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セレニアの国の物語  作者: さなか
オーネットのエディメル
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4 彼の求めるもの

 エディメルが親しいのは、イグニーズとレイドン。近付くのを感情が許しているのはこの二人だけ。使用人には抱かない親愛の情を持って接している。


 イグニーズは血縁者。赤ん坊の頃から屋敷に遊びに来ていた。彼の親も、その親もそうだった。そのまた親の親の親はこの屋敷の主だった。


 エディメルは学校に行けなかったので、屋敷に家庭教師を呼んでいた。学校帰りのイグニーズが友人を連れてやって来て、子どもたちはこの庭園でよく遊んだ。その頃、私はまだミシュワのような姿をしていたのよね。エディメルは私の事を大切には思っていたけれど、愛しているとは言わなかった。


 イグニーズが毎日必ず連れてきていたのがレイドン。彼は孤児院育ちで、あの頃は大精霊セレニアを崇拝していた。自分が生きて学べるのはセレニアのお陰だと言って...精霊すべてにそう思っていたのかしら、私と初めて会った時もずいぶん感動していたわ。レイドンは何にでも興味があって、私にもよく話を聞きたがったの。あまりにもレイドンが執着するものだから、エディメルの私に対する考えにも変化が生じ始めたわね。


 エディメルが私によく話しかけてくるようになって、十一歳になった頃かしら。自分が生きられないと言われていた年齢を越えて、エディメルは死についてよく思いを巡らせていた。周囲の人間と少し距離を作っていた。イグニーズやレイドンが、シエーラやウリカを連れて遊びに来ていても、身体が辛いって嘘をついて。


「ケンシーが人間だったら良かったのに。」


『人間。』


「そう。そんな花の姿じゃなくて、セレニアのように美しい精霊だったら良かった。」


『美しい?人間は姿を気にする、不思議。どんな姿でも本質は変わらないのに。』


「だって...下膨れの青い花が動いて喋っているのはちょっと気持ち悪いよ。もう慣れたけど。」


『そう?』


「そうだよ...今もこうやって話せるけど、花と一緒にいるよりはもっと人間に近い姿をしていた方が...ずっとここで君と僕で生きていくんだ。その方が友だちだと思えるし...一緒に遊びやすいだろ。」


『友だち。』


「...僕はあの二人のように女の子を連れて海や山に行ったり出来ないし、町の話をされてもわからないんだ。」


『少しくらいなら、遠くに行っても平気。』


「でも去年、学校に遊びに行って具合を悪くした...十歳になったから死んじゃうんだと思った!怖かった。僕はまだ死にたくない。まだまだ、死にたくないよ。

 皆んな楽しそうに生きてるのに僕だけこんな悩み...話せないんだ。誰も僕の気持ちなんてわからない。」


『悩み、私が人間の姿になってもきっとわからない。』


「良いんだ、こうやって僕の話を聞いてくれれば。ねえケンシー?強く願えば叶うっていつか教えてくれたよね。」












「つまり精霊は他の生物の持つ情報、知識、性質を得る為に融合するーー精霊は喰うと表現している能力がある。しかし、精霊と喰われた側との相性が合わないとーーこれは知能の高い人間などの生物に起こりやすい。

 例えば精霊が人間を守ろうとして、守る術を知る為に人間を喰ったとする。しかしその人間が「人間なんて皆死んでしまえばいい!」などという相反する思想を持っていたとするね。すると、融合時に二つの性質の衝が起こる。精霊の理性は失われ人間の欲望が精霊を乗っ取る。人間の理性も当然、残ってはいない。

 そうなった物は"半精霊"と呼ばれる。」


 レイドンは黒板に図を示しながら、エディメルに説明をした。イグニーズも後ろで眠たそうな顔をして聞いている。あれは二日酔いね。向こうでレラがコップに水を用意しているもの。


「融合がうまくいったものが"大精霊"となる。その時点で、元の精霊自体も変貌を遂げーー喰われた側も喰った側も、新しいものとして生まれ直すようなものらしい。

 余談だけどね、精霊たちの名前はそれぞれの性質を表しているらしい。大精霊になった時に呼び名も変わる。その持つ意味は人間の中に変換出来る言葉が見つかっていないと言われたよ。」


 それを聞いてエディメルは考え込んだ。


「失敗しても成功しても元の精霊じゃなくなるって事か。」


「そういう事だね。」


 レイドンがセレニア島に行ったのは精霊の融合について知る為だったみたい。人間は不便ね、話を聞くだけでもわざわざ移動して会いに行かなければならないなんて。


「...まさか、ケンシーを大精霊にしようとしていたのか?」


 ソファの背もたれに突っ伏したまま、イグニーズが言った。


「大精霊は精霊と違って半物質だ。ケンシーが大精霊になれば触れる事は可能になる。」


 彼らを責めるようなイグニーズの視線に、レイドンが答える。


「...悪の研究だ。」


「研究の結果、実験は行われない事になったよ。」


「でも、ケンシーがケンシーじゃなくなるんじゃなかったら、やったんだろ。」


「恐らくね。」


 レイドンは悪びれもせず飄々としている。彼は子どもの頃からそう。

 思考を乱したのはエディメル。彼は人から責められると頭の中が慌ただしくなる。


「レイドン、君は俺の学友であり親友で、偉大な精霊研究家だ。どうか最期の時まで人間でいてくれたまえよ。」


『イグニーズ、それはどういう意味かしら。今のはあなたのどんな感情を表した言葉なの?』


「ケンシー...。」


 私が言うと、イグニーズはばつが悪そうな顔をした。


「人間として死から逃れるなと言ったんだよ。」


 レイドンが肩を竦めて笑った。エディメルの頭の中が、さっきとは別の感情でざわついた。

 イグニーズが...エディメルが私に救われている事をも批判した...とエディメルは捉えてショックを受けた。


『死は恐れるものではないの?』


 イグニーズとレイドンはお互いに示し合わせて言った。


「恐ろしいさ。死んだら全てが終わってしまうんだ。」


「しかし、人間はいつか死ぬ。死ななければ何を成す事があろうか...ってね。

 僕は勿論、出来る限り生きていたいとは思っているよ。僕の識りたい事は人間の寿命では叶わないからね。」


「つまり百年生きて安らかに死を迎えたいというわがままだ。子孫を残し、功績を残し、歴史に名を刻み、役目を終える。死に際に家族に囲まれてこう言う。

 素晴らしきかな、人生!」


 イグニーズは乾杯、と言ってレラから受け取った水を一息に飲み干した。


『子孫...。生物ってそればかりだわ。ミシュワたちもそうだし。』


「精霊にはわからない事だろうね。」


 イグニーズはやれやれと私を馬鹿にする。

 精霊にはわからない...そうかしら。だって、


『大精霊セレニアが子を生んだ事があるわ。』


 私が言うと、レイドンがぴたりと思考を止めた。聞きたいという望みが彼の頭の中を埋め尽くしたので、続きを話した。


『性質を引き継ぐ別個体を生成し切り離したものを子どもと言うのでしょう?セレニアと一緒に眠っているわ。ルヨという名前よ。』


「ルヨ。」


 レイドンは慌てて落としたペンを拾うと、いつもの手帳にせっせと書き付けた。


 死...私は、私も彼らのように、死にたくないと思っているのね。

 エディメルがかつて言ったように恐ろしいという感情があるわけではないのだけれど、今こうして生きているのが当たり前なんだもの。自分が消滅するなんて嫌だわ。

 もし私が人間に近づく方法を教えてしまったら、エディメルとレイドンは私をそれにするために行動するのかしら。

 エディメルが私を愛しているから、私に死を与えるのかしら。


 レイドンとイグニーズの会話を聞いて落ち込みっぱなしのエディメルが、他人の生を羨み自分の死を恐れているエディメルが。

 彼の思考の中に、私の死を願う言葉は見つからないはずだけれど。

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