第2章 古き友の咎 18
七年も経てば、すれ違っても気がつかないのだろうと思っていた。
住む世界を違えれば尚更。
そうして面影だけを想い続ける...たとえすぐ近くにいたとしても、もう道が交わる事はない。
「はあ、思えば会えるなんて、お二人には何か繋がり合うものでもあるのでしょうかねぇ。」
返事がないので、ダリウスは首を傾げた。
「カッツォ殿?」
カッツォは、名前を呼ばれビクリと我に帰った。それから二、三歩と後ずさりをしたので、ぶつかった椅子がガタンと音を立てた。カッツォはハンドレットたちの横を大きく回り込むようにして、そして、駆け出すと扉を大きく揺らして出て行ってしまった。
「「カッツォ!?」」
ハンドレッドとミスサリアはびっくりして言った。
「お兄ちゃん...っ!」
奥から背の低い少女と毛むくじゃらの生き物が走って来て、カッツォを追って外へ出て行った。
忙しなく横を通り過ぎていく彼女らをラナは呆然と見送った。
「...今のは...?」
「どうしたんでしょう?」
何事かと、ハンドレッドと顔を見合わせていたミスサリアがラナに気づいた。
「あ、ロカ君もいるんだね!そっちの女の子は?」
「ああ、彼女は...」
「あぁ!!!!」
ダリウスは突然、ハンドレッドの耳元で遠慮のない大声で叫んだ。
「お前はどうしたんだ。」
ミスサリアとの会話を遮られたハンドレッドは、ムッとした顔でダリウスを見た。
「私とした事がどれだけうっかり者なんでしょう!カッツォ殿ですよ!カッツォ殿が...!」
「待ってください!」
ロカもまた大きな声でダリウスの言葉を遮った。ただ興奮しているダリウスとは違い、何か必死に絞り出された彼の声がその場を制した。
「お話の前に、彼女を休ませてやってください。」
しん、となった店に静かに震えるロカの声が響く。ハンドレッドは彼が怒っているように思えた。
「...僕らは別の場所を探してきます。ドレ様はどうぞ、ご友人たちと。」
「あ、ああ...。」
ロカはラナの肩を抱き、店を出て行った。
(...落ち着け。)
「お兄ちゃん...?」
(逃げなくては。)
ロカは店の外に出ると、慎重に通りを確認した。心臓は早鐘を打ち、手足が細かく震えていた。もう失敗するなんて!ちゃんと兄を消す為の手順は踏んだはずなのに...!
(...どちらへ行った?)
通りにカッツォの姿は無かった。ロカはラナの手を引いて、行く当てもなく走り出した。
ハンドレッドが心配になって外に顔を出した時には、既に誰の姿も無かった。
彼らは疲れていたのに、友人たちとはしゃいでしまった自分をハンドレッドは反省し、下唇を軽く噛んだ。
「...大丈夫ですかねぇ。」
ダリウスが背中に声をかける。
「お二人にとって重要なお話だったんですが。」
「旅の疲れがあるのだろう。お前は一体、何を騒いでいたんだ?」
「ひとまず座りましょう。これ以上お店の方に睨まれているのも、落ち着かないので。」
ミスサリアは自分たちが座っていたテーブルに二人を案内した。彼女はパンと干し肉のサラダを食べたと言ったので、ハンドレッドは同じものを注文した。
「ボクたちの話は後でするね。」
ミスサリアの笑顔に促されるとダリウスはさっきよりも声の調子をだいぶ落ち着かせて、話はじめた。
「思い出したんですよ!いえ、忘れていたわけでは無いんですよ?それとこれとは別々の事柄として頭の中に保管されていたのでして...。」
「何を思い出したんだ。」
「あのー、怒りませんか?まあ結局、カッツォ殿がこの町にいたわけですからここに来る事になったかもしれませんが...。」
「?」
料理がテーブルに運ばれて来る。ダリウスはちらりと皿に視線を向けたが、すぐにハンドレッドの方を向き直した。
「つまり"ラナ様の実兄探し"の旅は無意味だったのでして...。」
「はあ?」
「ラナ?それってカッツォの妹の名前だよね!」
ミスサリアが言ったので、ハンドレッドは驚いた。
「何だって!?」
「ええ...つまり、ラナ様はカッツォ殿の実妹なんです...。」
ダリウスは亀のように肩に首をすくめた。
「...。」
ハンドレッドは開いた口が塞がらなかった。
「妹の話なんて...妹がいたなんて...何で知ってるんだ?ミザリーまで?」
「先日、兄さんに聞きまして...。」
「マリウスに?」
「ええ、七年前に城下町でちょっとした事件がありました。マルメロ殿の部下たちが城下町中を駆け回って大騒ぎしていたのです。フェルネェル殿が騒ぎに気づき何事かと咎めると、彼らは十歳にもならない少年を捕まえようとしていたのでした。マルメロ殿は、養女にした子どもの兄が二度と会わないと言う約束を破って屋敷に侵入したからだ、と言いました。私的な事だったのでフェルネェル殿はそれ以上関わりませんでしたが、一晩城下町の牢に入れられたその少年の事は記録に残しておいたのです。」
「それがカッツォだって言うのか。」
「その時の事、カッツォに聞いたよ。授与式に出ていいのか悩んでたんだ。」
ハンドレッドは悲しかった。自分だけが友人の悩みを何も知らされていなかったからだ。さっき、ラナを見た時のカッツォの顔を思い出していた。
「マルメロとの約束の為に、カッツォは急いで店を出て行ったのか?」
「そうでしょうね。」
「...。」
自分がカッツォを傷つけてしまったようにハンドレッドは落ち込んで、何も手を付けずにフォークを置いた。
「ロカは知って...知らなかったんだな。この前カッツォの家で会ったのだから。」
「そうでしょうね。」
ハンドレッドが一度フォークを手に取ったので、ダリウスは干し肉を口に頬張りながら、そう言った。
「カッツォを探して来よう。ロカとラナがどこで休んでいるかも確認しなければ。」
ハンドレッドは立ち上がると、返事も待たずに歩いて行ってしまった。
「ドレ君、お腹空いていないのかな。」
「そうですねぇ。私はとても空いていますけど。...ところで皆さんは何故、ここに?」
「ああ、それはね。海賊が来たからだよ。」
「海賊!?」
「海賊が来るってシュロが言ったんだ。だから家を離れたんだよ。ウィストリアに行ったらピークが山に飛んで行っちゃって、イヴェットが追いかけようって言ったからここまで来たんだ。」
「そうなんですか。」
ダリウスはミスサリアがほんの少し変わった女性だとは前々から思っていたので、彼女はいつも犬や鳥とも会話をしているのだろうな、と思った。
「でもピークがいないんだよね。カッツォは、ピークはたまにいなくなるから心配しなくていいって言うんだ。」
「ここまで来るのは大変だったでしょう。」
ダリウスは道中のラナの様子を思い出した。女性や子どもには面白くもなく辛い山道だ。イヴェットとミスサリアがさぞ苦労しただろうと思っていた。しかしミスサリアは、笑顔で言った。
「大丈夫、シュロもタランもいるからね。カッツォはこの辺りをよく知ってるし。ボクは南オルミスを色々見れて楽しいよ。」
「そう言えばミザリーさんは、どちらのご出身なのですか?」
「ボクはファムリアだよ。」
「ファムリア!ではあの事件で帰れなく?」
「うん、そう。カッツォもファムリアへ行くからね、コーディの授与式が終わるのを待ってるんだ。」
「延期になってしまいましたからねぇ....。」
ダリウスは自分の皿が空になったので、ハンドレッドのパンに手を伸ばした。
「ずっと置いておくと店主の目が怖いですからね。また新しいのを頼めばいいんです。」
ダリウスは声を潜め、言い訳をしながら口に頬張った。
町の通りは見通しが良いのに、誰も見つからない。目についた宿屋に行ってみたがロカたちもいなかった。ハンドレッドはふと南の小高い崖の上にある建物に気づき、階段を上がった。
「大丈夫、お兄ちゃん...。会っても良いって...。」
「...そうじゃないんだ。」
イヴェットとカッツォの話し声が聞こえた。建物の横に回ると、二人とシュロがいた。
「!...ドレ...。」
カッツォがハンドレッドに気づき、気まずそうに顔を背ける。
「カッツォ、話は聞いた。すまなかった、私は何も知らないで...。」
「いや...まさか、俺に会わせようとして連れて来たわけじゃないだろ?それならまさか、あの兄貴が一緒だなんてあり得ないもんな。」
カッツォはハンドレッドが落ち込んでいるのに気付き、努めて明るい声で言った。
「ロカも知らなかったんだ。君と会ったのは偶然でしかないよ。でも、ラナの実兄を探していたのではあるんだ。」
「俺を?...俺だとは知らずに?」
「ああ。サンドラゴンの...。」
ハンドレッドは自分の言葉にハッと顔を上げた。
「君はサンドラゴンの末裔なのか!?」
「は?」
「咎捨谷で暗殺されたサンドラゴンの...。」
「待て、待て。何だって?」
詰め寄って来るハンドレッドのあまりの剣幕にカッツォはわけがわからず制止する。
「だから、君とラナがサンドラゴン・オルミスの末裔なのかって聞いてるんだ!」
カッツォはまったく気の抜けた顔で答えた。
「そんな訳が無いじゃないか。」




