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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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26 人質

「まさか、オーネット殿が信頼を寄せていた貴方が犯人だったとはな。」


 エッカーナは船長室にいた。

 オーネットの容態は回復に向かっている。まだ目を覚まさないものの、安らかな寝息が聞こえている。


「ロベリタス副船長の殺害も含め、落海の刑では到底足りん。このままオルミスに連れ帰り然るべき罰を受けてもらおう。

 ライザス・チルキア。」


 既に両腕体を椅子に縛られているライザスは、真っ青な顔をして震えていた。彼の荷物からシロンの毒を中和する薬が見つかった。


「...貴女は一体、何者ですか?エスラさん...私はサキタリ商会でも...オーネット殿と付き合いの長い方です。」


「...。」


 エッカーナは答えに迷っていると悟られぬ様、堂々と時間をかけて沈黙を貫いた。

 ライザスは続ける。


「あのカフェトー...反体制派の人間と関係があるのでは?」


 何故そんな質問をするのだろうかとエッカーナは疑問に思った。同時に嵐の海に消えていった小舟を思い出し、大きな目を伏せる。


「...ヘイスと会ったのは偶然だ。今までわたくしは北の人間を見た事もない。」


「ライザス、貴様は反体制派の関係者か?」


 ライザスの背後に立っている、彼を捕らえたグィオが威圧的に言った。


「私の兄は北の城塞の常勤医だ。」


「密通者の兄を通じて連絡が来ていたと考える事も出来るな。」


「何で私が北の...聞けと言ったのはああっ!」


 ライザスを縛っているロープの締め付けが強くなる。エッカーナの位置からはライザスが突然咳き込んだ事しかわからなかった。


「貴様と落ち合うためにカフェトーは船に乗った...としたらどうだ?」


「グィオ機関長、それはヘイスがライザスの共謀者だと言っているのか?」


「その通りです。」


「寧ろヘイスが追われていたのではないか?ライザスが殺そうとしたのはオーネット殿とヘイス...。」


 エッカーナの話に、グィオは大げさに興味を示した。


「カフェトーが追われる?何故です?カフェトー家は反体制派のリーダー、最も有力な一族のはず。」


 そう言ってじっとエッカーナの目を見る。

 エッカーナは少し迷って、言った。


「ヘイスはカフェトーを裏切った。出自のしがらみを捨てオルミスで一人生きていこうとしていた。自分を偽る事も無く。」


「...そういう事でしたか。ではこのライザスはカフェトー家の追っ手...。」


「いや...ファルトーソーの手の者だろう。」


 グィオは驚いた顔をする。


「はあ、ファルトーソーですか?」


「カフェトー家は失墜したらしい...わたくし達が出航する直前の情報だ。真実ならば現在反体制派を牽引しているのは、ファルトーソー。」


「なるほど、カフェトーの残党がいては厄介。そういう事かねライザス。」


 と、冷たい目でライザスを見下ろす。


「私は何も知らない。」


「ふん。良いだろう...。」


「機関長!」


 扉からドンドン、とノックをする音と共に、女の声がした。


「大変です!この船は東に進んでいます!」


「何?」


 ナバルの声に、エッカーナが答える。


「舵番のワイロフは皆の言う事を聞きませんし、アキリが皆を追い払って...。」


「何だと!?」


 エッカーナは扉を開け、ナバルを置いて甲板に上がっていった。グィオもライザスを一瞥し、部屋に残したまま急ぎ後を追った。





「黙って船を動かしていろ!」


 甲板でナイフを振り上げているのは確かにアキリだった。


「アキリ!ワイロフ!お前たち一体何をやっているのだ!」


 ワイロフは舵取り場に黙して動こうとしない。エッカーナのすぐ後ろをグィオがついて歩いた。アキリはエッカーナを見て強く奥歯を噛む。


「薬があったとはいえ、一刻も早くルワリ島に船長を運ばなければならん!」


「あの小舟を追う。」


 詰め寄るエッカーナにアキリは言った。


「小舟が流された方向へ向かっている。邪魔立てするやつァ殺す。この【セアラ・エッカーナ号】は反体制派の物となった!」


「な...。」


 集まっていた乗組員たちもどよめいた。


「抵抗は無駄だ。反体制派は俺たちだけではない、多数紛れ込んでいる。言う通りにしているうちは食糧も与え自由に船内を歩かせてやる。抵抗した場合はこの船を完全に占拠し、反体制派以外は海に落ちてもらおう。」


 そしてアキリはナイフをエッカーナに向けた。ショックよりも、アキリは相当具合が悪いのではないか、とエッカーナが思うほど彼は顔色が悪かった。


「ライザス・チルキアを解放しろ。」


 アキリは言う。


「それは出来ない、船長を殺そうとした...。」


 そう言ったグィオに対し、アキリはエッカーナの首元にナイフを近づける。エッカーナの顎に冷たい切っ先が触れた。


「わかった、解放しよう。」


 慌ててグィオが言った。

 エッカーナは冷や汗を流しながらも、アキリに聞いた。


「...何故小舟を追う?」


「奴らが盗んだものを取り返す...。」


「盗んだもの?」


「言う通りにしてな。そうすれば、命はある。」


「...。」


 エッカーナは、混乱していた。自分の付き人であるアキリとワイロフは絶対に反体制派のはずがない。だがもしライザスのようにオルミスに入り込んでいた密通者だったとしたらーー。

 それは乗組員達にとっても同じだった。まだ反体制派は潜り込んでいると言う、隣の奴が反体制派かもしれない。皆顔を見合わせながら、誰と分かち合うこともできない不安と怖れに船は支配されていた。






 ********************



 洞窟で銀の箱を見せられたヘイスは、全身の毛がぞわりと逆立ったような感覚を覚えた。


「間違いないな...'狼王の剣'だ。」


 そう言ってそっと狼の彫り物を撫でる。

 これが自分の人生に置き換えられる宝物(ほうぶつ)と思えば、こうして手元に巡ってきた運命が恐ろしいような、一目見られて喜ばしいような、複雑な心境だった。

 後ろで覗き込んでいるカラットとドラギエルに説明する。


「これは開かない。精霊王の魔法で封印されているからな。」


「なんだ、せっかく大事にしてたのに無駄だった、なあドラギエル。」


「...狼王の剣って?」


「アルソリオを崩壊させた剣...触れたものの魔法を解く、らしい。」


「魔法を解く剣なのに魔法で封印されてるのか?」


「...たぶん、封印の力の方が強いんだろう。」


 ヘイスはしばらくその恐ろしい表情をした狼の彫り物を見つめていた。


「...ファルトーソーが俺の代わりにこれを盗み...小舟に隠して、恐らく途中で逃げて東まわりに北に帰るつもりだった。」


「なるほどな。じゃあ俺たちのおかげでこいつは無事だったって事になるな!」


 カラットがあっけらかんと言う。


「いつかオルミスに戻す事が出来たら、お手柄なんじゃないか?」


(...俺ならどうする?計画が崩れ行方は知れない...諦めて戻る...戻れるか?「箱は海に沈みました」と...?)


 ヘイスは時折見せる険しい表情をして、遠くの海を見つめた。


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