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セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
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20 レニス

 トゥヴァリはセレニアの手を引いて、体が向くままに進んだ。

 セレニアは黙ってついてきている


 ついに突き当たりに、大きな黒い両扉が現れた。取っ手の輪に触れると、手のひらに痛みを覚え、引っ込める。


「...冷たい?」


 精霊がトゥヴァリの手元に近づいて来る。とても暖かい光に感じた。

 今度は、しっかりと取っ手を握ることができた。

 ギイ、と重たい音を立てて、扉が開く。


 そこは白銀の景色だった。建物は無く、木々も無く、ただ白というなら町で見慣れた景色だが、それとは違う輝きがあった。寒くて全身の皮膚が縮こまってしまう。


「...外、なのか。」


 白い壁は無かった。近くに、灰色の頂を持つ白い山が見えた。


 《オオ.............ン......》


 トゥヴァリを呼ぶ声は、その山の方からしている。トゥヴァリは進もうとした、が、

「痛っ!」

 セレニアは裸足だったので、歩き進むことが出来なかった。

 トゥヴァリは自分の靴を貸してやった。トゥヴァリの足は痛まなかった。トゥヴァリの精霊は、トゥヴァリにしか魔法を使ってはくれないようだ。


(この寒い中、連れてはいけないな。)


 と、トゥヴァリは思った。




 "おやおや、こんなところまで来て。"


 トゥヴァリの頭の中で言葉が作られた。


 目の前に、馬がいた。風に光り靡く草原の色をした馬だった。


「お前は...!」


 "出口を見つけるとは、大したものだ。"


 馬は口を動かしもしなかった。ただ、潤んだ瞳でトゥヴァリを見つめていた。


「あなたは...大精霊ですか?」


 "いかにも、私はナランサ。"


 馬は首を、山の方へ傾げた。


 "あれがお前を呼んでいる。私も共に行こう。彼女を私の背に乗せたまえ。"


 ナランサは、彼女の前に立つ。トゥヴァリは、彼女が馬の背によじ登るのに手を貸した。彼女はその草色の毛をつかんだ時、ふわりと表情を緩め、とても心地よさそうに顔を埋めた。


 トゥヴァリとナランサは、山に向かって歩き進んだ。





 ********************



 レニスは、困っていた。

 テーブルに置かれたのは、二枚の紙である。


 正面に座る女は、ラナといった。

 東に住んでいた、色黒で黒髪、大きな目が可愛らしい顔立ちだった。


 ラナもまた、怯えていた。


「若い女はみんな、宮殿に呼ばれているんだってな。」


 レニスがため息まじりに、口を開く。


「怖いわ、あなた。あんな、乱暴な目にあうに違いないって、みんな言っているわ。」


「セレニア様が突き落とされるのを見たか?」


「見たわ。」


 ラナも深く、息をついた。


「でも、言う通りにしなくても同じ事になるんじゃないかって。」


「...だろうなぁ。」


「若い男は、宮殿を守る仕事...。」


 ラナは、レニスに来た紙を読んだ。これも宮殿から、人伝てに配られたものだった。


「仕事って何かしら?守るって、」


「俺は、これは大変なことだと思うんだ。」


 レニスは言った。


「考えたんだ。ラナ、君がエスト=ナサニエルの元に行って、もし酷い目にあわされているとすれば、俺はどんな手を使っても宮殿から助け出そうと思う。」


「まあ、レニス。」


「女のほとんどが連れて行かれるのだから、そうする男はたくさんいると思う。そうやって宮殿へ向かうんだけど、町の男が宮殿を守っている。すると、どうなる?」


「ああ...エスト=ナサニエルは何がしたいのかしら?私たちと、精霊たちと、遊んで暮らしているだけじゃ満足していただけないのかしら。」


「精霊が人を食うんだって、言っていたな。赤い精霊が人を食っていると...。それでも、良かったよ。俺たちは、五十は生きられる。ただ順番に死んでいくだけだ。」


「私たちはもう、精霊に食べられることはないの?」


「...わからない。こんな時、アイピレイス様かトゥヴァリがいれば、もっと考えがあっただろうな。」


 レニスは二人の意見が聞きたくて、毎日探してはいたが、どこにもいないのだった。


「ラナ、明日、女たちでみんな隠れてしまおう。西の林でも、南の湿地でも良い。」


「でも精霊王様が、彼の言いなりでは、すぐに見つかってしまうんじゃないかしら。」


「俺たち男は宮殿に行く。それでもし、良くないことがあるようなら...。」


 ラナは手で口を覆った。レニスはじっと、自分の拳を見つめている。


「セレニア様をお救いしよう。」






 次の日、レニスは若い男を広場に集め、女を差し出さないという考えを皆に伝えた。

 ほとんどの男は同意した。女が皆、昨日のナサニエルの所業を見て、怯えているからだった。


 朝食後には宮殿に集まらなければならなかった。レニスは朝食前に、女たちを林の中へ連れて行ってしまうことにした。

 子供の頃ペルシュに聞いた話で、精霊は食事の時間に林にいれば林に食事を持ってくる、というのがあった。女たちも困ることがないのならば、と同意し、林の中へ入っていった。


 レニスたちは、食事を広場で取った。女たちの分の食事は消えたので、本当に林に運ばれたのだろう。精霊が敵か味方かわからないが、もし精霊が敵ならば、ナサニエルから逃れる術は無い。精霊王を救うことになるならば、レニスたちは精霊の味方のはずだった。


 宮殿の前に、各地区から、若い男女が集まっていた。話を聞けば、西南地区以外では、言う通りに来ているところもあれば、男も女も来ていない地区もある。


 できれば男は全員来ていた方が良かったと、レニスは思った。


「君たち、数が全く足りないね。」


 階段の上から、声がした。昨日、ナサニエルの側にいた子どもだ。


「ナサニエルのところへ連れて行こうか、それとも呼んでこようか...。」


 うーん、と子どもは困ったように喉を鳴らした。

 その時、

「お待ちください!ここに、足りない数はいます。」

 と、だいぶ後ろから女の声が上がった。


 若くない男たちが、嫌がる女の手を引いていた。


「ラナ!」


 レニスは、ラナの元に駆け寄る。女たちを捕らえていたのは、西南地区の、レニスの父親の世代の男たちだった。レニスはラナの手を離させると、彼らをキッと睨みつけた。


「レニス、もう大人なのだから、悪戯をするのはいい加減におやめ。」


「ミスラおばさん...。」


 ミスラと数人の女性たちが、レニスの前に出てくる。


「エスト=ナサニエルに従いなさい。彼は精霊の時代を終わらせる、立派な人の王です。」


「いくら人じゃないからって、女性の姿をしたものを、階段から突き落とすような男を立派だとは思えない。」


(立派な者とは、アイピレイス様やトゥヴァリのような人柄を言うんだ。)


 レニスはラナを自分の後ろに置いたまま、一歩も引き下がらなかった。


「ペルシュが精霊に食われたのを忘れたの?レニス、あなたはあんなに泣いてくれたのに。新しい家族ができればそれで良いと言うのね。」


「ペルシュが死んだのは、精霊のせいじゃない。俺のせいだ、おばさん。」


 レニスは目をそらすこともなかった。

 真っ直ぐにミスラの目を見て言った。


「俺がトゥヴァリを傷つけようとした時に、精霊王に【ペルシュがトゥヴァリに怪我をさせた】と誤解されてしまったせいだ。トゥヴァリも人の大切な子どもだった。ペルシュが間違えて罰を負って、死んでしまったんだ。俺のせいだ。」


 ミスラは顔を背けていた。聞いているのか聞いていないのか、外方を向いていた。


「今まで謝れなかった。」


 レニスは深く頭を下げた。謝ってもどうにもならないことを伝えるのは、苦しかった。自分も苦しいが、きっと相手も苦しいからだと思った。が、


「精霊に食べられた話と、関係がないわ。」


 と、ミスラは言った。


「私は私の娘のように、精霊が決まりを破って子どもを殺すような事が二度と起こらないようにしたいの。そのためには人の王に代わったほうがいいわ。あの方は恐ろしいけれど、それが精霊王に勝てる力だというならば仕方のないことなの。」


「それで、私たちがどうなってもいいと言うの!?」


 ラナは震えた悲鳴を上げた。

 若い女たちは、みなミスラに抗議した。


「まだ何が起こるかもわかっていないのに、あなたたちはわがままだわ。」


 ミスラは子どもを叱る時のようなしかめっ面をしている。


 すると、

「ん?ちょっと待っていてくれ。ナサニエル王が僕を呼んでいる。」

 その光景を眺めているだけだった子どもが、ようやくそう言って、喧騒を止めた。


「...セレニアがいないから随分、ご立腹だ。君たち、覚悟しておくがいいよ。」


 広場はしんと、静まった。ピリピリとした空気が、何か良くないことが起こると皆に感じさせていた。




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