているって事?』


「そうだ。エディメルはまず君に恋をして、そして今や愛して止まない。人間はーーいや、男はね。愛すれば触れたい、抱きたい、という本能の叫びから逃れる事が出来ない。」


『だから私を人間の女にしたいのね。』


「彼は君を人間にしたいとは思っていないよ。」


 レイドンは言った。


「エディメルは精霊の君を愛している。君を抱き締めることさえ叶えばそれで良いんだ。...今はね。」


『抱き締める。貴方のイメージによれば、二つの個体が身体を合わせお互いの感情を一体化させようとする行動ね。』


「そうなのかい?僕のイメージは...。」


 愛しているって欲望は、相手と一つになる事で叶えられるもの。

 私の意識と一体化する、それがエディメルの願いだったのね!だったら、人になって死が近づくのを恐れる必要なんて無かったわ。エディメルが精霊になれば良かったんだもの。

 エディメルがずっと抱えている死への恐怖も精霊になってしまえば消える。健康な人間への劣等感も、跡継ぎのために揉めている両親との仲も、すべての悩みが必要なくなる。彼が永遠にここに存在すれば良い。





『ありがとう、レイドン。私エディメルに話してみるわ。』


 今の私の性質は間違いなくエディメルと同じだもの、絶対に大精霊になれるわ。


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