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セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
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13 知識欲の果て

 トゥヴァリが広場に来ないので、食事は家に運ばれた。

 次々とテーブルに現れる皿。

 食欲をそそる香りが鼻をくすぐるが、トゥヴァリはまったく手をつけようとしなかった。


 時間ごとに空腹を感じはするが、精霊がやってくると一時的に収まる。そういう時に、手を付けなかった皿から食料は少し減る。

 きっと、魔法で無理やり食べさせられているのだろうとトゥヴァリは考えていた。

 皿の上から胃の中に、食べ物が移動させられているのだろうか。

 それとも食料を栄養という形に変えて、生命活動を継続させられているのだろうか。


 食料、という言葉にトゥヴァリは吐き気を覚えた。


(ペルシュも、イグルシスも、今まで死んだ人みんな精霊の食料になったんだ。俺も、これから生まれてくるすべての人もそうなる。壁に囲まれて、逃れる術は無い。)


「なあ、お前。俺が美味そうに見えるか?」


 トゥヴァリは部屋にふわふわ漂っている精霊に声をかけた。精霊はスイッとトゥヴァリに近づいてきた。


「生気ってのはどうやって吸う?どんな味がする?今ここで俺を食ってしまってもいいぞ。」


(...なんて、本当に赤く光らないよな?)


 冗談を言ったのでは無かったが、自暴自棄な言葉の裏でそう思った自分にトゥヴァリは驚いた。


(生きる意味は無い、でも死にたくは無い、のか。俺は...。)


「人間を食わずに、お前たちが生きる方法は無いのか?」


 精霊は会話はできないものの、トゥヴァリの言う事に反応して動いているよう見えた。トゥヴァリは半分独り言のつもりで話した。


「無いかぁ。俺たちだって、野菜や動物を食わなきゃ死ぬんだからな。」


 そう言って、伸びをする。

 頭の中で考えてごちゃごちゃになっていたことも、口に出せばまとまるものだ、とトゥヴァリは思った。


「大体、肉を食べるわけじゃ無いんだろう。生気って何だ?」


 精霊はチカチカ、と瞬いた。


「生気を取られると何故死ぬ?生きているって何だ?体を動かすものは何だ?」


(俺を俺としているもの?)


 精霊はチカチカ、と点滅した。


(人それぞれ違う、体の内でこうやって考えるものが生気?)


 精霊はスイ、スイ、と左右に動いた。


(...違うのか。)


 トゥヴァリは、自分が精霊の伝えたいことをわかっていると、そう感じていた。

 じっと見ていると、精霊の光がだんだんと強くなっていく。


(...動く力のこと?)


 トゥヴァリは椅子から立ち上がってみた。

 精霊はチカチカ、と瞬いた。


(こうして動くときに使う力のこと?もしそうだったらそれは...体力?気力?)


 ふわっふわっと精霊は動く。


(つまり動く力を吸い取られて死ぬって事だろう。それなら、死ぬほど吸われなければ、回復できるんじゃ無いのか?疲れても眠れば治るのだし。)


 自分の考えに何を馬鹿な、とトゥヴァリは自嘲した。しかし、その可能性が頭から離れない。


「お前...少しだけ、食べることは出来るのか?俺が死なないように、ほんの一口、果実を舐めて味わうくらいのこと...やった事ある?出来る?」


(出来ないなら絶対にやるな!)


 トゥヴァリは立ったまま、動かずにいた。

 精霊もトゥヴァリのことをじっと見ていると感じた。

 蛇に睨まれた蛙のように、呼吸する音もだんだん早くなる鼓動の音も部屋に響かせないように、静かに静かにしていた。

 ぴーんという耳鳴りがして、時間が止まっているようだった。


 何故自分がそんな提案をしてしまったのか、と後悔した。


 精霊がゆっくりと、トゥヴァリの方に近づいてきた。

 トゥヴァリは下を向いて、荒い呼吸で自分の腹が大きく出たり引っ込んだりするのを見ていた。

(やっぱりやめてくれ!)とは思っているはずだ。でも心の声にもならなかった。もし成功したら、という興奮の方が強くなっていた。


 精霊がトゥヴァリの目の前に来て、ぼんやりとした黄色から、赤い光に変わった。






 アイピレイスは、突然拒絶されたトゥヴァリの考えがわからず、悩んでいた。


(もう私が知っていることは、ほとんどトゥヴァリは理解した。賢い子だ。)


 もう自分を必要しなくなったのだろうかと、トゥヴァリの家の戸を叩こうとした拳を止める。


(今日、断られたらもう私から訪ねることは辞めよう。)


 これが最後だとそう思って、戸を叩いた。


「今日は一人にしてください。」というトゥヴァリの声は、聞こえてこなかった。


(...留守か?)


 取っ手を引くと、扉は開き、静まり返った部屋をアイピレイスに覗かせた。


 誰もいない部屋に見えた。

 光の球がふわっと視界を横切った。


「精霊?トゥヴァリはどうした?」


 精霊があたふたと妙な飛び方をするので、アイピレイスは部屋の中に入った。精霊の行く方についていくと、ベッドに横たわっているトゥヴァリがいた。


 肌は真っ白、唇は青ざめ、目は落ち窪んでいた。髪は老人のように白がかって、力なく落ちていた。


「貴様...食ったのか!?」


 アイピレイスは殺気立った目で精霊を睨みつけた。鼻は持ち上がり、ピクピク動いていた。


「...き...ます...。」


 風の吹くような音が聞こえた。それがトゥヴァリの唇から漏れ出ていると気づくのに、少しの時間がかかった。


「トゥヴァリ!」


 アイピレイスはトゥヴァリの口元に耳を近づけた。


「お...れ...が、やら...せた...で...。」


「一体、何が起こったんだ?おい、トゥヴァリを治せ!」


 アイピレイスは精霊に怒鳴った。

 精霊は困ったように不安定に飛んだ。


「うう...な...おさ...ない...で。じ...りき...で...。あ...ぴれ...さ...。ひ...と、は...いき...れ....。」


「...君の意思でこうなったというのか?精霊に魔法を使わせないようにしているというのか?」


 アイピレイスは精霊とトゥヴァリを、信じられない気持ちで交互に見た。


「待っていろ。医者を、呼んでくる。」






 アイピレイスはトゥヴァリの家を出て、急いで宮殿の階段を駆け上がった。

 具合の悪い人間を見たのは三百年ぶりだった。

 精霊は精霊王の命令で、"共生するために"、"人を育てるために"、魔法を使うはずだった。


 瑠璃色の扉を開けて、彼は急いだ。


「ハーヴァ!ハーヴァ、どこだ!」


 大声を上げながら渡り廊下まで行くと、襟付きのシャツに黒いスカートを履いたハーヴァが歩いてきた。アイピレイスの呼びかけに応じようと向かっていた所だった。


「何...?アイピレイス。」


「その格好は?」


 腰まである長い金髪も、後ろに一つに結んでいる。アイピレイスが遠い昔に見た女性だった。そして今、探しているのはまさにその人だった。


「...ルヨが、今日はこれを着た方がいいって言ったのよ。」


 実際その通りになった、とハーヴァは思っていた。アイピレイスに痴態を見せるのはハーヴァの本意ではない。


「急患なんだ。来てくれ。」


「...何て?」


 ハーヴァはアイピレイスが何という言葉を発したのか、一瞬わからなかった。


「え?精霊は?」


 ハーヴァは訝しむ間もなく、アイピレイスに手を引かれて、走らされていた。


「君は医者だろう!」


「な、何なのよ、急に。」


「死にかけている子供がいるんだ。見てくれ!」


 白い大理石の廊下が、まるで病院の廊下を走っているかのように、ハーヴァの記憶は錯綜した。


「大昔の話でしょ?」


 ハーヴァは現実に戻ろうと、叫ぶ。


「精霊が魔法を使おうとしないんだ。君の力が必要だ。」


「一体何なの?急ぐから、手を離して!」


 アイピレイスは手を離した。パタパタ、とスニーカーの音を鳴らしてハーヴァは走った。

 二人は階段を駆け下りて、トゥヴァリの家へ急いだ。





 息を整えながら、ハーヴァはベッドに横たわるトゥヴァリを見て、「この人、死んでいるのではないの?」と言った。


「さっき会話をした。」


「確かに、息をしてるわ。わずかな脈もある。子どもなの?まるで老人みたい。」


(そういえば、老人なんて久しぶりに見たわ。この国が出来てから...。)


 ハーヴァは部屋の中を見回した。


「点滴...は無いのよね、この子に栄養を与えたいのだけれど、何とかならない?」


 精霊はふっと姿を消すと、少ない果実とともに部屋に現れた。

 果実は少しずつ減っていき、無くなった。


「何が起こったというの?こんなこと、今まで無かった。」


「彼が精霊に何かをやらせたらしい。自力で治さなければ意味が無い、と言っていた。」


 ハーヴァは、書物机に広げられていた本を見つめているアイピレイスに問いかけた。


 アイピレイスはそのページを見ていた。人、動物、植物、精霊。それらの絵と文章が矢印で繋がれている。


『精霊は人を食う。』

 という書き込みがあった。


 それらの絵はすべて大きな四角い線で囲まれていた。


「...私は愚かだ。知識を与えれば、すべてを教えれば、彼だって気がつく事になる...当然の事だ。」


「アイピレイス?」


「子供の頃、本で読んだよ。豚に、世界を説いて知恵をつけさせ、牧場主のしている事を教えて...豚が泣きながら屠殺を待つ話だ。」


「この子は何だって言うの。」


「トゥヴァリだよ。」


 ハーヴァはその名前に小さく反応した。


「大丈夫よ、回復を待ちましょう。私が診るから...医療器具は無いけど魔法があるわ。」


 ハーヴァはトゥヴァリのベッドにそっと腰掛け、彼の黒ずんだ頬に触れた。

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