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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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19 トガの実事件

 横たえられたオーネット船長の側にライルズ医師がついていた。コートナー料理長が叫び、カラットが調理場から水を運び、行ったり来たりしていた。騒ぎに何事かと様子を見に来た者達が集まっていた。グィオ機関長はライルズの隣で、割と大きいオーネットの体を動かすのを手伝っていた。


 床には食べ物が散乱している。

 オーネットの吐き出した汚物で机の上の海図は汚れてしまっていた。エッカーナは呆然とその様子を見守っていたが、やがて布で海図の上をそっと丁寧に拭った。

 その場から立ち去ろうとしたヘイスを呼び止める者がいた。


「何処へ行く?ヘイス・カフェトー。」


 コートナーはしゃがれた低い声で、


「彼を拘束しなさい。」


 と、近くにいたカラットに言った。

 カラットは今にも泣きそうな顔をしていた。何せ彼がこの食事を運んできたのだ。いつもはしないのに、今日という今日に限って。


「え?ヘイスを...?」


 オロオロするカラットにヘイスはふんとため息をつき、自らその両手を差し出した。


「待て!」


 エッカーナは 言ったが、


「彼を拘束するのは彼の為でもあります。」


 とコートナーは宥めた。

 オーネットの体は今も痙攣してビクビクとのたうっていた。青白くなった手や足にぶつぶつと赤い斑点が浮き上がっていった。

 その動きは人間とは思えず、覗き込んだドラギエルは恐ろしく思った。


「お前ら邪魔だ邪魔だァ。野次馬は下がってなァ!」


 と、船長室の入り口に立ったアキリに野次馬は追い払われる。ワイロフがアキリの横に黙って立っていた。


「おい、大丈夫かドラギエル。」


 戻ろうとするドラギエルに、「今にも倒れそうだぜ。」とナバルが言った。


「これは何だ?」


 グィオは床に散乱する食べ物の中から何かの欠片を摘み出した。周りの色を指で落とし、小指の爪ほどの大きさの黄色い表面をこすり出した。ひっくり返った料理の中に同じものがいくつか散らばっている。


「俺たちの食事にこんなもの入っていたかな。」


「...。」


 コートナーはざらざらした質感の黄色い欠片を見つめ、鼻に近づけて臭いを嗅いだ。「この船に食材としてあるものでは無い。」と声を荒げて調理場に向かった。

 調理場は片付けられており何も残っていない。二人の料理人は通路で可哀想なほど狼狽えていた。二人ともコートナーの連れて来た長年の仲間で、料理にそぐわない食材を入れる事などあり得ない。

 灯りを持ち、奥の食糧倉庫の樽や箱を照らす。芋の入ったバケツが置かれている他には、変わったことは何も無い。

 コートナーは船長室に戻ろうとした。すると靴の先にぶつかって転がっていく何かがあった。

 灯りで橙色をしている楕円の物を拾い上げ手の平に乗せてによく睨みつけると、ざらざらとした黄色い一粒の実だった。


「これはトガの実...っ!」


 コートナーは急ぎ船長室に戻った。


「ライルズ君、これを見ろ。」


 手にあるトガの実を見せると、ライルズは大層驚いた顔をして、横に置いていた本をめくった。「トガの実...?くそ、船上でそんな事は想定していなかった!」


 カラットは、(トガの実を食べてしまった時は確かエキの根を使うはずだ)、と咄嗟に思った。だが口には出せなかった。もしいつものように間違えていれば、オーネット船長は死んでしまうかもしれない。本で読んだだけの素人が口に出せる事ではなかった。


「エキの根を持って来て下さい!」


 ライルズは手を止めそう叫んだ。


「...違う。」


 カラットはヘイスが小さな声でそういうのを聞いた。なんとなく、ヘイスは怖がっているのではないかとその表情を見て思った。


「違う、トガの毒の症状じゃ無い。」


「ヘイス?」


「エキの根を使うな!」


 ヘイスは大きな声で叫んだ。全員が静まりしんと張り詰めた空気の中、視線はすべてヘイスに向いていた。


「どうした?'北の狼'。」


 コートナーは厳しくヘイスを睨みつける。


「エキを使えば船長は死ぬ...かもしれない。トガの毒に発疹は起きない。」


「助けられると困るのかね?」


「コートナー料理長!彼は'犬'ではない!ライルズ、どうか彼の言葉を信じてくれ。」


 エッカーナがヘイスの前に出てきて言った。


「随分、その青年にご執心のようですね。エスラ船長夫人。」


 彼女に対峙したのはグィオだった。

 グィオは真剣な顔をして、冗談ではない口調でエッカーナに言った。


「何度か二人で居るところを見かけました。...夫が邪魔になったというのではないでしょうね?」


 エッカーナは大きな目を更に大きく見開き、歯を剥き出しに怒りを露わにした。


「わたくしが...だと...?」


 体がわなわなと震えて声は言葉にならなかった。


「何故今日は彼が食事を運んできたのです?彼は謹慎していたのではなかったですか?何か船長に話があると言っていましたが、貴女が彼に指示したのでは?」


 カラットはヘイスを繋いでいるロープを両手でぎゅっと握り締める。空っぽに近い胃が痛み、動悸で気分が悪くなってきた。


「疑いは平等にされるべきでしょう。貴女がどれほど高貴な出自かは知りませんが、船の上で貴女に俺たちを指図する権限はないのでは?」


「わたくしは!オルミスの」


「エスラ!」


 ヘイスが叫んだので、エッカーナはハッと我に戻って口を噤んだ。

 アキリが今にもグィオに殴りかかろうとするのを、ワイロフは手で制する。


「ヘイスの言う事は本当です!グィオ機関長!」


 その後ろから身を乗り出してきた大男に押され、アキリは重さで体勢を崩し転んだ。


「この...!」


「トガの実は発疹は起きません!俺もかかった事があるからわかります!」


「ばか!」


 ドラギエルを罵ったのはヘイスだった。ヘイスは珍しく視線をあちこちに泳がせ、焦っている。


「そうか、君はコカトの出身だったな。」


「そうです!」


「...トガの実はコカトの森にしか生っていないものだ。」


 コートナーは静かに、ドラギエルに言った。

 ドラギエルは何故怒った顔で見られているのかわからずにキョトンとしている。


「この毒を船内に持ち込んだのは君か?」


「え!?」


 ドラギエルはそんな筈がないと、思った。森を歩いた時に服の何処かに入っていた?まさか、と首を横に振る。


「ここに、私の料理に、確かにこのコカトの毒は混入されている!」


「コートナー料理長、悪いがこのドラギエルという青年を俺は信じている。」


 グィオがドラギエルの横に来て肩を持ってくれた。ドラギエルは安心した。


「真面目で少々利用されやすい気質だが、こんな大それた事はしない。」


 部屋の外の後ろの方で聞いていたナバルも、強く頷いた。


「ここ最近、彼は調理場をうろついていた。」


 コートナーも引かずにグィオたちに詰め寄る。

 二人をよそにじっと医学書を見つめ続けていたライルズがヘイスを見上げ、言った。


「...エキの根で死ぬと言ったね?ではこれはシロンの毒?」


「...そうかもしれない。」


 小さな声で言うヘイスに、ライルズは頭を抱えた。


「本当ならオーネットさんを救う術はない。オルミスに行くしか...薬がないと。」


「ライルズ、シロンの毒とは?」


「...初代国王のオルマとシロンが南下する時、オルミスの北の湿地で休憩をするのに咲いていた白い花をお茶に浮かべて飲んだ。

 すると発疹と痙攣が起こり、当時万病の薬とされていたエキの根を飲ませると、呼吸が止まり症状はさらに悪化したのです。」


「だがシロン王妃はそこで死んではいないはずだ。」


 エッカーナが言った。


「その時王妃を救ったのは、精霊王だったと伝えられています。」


 と、ライルズは力なく答えた。


「精霊...。」


 エッカーナは呟く。


「北の湿地に咲く花か。」


 コートナーは耳聡く、しつこくヘイスを睨み続けた。


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