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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
32/320

7 面舵いっぱい

 荷運びは重たく、木箱や樽を肩に背負うと汗が噴き出す。ドラギエルは頭はないが力だけはある。船に入るとあちらへ運べ、こちらに入れろと全てを指示通りに行うだけだったので、ドラギエルの人生で初めて怒られずに終わった仕事だった。

 名も聞かれずに「お前はこっちに来い。」と呼ばれた先には棒が突き出ている太い柱があり、他に三人の男がいた。


 吊るされた灯りが、波に船体が傾くのに合わせて揺れる。気持ち悪さを覚えながらも、コカトの木の香りのする船内はドラギエルの体調を落ち着かせるのに役立っていた。


「もうすぐ合図が来る。これを回せば碇が巻き上がる。皆でこれを動かすんだ。」


 案内して来た赤い目の男が、一人視線を彷徨わせているドラギエルに教える。


「君は海は初めてだな。」


「はい、船長!」


 ドラギエルはうっかりそう答えた。さっき自分がはっきりとした声で返事をしたのが嬉しくて、荷物を運んでいる間、心の中で何度も何度もその場面を反芻していたからだった。

 男の赤い目がジッとドラギエルを見る。


「あ...いえ、あの...。」


「ははは、元気の良い若者だ。女の船長に雇われたな?君が気に入ったよ。俺の時はそう...返事は、"はい、機関長。"だな。」


「はい!機関長!」


「そうだ。君の名前は?」


「ドドラギエロドーデミリオン!」


 早口で舌が回っていなかったが、ドラギエルの人生で最も大きな声で名乗る事が出来た。

 この赤目の人に気に入られたままでいたかった。この船から降ろされたくないと思っていた。


「俺は合図を受けるために上にいるから、声が聞こえたら力いっぱいその棒を押すんだ。他の者が始めたらその手伝いをすれば良いよ。」


 赤目の男はそう言って、梯子を身軽に上がって行った。



「碇を上げろ。」


「碇を上げろぉーっ!」


 間も無く、声が聞こえた。

 その一番声は舵の前で風を待っていた赤い上着の船長オーネットから発せられ、次に彼の妻として横にいる黒い帽子のエスラ・サキタラスと名乗る人物が声を張り上げた。

 甲板にいた乗組員たちが復唱し、機関長グィオが叫んだ。


「上げろー!」


「回せぇ!」


 男たちが言い、腕に脚に全身の力を込め棒を押す。ドラギエルも少し遅れて加わった。ギシギシと木の軋む音がして巻き上げ機は動き出し、ギュルギュルギュルと上で大きな音が鳴る。


「右三十度旋回、両舷回転翼全速。」


 船尾船底部にある回転翼(スクリュー)が双舷同時にゆっくりと回り始める。ごんごんという音が仕事を終えたドラギエルにも聞こえた。


 極秘の出港に正式な見送りはいなかった。しかし、港町の者は多く集まっていた。

 歓声を上げる人々に混じってラナリアがバンダナを振っているのが、甲板にいたヘイスには見えた。けれど、ラナリアからはヘイスが見えなかった。






「あァ、俺も船の事はわかんねえよ。西の紡績所にいただけだしなァ。」


 クネ芋の皮を剥きながら、青い目の青年は言った。「イテテ」と軽く切った指を舐め、自分の持つ曲がりくねった芋根を見て憎々しげに舌打ちをする。


「何だこのぐにゃぐにゃの芋はァ。剥きにくいったらありゃしない。」


 アキリという変わった名前の男だった。カラットよりも八つも年上だが、顔が幼く少年のようだった。


「それはこうやって回しながら剥くんだ。ナイフは動かさないように...。」


 カラットは一つくるくると器用に剥いて、教えてやった。アキリは一枚に繋がった螺旋状の皮を持ち上げ、感心した。


「さすが食堂で働いていた事はあるなァ。」


 食堂では配膳係で本当は農場にいたからだ、という口を滑らすのは踏みとどまった。名前を偽ったのだから出身は秘密にしておかなければならない。


「このミズハ草は、便秘に効くんだぜ。」


 と、間をつなぐために言った。


「消化促進だろ。」


 赤いバンダナをして白いシャツに太い緑色のズボンを履いた男のような格好の少女が、船の入り口で見たあの少女が言った。

 彼女は振る舞いも粗野な男のようだったが、遠目でも女とわかるように背が小さく胸が大きかった。


「あ、ああ。そうだった、消化に良いんだったよ。」


「ナバルは物知りだ。船にも詳しいみたいだ。なァ?」


「...港町の生まれだからな。」


 ナバルは無愛想に言った。

 樽に座り大股を広げた間にバケツを置き、アキリよりもカラットよりも早く芋の皮を剥く。


「じゃあ、知ってるか?下を向いて作業をすると船に酔うよ。」


「...あたしは船酔いしない方法を知ってんだ。」


「そんなもんがあるのかァ、どうすりゃ良い?」


 聞いたのはアキリだったが、船の揺れはカラットの想像よりもずっと大きかった。ゴンゴンと下で何かが回っている音がずっとしているし、さざ波に船体が揺れるのはマル芋も転がらない程度だけれど、沈没するのではないかと不安で鼓動が強くなる程想像よりもその体感は大きかった。


「あんたたちのゲロの臭いで耐え切れなくなったら教えてやるよ。」


 ナバルがあまりに下品な物言いをするので、男二人は顔を見合わせた。





 ヘイスがブラシとバケツを持って歩いていると、見覚えのある大男がうろうろしているのが見えた。


「ドラギエル。久しぶりだな。」


 と冗談めかして言うと、


「...ついさっきだ。あの、別れたのは。」


 とドラギエルは答えた。


「へえ。それでこんな所で何やってるんだ。仕事は終わったのか。」


「夜、下のを回しに...今は船室に...。」


 この船は碇の巻き上げ機とは別に、両舷の回転翼を回すための人動力装置が最下部にある。その、夜の当番になったということをヘイスは理解する。

 彼の分まで喋るカラットを挟まずにドラギエルとまともな会話をしたのは初めてじゃないかとヘイスは振り返った。


「あの...。」


 そして、ドラギエルが言った。


「船に舟がある...。」


 と、すぐ脇に網の張られている小舟を見ながら言った。


「何でかって?船が沈む時脱出できるようにさ。あと巨大船が近づけない浅瀬や、船同士の行き来の為だ。」


 教えてやると、ドラギエルは納得して頷いた。


「なあドラギエル、俺はこれから掃除をするんだが仕事が終わったなら少し手伝ってくれないか?何、船に乗ってから一皮剥けたお前には簡単すぎる仕事さ。」


「え?...うん、いいよ。」


 ドラギエルは差し出された掃除用具を受け取り、満更でもない気分でヘイスの後をついて行った。

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