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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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28 船が去るまで

「どう?ファムレ様。」


 カラットは植物の蔓を枝に結んだものの先に、地面を掘り返して取ってきた虫をつけてファムレに見せた。


 "そうだ。それで海に。"


 言われた通りに水につけるが早いか、魚が虫に食いかかってくる。あまりの勢いにカラットは驚いて手を離してしまった。


「ああ!」


 "籠も編んでおいたほうが良いようだ。"


「折角作ったのに...。」


 虫を食われ浮かんできた枝を波に攫われる前に慌てて拾い上げる。 濡れて濃く色が変わった枝の緩んでしまった結び目を残念そうに指でなぞった。


「海老はどうしたらいい?あれはとても旨かったよ。」


 カラットが言うとファムレは満足そうに頷く。


 "そうか。海老は海に入って獲る。"


「海に...俺が?」


 "そうだ。"


 さっきの魚の食欲を見たらカラットの方が食われてしまいそうで、群がって骨になるまで食い散らかされるのを想像し身をすくませた。


 "カラットは何か旨いものを知っているか。"


 ファムレが言った。


「うまいもの?」


 "うまいもの。"


「ファムレ様の知らないものかー。うちの野菜はうまいよ。マワリって言うんだけど。」


 カラットはロット農場の畑一面に成っている、赤く三角張っている酸っぱくて少し甘い実を思い浮かべた。


 "トマトか。少し変化した様だが。"


 ファムレは首を傾げた。


「トマト?みんなが欲しがる、市場の回りが良いからマワリって呼ぶんだ。」


 "マワリで良い。それは何としても手に入れたい。"


 カラットの頭の中に、潰したマワリで魚を煮込んだ料理や、貝や海老をふんだんに使ってマワリと混ぜた料理が思い浮かぶ。

 それは見たことも無い豪勢なもので、カラットはゴクリと唾を鳴らした。


「へー、すっごくうまそうだ!」


 "うまいと記憶されている。儂も是非味わいたい。"


 膃肭臍も何度かその太い首を上下に振って舌舐めずりをした。


「俺、一度帰ろうかな。それでファムレ様にマワリを持って帰ってくるよ。」


 カラットは海の遠くを眩しそうに見た。


「ん?」


 水平線の手前に何かが見えた。また海豚や魚が跳ねているのかと思ったが、今日のそれは一個の塊で動きが無かった。手を目の上に置いてよくよく眺めると、その小さな影は、船の形をしていた。


「ファムレ様、船が...!」


 "ああ。"


「ヘイスとドラギエルに知らせてくる!」


 そう言ってカラットは岩場を飛び跳ねながら走って行った。ファムレは泡立つ深海の色をした瞳でじっと船を見つめた。


 "禍の船...。"


『大精霊ファムレよ。』


 光の球はふわふわと飛んできて、ファムレから離れた波打ち際に人の形をとった。


『大精霊ナランサのみならず大精霊セレニアまでも敵に回したくなくば、人間の争いの最中には介入せず大人しくしておれよ。』


 タタディアは大きな口でにんまり笑った。


 "呼び寄せたのか。十分の四返させた事、よほど根に持っているな。小煩い精霊め。"


 ファムレは大きな口を開けて欠伸をした。タタディアは汚らわしいものを見るように顔をしかめ目を背ける。


 "...勝者が正しきは海の中も同じ。"


 膃肭臍は大きな体を伸ばしどぶんと海に飛び込んだ。

『くく...。』と微かにタタディアは笑った。


 




 ヘイスとドラギエルは森の中を歩いていた。ヘイスに言われる通りにドラギエルは枝を拾い集める。ヘイスは錆びたナイフで植物の蔓を切っていた。


「おーい!」


 カラットの叫び声を聞いて二人は顔を上げた。ドラギエルが立ち上がったのでカラットはすぐに二人を見つける事が出来た。


「どうした。」


「船だ、船がいる。」


 ヘイスの顔色が変わった。表情が固くなり眉間に皺を寄せ、心なしか声を低めて「来い。」と言うので、カラットとドラギエルは後に続いて行った。

 ヘイスは入江に戻る前に大きめの葉を一枚取ると、巻いて細い筒を作った。


「森から出るな。」


 二人を止め、入江が見えるところまで来ると、背を低くしてその筒を覗きこむ。


「...だめだったか。」


「だめ?」


 カラットが聞くと、ヘイスはふっと短くため息を漏らした。


「あれは【セアラ・エッカーナ号】だ。カラット、ドラギエル、二人で森の奥まで逃げるんだ。川を渡ってもいい、流されるなよ。」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。何で?」


「あの船はファルトーソーに実権を握られている。あの箱を取り返しに来たんだ。じゃなければここに来るはずが無い、オルミスの連中は一刻も早くオーネットを助けなきゃならないんだからな。

 つまり船長は死んで、エッカーナも殺されたか捕まっているだろう...。他の乗組員もだ。」


「じゃあ助けなきゃ」とカラットが言っているのも待たずヘイスは続けた。


「お前らオルミスの一般市民は、悪いが相手がアルソリオの子どもだったとしても勝てないな。」


 それまで黙っていたドラギエルが、「...ヘイスは?」と聞いた。


「...殺されているよりは生きている可能性の方が高い。」


 そう言ってヘイスは首の後ろを掻いた。

 エッカーナ王女の事だと、カラットとドラギエルにもわかった。

 船はどんどん近づいてきていた。その舳先に飾られた十本足の女性の像が怖ろしげに迫ってきていた。


「二人は嵐で死んだ事にする。船が去るまで出て来るな、ファルトーソーの目的は銀の箱を手に入れ北へ戻る事、だ。その邪魔をしなければ殺される事は無い。」


「でも...。」


「俺は自分一人で行動する作戦しか知らない。二人がいると足手まといなんだ。一人なら上手くやれる。」


 確かに、ヘイスの言う通りにするしかないとカラットは思った。ヘイスも逃げればいいのに、残ると言っているのはヘイス自身の意思だ。男として、オルミスの国民として、エッカーナ王女の身を案じている彼の意思を邪魔出来るだろうか。何も役に立たない自分自身を悔しがる事しか出来なかった。


「合図は?」


 カラットが言うと、ヘイスが意味がわからないという顔をしているので、カラットは無理に明るく、軽く嘲るように言った。


「俺たちが森から出ても良い合図だよ。」


「今言っただろ。船が去るまで...。」


「やっぱり馬鹿だよ、お前も。お前がファルトーソーに勝って俺たちが森から出ても良いって合図がいるじゃないか。まさか、黙って俺たちを置き去りにするつもりじゃないよな?」


 そう声を震わせたカラットは、どん、と強くヘイスの肩を叩く。ヘイスは戸惑いながらも、意味を理解して答えた。


「ああ...ああ、その時は、俺が「もう出てきて良い」と叫ぶ。出てくるまで叫び続けるから、近くにいる必要はない。」


「行こう、」とカラットはドラギエルに言った。しかしドラギエルはまだヘイスに聞きたい事がある様子だった。


「...ヘイスは誰が、そうだと思ってる?」


 ドラギエルは不安そうに視線を落としていた。


「ファルトーソーだと。」


 と、後から付け加えた。


「医者か料理長...機関長。この内の一人。」


 機関長、とヘイスが言った時、ドラギエルの心臓は早くなった。


(やっぱりヘイスもそうだと思ってる...。)


 それを隠そうとして、平静を装って聞いた。


「一人?」


「何人もいるなら出航してすぐ船を制圧すればいい。副船長を殺す必要も船長に毒を入れる無いからな。」


(そうか、副船長を殺したのも...。)


 ドラギエルは落ち込んで、ふと副船長が行方不明になった夜のことを思い出した。


(そうだ!あの時、グィオ機関長は俺と一緒に機関室にいた!)


 ドラギエルの目の前がパッと明るく開けた様な気がした。何故グィオがあの唄を唄ったかはわからないが、確実に自分が証人になれる事を他ならぬドラギエル自身が知っていた。


「...グィオ機関長じゃない。」


 ドラギエルは自信を持って言ったので、ヘイスはドラギエルの顔を訝しげに見返した。この数日目も合わさず生返事だった男が、急に真っ直ぐヘイスの目を見つめている。


「随分、断言するな。何か知ってるのか?」


 ヘイスは問いただしたわけでは無かったが、ドラギエルは焦って答えた。


「グィオ機関長は...副船長が落ちた時、俺といた。 悲鳴と水音が聞こえた時...。」


「...わかった。」


 カラットとドラギエルが川上に向かうのを確認し、ヘイスは森を入江の遠くから出て、岩の陰に隠れながら波打ち際に近づいて行った。


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