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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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14 ヘイスとエッカーナ

 黙々と芋を剥き続けて一時、ドラギエルのバケツがようやく出来上がった芋でいっぱいになった。芋はほとんどが半分くらいになってしまい、食べる部分のついた皮が足元にたくさん落ちていた。


「...終わったか。」


 ナバルがやって来て、言った。小狭い場所に座っているだけでドラギエルの体は辛かったので気分が悪くなっていた。

 ナバルはドラギエルの傷だらけの手を掴むと、服の内から取り出した布をドラギエルの手に巻いた。


「...その皮、あんたの今日の食事に混ぜな。」


「これ...。」


 散らかっている皮を見れば、そう言われても仕方がない。同じような事をワリーデに言われた事がある気がした。


「もう行って良いぜ。」


 ナバルはマル芋の皮を剥く手を休める事なくドラギエルに言った。


「あの...もう食事じゃ...。」


 ドラギエルの腹はさっきから鳴りっぱなしだった。


「あたしらは残り物を食う。今作っているのは次の食事の分だ。」


 カラットはこんな辛い仕打ちを受けていたのかと、ドラギエルは悲しく思った。



「優しい男だなァ。そんなんじゃあいつに騙されっきりだろうなァ。」


「黙ってなお喋り男。ドラギエル、この後回転翼を動かすんだろ。あんたはしっかり食ってしっかりやんな。怪我した手じゃ大変だろうが。」


「へえぇ。姉御も女なんだなァ。」


「二度と言うなよ。ケツの穴にこいつをぶっ刺してやるからな。」


 ナバルはナイフを突き刺したマル芋をアキリに投げつけた。






 オーネットはカラットに、ルワリ島に帰港次第、船から降りるよう処分を下した。

 カラットは頷き、大部屋に戻って行った。与えられる仕事は無く、食事は一日に一度。非常時にただ飯食らいを養うわけにはいかない。


「貴女はただ私の妻。表立って乗組員に命令するような権限はありはしないのですよ。」


 事が終わった後、オーネットはエッカーナに言った。カラットには怒っていなかったくせに何故自分に怒っているのかとエッカーナは不服を申し立てる。


「航路を外れ漂う一艘の船。ロベリタス副船長を失い船長は商人の私です。船乗りたちはまだ私を認めてはいないでしょう。私の立場を超えて振る舞う者があれば、この船の規律を乱しかねない。」


 オーネットの細い目は緊張を緩める事なくエッカーナを責め立てた。その顔は随分やつれてしまった、とエッカーナは思った。目の下は大きな隈が出来、頰もだいぶ痩せている。この二日寝ておらず、ほぼ舵を握り締めているのだった。

 実際に今のオーネットには余裕がなかった。周りの船乗りに対し自分が船に慣れていないのは重々承知でいたが、舵は正確に取っている計算でいたからだ。予定では昨夜、遅くても今日にはルワリ島に戻れているはずだった。どうやら南に流されたので北に針路をとっているが、風で押し戻されているように感じられる。

(陸地に嫌われてしまったかのようだ。)とオーネットは思っていた。


 エッカーナは黒い帽子をオーネットに返して、おもむろに甲板を歩いて行った。

 メインの帆柱から繋がるロープを掴み足をかけると、つま先を預けたロープが柔らかくたわみ揺れに体重が持って行かれる。二歩目を上にかければ更に体が外側に引っ張られる。

 エッカーナは一瞬躊躇したが、口元を引き締め更に上に手を伸ばした。捻られているロープは体重を支える手のひらに食い込んでいく。どんどん高さが上がっていくと風も強くなり、しっかりと後ろに編まれた赤毛さえ重みをもって感じられた。

 そうして見張り台に手をかけ、中に転がり込んだ。


「...船長夫人?」


 中にいたヘイスがあまり表情を変えずに驚いた。


「少々頭を冷やしに来た。」


 エッカーナは大きく切れ長の目を伏せてその場に座り込んでいた。


「そろそろルワリ島でも見える頃合じゃないのか?」


「そのはずですが。」


 ヘイスは望遠鏡をエッカーナに渡す。進行方向を見ても何もない、ただ遠くに水平線しか見えなかった。


「さすがにおかしい。方角もオーネット船長の舵も合っている。羅針盤も近海の海図もある。なのに島どころか陸地も見えない。」


「オーネット殿の舵は正確か?」


「悪くない。多少誤差があったとしても、予定通り針路を取れているはずだ。」


 ヘイスは服の中から折り畳んだ紙を取り出し、床に広げてエッカーナに見せた。

 それには陸と海の地図が描かれており、オルミス城、オルミスの港、二つの島。白い山や森、東の荒野と文字が書かれている。


「この辺りで東南に流されたとして、回転翼は動かさず、夜の当番も天候に異変もなかったと言うのだから一日でこの程度。潮と風が逆であっても今は回転翼を動かし続けているからここまでは戻っていてもいいはず。なのに見えもしない...あ、すいません。」


 ヘイスはようやく話している相手が船長夫人だった事を思い出した。


「良い、お前はそのように話せ。...ここではな。この海の中に放り出されて、人に上も下もあるものか。」


 エッカーナは遠くの、オルミスがあるべき海を見ながら言った。

 オーネット・サキタリの妻がエスラ・サキタラスと名乗るのならば、妻の方が家柄が上だという事を表している。オーネットの方が目に見えて歳上であるが、妻の方が偉そうなのも誰の目にも不思議ではなかった。

 家柄が高い、つまり城内の関係者である。


「これが私たちのいた陸地か。」


 エッカーナは大陸をなぞる。


「案外、小さいのだな。」


「そうですね。」


 というヘイスをエッカーナは睨んだ。

 ヘイスは困って、


「...俺はこれでもちゃんと仕事をして生きていこうと思っているんです。雇い主、雇い主の奥方には然るべき態度を取りますよ。」


「では命令しよう。わたくしと対等に話せ。良いか?」


「...はあ。」


「ところでお前は何故こんな地図を持っているのだ。東の海図まで描き込まれているではないか。」


 オーネット殿の海図でも白紙だったのに、とエッカーナは不思議に思った。


「城で"狼王の剣"と"第三王女(エッカーナ)"を盗み、」


 ヘイスは望遠鏡を覗きながら言った。エッカーナはどきりとした。


「港の船に隠れ、東に向かい小舟で岬の裏側にいる仲間と落ち合う。そのまま北へ大陸沿いに、アルソリオの港へ。」


「待て、アルソリオの港だと?」


「北の連中は自分たちをアルソリオと呼んでいる。...未だに。」


「違う、北にも港があるのか?船があり、東までの海図も出来ていると?」


 ならば急ぎ帰って父に知らせなくてはなるまい、とエッカーナは焦った。オルミスから北の警護は城塞を築き砦を持ち、人を置いて厳重にされているが、もし南の海から乗り込まれればーー。


「そうだ。俺が本当にオルミスの味方だと信じるなら。」


「何?」


「アルソリオの奴らはそういう嘘もつく。」


 ヘイスは憂うようにため息をついた。

 エッカーナはその横顔を見て、彼には嘘など一つもないに違いないと思った。

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