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セレニアの国の物語  作者: さなか
オーネットのエディメル
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1 レイドンの帰郷

 エディメルは、私を「見ているのが好き」だと言って、飽く事無く本当に一日中私を見つめている。

 私の身体は透けている、のだそう。

 水のようにきらきらと揺れている。エディメルはそっと手を伸ばし、私の髪に触れようとする。その後は必ず、悲しげに微笑んでいるのがわかる。


「ケンシー、レイドンが帰って来たよ。」


『まあ、本当に。』


 珍しくそわそわしていた理由がわかったわ。私も窓辺を降りて彼を出迎えるために玄関へ向かう。

 部屋に敷かれた動物の毛の絨毯の足触りも、薄暗い部屋に飾られている絵も、部屋一面に並ぶ本棚の書物の文字というものも私自身で感じる事は出来ない。人に人の形だと見せているだけで実体はただの小さな光でしかないもの。目も無く耳も無く口も無い。他の生物の生気や感情を読み取ってこの世界を感じているだけなの。


「やあ、レイドン。無事で何よりだ。」


「君も健在で良かった、エディメル。ケンシーも。」


『おかえりなさいレイドン。すぐにお話を聞きたいわ。』


「ケンシー、そう近付かれると、エディメルが僕に冷たくなるよ。」


 レイドンは笑いながら、帽子掛けに帽子と上着をかける。レイドンの言った通り、エディメルは少しだけ怒っているわ。エディメルはいつもとても暖かい光なのだけれど、たまに、よくこうして怒ることがあって、中に冷たくて尖った小さい塊が現れるように感じる。


 私はお気に入りの窓辺に、エディメルは自分の座り心地の良い椅子に、レイドンはいつものふかふかのソファに座り込む。


「とても素晴らしいところだった。...ありがとう。」


 レラの持ってきたお茶を受け取ってレイドンは話し始める。彼女はエディメルにもお茶を出して、私の方を見てぷいとそっぽを向いた。私も彼女の中にあるイメージからレラが嫌いだと伝わるような行動を選び取って、その動作をしていると人間達の頭の中に映しこむ。

 私を見た彼らの感想を言葉にすると、"目を閉じて舌を出している"って状態みたい。


「長旅だったな。まっすぐセレニア島へ行ったのか?」


「ルワレーリオ諸島に立ち寄ったよ。大精霊ファムレに会った。あそこの精霊宮殿は面白いな。ああ、ケンシーにお土産があるよ。」


 レイドンは鞄の中から、本を一冊取り出して私に見せた。


「後でエディメルに読んでもらうといい。王都で流行している"セアラ・エッカーナ号"という小説だよ。きっと君の気に入る。」


『ありがとう、レイドン。』


 レイドンは本をエディメルに手渡した。


「ルワレーリオ諸島を出て二日後、【海豚号】はセレニア島の東の港に着いた。世界最古のメルキド灯台が我々を迎えた。

 精霊が大勢いたよ。彼らのほとんどは光の球の姿をしていた。

 僕はコカトの村へ行きたかったんだが、コーレルという人化精霊が、百年前にコカトが村を隠してしまって未だに入る道は無いと言う。

 村があるはずの森の中まで行ってみた。コカトに呼びかけてみたけど、駄目だった...残念だ。


 北オルミスの精霊祭を見て来た。

 反乱分子(ファルトーソー)から国を取り戻した記念祭だよ。ファムリアの建国祭と同じようなものだが、彼方の方が厳かな様式だった。精霊たちが舞う姿は夜になると空の星が降りてきたかのようだ。」


 レイドンが思い浮かべている光景が私に流れ込んで来る。暗い空に点在する光ーーそれは私がいつも感じている世界によく似ている。

 私はそれをエディメルに伝えた。レイドンもエディメルもそれを美しいと思っている。

 人間は不思議だわ。せっかく見る事が出来るのに、見えない物の方を有難がるなんて。


「大精霊セレニアに感謝の祈りを捧げたよ。

 旧オルミス城は小さな城だった。城下町から城の向こうに白い山が見えた。白い山には狼の大精霊が封印されているので決して近づいてはならないと言われた。僕はどうにか向かおうとしたんだが、ガイドは断られるし、どうやらファルトーソーの残党が未だ住み着いているらしい。

 リィンーー彼も人化精霊だった。

 彼の話では、狼の大精霊はアンズィルという名前で、怒りと悲しみの感情を持つ者に道を開くのだそうだ。

 僕は、勿論そんなものを持ち合わせていなかったが、リィンを連れて北の地に踏み込んだ。

 度々戦地になった北の防壁の辺りは、今も高い壁と警備兵が配置されている。白い山に向かおうとする者を見張る目的でね。僕は研究の為だと訴えたんだが、頭の固い警備兵は聞いちゃくれなかった。

 捕まってしまったんだけど、幸運な事にベルトール王子が精霊祭に来ていてね。口利きして下さったおかげで研究者と認められ北への通行証を貰えたんだよ。

 北の沼地は美しい白い花が咲いていた。シロンという毒のある花なんだ。それが一面に咲いている。」


 レイドンの話を聞いて、私は遠い昔の事を思い返した。人間が言う懐かしいという感覚に襲われると、エディメルの心が大きく揺らいだ。私の目から涙が溢れていたようで、それを見たエディメルに私を憐れむ感情が生まれまた小さな怒りの感情がレイドンに向けられる。私は彼らの友情を守るために早くエディメルの誤解を解かなければならなかった。


『そこはきっと私がいた場所だわ。』


「君が?」


『ええ。私はずっとその小さい花の生気を食べていたわ。彼らは元気?』


「美しく咲き誇っていたよ。

 君は、元々はシロンの精だったんだね。」


 レイドンはペンを取り出して、手帳にさっと文字を書き込む。彼は精霊研究家で、彼の大切にしている手帳には私の事が色々と書いてあるのだそう。


「花の姿をしている精霊もいたよ。動物の形をしている精霊もね。僕と話す時には彼らは立ち上がり、わざわざ目と口を人間のように動かして会話をしてくれるんだ。

 彼らのおかげでオルミスの歴史を深く知ることが出来たよ。何故、アルソリオが造られ、そして崩壊し人々が別れて暮らすようになったか。

 オルミス王家が分家したファムリアに、アルソリオ派が多く移住したのは何故なのか。

 百年前、オルミスが敗北しファルトーソーが一時セレニア島を支配していた時代の話...。」


 エディメルは、幼い頃から身体の弱いエディメル・オーネットは、レイドンのように長い船旅に出かけることが出来ない。

 だから幼馴染の語る世界の物語をとっても楽しそうに聞いている。



 私がファムリアのオーネットに渡ってきたのは、建国船ファムレ号の航海する時だった。その船に乗っていた新しい王と王妃は二人ともとても強く精霊を惹きつけたので、多くの精霊が船について移動してきていた。私はその頃はまだ、人の姿をしていなかった。

 私はオーネット領に咲いているミシュワの花が気に入って、それからずっとこの地で暮らしている。今この窓辺の外にある、一面の花畑がそうよ。元々は野生の群生地、そこにエディメルの先祖が領主としてやって来てあの屋敷を建てた。

 私はエディメルが生まれるずっと前からミシュワの花畑から彼らを見ていた。毎日毎日一日中、窓から私を見ている男の子に気付いたのは、その子が五歳の時だった。今から十五年前ね。エディメルは今よりももっと身体が弱くて十年生きられないと言われていた。私はミシュワから吸い上げた生気を彼に運んだ。毎日毎日、窓際に運んで、今日までずっとそうしている。

 だから彼はここから動く事は出来ない。ミシュワの側を、私の側を離れる事は出来ない。


 エディメルの強い願いを受けて私の姿は人間に寄った。彼が、私をとても深く愛しているから。

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