13 友人の鬱
それから交代で回転翼を動かす仕事がニ日続いた。一日で流されたのに何故まだ着かないのだろう、とドラギエルがワイロフに聞くと、
「船長殿は舵が素人だ。」
と言った。後にグィオがやって来て、
「夜は風も潮も流された日のままに吹いている。羅針盤で方角を合わせても、西に行きたいのに西南に流されているな。一応戻ってはいても随分遠回りだ。」
とドラギエルに教えた。
「俺なら少しは心得があるのだが...。船長に操舵交代を申し出るのは失礼だろうなぁ。」
「グィオ機関長が...舵を取るべきだと、思います。」
「何、いよいよまずくなる前にはそうするとも。俺だって遭難したくは無い。」
そう言った赤い目はとても頼もしく見えるのだった。
「ドラギエル・ドーデミリオン、いるか。」
夢の中から追い出されそろそろ目を開ける頃、やって来たのはオーネット船長、ではなくエスラだった。
「カラット・ローレウスを知らないか。」
そう言ったので、ドラギエルは背筋がぞくりとした。ロベリタス副船長の時と同じ様な調子だったからだ。
「この部屋に匿ってはいないだろうな?」
と、ドラギエルのベッドを覗き込む。
「あの...カラットいないんですか。」
水音は聞いていない!
自分の気持ちを落ち着かせようとして、記憶を手繰る。先程見た恐ろしい出来事を思い出した。だがあれは夢だったかもしれない。ドラギエルはだいぶ眠気に押されていた事を覚えていた。
「とっくに時間だが、持ち場に来ないのだ。」
ドラギエルは部屋を飛び出した。荷が詰まっている部屋も、機関室も、船長室すら開けて、そして甲板に出た。
船の縁に立って、震える体で海を見下ろした。
勿論、何も見えなかった。
それでも諦められず、ドラギエルは船首の先の方まで覚束ない足元で出来る限りの所まで行って下を覗き込んだり、樽のほんの僅かしかない隙間だって探した。「友人を探しているのか。」と哀れな様子に声をかけた船長は、「甲板に異常はなかったはずだ。」と言った。
それでも必死に舵を取っている船長の場所からは死角があると思い、ドラギエルは船尾を探し続けた。船長も甲板員もそれを咎めはしなかった。
太陽が赤みを帯びて海面に近づこうとしていた。早くしなければ真っ暗になってしまう。
ドラギエルが焦っていると、ロープを伝って降りてくるヘイスの姿が見えた。ヘイスはすぐにドラギエルの方へやって来て、
「こっちだ、ドラギエル。」
と言った。甲板員の目を盗み、二人は船首の近くにある小舟へと行った。
「上からは全部見えていたが伝える手段が無かった。」
ヘイスが親指を向けた小舟の中に、横になって隠れる様にしている人影が見えた。
「カラット!」
ドラギエルは安心の余り、そう叫んでしまった。
「まあ隠すでもないしな。」
とヘイスは頭を掻いた。
カラットは船長の元へ引き立てられ、両膝をついて座らされた。
「この非常時に仕事を放り出すとはな。小舟で逃げる算段でもしていたか?」
エスラは大層怒っており、まだ何も言わぬオーネットの前に立ちカラットを尋問した。
「お前は随分問題があると、調理場の者たちから聞いている。お前の出自はどこだ?」
カラットは青ざめた顔をして、
「...農場です。」
と答えた。
「それが本当かも疑わしいな、カラット・ローレウス。お前は調子の良い嘘を騙ってばかりだ。」
「何故、隠れていたのだね?」
興奮するエスラを後ろにやって、オーネットは穏やかに聞いた。
「俺が、仰る通り...嘘を言ってしまってばかりいるので、調理場にいるのが気まずく...当番に向かおうとした足が勝手に逃げ出しました。」
カラットは下を向いたまま、言った。
「職務放棄は船上では罪を犯すのと同意だ!どの仕事も船員の命を守る重要な任務なのだぞ!」
頭に来たエスラが後ろにいながらも怒鳴った。
カラットは涙が出たが、それは怒られた悲しみでも反省でもなく、自身への悔しさからだった。
調理場では火がおこされ、料理人たちが忙しく動き回っていた。その横を通り抜け、奥の隅のバケツがたくさん並んでいる場所にドラギエルは連れてこられた。
「あの嘘つき君の代わりかァ。名前は?」
と、マルーセルを思い起こさせるような風貌の少年が言った。
ドラギエルはカラットの為に、彼の仕事の穴埋めをしようとしていた。きっと具合でも悪くなったのだとそう信じていた。
怒り狂ったエスラを見て、カラットが叱責を受けると聞いて、少しでもそれが軽くなるようオーネットに勇気を出して申し入れたのだった。
「叱責は変わらないが、友人の為に行う君の行動は彼の助けになるだろう。」とオーネットは言った。
「俺はドラギエル...ドーデミリオン。...嘘つき君って?」
「何つったかなァ、ナバル。」
「...カラットだろ。」
ナバルはもう仕事に取り掛かっている。
「ドラギエル。よろしくなァ、俺はアキリだ。」
「これは...何?」
「クネ芋だなァ。こうやって回しながら剥く。」
アキリはくるくると器用に皮を剥いて見せた。
ドラギエルはナイフを手渡され、目の前に芋が入ったバケツを置かれる。
「いつもよかァ随分少なくなった。先行きわからないんだから食べ物は大事にしなくちゃなァ。」
ドラギエルの手は小刻みに震えていた。ナイフが苦手だった。家で木の加工を教えられていた間も、よく失敗して手を切ったものだ。結局逃げ出して、ドラギエルはもうナイフは使わなくて良いということになったのだった。
ぎゅっと柄を握り締め恐る恐る剥きだすと、アキリがやって見せたようにするりとはいかず、硬くて動かなかった刃を滑らせ早速左手を切った。
「痛...っ!」
「何だ、もう怪我したのかァ?嘘つきの次は鈍くさいのがきたなァ。」
「あの...何で、嘘つきって...?」
ドラギエルは傷を抑えながら、どうしても気になったので聞いた。
「何なんだろうなァあいつは。一仕事の間に10回は嘘をひけらかす。もう辟易したんだァ、ナバルの姉御が。」
「...あんたがだろ。それにあたしは二十一だ。年上にそんな呼ばれ方したくねえな。」
「そう言ったって、敬われなければなァ。」
童顔の男はわざとらしくため息をついた。
ドラギエルは嫌な気持ちだった。友人のカラットに悪い呼び名が付いていることが腹が立って仕方なかった。カラットは良い人だ、嘘つきはアキリの方だと言ってやりたかったが、どうにもよく喋るこの男に敵うはずが無かったのでとても口には出せなかった。
この男とは話さないと決め、どっかと座り込み血だらけの手で芋に取り掛かった。
「あァ、あァそんなにしちゃ。」
「...良いだろ、後で洗えば良いんだ。あんたもあまり無駄口叩くなら、海に突き落としてやる。」
「おっかねぇ姐さんだなァ。」
ドラギエルは耳を塞いで、両手は塞がっていたけれどもう聞かないことにして、ぎこちない手で必死に芋を剥いた。傷が増えても、薄黄色い芋が真っ赤になってもひたすら剥き続けた。




