8 乗組員たち
半時を過ぎ、船はアルソ島を右舷に見ながら唯一の寄港地であるルワリ島に真っ直ぐ向かっている。
風が吹いていないので、回転翼の二本の白い泡の線を残しながら、穏やかな波を掻き分けて行く。
エッカーナは、幼少の頃に一度だけ船に乗ったことがある。父王がアルソ島を視察する時に、母后と姉達と共に乗った。小さな体には【セアラ・シロン号】は動く城のように感じられ、アルソ島までの一時は大航海の如く昂奮したものだ。
(島に着いたら小さくて何にもなくて、がっかりしたのだったな。)
出港する時の方が余程ドキドキした。船に乗っている間はこの世界の何処にだって自分は行けるのだと思った。
(所詮、簡単に手の届くもの。)
少し離れて海側から見れば島は港町と繋がっているようにすら見える。
「ルワリ島まであと二時半です。」
オーネットが横に来て言った。
「あなたが増やしたという乗組員は何名ですか?」
「六人だ。若い女が一人、若い男が三人。女と男一人を調理場にやって、一人でかいのが機関室。もう一人は掃除を言いつけた。あと私について来た世話役が二人。」
「船長が知らない人物を船に乗せておくことは出来ません。ロベリタス、舵を頼む。」
オーネットは甲板に立っていた白髪の老人に声をかけた。
「副船長のロベリタス・マッケイドです。予定が大幅に変更されてすまない。
エスラ、私は商人です。ロベリタスは【エスト・オルマ号】の船長でした。引退したのを頼んで引き受けてもらったのです。航行については必ずロベリタスに従うように。」
「わかった。宜しく頼む、ロベリタス殿。」
エッカーナは帽子を脱ぎ、右手を差し出した。乾いたパンのような硬い皺の手をしっかりと握る。
「さすがオーネット船長の奥様は肝っ玉がでかいですな。」
ロベリタスは掠れた声で、満足そうに頷いた。
舵取場に彼を残し、甲板に降りながらオーネットはエッカーナに言った。
「私を見つけたのが機関長のグィオ・フレザック。ロベリタス船長の元で長年働いていた信頼の置ける男です。あとは料理長のコートナー・フビジャ。私がこの船の為に雇用したのは三人。残りは彼らが選んだ、よく働く者たちです。これからルワリ島で商会の私の助役が二人乗ります。
彼らを含めて誰にも、正体を明かさぬよう。」
「わかった。」
エッカーナは素直に頷く。
船内に入ろうとする時に、船首に向かう大きな男が見えた。
(あれは荷入れに回した…便所かな。)
中に入ると、船体がギイギイと音を立てている。
調理場に入ると既に昼食の準備に忙しくしていた。オーネットはコートナー料理長にエッカーナを挨拶させ、芋剥きをしているという見習いの元へ向かう。
「ナバル・パームシュカ、カラット・ローレウス、アキリ・ケワイスだ。」
エッカーナは順に指し示してオーネットに教えた。
「オーネット船長!」
ナバルが芋を置き、男二人に向けるのとは正反対の態度でエッカーナに駆け寄った。
「すまないナバル。わたくしは実は船長では無いんだ。」
「...どういう事ですか?」
「こちらが真の船長オーネット殿だ。わたくしは妻のえー、エスラ・サキタラスというのが本名だったのだ。」
ナバルは大きな目で眉をしかめて、じっと本物のオーネットを見つめる。
「降ろされますか、私は...?」
と、不安そうに聞いた。
「妻が勝手をしてすまないね。君がこの仕事を希望するのなら乗組員見習いとして雇用し直そう。」
「はい!私は船に乗るためなら、どんな仕事でもします!」
ナバルはオーネットに大声で、うるさいほどにハッキリと答えた。
「君も構わないかな、カラット。問題があればルワリ島で降りる事が出来る。他の船でオルミスに帰れるだろう。」
「...いえ。俺も船で仕事がしたいです。」
カラットの目はオーネットを見つめ返した。
「わかった、ではよろしく頼むよ。」
オーネットとエッカーナは更に下の層へと向かう。彼らについて、オーネットは何も言わなかった。問題は無かったのだとエッカーナは解釈した。
(あの大男には名前も聞かなかったな。もう一人は何だったか...?
そうだ。下に向かっているがあの男はさっき船首の方にいたぞ。)
エッカーナが声をかけようとした時、
「そこで何をしている?」
と厳しい口調でオーネットが言った。
見ると青みがかった髪の、目つきの悪い男が床板を調べているところだった。
「すみません。回転翼の仕組みを知りたくて。」
立ち上がりながら、悪戯が見つかっても悪びれない子どものように平坦な声でヘイスは言った。
「近付いたら巻き込まれてしまうぞ。君は…船が好きなのか。」
「はい。」
ヘイスは答えながら、オーネットとエッカーナを見比べる。
「貴方がオーネット船長ですね。」
と、男に言った。
「わたくしは妻のエスラ・サキタラスだ。嘘をついてすまなかった。」
と、エッカーナは嘘をついた。
ヘイスは少しの間、考え込んでいたが
「俺はヘイス・カフェトーです。」
真っ直ぐオーネットの目を見つめて言う。
「何!?」
オーネットの顔色が変わる。
腰にさしていた短剣を抜き、ヘイスの喉に切っ先を向けた。




