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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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18 嘘つきたちの夜

「?」


 話し声は誰だろうと待っていると、甲板から降りてきたのはヘイスだった。


「ちょうど良い、お前に話がある。」


 そう言うエッカーナを見て、ヘイスの後ろで金髪の男がバツが悪そうにしている。


「お前たち友人か。カラット・ローレウス、先日はすまなかったな。わたくしは少々言い過ぎた。」


「...いえ、俺が悪いので...。」


 と、唇を噛みカラットは思いつめた表情の顔を上げて、はじめに会った時のように真っ直ぐエッカーナの目を見た。


「カラット・ロットです、エスラ船長夫人。」


 と、言った。


「ローレウスは嘘です。ロット農場の出身です。」


 すみません、とカラットは頭を下げる。

 エッカーナは険しい顔でそれを見ていた。


「名前からして嘘だった...という事か。何か後ろめたい事情でもあるのか?」


「...港町で俺の失敗した噂が立ったので、バレたくなくて名前を偽りました。それだけの事です。結局、俺自身のせいで嘘つきと呼ばれましたけど...嘘をついているつもりは無いんです!間違ったままの知識で喋り過ぎるだけで、だけど今回俺は名前を嘘ついていたから言い訳もできなくて...。」


(これがカラットの素直な気持ちだと受け取ってしまうのは、アキリに甘いと叱られるだろうか?)


 エッカーナは表情を変えることなく、謝る彼を見下ろしていた。


(わたくしにこれを聞く資格があるのか?)


「何故、今更それをわたくしに言う?」


「...死ぬかもしれないと思ったら、本当に嘘つきのまま死ぬのは嫌だと思ったんです。オーネット船長に言うべきなのはわかっています。でも俺が最初に騙したのはエスラ船長夫人だったので。」


「...なるほどな。もう良い、わかった。わたくしにお前を裁量する権限は無いが。」


 エッカーナは大きくため息を吐く。


「カラット、わたくしはお前を許そう。しかしもっとよく考えてからものを話せよ。口は災いを呼ぶという言葉もあるのだからな。」


「はい、船長夫人!」


 すっきりした顔をしているカラットを見て、エッカーナは複雑な気持ちでいた。


「お前に頼もうか。先程言ったようにわたくしはヘイスに少々用があってな。オーネット殿に食事を運ぶ時間なのだが、カラット、お前が運べ。ついでに今の話をして来い。」


「...はい、船長夫人!」


 カラットは言って、調理場へ向かっていった。


「...それで俺に用とは何でしょうか?」


「甲板から戻ったところ悪いが、上に行こう。」


「真っ暗闇ですよ。」


「灯りを持てば良い。」


 エッカーナは近くにぶら下がっていたランタンを取り外してしまった。


「はぁ。」


 ヘイスは面倒臭そうな顔をしていた。




 



「見ろ、ヘイス。」


 甲板に上がると、さっきまでの雲は晴れ満天に星が輝いている。


「灯りなど要らないくらいだ。」


 エッカーナは少しばかりはしゃいで、


「これがタタディアとやらの計らいなのか?」


 と言った。

 ヘイスはうんともすんとも言わなかった。


「ドラギエルが先程話に来てな。今、船長室にはオーネット殿にコートナー料理長、グィオ機関長、ライルズ医師が集まっている。」


「貴女も行かれるべきでは?」


「お呼びでないさ。まあ、後で行くよ。」


 碇を下ろし、船は動いていないはずだった。波に押されているからか止まっているのか進んでいるのかわからない感覚だった。


「それで用は。」


「そう急ぐ事は無いだろう。わたくしと話をするのがそんなに嫌か?」


「他人の奥方と二人でいるのは嫌です。目立つので。」


 目つきの悪い無表情でヘイスが言ったので、エッカーナはそう言えばそれもそうかと気が付いた。


(オーネット殿の妻でもなければエスラでも無い。...と白状出来ればわたくしの心も晴れるだろうがな。)


 正直に言えなければ何を言っても嘘になる。エッカーナは折れた。


「わかったよ。

 お前、自分が生贄になるとか申し出ているらしいではないか。それはお前がカフェトーだからと、そういう事か?」


 エッカーナが見るヘイスの顔は、あの時オーネットに自分を偽る事なく語ったのと同じ顔をしていた。


「そうだ。」


「お前はオーネット殿が守ると言ったろう。だからそんな事を言ってはいけないんだ。」


 ヘイスはまた面倒そうにふん、と息を吐く。


「それは何も起きていない場合ですよ、船長夫人。もし揉め事が起きればオルミスの敵であった俺が候補に上がります。必ず。」


「オーネット殿は優しくはないが誠実な方だ。本当に精霊に惑わされているとして、乗組員を生贄になどしない。」


「そのうち食糧が無くなりますよ。精霊が業を煮やせば天候は嵐になり、船はふるいのように揺すられるかもしれない。追い詰められるほど人間は狂暴に他人を蹴落として生き残ろうと必死になる。」


 エッカーナは悲しかった。自分といくつも違わないこの青年がそういう言葉を発した事が。

 オルミスは栄えて海へも乗り出そうとしているのに、少し北へ行けばそういう現実がきっとある事を知ったからだった。


「アルソリオではそう思う事があったのか?」


「覇権を争い家族全員殺されるくらいですからね。」


(...失言だったな。)


 エッカーナは自分の発言を後悔した。もっとよく考えて話せとは自分がカラットに言ったのでは無かったか。


「家族といっても大して重要な繋がりでは無かった。それについて俺はもう自分の身を案じているだけです。」


「なら自分から死に向かおうなどとするな。」


「俺が命乞いをしながら海へ投げ落とされるのか、家族よりも信頼するこの船の乗組員の生命を救うために死ぬのか、選べるうちに選びたいだけです。」


 ヘイスは頭を掻いて、甲板に胡座をかいて座り込んだ。エッカーナの話がまだ終わらないとわかり疲れた風だった。


「別に心残りもない人生です。適材適所でいいじゃないですか。」


「そんな事は無いだろう。何かしたい事とか行きたい場所とか。」


「別に。...船に乗って新大陸を目指す、というのは悪くなかった。だからもういいです。」


「何がいいんだ。それならまだ夢の途中じゃないか!」


「航海に失敗はつきものですよ。」


 エッカーナにはわからなかった。国民を守る立場の王でもないのに、ヘイスが頑なに自己犠牲の精神を崩さない事が。もし父のメルキド王が「死ね」と言えばその場であっさりと死んでしまうのではないかと思われるくらい、彼は弱々しい存在だった。


「...俺の人生は'狼王の剣'と'第三王女(エッカーナ)'を攫う、その為だけにあった。」


 突然、ヘイスが自分の名前を出したのでエッカーナは驚いた。ヘイスはそっぽを向いていた。


「物心つく頃には訓練をしていて、何かしたいと選ぶような事は無かった。選ばせる奴もいなかった。だからこれからは俺が選ぶ、いつ、どうやって死ぬかも。」


 もう良いでしょう、と言ってヘイスは立ち上がった。


「お前...エッカーナ王女を見た事があるか?」


 去ろうとする背中に向かって、エッカーナは聞いた。


「ありません。精霊が側にいるからすぐわかる、と教えられていましたから。」


「エスラ様!」


 突如、ヘイスを押しのけるように飛び出してきたのはアキリだった。

 下は何やら騒がしく、アキリも青ざめた顔をしている。


「お身体に異常はっ!」


「??大丈夫だ。」


 アキリはヘイスになど目もくれず、エッカーナの前に跪く。


「オーネット様が倒れました。お食事をされた途端、泡を吹き手は震え既に意識がありません!」


「何?!」


 エッカーナは大股で、速足で、ついに走って階段を駆け下りて行った。


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