3 三人の青年
城下町から南へ、少し西にずれながら轍の道は続いている。草原の高い丘の上まで行くと、青い海とその浜辺に出来た港町が見える。
カラットとドラギエルは坂を下り、町に入った。
石畳の上に細かい砂つぶがじゃりじゃりとしている。造り途中の建物に土を塗り込めていたり、木と植物の葉で屋根を作った簡単な家など、城下町に比べるとまだまだ開発途中である。あちこちにとても長く太い木材が置かれている。
「土木工事に造船所に、人手が欲しいところは十分ある。どんな仕事をするのも俺たちの自由なんだ。」
カラットはここへ来る道中、「ずっと考えてはいたんだ。」とドラギエルに打ち明けた。
農場の長男であるカラットは、オルミスの城下町と港町に毎日のようの使いに来ていたので、色々な職業の事情に通じているのだと言った。
「まずは職業斡旋所に行けばいい。」
「あっせん...何?」
「働きたい奴はそこに登録するんだよ。何歳で何て奴で何が出来るって。するとこの港で人が足りない工房とかが見に来て、気に入れば雇ってくれるってわけさ。」
「へえ...。」
港は建物が少ないせいか道が広くて、忙しそうな人たちの邪魔にもならなかった。ドラギエルは港が気に入った。何より目の前に広がる広大な海が、ドラギエルの心を惹きつける。
陸からだいぶ離れた水平線に一つ、近くに一つ、島が見える。小船が何艘かと、家二つ分よりも大きな木製の船が二つ。
「ほらほら、これから毎日この景色を見るんだ。飽きるほどさ。知ってるか?斡旋所に登録すれば、寝食の面倒も見てもらえるんだ。」
カラットはドラギエルの背中を押して、先を急いだ。
職業斡旋所は町の真ん中の大きな建物にあった。同じ業種は組合を作っており、その寄り合い所も兼ねている。中には女性が三人と、男性が二人いた。
壁には様々な紙が打ち付けてある。
注文書であったり、人探しであったり、新しくできた食堂の案内などもあった。
「カラット・ロット。十六歳、農場出身ね。希望する仕事はある?」
女性のうち二人は受付の係だった。カラットは手慣れた風に、質問に答えていく。
「力仕事は得意じゃないんだ。客商売とかはあるかな、この新しい食堂とかさ。」
「その辺は女に譲ってもらいたいもんだけど...いいわ。そこの壁に名前打っとくから、毎日見に来て。赤い紙が上から打ってあったら雇いたい所の連絡先だからそこに行ってちょうだい。」
「わかった。」
「......。」
「そっちのお兄さんもそう?」
黙って立っていたドラギエルに、女性は声をかける。受付の女性は二人ともワリーデともシャルケーとも違う、コカトの森の女とは違う女性らしさに緊張してしまう。首の下が広く空いている服を着ているし、長い髪は綺麗に編まれていた。
「お名前は?」
「ドラ...ド...ドラ...ミリオン...。」
「ドラ・ド・ドラミリオンさんね。年齢は?」
「ろ...十六歳...。」
「六十六歳。出身は?」
「コ...コ...コ...。」
「おいおい、大丈夫か。」
ドラギエルが真っ赤になっているのを見て、カラットが口を挟んだ。
「こいつはドラギエル・ドーデミリオン。十六歳、同じ歳だったんだなぁ。さすがコカトの出身だね。知ってるかい?コカトの人たちは俺たちよりも肉を食べることが多いから体が大きいんだ。」
「通訳をどーも、物知りのカラットくん。」
「君は精霊王のように優しいね。」
「ラナリアよ。褒めるのはそれだけ?」
「美しい君に似合いの名前だね。知ってるかい?オルミスの最初の王の母の名前が君と同じラナリアだよ。」
とカラットはいつもの得意の表情をする。
ラナリアは急に冷たい表情になって、
「自分の名の由来なんだから当然でしょ。それにその人の名前は、ラナよ。」
と言って、二人を追い出した。
「部屋は裏から入って。言っとくけど大部屋よ。仕事が決まったら出て行ってちょうだいね。」
カラットとドラギエルはしょんぼりと肩を落として、斡旋所を後にした。
「あなたも大部屋を使うんでしょう?声をかけたら良かったのに。同じ十六歳よ。えーと、ヘイス・カフェトーさん。」
ラナリアは斡旋所の中に残っていた男に声をかけた。肩までの青みがかった直毛で、白けた目が前髪から覗いていた。
ヘイスは軽く頭をかいて、
「扱いはし易そうだ。」
ふん、と笑って、立ち上がる。
ヘイスは裏口に回った。裏口と言っても、共同宿泊所の玄関だ。斡旋所の入り口よりも大きく立派な構えになっている。
その玄関口には割と大きな精霊王セレニアの像が置かれている。この町には精霊王の像がとても多い。海の精霊王に対し、ここは陸地で精霊王の領分なので侵入しないように、という意味である。
過去にアイピレイスという人によって様々な物の設計書が示された時、再現できたのは引き車と船だけだった。一番初めに作られた大きな船は『セレニア号』と名付けられ無事に進水したのだが、水平線に見える二つ目の島のあたりで海の王に襲われた。セレニアは陸地を支配する人の大精霊である。世界が創られた時、海は海の理があるので海の精霊王に任された。そこにセレニアが入っていったものだから襲われたのだろうと言い伝えられている。
その後も、波が高くなって町まで駆け上がってきた事もあったという。それで水に浸かる部分にはセレニアを使わないように、今ある二隻の船の名は【エスト・オルマ号】と【セアラ・シロン号】と冠されている。
離れた陸地にはセレニアを祀って加護を受けられるように、像が置かれるという訳だった。
中に入ると食堂と広間に分かれており、広間の方には、植物を編んだゴザが敷かれている。
(確か...カラット・ロットとドラミリオンだったか。)
ロット家と言えば農場主の中でも大地主、一番需要の高いマワリという果実を育てているので有名だ。そこの息子が、外に働きに出るとはどういう事情だろうとヘイスは考えた。
先に部屋に入っていた二人は、気楽な顔をして話し合っており、いや、カラットの方が一方的に話し続けており、大男の方は時折頷いているだけだった。
(ふうん...どっちも気が利かなそうだな。)
ヘイスは話しかけずに、少し離れたところに場所をとって座った。ドラミリオンの方が気にしてたまに視線を投げるが、話しかけてくる様子は無さそうだった。
(カラットの方はやや警戒しているか。ならドラミリオンだな。)
お喋りはヘイスがじっと見でもすれば話しかけてくるだろうが、それはごめんだった。
ふわあ、と大きく欠伸をし、ヘイスはゴロンと横になった。カラットが興奮して話している'明日の自分たち'についても興味が無かったので、そのまま目を瞑って眠った。
朝を迎えて、ドラギエルとカラットは起き上がるが、体が腕も足もとても痛かった。
「…場所に困らないってだけで快適ではないな。」
カラットは腹を掻きながら大あくびをする。目をごしごしこすって、ドラギエルに言った。
「朝食を食べたら、仕事が来ているか見にいこう。赤い紙が打ってあるか。」
「うん。」
ドラギエルも起き上がって体をボキボキと鳴らしていると、
「なあ、兄さんたち。ドラミリオン、カラット。いい朝だな。」
と、離れたところにいる男が話しかけてくる。
昨日入ってきた時は挨拶も無かったので、名前を間違えられた事よりも彼が口を聞いたことにドラギエルはどぎまぎした。
「ドラ...あの...。」
「ああ、おはよう。こいつはドラギエルだ。」
カラットは答えた。あの時斡旋所でもいたが、この男、昨晩食事も摂らずに寝ていたな。と思い返す。今も起き上がりもせずに、寝っ転がったまま肘をついていた。
「知ってるか?そうやってると、後が残るよ。」
そう言って自分の赤くなった腕を見せるようにした。
「向こうに行くんなら、俺の名のところも見てきてくれるといいんだが。」
と言うので、二人は顔を見合わせる。別段、大した労力でもないので快く了承した。
「俺はヘイスだ。ヘイス・カフェトー。」
「わかった。」
食堂を出て外に向かう時、カラットがセレニアの像を見上げて、「知ってるか?海に出る船を守るようにって、この町には精霊王の像がたくさんあるんだ。」と教えたので、ドラギエルは感心した。
斡旋所に入ると、ラナリアがいたのでカラットは手を振った。ラナリアは特にニコリともせず、黙って壁を指差す。
赤い紙があるのがすぐに目についた。
二人は勇んで、壁に寄る。ヘイスの名の上に三つ。ドラギエルの上には束になっていた。震える手でドラギエルが数えると、十八もの紙があった。カラットのところには一つだった。
「ま、名前だけ見たんじゃこんなもんだよな。」
と言って、カラットは自分の紙をぴっと剥がした。
「ヘイスに渡してやんなきゃいけないし、ドラギエルもその中から選ばなきゃならないから一旦戻ろう。」
「...どれにしたらい、良いかな...。」
「そりゃあ決まってるだろ。金払いが良くて、楽な仕事さ。」
ドラギエルは嬉しくなった。自分が何かを選ぶ権利を得たのなんて、初めてだったからだ。カラットの言う通りにしていれば全部上手くいくのだと思った。もしカラットが上手くいかなくても絶対に恩を返そうと、緩む口元をして紙の束を握り締め、そう心に誓った。




