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セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
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4 元老院

 二人の子どもが消えた後、廻り廊下の魔法は解かれ、あるべき形に戻った。


「君も、人に見られたくないなんて思う気持ちがあったんだねぇ。」


 精霊像の大きな絵を置いて、ルヨは言った。

 赤い絨毯の廊下は突き当たりまで伸びている。右に曲がる通路があった。天井は今までの倍以上に高く、穹窿状の屋根から日が差し込んで、明るい。別棟と繋がる渡り廊下だった。

 そこは剥き出しの、冷たい大理石の床になっていた。ぺたり、ぺたり、と足の裏が床から剥がれる音は、彼の言葉には答えなかった。


 十五、六の少女だった。

 あどけない顔つき、睫毛は長く鼻は高めで、白い肌は外光に輝き、歩くたびに黒髪が揺れていた。


 白に金箔の、前に立った者に食らいついてくるような、狼犬の装飾が施された豪華絢爛な両扉の前で彼女は止まった。


 身につけていた白い布の服は、彼女を纏わなくなると、扉の前でただの見すぼらしい布だった。


 彼女は扉を開け、部屋に入り、扉の閉まる音を背後に聞きながら、膝と頭と両の手の先を冷たい床にしっかりとつけた。


「私は謝罪します。人々を傷つけ、尊い命を奪い、貴方の兄を殺しました。彼らの痛み、悲しみを一時も忘れることはありません。

 私は贖罪します。過ちを繰り返さないよう、己に出来ぬ戒めに、貴方の手を借りて罰を受けます。

 私は精霊王セレニアです。貴方の望みを、必ずすべて叶えます。」


 小さな声は震えている。

 部屋には一人の男がいた。段の上の高くなっているところに置かれた肘掛椅子に座り、筋骨隆々とした身体つきに粗野な髭を生やしている。冷たい緑色の眼が不機嫌そうに、彼女を見降ろす。

 ただ広いだけの部屋に、酒の匂いが充満していた。




 狼犬の扉が再び開いたのは、廊下が暗くなってからだった。全身紫や黒に染まり、もがれた片腕を抱えながら、小さな呻き声を漏らし床を這いずって外に出てきたものは、もはや"何"だかわからなかった。大理石の床には引き摺った血痕が残った。


 扉が閉まると"それ"は、魔法によってあるべき形に戻った。


 怠そうに床の布を拾い、身体に巻き付ける。


「君たちは毎日、そんな事を繰り返している。よく飽きないよね。」


 僅かな星明かりでルヨは石を彫っていた。高い高い脚立の上に座って、天井の細工に取り掛かっていた。

 彼女が部屋に入る前にはただ白かった壁の一面が、大蛇と馬の戦いあう彫刻に変わっている。


「...。」


 彼女は、その彫り物をじっと見つめて、ぺたり、ぺたり、と重い足取りで、宮殿の奥の自分の部屋に戻って行く。


「あんたって、あの子の事を随分と気にかけるのね。ルヨ。」


 すれ違いにやって来たのは、透けた寝間着姿の女だった。長い金の髪が、腰までうねっている。美人というには艶めかし過ぎる容姿の女だった。


「ナサニエルの部屋で起こっていることは全く意味がわからないんだよね。だから気になるんだ。」


「脳みそまでお子様で止まっているわけ?三百年も生きているくせに。」


「君には言われたくないね、ハーヴァ。」


 そう言った後は、黙々と彫刻の作業を続けた。

 ハーヴァも、ルヨの作業をしばらくただ眺めていた。


「そろそろ新しいのに変えるべきかな。」


 ぽつりとルヨが言う。


「あら、使い古した道具にこそ、味があって好きよ。」


 独り言だとわかっていたが、ハーヴァはわざと応答した。


「作品の話だよ。」


 ルヨは少しムッとして言った。


「君が古いものを大事にしているところなんて見た事が無いけどね。ああ、そういえばさっき君の122番目の子どもが来たよ。」


「そう。...宮殿の中に?」


「外の広場さ。」


「ふうん。122番目って、いつ産んだのだったかしら。」


 ハーヴァは肩を竦める。


「一番、新しいやつだよ。」と、ルヨは言った。



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