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セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
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6 アルソリオ史料

「帰り道の手間が省けるって、楽ちんだよね。」


 とペルシュの慰めるような言葉を、トゥヴァリはベッドの中で思い出していた。


 ごろりと寝返りを打つ。


「あれはきっと、馬の大精霊だ。」


 ペルシュはトゥヴァリに教えた。


『セレニアが生まれた時、他にも同じように大精霊は生まれた。しかし、多くの大精霊は理性なく暴れ、周りにあるものを喰らい尽くした。理性を持った巨鳥と駿馬の大精霊は、大猿と蟒蛇の大精霊と戦った。人の大精霊セレニアは狼犬の大精霊に三日三晩手こずった。』


(壁を登れたら外に出られるな。)


 トゥヴァリは考えた。


 知らない事が多過ぎる。


「俺は、何も知らない...。」


 腹が減ると死ぬことも。死は精霊が赤く光った時だけに訪れると思っていた。


(だから精霊はせっせと食事を用意するわけだ。)


 どうして精霊は、人の世話をしてくれるんだろう。




 朝、トゥヴァリは待ち合わせた場所に行った。

 西の林ではなく、昨日戻された町の真ん中の広場だった。


 今日はペルシュが先に来ていた。

 声をかけようとした時、ペルシュの他にも子どもたちがいるのがわかった。


「だから違うってば!」


 ペルシュが声を荒げている。


「じゃあ親なしとどこに行ってたんだよ!」


「トゥヴァリにはちゃんと名前がある!」


 ペルシュがいつかも揶揄われた悪ガキに組みかかったのを見て、トゥヴァリは慌てて止めに入った。

 が、予想以上にペルシュの力が強かったので、トゥヴァリは押され負けてテーブルの角に、したたかに頭をぶつけた。


「痛ってぇ...っ!」


 ズキンズキンと頭が鳴り、トゥヴァリは石畳の上に転げたまま、眉間にしわを寄せた。


「トゥヴァリ!」


 ペルシュが駆け寄る。


「俺は悪くないぞ、ペルシュがやったんだからな。」


 レニスは後ずさる。


「ごめん、大丈夫!?」


 とペルシュがトゥヴァリの頭を抱えようとした時、


「あら、抱き起こしてはだめよ。」


 金色に輝く髪の女性が、子どもたちの輪に入ってきた。彼女がペルシュの横に座り込むと、豊満な胸が大きく開いた服から溢れ出していて、何かの花のような香りがした。

 ペルシュは何だかドキドキしてしまって目を背けた。


「軽い脳震盪だと思うから、寝かせておいて。氷嚢を持ってきて、冷やすのよ。」


「ヒョウノーって何ですか?」


「ないの?冷凍庫に...ああ、私って馬鹿ね。」


 彼女は自嘲し、立ち上がった。


「すぐに精霊が来て治すでしょう。邪魔したわね。」


 と言って、歩いて行った。


 彼女の言ったことはとても不思議なことだった。この町の誰も知らないことだった。

 彼女と話したい、とペルシュは思った。


(やっぱり、宮殿の方へ行く...。)





 *******************



 宮殿に戻ったハーヴァは、柱の根元に植物の装飾を入れているルヨに会った。


「子どもたちが騒いでいたから、つい昔の癖が出てしまったわ。応急手当なんて、意味ないのにね。」


「...。」


「ねえ、私の子ども、今何番目だったかしら。122(トゥヴァリ)で合っていた?」


「ああ、そうだけど?」


「ふうん。偶然ってあるものなのねぇ。あのペルシュっていう子に、お仕置きでもすれば良かったかしら。」


「今更、母親ぶったって子どもは感謝なんてしないよ。」


「ルヨって冷たいわねぇ。人の心が無いみたいだわ。セレニアの方が、まだマシ。」


 ハーヴァはむくれて、廊下を進んでいった。



 ****************



 トゥヴァリが目を覚ますと、ペルシュが心配そうに覗き込んでいた。

 精霊がふわっと飛んでいく。


「トゥヴァリ、ごめんね。大丈夫?」


「ああ。」


 地面は冷たくて硬かった。身体を起こすと、石畳の目地が腕に赤くついていた。


「何だか気が削がれたな。今日は冒険って気分でも無いし。」


「それなら地図を作ろうよ。西の林と、宮殿であった事を書き留めておくんだ。」


「いいな。じゃあ、俺の家でやろう。」


「トゥヴァリの家?良いの!?」


「お前んちの親には会いたく無いしな。」


 ペルシュが大喜びをするので、トゥヴァリは言って良かったとそう思った。



 トゥヴァリの家は誰の家とも同じ、白い屋根に白い壁。玄関は一段あって、木の扉に黒い金具の取っ手が付いていた。

 中に入ってもどの家とも同じ、白い部屋に木の丸いテーブルと椅子が五脚。手を洗う水道と風呂場にトイレ。他の部屋には書物机とペンとインク。ベッドが五つあった。


 母親と、父親と、子ども三人。みんな同じ家族構成だ。ペルシュの兄姉はもう結婚して家を出たので、今は三人で暮らしている。


 トゥヴァリは書物机からペンとインク、本棚から本を二冊取ってきて、丸いテーブルに広げた。

 本はどのページも真っ白だった。ペルシュの家の本には、家に伝わる『精霊王の物語』が記されている。子どもたちはそれを書き写して家を出る。


「俺は宮殿の事を書くから、お前は林の事を書け。」


「えー、宮殿がいいな!」


「どこをどう曲がったとか覚えてるのか?」


「じゃあ二人とも両方書こうよ。間違えてるところがあるかお互いに見せ合おう。」


 二人は黙々とペンを走らせ、たまにそこで起きた事を思い返し興奮して、語り合ったりした。一度昼食を食べに広場に行っても、ペルシュも飛んで帰ってきて、作業を続けた。


「ピカピカ眩しい部屋にはきっと、ピカピカの人が住んでいるんだよ。」


 と、ペルシュが絵を描くのを見て、


「お前絵がへたくそだな。」


 とトゥヴァリは言った。

 トゥヴァリは宮殿の廊下がどう繋がっていたか正確で絵が上手かったが、文字を一つも書き入れなかった。


 大きな黒い毛むくじゃらの動物のことも書いたし、トゥヴァリは倒れたペルシュのことも書いた。動物たちの広場や、草原の色の馬のことも。



 夕食時になって、二人は別れた。





 ペルシュはいつものように、運ばれてきた料理を平らげた。昨日か今日か、あの大きな動物の肉だろうかと考えながら、その美味しさを噛み締めた。


 母親はペルシュと口を聞かなかったし、父親は何も気にしていなかった。朝、喧嘩したレニスとその仲間たちも、何事もなかったかのようにいつも通りにテーブルに付いていた。


 ペルシュは、何だか顔の横が明るいな、と初めはそう思っただけだった。


 レニスが「あっ!」と言うのと、ペルシュが気がついたのは同時だった。ペルシュの全身の肌が、ざぁっと寒くなった。

 赤い精霊がペルシュの周りを飛んでいる。


 みんな騒然となって、ペルシュから距離をとった。そして、赤い精霊が間違いなくペルシュについている事を確認した。

 こんなに若い人間に赤い精霊がついたことは今までに無かった。誰も彼も五十を過ぎた頃だった。

 ペルシュは信じられなくて、どうしたらいいかわからなかった。

 ジェニマス爺さんのように、「みんなありがと

 う。さようなら。」なんて、とても言えない。


 母親は呆然としていたが、ふらふらとペルシュに近づき、「私でしょう!?私の間違いでしょう!?この子はまだ子どもよ!」と言ってペルシュを抱きしめた。


 レニスが、「あの親なしなんかと付き合うからこんな事になったんだ!」と言った。

「やめて!」とペルシュは言うはずだったが、そんな事まるでどうでもいいように思えてしまった。


 林の中で倒れて動かなくなった動物のことを思い出していた。


(あんな風に動けなくなってしまうのかな。考えることはどうなるんだろう?身体は動物に食べられてしまうのかな。

 ーーもう、トゥヴァリとは遊べないのかな。)


 誰もペルシュにお別れを言えなかったし、ペルシュも誰とも握手しなかった。


 みんな家に帰らなかったので、その広場の真ん中で、しばらく経って、ペルシュは死んだ。





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