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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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27 オルミスではじめて魚を食べた人

 次の日は雨だった。更に次の日、空を覆っていた暗雲がすっかり晴れた朝、カラットはドラギエルに言った。


「この黄色い実もいい加減飽きてきたな。」


 ドラギエルはじっと黄色い実を持ったまま、口に運ぶ事もせずカラットにも答えない。


「ドラギエル、大丈夫か?具合でも悪いのか。」


「え?...あ、いや...何でもない。」


 ドラギエルは慌てて黄色い実の皮を剥く事もなく口に入れ、不味そうに顔をしかめた。


「何だか変だ。」


「確かにずっと同じ食事じゃ味気ない。そろそろ違う食べ物も探すべきだな。」


 まだ転がったままのヘイスがドラギエルの代わりに答えた。ドラギエルは昨日からずっとこんな調子だった。


「何か取ってくるか。」


 ヘイスが腰を上げようとするのを、カラットは「待て待て、ヘイスは行くなよ。」と言って慌てて止める。

 ヘイスが訝しげな視線を送っているのでカラットは答えた。


「この黄色い実はたまたま食えたけど、トガの実やシロンの花みたいな毒だってあるじゃないか。迂闊に口に入れたらそれで死んでしまうかもしれないんだ。

 お前はなあヘイス。「俺が試してみる。」とか言ってまた大変な事になりそうで怖いんだよ。」


 カラットの言い分にヘイスは珍しく目を丸くして、「...そんな事はない。」とだけ言った。


「いやいや、あるね。生きようと努力はするくせにすぐ自分の命を捨てようとするおかしな奴だから。」


「おかしいのはお前だろ。」とヘイスが尚も言うので、埒があかないとカラットは思った。


「まあ聞いてくれよ。食い物の当てはあるんだ...知ってるか?この島には俺たちよりもずっと先に人間がいたんだよ。」






 雨の間引っ切り無しに波を被っていた岩場はぬるぬると滑り、窪みに小さなビオトープを作っていた。溜まりにいる蟹や虫を見ながら、カラットは転ばないように十分注意して膃肭臍(オットセイ)の隣まで来た。


「やあ、あの...良い天気ですね。」


 泡立つ深海の色をした瞳がちらりと揺らめいてカラットを見た。


「助けてくれて、ありがとうございました。」


 "精霊のした事だ。気にするな。"


 ファムレは穏やかな口調でそう言った。


 "魚を食いたいか?"


 頭の中を読まれるのは心地の悪いものだと、カラットは思った。ファムレは笑った。


 "儂からすれば、相手の思考を読めない人間が共に暮らせる方が不思議。"


「そうかな。話せばわかるし、言わない方がいい事の方が多い...。」


(ドラギエルはもう少し話した方がいいけど。)


 と、ふと思った。するとファムレが"ふむ。"と頷いて首を洞窟の方向に伸ばし、


 "あの大きい男は今、男の事を考えている。"


 と言った。


「男?」


 "頼りにしていた男、懐かしむ、裏切られ...いや、信じている...感情が渦巻いて言葉になっていない。"


「?...ふうん...。」


 もしかしたらドラギエルは故郷の事を思い出しているのではないか、とカラットは閃いた。お互いに家を出されて随分経つ。色々な事があったけれど、ここでは落ち着く時間があってふと郷愁に駆られるのもわかるような気がした。


「ヘイスは何を考えてる?」


 興味が湧いたカラットはファムレに聞いた。口に出す事と頭の中は違うものだ。いつもあの調子のヘイスは普段は何を考えているのだろうと気になった。


 "女。"


「おん...!?」


 意外な答えにカラットは変な声が出てしまった。


 "船の女の身を案じている。彼の思考は明確。"


(船の女といえば...エスラ夫人だよな?)


 あんな表情(かお)をして人の妻に思いを馳せているなんて、ヘイスはまだまだ底が知れないとカラットは感心する。

 カラットはヘイスとドラギエルの事がすっかり気に入っていた。命がかかる場面で信用できる他人なんてそうそういない。もっと二人の事を深く知りたいとカラットは思っていた。


 "お前の思考は随分と澄み切っている。湧いては流れる水の様。"


 と、ファムレはいつの間にか正面にカラットを見つめていた。


 "腹が減ったら食事、喉が渇いたら水、その程度の事。海の中の声に近い。"


「ああ、確かに俺はこの数日、何も考えていないのかも。」


 今までの事もこれからの事も思い悩む覚えがない。カラットにとっては、もう全てどうでも良くなってしまったのだった。


 "帰りたいと思うなら波となりセレニアの島へ送ってやるのに。"


「うーん...他人が大勢いると、上手くいかないみたいなんだ。今はあの二人しかいなくてとても楽なんだよ。俺はずっとここにいたい。」


 "そうか。"


(でもドラギエルとヘイスが帰りたいと思っていたら...二人が帰ったら俺はどうする?)


 "子孫を残さなくて良いのか?"


「え?」


 "海の中はそればかり考えている。食う事、食われる事、子孫を残す事。お前たち三人は男。子孫を残せない。"


「あー...まあ、いいや。」


 農場の後継である自分であれば考えもしただろうけど、とカラットは思った。


「オーウェンって人も一人で来たのか?他にも人がいた?」


 "一人だった。アルソリオに女と子を残して来た。"


「へえ...。ファムレ様は何でここに?」


 ファムレは今度は海の方に首を伸ばし、物憂げに瞼を閉じた。波は穏やかで、こちらに来るたびに岩の隙間をざざざざと駆け上がってくる。そしてまた海の方へ帰って行く。海はもしかしたら生き物なのだろうか、とカラットは不思議に思った。


 "精霊は皆同じ様に生まれ、同じ考えを持ち、必要あって生き物の知恵を取り入れる時が来た。セレニアは人を喰い、ナランサは馬を喰い、アンズィルは犬を喰い、カヴマイラが鳥を喰い、儂は魚を喰ったのだ。海の中に精霊は入らなかったので、海から飛び出してきた魚を。

 ーー普段の食事は生気を吸うが、自分の血肉とする時には他生物と同じ様に喰う。生気を吸えば吸った生き物の骸は残るが喰えば精霊と一体となる。性質が上手く混ざらなければ失敗して欲望に駆られる知能の低い半精霊に、上手く混ざれば精霊よりも上位の大精霊となる。"


 ファムレは途中に湧いたカラットの疑問にも答えた。


 "タタディアーー精霊が生まれ五百年、様々な種の生気を吸い続け精霊も多種多様な性質を持つ様になったという事か。喰わずとも生気を摂り続ければ他生物に寄る、似通うという事か。


 魚の大精霊となった儂はすぐに別の魚に食われた。その魚をまた蛸が食い、蛸を鯨が食う。儂は次から次へと混ざっていった。海の中で。

 儂は他の大精霊よりも生物に近い存在になった。

 儂は腹を空かせ物を喰う。"


 ファムレは海の中に首を突っ込み、魚を捕えて丸呑みにした。海に潜っている間もファムレの言葉は聞こえ続けている。


 "南以外に魚を喰う陸の動物がいなくなり魚はとても増えた。少し余るくらいに。"


 そしてカラットの前に魚を三匹吐き出した。

 カラットの頭の中に、火の回りに枝で刺した魚が並んでいる光景が思い浮かぶ。


 "そうして焼いて喰うがいい。次は釣りを教えよう。"


「ありがとう、ファムレ様!」


 カラットは跳ね回る魚を何とか掴み押さえつけ、服の裾に抱えて洞窟に戻った。





 カラットに言われて火を起こしたヘイスはドラギエルと共に、魚を串刺しにして周りに立てるカラットの行動をじっと見ていた。


「よくそんな事を思いついたな。」


 と感心して言った。


「ファムレ様が教えてくれたんだ。あ、その実はバナナって名前だって。」


 そういえばファムレは色々な事を教えてくれたよな、とカラットは思い出した。


「ヘイスは帰りたいと思うか?ドラギエルも。ファムレ様が、帰りたいなら家に帰してくれるって。」


「へえ。随分お人好しな精霊だな。」


「ファムレ様には人間も雑じってるから助けてくれるみたいだ。」


 と言いながら、カラットはヘイスの顔をニヤニヤと見た。


「...何だ?」


 ヘイスが訝ると、おかしな顔のまま「オーネット船長、大丈夫かな。」とカラットが言うので、「...お前、船長の事嫌いだったのか?」とヘイスが言った。


「いや、そんな事ないよ。そうじゃなくて。」


 からかい半分に話し始めた事をカラットは反省した。自分の顔を叩いた後、真面目にヘイスに向き合って言った。


「エスラ夫人、ファルトーソーがいる船に残して良かったのか?」


「...良くはないだろうが。」


 少し間があった後、ヘイスは大して表情を変えずに答える。


「とにかく魔法を解かなきゃどうにもならないんだ。ファルトーソーがいると気づいたのは船長が毒を盛られた後だったし。船長も生きてはいたしエスラには付き人だっていたんだから、俺が出来ることはしたよ。」


「付き人って?」


「あの、お前が嘘つきだって騒いでた奴。」


「へー...アキリが...。」


 焚き火がパチパチと燃えだし、魚からは脂が滴り落ちる。


「隠しているにしてはよく動いていたから、ちょっと見ていればすぐ付き人だとわかる。」


「エスラ夫人って随分、偉い人なんだなあ。お前はそのー好きなの?あの人が。」


「好きって?」


「え?だから気にかけてるっていうか...。」


 カラットは、何故自分がこんなに緊張しているのだろうと思った。ヘイスが黙っているので聞いてはいけない事だった気がして、やはり聞かなければ良かったと後悔した。


「この前カラットが...。」


 謝ろうかと思った時、ヘイスが話し始めた。


「逃がしてやった魚...逃がしたのにまだその辺りを泳いでいたら...どう思う?」


 ホッとしたのもつかの間、何の話かわからずにカラットは困惑した。


「どうって...魚の見分けなんかつかないしなあ。」


「あの時助けられた魚だってそいつがお前に言ったら?」


 ヘイスが焼けていく魚を見ていたので、カラットもつられてそれを見た。胃を刺激する香りに期待が膨らむ。


「うーん、まあ、そう言われちゃその魚はもう食えないよ。」


 と、説得力がないほど涎が溢れながらカラットは言った。


「何で?」


「え?...一度逃がしたから、かなあ。無事に大きくなれよと思う。」


「ふん。...そんな感じだな。」


「何が?どういう意味?」


「わからなければいい。」


「まったくわからないけど、この魚がそいつだったりしてね。」


 そう笑ってカラットは「もう良いかな。」と焦げ目のついた魚を取ろうとし、「あちっ!」と手を引っ込めた。

 一度火を消して、冷めるのを待つ事にして、


「それでエスラ夫人が魚と何の関係があるんだ?」


 と聞くので、さすがにヘイスも呆れた顔をする。隠すのも面倒になり、諦めて言った。


「だから...エッカーナ王女だよ。精霊付きの第三王女、エッカーナ・オルミス。」


 二人の会話に割り込めず、黙って聞いていたドラギエルも思わず顔を上げた。


「誰が?」


「エスラ・サキタラス。偽名だな。結婚しているとは聞いていないが、オーネット・サキタリは婚約者なんだろ。」


「はあ...?あれが、エッカーナ第三王女?」


 カラットは呆然として言った。


「第三王女って十五歳じゃなかったっけ。」


「身長が高くて威張っているからな。あんなもの精霊を何とかしても盗めたかどうかだ。」


「ええ...じゃあ第一王女も第二王女もあんな感じなのか?」


「知らない。もういいだろ、食っても。」


 そう言ってヘイスが魚に手を伸ばしたので、カラットとドラギエルも慌てて一つずつ取った。

 三人は魚を頬張った。


「...!」


「美味しい!」


 カラットとヘイスは顔を見合わせ、ドラギエルが大きな声で叫んだ。


「うん。」


 カラットもヘイスもドラギエルも夢中で魚にかぶりついた。

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