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セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
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5 林の向こうに

 宮殿に行った次の日、トゥヴァリはまた西の林に行った。約束の場所である川の丸太橋に来ていた。しかし、今日はペルシュと約束したわけではなかった。


 いつの間にか宮殿の広場に立っていた二人のところに精霊の光が飛んできて、何かを訴えるように点滅していた。食事の席につけという事だろう。

 二人は階段を降りて、そこで別れた。


「へえ。親に怒られてもう来れないかと思ったぜ。」


 木々の間をペルシュが来たのを見つけて、トゥヴァリは嬉しかった。


「怒られる?」


 ペルシュの右頬は赤くなっていた。その頬を動かしていたずらっぽく笑った。


「覚悟の上だよ。」


「良い子そうなのは見た目だけだ。」


 トゥヴァリは、昨日よりずっとペルシュの事が気に入った。


「今日はこのまま西へ行こうよ。林の中を。」


「良いのか?宮殿は。」


「それが、実はさっき見に行ってきたんだけど、入り口の扉が開かなかったんだ。」


 ペルシュは朝早く起きて、朝食の前に宮殿に走った。藍色の扉は昨日とはうってかわって、どんなに力を入れても動かなかった。


「昨日は本当に宮殿に入れたのかな?広場で夢でも見ていたんじゃない?」


「まさか。」


「なんだか記憶があやふやで、怖いんだ。」


 その感覚はトゥヴァリにもあった。宮殿での事を思い出そうとすればするほど、頭の中に靄がかかっていくようだ。


 お互いに、宮殿に行く気がないとわかったトゥヴァリとペルシュは、どちらともなく歩き始めた。


「俺の冒険の目的は、出口を探す事だ。」


 倒木の上を歩きながら、トゥヴァリは言った。

 林の中は、葉が沢山落ちて地面がふわふわしていた。小動物の気配がそこかしこにあった。


 ペルシュはよく遊びに来る林だが、もう知っている場所を超えた。どこに遊ぶに行くにしろ、今までは食事の時間までだった。食事の時間に間に合わなかったのは、昨日が生まれて初めてだった。


「この国を出たい。」


「外に出たって、生物がいないんだから生きていけないんじゃないの。」


「どうして?」


「食べ物が無いからだよ。」


「ああ、そっか。じゃあ、精霊を捕まえて連れて行くのはどうかな。」


「そもそもさ。」


 ペルシュが踏みしめた枝が軽い音を立てて折れた。


「どうして精霊は、人の世話をしてくれるんだろう。」


「精霊王が命令しているんじゃないのか。」


「そうなんだろうけど...何でだろうって思って。」


「精霊は魔法で料理も洗濯も何でも、ぱっと出来るもんなぁ。」


「人がやったんじゃ遅いから?」


「...お前ってさぁ、俺より変な奴。」


 トゥヴァリが笑いかけた時、グルルルルル、と音がして、自分じゃない方がまたお腹をすかしている、と二人は思った。

 しかしすぐに周りで、ガサガサ、バキバキ、と草木が音を鳴らし始めた。


「何か...?」


 グルルルルル、と再び唸り声はした。

 あっと思った次の瞬間には、その動物はペルシュに飛びかかっていた。

 体当たりを受けてペルシュは5メートルも吹っ飛んだ。

 大きな大きな黒い毛むくじゃらの猛獣だった。


「ペルシュ!」


 トゥヴァリが駆け寄ろうとすると、どこからか光の球が飛んできた。

 抱き起こしたペルシュは無傷だった。周囲に血痕が飛び散っているので、精霊が魔法で治したのだとトゥヴァリは気付いた。


「ああ、びっくりした。」


 ペルシュはすぐに気が付いて瞬きをした。

 トゥヴァリはホッとした。


「ねえ、見て。」


 ペルシュが顎を動かして、促す。


 大きくて獰猛な動物に触れた精霊が赤く光っている。動物は倒れて、少し地面を揺らした。


 二人は唾を飲んだ。


 もう動かない動物の死体は、精霊とともにふっと姿を消した。




 二人は歩き続けた。歩きながら、どちらも何も喋らなかった。ザクザクと葉を踏む足音だけが、林の中にあった。


 ペルシュはお腹が空いて、また食事の時間に近い事を知った。母はまた怒るだろう。父はさほどペルシュに関心がなかった。


 昼食は我慢して、夕食までに戻るはずだったトゥヴァリとペルシュのところに、再び精霊が近づいてきた。

 精霊は二人の前でチカチカと点滅した。進もうとすると、目の前に現れる。

 そして、ついて来いと言うように別の方向へ飛んで行った。

 ついて行くと、広場のように開けた場所があった。そこに果物や木の実の山が出来ていた。


「持って来てくれたの?」


「待て、俺たちのじゃない。」


 そこかしこから動物が集まってきて、食べ物を取り囲んだ。

 さっき襲われた黒い毛むくじゃらの動物も何匹かいた。


「赤ちゃんだと可愛いね。」


「あいつ、夕食になるのかな。」


 トゥヴァリが言ったので、ペルシュはなんだかかわいそうな気持ちになった。もしさっきのがあの子たちのお母さんかお父さんだったらー。


 襲われた時の恐ろしさが嘘のように、それぞれ配られた食べ物を大人しく食べている。

 ペルシュとトゥヴァリのところにも、いつものように食事の皿が地べたに置かれた。二人の食べ物は動物の食べているものとは違ったので、いるべきところから運んできたのだろう。テーブルと椅子はなかった。

 匂いを嗅いで、ペルシュのお腹は今度こそグググと鳴った。


「そういえば、宮殿の中には精霊がいなかったな。林の中にだって幾つか漂っているのに。」


 焼けた木の実をかじりながら、トゥヴァリは言う。


「元老院の人たちの食事は、精霊王が出しているんじゃない?」


「どっちが偉いのか、わからないな。」


 トゥヴァリは苦笑した。


「あ、思い出したよ。元老院の人たちは不死の魔法を貰っているから、食事は要らないんだって聞いたことがある。」


「なんで不死だと食事が要らないんだ。」


「え?だって、食事って生きる為にするものだよ?」


「腹が減るから食べるんじゃないのか?」


「???」


 トゥヴァリは真剣な顔をしていたので、ペルシュは彼が言っている意味を一所懸命に考えた。


「えーと、食べ物のおかげで生きていられるんだよね。お腹が空き続けると、死ぬんだよ。」


「そうなのか!?」


「お腹が空いたーっていうのは、身体が食べ物が必要だよーって教えている事なんだよ。」


「だから腹が減ると、食うのか!」


 トゥヴァリは理解して、目をキラキラさせた。ペルシュは、自分が当たり前に知っている事も親に教えられたからなのだろうか、と思ったがトゥヴァリの前で口には出さなかった。


 食べ終えて、二人はまた歩き出した。夕食までに帰るには、そろそろ引き返さなければならない。

 トゥヴァリはさっきよりも早足で、もう少し先まで行きたい、という思いが伝わってくる。

 ペルシュは疲れていた。足元がでこぼこしているので町を歩くようにはいかず、何度か転んでもいる。お腹いっぱいになると眠くなってきた。


 しかし急いだ甲斐はあって、林の向こうに白い壁が見えてきた。


「出口が見つかったとしても、外に出たら死んじゃうだろうね。」


 ふと思った事を口にして、少し嫌味っぽくなってしまった事をペルシュは反省した。


「違うんだ。なんだか、自分もだけど知らない事が多過ぎるって思ってさ。動物も精霊が食事を配ってるとか、歩くだけでこんなに大変だとか。夜はどうしたらいいんだろう?家がなかったら、どうやって眠るのかな。」


「確かにそうだ。」


 林を抜ける。

 ただ白くて高いだけの壁が、右にも左にもずーっと広がっていた。

 門も扉もない。右の突き当たりは宮殿で、左の突き当たりはまた壁だ。


「やっぱりね。ただの壁だよ。」


「町を囲んでいるどこかに、一箇所くらい、出口が無いかな。」


 "おやおや、こんなところまで来て。"


 それは声ではなかった。二人の頭の中で言葉が作られた。


 目の前に、馬がいた。風に光り靡く草原の色をした馬だった。


 "出口など無いよ。さあ、おかえり。"




 二人が一度瞬きをしただけで、周りの景色は変わっていた。

 どうやら、町の真ん中にある広場だった。


「またかよ!」


 トゥヴァリは怒った。


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