表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
18/320

18 ナサニエルの台頭

  アイピレイスが町に姿を見せなくなって、四日が経った。トゥヴァリが一時、引きこもっていたように、アイピレイスが何かをする必要があって出てこないという可能性はあったが、トゥヴァリはなんとなく不安に感じていた。


 それというのも、精霊がトゥヴァリを追い立てるような動きをするようになったからだった。

 町を歩いていると、精霊はふわりと飛んで、宮殿の方向へ行くように促されている気がするのだった。


(もしや、アイピレイス様に何かがあったのではないか。)


 そういう不安を考える時、精霊は正解だというようにチカチカと瞬くのだった。


 アイピレイスは、精霊王にトゥヴァリが発見した事を、人が死ぬ必要がないという事を伝えてくれるはずだった。それが、精霊王の怒りをかったという可能性は無いだろうか。その結果、町に出られないような状態になっているー。


 精霊がまた瞬くのを見て、落ち込んだ気持ちになる。


「...わかった。宮殿へ行ってみるよ。」


(ハーヴァ様だっているんだ。行く当てはある。)


 トゥヴァリは決心した。




 宮殿への階段を上る。

 あの時の冒険以来、年に一度の祭りの時ぐらいしか、ここに上ってくることはなかった。


 この階段に足をかけると、誰かに見られているような気持ちになる。

 子どもの頃の冒険は、トゥヴァリのトラウマになっていた。どこへ行っても、何かが見ている。宮殿の中も、西の林も。

 階段の上の広場に立ち、真ん中の像をじっと見る。


(あなたが見ているのか?)


 宮殿はいつものように、静かだった。

 精霊が、藍色の扉の方へ飛んで行く。


 魔法で開くのだ。元老院以外は、精霊王に招かれなければ入れない。

 開かないだろう、と思いながら、トゥヴァリは金色の取っ手を引いた。


 やはり、ぴくりとも開かない。


 ふう、とトゥヴァリは一旦、息をついた。


(諦めてどうする?入らなければならないのに。)


  開け!と、強く願ってトゥヴァリはもう一度

 取っ手を握りしめた。

 扉は拍子抜けするほど軽く開いた。


「...開いた。」


 呆けるトゥヴァリと扉の隙間に精霊が滑り込む。中でチカチカと呼ぶ精霊を、慌てて追いかけた。


 音を立てないようにこそこそと、宮殿の中を進む。廊下の左右に並ぶ像が、すべてトゥヴァリを見ているような圧力を感じる。

 金色の廊下は、忍び足で一息に通り抜けた。アイピレイスの部屋の木の扉に背をつけ、部屋に入る。


 アイピレイスはいなかった。

 いつかのように、たくさんの書棚が、ただ静かに侵入者を迎え入れる。


(部屋にはいない...町にもいない...じゃあ、宮殿のどこかに?)


 部屋を出ようとするトゥヴァリの視界を、精霊が塞いだ。ほんの少しだけ、音も立てずに隙間を開け、廊下を覗く。


 人が歩いていた。

 スカートを履いているのに、歩く度に太ももが見え、胸元は大きく開いていて、腰まである金の髪が揺れている。


(母さんの他にも女の人がいるんだな...。)


 トゥヴァリはその人が通り過ぎるのを待って、外に出た。


 廊下を進んでいく。前は、この辺りで広場に戻されたのだった。この先は初めて足を踏み入れる場所になる。


 右の通路に入ると、絨毯がなくなり、白く滑らかな石の床に、天井は高く、窓から日が差し込んでいた。その光と影に照らされる装飾や像に、トゥヴァリは心を奪われた。狼犬と精霊王の戦いを描いた大きな絵が、日の当たらない壁に掛けられていた。柱に蔦の模様が彫り入れられ、見上げれば高いところにも大きな鳥が翼を広げている。


 ぺたり、ぺたり、と足音にトゥヴァリが気がついたのは、もう真後ろを過ぎようとしている時だった。


 トゥヴァリは固まった。そうしろと頭の中で誰かが言った。

 足音は、トゥヴァリをここに並ぶ像の一つだと勘違いでもしているかのようだった。

 何も言わず、歩みを止めることもなく、ただ通り過ぎていく。


 ぺたり、ぺたり、


 その音がトゥヴァリからだいぶ離れた時、トゥヴァリはそっと視線を彼女に向けた。


 輝く黒い髪。白い服の上に揺れていた。


(精霊王...だろうか?)


 トゥヴァリは思った。

 長く距離をとって、彼女の後を追った。角を曲がった時は、精霊が教えてくれた。ぺたり、ぺたり、という足音は、一つの扉の前で止まった。


「!」


 廊下の角から見ていたトゥヴァリは、咄嗟に身を引いた。

 彼女が白い服を脱いだからだった。


(何故、何で、こんなところで!?)


 トゥヴァリの思考はぐちゃぐちゃになった。精霊はトゥヴァリを咎めるように飛び回った。


 裸の少女が中に入り、扉が閉まったので、トゥヴァリは落ち着きを取り戻し、その扉の前まで歩み寄った。白に金箔の、前に立った者に食らいついてくるような狼犬の装飾が施された、豪華絢爛な両扉。


 分厚い扉に思われたが、微かに声が漏れ聞こえた。よく見ると、狼犬の口の中に部屋の様子が覗き込めるようになっている。


 床に突っ伏す白い背中が見える。

 赤い絨毯と、少し高いところに置いてある肘掛け椅子。そこに座っている男のものと見える足。


「私は謝罪します。人々を傷つけ、尊い命を奪い、貴方の兄を殺しました。彼らの痛み、悲しみを一時も忘れることはありません。

 私は贖罪します。過ちを繰り返さないよう、己に出来ぬ戒めに、貴方の手を借りて罰を受けます。

 私は精霊王セレニアです。貴方の望みを、必ずすべて叶えます。」


  (...なんで、精霊王がこんな事を。)


 それからの一部始終は、酷いものだった。トゥヴァリは何度声をあげ、悲鳴に耳を塞ぎ、何度目を覆ったかわからない。しかし、中の二人はトゥヴァリに気がつかなかったし、トゥヴァリはその扉を開けて踏み込むことは出来なかった。

 セレニアは何度も血を吐いて、体の至るところからも血を流し、その白くて細い体を汚した。時にそれは林に落ちている細い細い枝と同じようにパキンと踏み折られ、時にそれは人の尊厳など何もないかのように揺さぶられ、時にそれは扉に叩きつけられた。トゥヴァリに、クマに吹き飛ばされた少女を彷彿とさせた。

 しかし何度も、その体は何事もなかったかのように再生をするのだった。


(やはり、この人が精霊王なんだ。あの男は元老院の、誰だろう。)


 トゥヴァリは目の前で繰り広げられるあまりの惨劇に、いつの間にか涙を流していた。その粗暴なふるまいの男の顔や太い腕が見えると、立ち入ったところでトゥヴァリには何も出来ないと、無力さを噛み締める。


 途端にアイピレイスの安否が心配された。あんな獰猛な人間がこの国にいたことが信じられない。何かあったのではなかろうか、アイピレイスはもしこれを知っていたとしたら、黙っているはずがない。


 悪夢のような時間の終わりに、少女はバラバラになった。魔法で体をつなぎ合わせながら、這いずって扉に向かってくる。


「おっと...今日は、まだ役目がある。本当に数が増えたのかどうか、共に見に行こうではないか、王よ。」


 男はそう言って、黒くて長い髪の毛を掴み、体を引きずって扉に近づいてきた。


 トゥヴァリは扉から離れ、逃げ出した。

 トゥヴァリは廊下にルヨがいたことに、気がつかなかった。




 *********




 宮殿下の広場に集まるように、と人伝てに呼ばれた。町中の全員をかき集めろ、という話なので、それぞれの地区のリーダー格の者が、全員を呼び集めた。

 各々の広場にいた者も、家の中にいた者も、林で遊んでいた子供たちも、全員だった。


 祭りの時だって、好きな時間に好きに動くので、町の全員が一堂に集うことなどなかった。集まれと言われても、全員が宮殿の下の広場に入ることなど到底出来なかったので、人々は困惑した。


 レニスは、群衆を怖いと思った。集まりすぎた人は、密着する人々の熱は、ざわめきの大きさは、何かを呼び起こしそうな不安を抱かせる。

 トゥヴァリがいるか探したが、到底見つからなかった。


「ふん。本当に増えているじゃないか。鼠のようだな、食い残し共め。」


 ナサニエルは階段の上から人々を見下ろし、満足だった。


「聞け!愚かな国民どもよ!ここにいるのはお前らの王だ。王の名は、ナサニエル!」


 人々は、騒ついた。


「精霊王は、セレニア様では無かったか?」

「王の像は美しい女性の姿をしていたはずだ。」


「お前たちが今まで崇めていたのは、地獄の女神に過ぎん。自分の死神を慕うとは、囲われた動物の哀れなる事よ。」


 地獄も死神も、人々に意味は伝わらなかった。が、セレニアを侮辱しているのだということはわかった。

 ナサニエルの横には、小さな子どもと少女がいた。少女の腕を掴み、ナサニエルは、その背中を強く蹴った。


 少女は白い階段を、下まで転がり落ちて動かなくなった。

 突然のことに、人々から悲鳴が上がる。


「聞け!お前らの命は、今までこの薄汚い偽りの王に!精霊王に、食われていた!人間の王は人間でなければならない、そうだろう?」


 人々は何も言わなかった。

 起こっていることも、言われていることも、まったく意味がわからなかったからだった。

 しかし、


「あのぅ、ナサニエル様、」


 と進み出た女性がいたので、レニスは驚いた。

 おずおずと上を見上げているのは、その声はミスラだった。


「私の娘が死んだのは、そうなんですか?どうして?」


 人々はナサニエルの反応を恐れたが、彼は、


「そうだ!精霊は人を食う。お前の娘も食われたのよ。ずっと騙されていたのだ!俺が貴様らを救ってやるために、この猛犬と戦い、屈服させた!今日この時からアルソリオの王は、このナサニエルだ!」


 精霊たちは静かに、いつものようにふわふわと漂っていた。


 レニスは、どよめきの中で、後でトゥヴァリを訪ねようと考えていた。


(トゥヴァリなら、あの男の言うことが正しいのかわかるのではないか...。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ