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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
30/320

5 人生はこうかいなり

 ラナリアは真珠の耳飾りをつけてバンダナを巻き、クリーム色の髪は編まずに下ろしていた。

 首下も覆う服を着て、薄手の長い上着を着ている。

 今日は職業斡旋所の仕事は休みで、城下町に買い物に出かけるところだった。

 街道を行く道すがら偶然見かけて声をかけたラナリアに、ヘイスは「誰だお前。」と言った。

 ヘイスはいつものように猫背で靴の裏を引きずるようにやる気なく歩いており、遠目の後ろ姿でもすぐにその人だとわかった。


「斡旋所の受付よ。ヘイスさんも城下町へ行くの?」


 ヘイスはしばらく答えなかった。ラナリアを無視しているようだった。

 文句を言おうとした時、


「ああ。」


 とようやく返事が聞こえた。

 一週間前に港にやって来た十六歳の三人組は、'斡旋所史上最悪の期待外れ'と呼ばれ有名になっている。特にこのヘイス・カフェトーは、折角来た雇用依頼にもそもそも行かなかったり、行っても一時も経たずに辞めて帰って来たりとタチが悪い。もう彼を推薦することも出来ないので、登録を抹消する手はずである。


(そうだわ。そのこと言っておかなきゃ。)


「悪いけど、斡旋所に登録をしておくことがもう出来ないわ。三件とも勝手に辞めたりするから。」


 ラナリアが言うと、ヘイスはしばらく考えて「そうか。」と言った。


「初めはあなたが一番まともかと思ったんだけど。大きい赤毛は喋れないし、金髪はしょうもないお喋りだし。」


「あの二人はどうなんだ?」


 んー、とラナリアはため息に近い前置きをした。斡旋所の人の事をあまり他人に言ってもいけないが、彼らのダメさ加減にラナリアも鬱憤が溜まっていたので、「ダメね。」と正直に漏らした。


「ドラギエルはコカト出身だから期待されていたけど、木の事なーんにも出来やしないし、でもコカトの人だってみんながみんな木工職人じゃないからね?じゃあうちが貰うよってとこもあったけど、荷物を運ばせても要領が悪いし、時間はかかるし間違うし。最後に力がありゃあ良いって言った親方は返事も出来ないのか!声が小さい!って辞めさせてしまったわ。」


「そうだろうな。」


 と、ヘイスはわかった風に言った。


「カラットは初めのうちは失敗をしても要領は良かったけど、慣れたらすぐお喋りするし、余計なこと言うし、知ってるか?なんてひけらかしたりするし、しかも間違ってるし、力は無いし。ロット農場の長男なのに何で港に来たのかって言うと、お城の料理長を怒らせたんですって。オルミスの最高の料理人に向かって、'知ってます?ウンドキの根は熱冷ましにもなるんですよ。'って、誰でも知ってる民間療法を、しかもウンドキの根はかゆみ止めだしね。それで料理長はこんな小僧に試されたと思って怒っちゃって、その時の取引を無しにしようとしてロットさんは怒ってカラットを勘当したっていう話なのよ。」


 ヘイスはこれもよく喋る女だなと思って聞いていた。


「その話はカラットが自分でしたのか?」


「ううん。市場や農場周りでは有名な話で、昨日城下町から来た商人が食堂にいるカラットに気づいてね。ロットの坊ちゃんこんなところにいたのかい!って。」


「ふうん。」


 と、素っ気なく返事をするヘイスにラナリアはムッとした。


「悪いけどあなたが一番困るんだからね!働く気が無いのなら斡旋所になんか来ないでよ。一体何がしたいの?」


「何も。」


 ヘイスは言った。

 答えられないだろうと吹っかけたので、思わぬ即答にラナリアが口を噤む事になった。


「何もしたくない。でも金がないと生きていけないから仕方なく。それで自分に合う何かを探してるけど、つまらない事ばかりだからやりたくない。」


「あなたって...。」


 ラナリアは唖然として、何も言えなかった。


「今日はどうして城下町へ行くわけ?何かしたい事があるの?」


「別に、行きたくて行くわけじゃ無い。」


 ラナリアはもう話しているのが嫌になったので、一人足を速める。


「話しかけて悪かったわね。登録が消えると宿泊所には居られないから明日までに荷物をまとめておいて!」


 今日城下町に行くのは食糧品の買い物だけのつもりだったけれど、いつも羨ましく見ていたスカートを絶対に買ってやろうと決めた。







 ヘイスが港町に戻ったのはもう日が暮れる頃だった。作業も終わり片付いて、精霊が三つ四つ飛んでいるのが目につく暗さになっていく。

 少し風の強い日だった。風が水面を撫でる音、巨大な船が軋んで揺れる音がしていた。


(あんな巨大な船があったか...?)


 それはオルマ号よりもシロン号よりも大きな船だった。


(三...いや四...か。)


 四本の帆柱の影が伸びていた。

 船体が丸く大きく、船首には精霊王セレニアでは無く、姿の違う女性の像があった。髪がゆらゆらとくねり、上半身は裸で下半身は丸い出っ張りのある十本の足。海の精霊王ファムレの姿として想像されている有名な絵を像にしたものだった。


 ヘイスは胸がドキドキした。船を学ばされた事のある彼には、これが何に使う船であるかが瞬時に理解できたからだった。

 他の二隻のように、ちょっと手の届き辛いだけのあの島に渡るとか、ちょっと西まで木を取りに行くとか、その水準の大きさでは無い。

 ヘイスが教えられた船のように一人か二人でこそこそ大陸の浅瀬や川を進むような小船など以ての外だ。

 全身に鳥肌が立ち、目に水分が集まり、何か言いたげに開いた口の両端は意識せず上がった。


 海へ出るのだ。


 荒波を越え、潮にのり、人の新たに踏む道を探す為の船。海の王を恐れず敬い、必要とあらば戦う為の船。


(オーネット・サキタリだ。ルワリ島で密かに準備をしているって噂は本当だったんだ。)


 ヘイスはその船体に、【セアラ・エッカーナ】という名が刻まれているのを見た。

 一体何人の乗組員がこの船に乗るのだろう。

 やはり南へ行くのだろうか。精霊王セレニアが昔に、「南にもう一つのサルト=カティス(巨大な大陸)がある」と告げたと言う。



 夜の潮風を感じながらヘイスは宿泊所へ戻った。明日ここを追い出されるとしても、エッカーナ号を見られただけでも、自分が港町に来た意味があったと感じていた。


 そんなヘイスとは対照的に、二人の落ち込みようは酷いものだった。


「ヘイス、遅かったなあ。仕事をして来たのか?」


 明らかに空元気を出してカラットが言う。


「俺にはもう仕事が来ないよ。」


 と言って座った。もう家に戻ろうと決意したヘイスにとってはどうでもいいことだった。


  「そうか。何か聞いた?俺の話とか。」


「城の料理長を怒らせて勘当された農場の長男坊の話なら聞いたよ。」


 カラットはバツが悪そうに頭を掻いて、へらりと力無く笑った。


「受付の女がここを出てけとよ。」


「あはは。俺たちも言われたよ。」


 ドラギエルは涙目になっていた。大男のくせに情けない奴だとヘイスは思う。


「ドラギエルにはもう仕事が来ないし、俺は食堂を続けるなら宿じゃ無くて家を借りろって。ははは。」


(さっきから何を笑ってるんだこいつ。)

 と思いながらも、

「そうか。良かったな。」とヘイスが言うと、


「いや、金が無いんだ。それに俺も仕事を辞めて来たんだよ。は、は、は。」


 毎日毎日二人を連れ出して奢っていれば当然か、とヘイスは内心で呆れる。


「何だか上手くいかないよなぁ。こんなに嫌な思いばっかするんなら、本当にアルソリオのままの方が良かったんじゃないかって、お、も」


 カラットは驚いて、瞬きをするくらいしか出来なかった。


「う...。」


 ヘイスが突然、カラットの胸ぐらを掴んだからだった。


「ヘイス?」


 ドラギエルも驚いて声を上げた。思わず立ち上がっていた。


「本当にそう思うか?」


 ヘイスは声を荒げるわけでも無く、掴んでいるのも軽く服を引く程度の力だった。いつも大して変わらず無表情な男だが、何故だか真剣な目をしているとカラットは思った。


「お俺、また、何か余計なこと言った?」


「答えろよ。今のが本心かどうか、興味があるだけだ。」


「...ちょっとはそう思うよ。なあ、ドラギエル。」


「俺?え...。」


「そうか。」


 ヘイスは手を離し、いつものように離れてごろんと寝転がった。


「何だったんだ?」


 カラットは小声で言った。ドラギエルは返事もせずただぽかんとヘイスの背中を見つめていた。







 次の日の朝、ドラギエルとカラットは荷物をまとめて宿泊所を出て行った。ヘイスもそろそろ行こうかという時に、二人は何か興奮して戻って来た。


「あか...あかみ...あか...。」


 先に何かを伝えて来ようとしたのは意外にもドラギエルだった。


「大変だヘイス。俺たち三人に赤い紙が!」


 そう言ってカラットは汗ばむ手にくしゃくしゃに握り締められた三枚の紙を慌てて広げて見せた。


「三人とも同じ仕事だ、セアラ...!」


 ヘイスは紙を一枚取り上げて、目を通した。


 "【セアラ・エッカーナ号】乗組員残席五名。

 先着順見習い可。本日出航、勤務地外海。乗船希望の方は船着場に集合されたし。

 仕事内容は乗船後説明。ーーオーネット・サキタリ"

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