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セレニアの国の物語  作者: さなか
オーネットのエディメル
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3 二人の外側から

「今。」


 屋敷に向かう小径の途中で、レラはレイドンに話しかけた。


「今、何と仰ろうとしていたのですか。あれに向かって。」


 低いがはっきりと聞こえる声。彼女も意思の強い人間に違いないとレイドンは感じていた。

 求められた事以外お喋りもしないレラが話しかけてくるなんて、珍しい事もあるものだ。


「何故?」


 レイドンはわざと内容に触れず質問を返した。ケンシーが嫌っているレラとの会話は、下手をすればケンシーに嫌われてしまう可能性があると考えた。レラが何を話したところですでに嫌われているのだから問題はない。レイドンは、ケンシーとの関係を壊したくなかった。


「私が...邪魔をするように仕向けられたのではないかと思ったのです。そういう事がよく起こります。レイドン様が仰ろうとしたのは、私が常々感じている事と同じではありませんか?」


 レイドンは手帳を取り出して、今の自分の考えを書き付けた。精霊はものが見えないので、隠しておきたい考え事は文字で行うに限る。

 必要な時だけ必要な思考をする。頭の中は本棚のように整理されている。必要な本を取り出して開くまでは、頭の中に余計な言葉が散乱する事はない。

 精霊を研究するうちに彼が身につけた事だった。


「話しても構いませんか?」


「どうぞ。優秀な後輩の意見を是非。」


 レラは決まり悪く咳払いを一つしてから、


「エディメル様があんなに近付いているのは危険だと思います。彼女はエディメル様に都合が良過ぎています。」


「都合が良過ぎる?」


「あの姿、孤児院にあったセレニアの像にそっくりです。上の部屋にも絵があります、エディメル様はその絵が...お好みでしたので。」


「そう願ったのだから当然では?」


「...それだけではありません。実は、私はあの精霊と、エディメル様を見間違える事がよくあるのです。」


「つまり...それは、興味深い話だ。」


 レラは、孤児院で躾けられた通り大精霊セレニアの教えに敬虔に従い、生活は慎ましく人には誠実に生きる。

 オーネット領主の屋敷にルディ出身の者は一人ではなく、ルディになった者の主な務め先と言っても良い。ルディの面倒を見るのはそれぞれの領主の役目である。

 彼女がケンシーに嫌われているのは、彼女がエディメルに近く、もしかしたら好意を持って接しているからだろうとレイドンは推察していた。


(...どうやらそうではない、という事か。)


 レイドンは手帳を閉じ、今話していたことは頭の中にある本棚の深く奥にしまった。









 レイドンが応接間に入ると、エディメルとイグニーズが学生時代の思い出話に花を咲かせていた。


「レイドン!今ちょうど君の話をしていたんだ。」


 イグニーズは嬉しそうに立ち上がり、レイドンと握手を交わす。


「当ててみせるよ。どうせ、僕が精霊を捕まえようとして崖から落ちた話だろう?」


「はずれ。君が魚を手術してシエーラに振られた話だ。」


「じゃあ、私は一度離れに戻るよ。イグニーズ、夜は君の好物を片手に語り明かそう。」


「クネ芋酒?」


「レオドフックの。」


「何て事だ。セレニアよ、今すぐ夜にしてくれ!」


 イグニーズが大げさに胸に手を当て天井を仰ぐのを見て、エディメルは満足気に笑って部屋を出て行った。

 窓から、ミシュワ畑に歩いていくエディメルと後ろに付き従うレラの姿を見送りながらイグニーズはレイドンに言った。


「彼の病はまだ治らないのか?」


 先程までエディメルは定期的に呼ばれる医者の検診を受けていたはずだ。


「愛の病の事かな?」


 レイドンがふざけた調子で言うのを諌めるように、イグニーズは真面目な顔を向ける。


「あの様子では大分進行している。」


 そう言ってケンシーに迎えられているエディメルの後ろ姿を見つめる。


「あれはエディメルにとって欠かせぬ薬だ。そう気にする事じゃないよ。」


「しかし、精霊にあれほど入れあげているとは...彼の両親も気を揉んでいるんじゃあないか?」


 イグニーズはきょろきょろと部屋を見回したので、「今日は彼らは出かけているよ。」とレイドンは教えた。イグニーズは声を潜めて言った。


「...何せこの家の一人息子だ。子を産める相手でなければ。」


 レイドンは、はあ、とため息をついた。


「願いが叶ったのなら代償は必要さ。本当ならとっくに死んでいるはずの者を精霊が生かしている。その上跡継ぎ、子どもを望もうなんて欲張りに過ぎる。...エディメル自身は、自分が精霊の虜であるとわかってるんだ。」


「何とも未来の無い話だ。」


 イグニーズは納得のいかないように唸ってから、ソファに身体を預けた。


「それはそうと、今日は君が戻ったと聞いて...勿論旅の話を聞かせてくれよ。だがそれは後回しにしよう、君に見せたい物があって来たんだ。喜ぶと思うよ。」


「イグニーズ・ルペッサン。期待するよ?」


 レイドンは意地悪ぶって返したが、イグニーズは自信満々のしたり顔をしている。


「面白い物が手に入ったんだ、又従兄弟が遺産整理をしていてね。もし君の研究材料になるような物なら譲ろうと思っている。」


「...勿体振るね。僕を試しているんだったら、そうだな、ルペッサンの本家一族は南オルミスにいるはずだ。...アイピレイスの書の写本?」


「はずれ。譲る事はできないが、うちに来れば見せてあげるよ。

 今回は、魔法のかかった物を保管出来る箱だ。」


「箱?」


「まあ聞けよ。その箱は銀で出来ており、咆える狼が彫られている。オルミスの時代にはあの"アンズィルの牙"が封印されていた、という。」


 多少がっかりした顔をしていたレイドンの表情がみるみる変わっていく。


「"セアラ・エッカーナ号"の?まさか君の家に...そうだな、君の家に...。実在したのか!」


「わからないけどね。色々入っていた物を取り出して空っぽになった箱を見たら、そうでは無いかと思ってね。もしかするとレプリカかもしれないが...。」


「レプリカでも構わないよ、それさえ他には存在しないんだ。ワイロフ・トメイが書いたのが事実なら、箱が開いて封印の役を成さなくなったとして...オーネット・サキタリの両腕と呼ばれたルペッサン兄弟の元へ...有り得なくは無い話だ!」


 すっかり興奮したレイドンを見てイグニーズは立ち上がり、女性をエスコートするように扉を手で指し示した。


「では、馬車に取りに行こう。」


「もうここに?」


「それとも君の家に運ぼうか?」


「いや...僕の拠点は既にこの屋敷だ。エディメルが研究の為に部屋をくれたからね。

 箱は重い?二人で運べるかい?もし本物なら当時のコカトの人がどれくらい力持ちだったかも推定出来る...。」


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