4 期待
ドラギエルは造船所に来ていた。巨木の加工材が山のように積まれている。
ぼうっと突っ立っている大男の姿を見つけた雇い主は、「こっちだこっちだ。」と、ドラギエルを呼ぶ。
にこにこした、背の小さい白い髭の初老の男だった。
「うちを選んでくれて嬉しいぜ!説明するから一緒に来てくれ。」
雇い主はドラギエルがうっかりすれば蹴飛ばしてしまうのではないかと思うくらい背が低かった。
「コカトから運ばれてくるジャラと、西から伐採してきたイペがある。コカト出身なら木の扱いはお手の物だよな?」
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オルミス城は、二百四十年前に精霊王セレニアによって造られたと言われている。
王の居城と精霊宮殿と呼ばれる小さな白い礼拝堂が真ん中にあり、外側が高い城壁になっている使用人たちの仕事場に囲まれている。北東と南西の対角は塔になっており、交代で見張りが付く。北にいる反体制派の襲撃から守る為に造られた構造である。
城内と城下町の警備の職につけるのはオルミス城下町生まれの、由緒のはっきりしている家系のみと定められている。反体制派の一部が親戚を頼って町内に侵入し、襲撃事件を起こした過去があるからだった。
「船は出来たのか、オーネット。」
メルキド=オルミスは、細い目をした四角い顔の男に声をかけた。彼はメルキドを待つ間いつもそうしているように、緑色の表紙をしたアイピレイス遺集を開いている。乗り物や建物の設計書、通貨流通の方法、商売の規則に事務手続き、計算式などが載っている。
オーネットは子どもの時分からアイピレイスを崇敬していた。別に医学書も遺している、アルソリオ時代の天才と呼んだ。
「はい。三日で出発します。」
オーネット・サキタリは若くして、メルキドの親友だった亡き父から商会を引き継いだ男だが大層な切れ者である。父の代には城下町で生産された服などを厳選し城内に運ぶ役目の程度であったが、彼に代わってから商会は三年ほどで農場、コカトの森、港町と城下町すべての産業を取り扱うに至り、オルミスの商売の元締めになってしまった。
「オルミスの通貨が出来て以来、前人未踏の莫大な資産を集め何をするかと思いきや、心中は少年のままであったとはな。」
メルキドも五十を過ぎる歳にして、期待を抑えられないでいた。オーネットなら必ず遂げるだろう。これまで誰も成し得なかった、新大陸への到着を。それはメルキドとオーネットの父の若き日の夢だった。
「オルミスの繁栄の為に。必ず航路をひらき新大陸の地にオルミスの町を建設致します。」
「その折には、褒美にエッカーナをやろう。三女であるからこの城はやれまいが、許せ。」
「そっそんな!私には勿体無い...。」
珍しく体裁を悪くするオーネットに、メルキドは笑った。
「とうに知っておるぞ。あれがお前に入れあげている事は。要らんというなら無理強いはせん。」
「...ええ...あの...有難きお言葉で...。」
「必ず生きて戻れよ。」
メルキドは右手を差し出した。オーネットは姿勢を取り直し、両手で固くその手を握った。
「精霊王に加護を賜っても宜しいでしょうか?」
と、聞く。
「勿論だとも。だが海の王はセレニア王を嫌うという。加護になるかどうか。」
「それでも、私たち人の王ですから。」
オーネットは王の居城を出て、精霊宮殿に向かった。
ラピスラズリという鉱物で造った扉がある、白く可愛らしい宮殿である。藍色の中に金色の粒が煌めいている。精霊王セレニアの髪は、このラピスラズリのような夜空の色をしているという。
扉は、入りたいと願う者に開く。オーネットは心の中に(開け!)と願った。開かなかった事がないので、この扉はいつでも誰にでも開くのではないかとオーネットは考えていた。
中には大きく、美しい精霊王の像が一つ。
そして台の中に、セレニアの箱。重たい銀の細長い箱には、牙を剥く恐ろしい表情の狼の彫刻がされている。この箱は扉とは違って、人間が触れても絶対に開かないのだといわれている。
オーネットはセレニアに祈った。
(旅の間、オルミス城が無事でありますよう。)
扉を閉め彼が出て行くまでずっと、部屋の窓からエッカーナの目は彼の姿を追っていた。
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鐘がならないうちに、ドラギエルは造船所から出された。
「悪いなあ。急いで仕上げなきゃなんねぇんだ。こっちの早とちりでなあ、他もあって良かったよ。」
雇い主は、落ち込むドラギエルの腰を叩いた。
(まだ次があるんだ...。今度は木が関係ないところにしよう。)
赤い紙のうち半分は木工関係だったので、残りは六枚になってしまう。
肩を落として宿泊所に帰ると、ヘイスがいた。
仕事が終わって戻ったのではないはずだとドラギエルは思った。
「仕事は...その...。」
思わず口に出していた。ドラギエルはヘイスの事がよくわからないので、話すのがまだ怖かった。
「辞めて来た。」
「え?辞め...え?」
しどろもどろするドラギエルに、ヘイスは横になってふん、と鼻を鳴らして言う。
「俺に合わなかったんでな。」
ドラギエルは、ヘイスのそんな態度が(格好良い)と感じられた。自分を持って選んで生きている、自分とは大違いだと思った。
「そういえばまだ早いよな。お前もそうなんだろ。」
と言われ、ドラギエルは二、三度大きく頷いた。
「あいつは上手くやってるんだな。」
カラットが帰ったのは、鐘が鳴って半時ほど過ぎてからだった。はぁとため息をつきながら部屋に入って来た。
「あの...仕事...。」
「ああ、ちょっと疲れちゃってさ。ほら、初めてのことばかりだろ?俺は食堂の配膳係なんだけどさ、出来たばっかのところだから全然連携も何もなくてさあ。それにしてもお前早いな、さては失敗でもしたか?」
カラットは冗談めかして笑って言った。
ドラギエルは話を聞いて、自分が情けなく思った。カラットはちゃんと出来ているのに。
落ち込んだドラギエルを見て、カラットは焦った。
「本当にそうだった?いやいや、大丈夫だよ。明日頑張れば...え?明日がない?クビになったって?でもまだまだ他のとこがあるだろ。お前なら大丈夫だって。知ってるか?'数は質に勝る'って。」
(それを言うなら'質は数に'だろ、馬鹿め。)
気にはなったが、ヘイスは関係もないように黙ってやり過ごしていた。ドラギエルが励まされていれば目的は果たしているのだから、直す必要はないかと考えた。
「そうだ!ぱーっと憂さ晴らしに行こうよ。俺が奢るからさ。ヘイスもどうだい?」
「憂さ晴らし?」
「ここの味気ない食事じゃなくて、酒が置いているところにでも行こう。ドラギエルを励ます会だ。明日からも頑張らなきゃな。」
そう肩を叩かれドラギエルは、カラットはなんて優しいのだろうと感動した。仕事も出来て気配りも出来る自慢の友人だと思った。
ヘイスは、
(こいつも大変な失敗でもやらかしたんだろうな。)
と思った。




