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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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11 グィオの船歌

【セアラ・エッカーナ号】は、追い風が吹けば帆を広げ、それが夜ならばその間ドラギエルたちの仕事は休みだった。高速で闇の中を進むのは海図があるうちも危険だとオーネットが考えたからだった。

 ロベリタス副船長が星を見ながら舵を握り、見張りが海を確認していた。


 男が体を休める為の大部屋があるが、カラットとヘイスは夜眠るのでドラギエルとは入れ違いだった。

  「お前は頼まれても人の仕事をやってやるんじゃないぞ。」と女船長が言ったので、ーーオーネットは彼が困惑するのを悟ったので、オーネット船長が自分でエッカーナがエスラと名乗る妻である説明を先延ばしにしていたーー交代したらすぐに大部屋に行った。




 夜、静かな機関室に僅かな明かりが灯り、ギイギイと船が揺れる様は、船体が本当は一つの大男であって左右交互に体重を傾けながら海の底を踏んで歩いているのではないかとドラギエルは思った。


 他の当番はやる事がなくうつらうつらと眠っている。

 ワイロフという肩の筋肉が頭の大きさのような男だけが、灯りの元で本を読んでいた。小さな目と黒い髭に覆われた顔が暗がりで照らし出されているのは、夜に暖炉に向かっているドラギエルの父親を思い起こさせた。

 森の情景が脳内に浮かび上がる。


(皆んなどうしているだろう。俺がいなくなった事を何か思っているかな...。)


「やあ、この船は随分楽で良いな。」


 上からグィオが降りてきて、ドラギエルの近くに座った。


「君はどこから来たんだい。」


「えっと...。」


「言いたくなきゃいいさ。船に乗る奴には色々いるからな。」


 とグィオは言い、そうしてまた、船はしんと静まり返った。


(折角話しかけられたのに...。)


 今更、返事をするには間を置きすぎている。この後何時も一緒に居るのに、その沈黙は気まずかった。


 ドラギエルは頭の中で失敗と反省をぐるぐると繰り返していた。自分から機関長に話しかけようか、しかし無視しておいて話しかけたらこいつは何だと思われてしまうだろう。今からでもコカトの話をしようか、こんな思いをずっとするくらいならーーー。




 その時、何かが聴こえた。

 それはドラギエルの横、船の外側からの様にも思えたし、上からの様にも聴こえた。

 異質な音だった。聴こえてはいけない、そう、まるで悲鳴と水音ではなかったかとドラギエルは思った。



「あの...。」


「ん?」


「何か...聞こえ...。」


「俺は耳が悪いんだ。大きい声で喋ってくれ。」


 ドラギエルはグッと息を飲み、


「何か!聞こえませんでしたか!」


「耳が悪いんでなぁ。」


「あ...すいません...。」


「何だって?」


「すいません!」


 大きな声で言い直す。


「そんな怒鳴る事はねぇんだよ。普通に喋ってくれりゃあそれで良いのさドラギエロ。」


「ドラギエル...。」


「ドラギエル?そうか。俺はなぁ、ドラギエル。物心ついた時には今の仕事を習っていた。」


「...。」


「船はどうだ。楽しいか?」


「あ...はい。あの...。」


 グィオは赤い目をジッとドラギエルに向けて、次の言葉を待っていた。


「...俺でも、仕事が...あの、出来る...うまく。だからその、楽しいです。」


「そうだな。力がありゃあ出来ることがたくさんある。」


「...俺は...怒られてばかりで。家でも、そうです。下の弟にも。」


「へえ?下の弟の名前は?」


「マルーセル...。」


「そうか。マルーセルは何故君を怒るんだい?兄さんなのに。」


「マルーセルは...何でも出来る。兄さんたちに教えられた事も、すぐに出来る。俺はいつまで経っても覚えない。森の事も、仕事の事も、母さんの好きなものも...。」


「兄さんもいるのか。ドラギエルは三人兄弟か?」


「いえ、兄弟は九人...。」


「そりゃあ偉い母さんだ。全部男?」


「あの、姉さんが二人。」


「そうか。森と言ったが君は...コカトの出身なんだな。」


「そうです。そう、そうです。」


 さっき聞かれた事を話すことが出来て、ドラギエルはホッとした。こんなに人と長く話す事は滅多にない。グィオとだったらいつまでも話せるように思えた。自分の事をわかってもらえるのは、楽しかった。


(機関長はどう思っているだろう。優しい顔をしているけど、つまらない奴だと思っているかもしれない...。)


 カラットのように面白く話が出来ればいいのにと思った。自分がもっと物知りであればいいのに。相手が知らないような事を。

 ドラギエルが知っている事で他の人が知らない事なんて絶対にない。そう思った。


「そうだな、今までにした失敗の話を聞かせてくれないか。君はこんなに真面目なのに、何を失敗してしまうのか。」


(変な事を聞く人だ。)


 ドラギエルは、城下町の木工職人に怒られた話や、納品書を無くした事、ワリーデに怒られた事...母さんの誕生日に、兄弟姉妹が全員母さんの好きなものをあげたのに、ドラギエルだけが必要の無いものを渡してしまった話を辿々しくした。

 グィオはドラギエルが話し足りない事をいちいち聞いてくれるので、ドラギエルは話していて気持ちが良かった。


「それで、母さんの大好物なんだと思ってウンドキの根をあげたけど、もう痒みは治ったから要らないんだってマルーセルが...。」


「それは君の失敗じゃあ無いな。君は母さんをよく見ていたんだから。母さんが怒ったわけじゃないんだろう?」


「母さんは...怒りませんでした。」


「他の失敗は、聞いていると君が人の話をよく聞いていないのが原因なんだな。君は肝心な時に余計な事を色々と考えるだろう?だから肝心な事を聞き逃す。」


「あ...。」


 確かにそうだとドラギエルは思った。

 いつも自分がどう見られているか、失敗したらどう怒られるか、どうして自分が上手くいかないのか、そんな事ばかり頭に浮かんで相手の言う事を聞いていない。


「あとはほんの少しトロいだけだ。」


「...。」


 ドラギエルの耳が熱くなった。


「恥じる事はないよ。そうだな...アルソリオの時代には人は皆、平等だった。なんせ、仕事は全部精霊がやってくれるんで、人々は遊んで暮らしていたそうだよ。君もその時代に生まれていれば何を非難されることも無かっただろうさ。」


「その時代に生まれれば...。」


「仕事は人の能力を分ける。出来る奴はいいが、出来ない奴はどんどん落ちこぼれていく。城下町にだって君の納品書を盗んだスリや浮浪者がいただろう。」


「...。」


「メルキド王は商売を奨励しているが、もっと単純作業も用意するべきなんだ。自分で工夫がいらない、頼まれた事をやるだけの誰でも出来る仕事だよ。そういう事が君たちを救うと思うんだ。」


 ドラギエルは、グィオ機関長はなんて偉い人なのだろうと思った。王様が彼のような人だったら、この船の仕事のように自分がもっと活躍出来るかもしれなかった。スリのネビオロだって、カラットとヘイスだって。


「オルミス、人の新き王は

 盲目の彼らの手を取り

 赤児を揺籠に置き去りに

 南へ、南へーーー真っ新な地を求め。」


 グィオは低い声を響かせて短い歌を歌った。

 船の揺らぎに合わせるようなゆっくりした調子の歌だった。


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