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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第2章 古き友の咎 17

「大丈夫かい、ラナ。ずっと座っているのも疲れるだろう。」

馬車に揺られるまま、体を小さくして座っているラナにロカは声をかけた。気分が悪そうだ。

「うん。」

「何か辛ければ言うんだよ。それに...。どうかした?」

「あの...ハンドレッド王子様は、どうして一緒に来たの?」

ラナは不安そうに言った。王家に嘘をついたのをずっと見張られているようで、馬車の揺れよりもずっと気疲れが大きい。

「僕もわからない。家に来た時はラナが言った事は知らないようだったけど...大丈夫、うまくやるよ。」

「うん...。」


ウィストリアで一晩宿を取り、更に南へ街道を進む。麓の森は拓かれて小さな村になっている。村の先は石は敷かれていない、しかし馬車がすれ違える程に広い道が山を登って行く。

窓から外を見ていたハンドレッドは、宿も店の看板も無い材木場に何軒かの家があるだけの村のある家の横に一つ捨て置かれたように馬車の箱があるのが気になった。材木を運ぶためでは無い、それなりの箱だったからだ。

今日はロカとラナが御者台にいる。ずっと馬車の中に入りっ放しでは息が詰まるだろう、とロカとダリウスが言ったからだ。ハンドレッドもそう思う。けれどどうにも、ラナとハンドレッドが二人になるのを三人が気を使って避けているように思われた。ハンドレッドは友人の妹なのだから、ラナとも仲良くしたかった。

(ああ、違う。海賊について何か聞き出さなきゃいけないのに...。)

結局ロカとも友人関係を深めているだけで海賊との繋がりを調べられてはいない。

(ちょうど良い機会だ。この旅で仲を深め...そして探り出す。)

そこからは酷い道だった。もっと誰かが考えたなら荷馬車で来るべきだった。車輪が道の穴に嵌るとハンドレッドの頭は天井にぶつかった。

「ハンドレッド様、大丈夫ですか?」

ダリウスが降りて来て馬車のドアを開けた。ひっくり返っていたハンドレッドを見てダリウスはつい笑ってしまった。

「馬二頭で行った方が良さそうですね。」

ハンドレッドは理解した。誰かもそうして同じように、麓の村に預けて行ったのだろう。


ハンドレッドの乗るフィネスをダリウスが引き、ラナが乗ったペルシュをロカが引いた。

「道は悪いですが、マリーゼは遠くありません。」

ダリウスが言いながら躓いたので手綱を引かれたフィネスが迷惑そうにした。

「マリーゼに着いたらご兄弟を探すんですよね。」

「そうです。」

「ラナ様はお兄様を覚えてらっしゃるんですか?」

ダリウスが聞くと、ラナは困ってきょろきょろとしてロカを見た。

「ラナは幼くて実の兄がいた事も覚えていないんですよ。僕も会った事がありません。」

「そうですか。お兄様はすぐに名乗り出てくれますかねぇ。」

「...どうでしょう。幼い妹を捨てるような人物ですから...。」

ハンドレッドはラナを不憫に思った。物心つく前に母を亡くし、父とも接点がないハンドレッドが育って来れたのは兄姉が父母代わりに気遣ってくれたからだ。

話を聞きながらラナは暗く俯いていた。心配に思いよく見ると、真っ青な顔をしている。

「...そもそもマリーゼにいるかも確証が無いのですよね?居なかったらどうするんです、他の町も行かれるんですか?」

「そうですね、父は見つかるまで戻って来るなと言うでしょうし...。」

「ダリウス、少し気分が悪いんだ。休憩してくれないか?」

ハンドレッドは話を遮って、言った。


山肌に背をつけて座り込むと、ダリウスが水袋を持ってきた。ハンドレッドは少し離れたところで座るロカとラナに聞こえないよう、小さな声で言った。

「...ダリウス、あまり彼女の前で兄の話をするな。」

「はい?」

「自分が捨てられた話など聞きたくないだろう。覚えていないと言っても、気持ちの良いものじゃない。」

「...もしかして、ハンドレッド様はわざと具合が悪いふりをなさったんですか!?」

「しっ。」

ダリウスは目を丸くしてハンドレッドを見た。

「なんとお優しい...愛とは人を成長させるものなのですね。」

「一体、何を言ってるんだ。」

ハンドレッドはダリウスが大げさに言っているのだと思い、呆れた。

「...もし本当に彼女はサンドラゴンの末裔だったのなら、」

ハンドレッドは昨日の夜マリウスが言った事を考えていた。友人の事ーーラナの事を、もっと真剣に考えろ、という意味だったのだろうか。

「...ダリウス、彼女はどういう事になる?」

「それは大変な事でしょうとも!サンドラゴンの血筋は即ち、王家の血筋なんですよ。ハンドレッド様とラナ様はご親戚という事になります。ですから、結婚出来ません。」

「まあ...そうなるだろうな。」

縁近い親戚が結婚出来ないのは当たり前だろう、とハンドレッドは思った。さして反応がなかったのはショックが大きすぎてしまっているからか、とダリウスは王子を哀れんだ。

「三...四代前か。そうか、王家の血筋だったとしたら、マルメロ・ルペッサンの養女にしておくわけにもいかないだろうな。今の家族とは離れ離れになるか...。」

ハンドレッドは仲の良さそうな義兄妹を見た。

「そうですね、いえ、もっと大変な事になるかもしれませんよ...!もしマルメロ殿が、ラナ様こそが真の王位継承者であると主張したりすれば...!?」

「?」

「そもそも、サンドラゴン王子とベルトール王...当時は王子ですけど、二人の争いはどちらが正しいというのではなく、命の奪い合いで決着したのですから...。もしベルトール王に非があるような事実が判明でもしたら...。」

「落ち着いてくれダリウス。だったらどうだと言うんだ。」

「大変な事ですよ!ベルトール派とサンドラゴン派の争いが再燃するかもしれません。ラナ様を推す派閥が生まれでもしたら、現王家とどちらが正当な王位継承者であるか、という問題が勃発しますよ。」

ハンドレッドは深く反省した。だからマリウスは怒っていたのだ、ハンドレッドはただ歴史に葬られたサンドラゴンが生き延びていたら面白いなどという浅い考えでのこのこついてきただけだったからだ。ロカとラナの運命を大きく左右する、はじめから彼らにとっては楽しい旅であるはずがなかったのだ。


それから皆、口数少なくなりーーダリウスはよくハンドレッドに話しかけてきた。あそこに虫がいますよとか、昔の王妃にマリーゼに出身のマリージアという女性がいて、マリージア姉王女はその名を受け継いでいるのだとかーー休憩をしながら三時ほど行って、山道は終わった。

「ああ、ようやく、マリーゼの門ですよ。」

ダリウスもさすがに疲れた様で、上り坂が終わるのを嬉しそうに言った。

マリーゼは大きな町だった。とは言ってもキヌート港のように人が多く賑わっているわけではない。高い建物があるわけでもない。一番多いのは木の家で、一軒一軒が大きかった。しかし、城下町の屋敷のように広い庭があるわけではない。大きな家々が道に面して建ち並んでいた。町中の通りには、粗く雑多に大きな石が埋め込まれている。急な斜面の上の小高い場所にも建物があり、丸太を埋め込んで階段が作られている。商人の荷馬車が至る所に停められており、馬の為の水場が多く見られた。

「兄さんはどこにいますかねぇ。」

ダリウスはきょろきょろと町を眺めた。

「あれ!?」

通りに現れた男が、四人を見るなりおかしな声を上げた。

男は近づいてきて、ダリウスを見て言った。

「あんた、さっき町を出て行ったろう。」

「え?」

「マリウスの事だ!」

ハンドレッドが言うとダリウスはようやく気がついて、頷いた。

「ああ...違いますよ、それは私ではありません。」

ドーデミリオン兄弟は城の者なら区別がつくし、彼らが揃って外に出る事は滅多にないので、三人とも身長以外の外見がそっくりだという自覚を持っていないのだった。

「兄はどっちへ行きましたか?」

「ええ?ああ、言われてみればさっきのより小せぇな。西の方へ行ったと思ったが。」

「西...?」

「西に行ってしまったら、トロプス鉱山ですよ。」

と、ダリウスも不思議そうに言った。


「兄さんは落ち着きのないところがありますからね。肝心なところを見落とす癖がありますよ。」

まずは昼食にしようと、ダリウスの提案で四人は店に入る事にした。店の隣に馬を繋ぐと、扉を潜りながらそう言うので、ハンドレッドはダリウスも大概のんびりしている、などと考えていた。

ラナはマリーゼが近くなってからますます具合が悪そうにしていたし、ロカも義妹を気遣いつつも自身が相当参っているようで、どこかに腰を下ろす事に異論は無かった。

ギィ、と木製の扉が開き、木のテーブルと椅子がたくさん並んでいた。窓から曇り空の僅かばかりの光が差し込み、店内は外よりもますます薄暗い。客は少なく、無口にこちらを見た店主のいるカウンターの向こうの棚はガラス瓶が様々に並んでいた。

「あれー!?」

その雰囲気にそぐわない、高くはっきりとした声がハンドレッドの心臓を貫いた。

(まさか、)(こんなところに、)と思いながら目が明るさに慣れてきたハンドレッドに、ミスサリアは嬉しそうに、いつもの笑顔で駆け寄った。

「ドレ君!ダリウス君も!」

「ミザリー!?どうして...。」

「おいおい、どうしてはこっちの台詞だよ。」

彼の声と立ち上がる音が聞こえてきて、ハンドレッドはますます嬉しかった。

「どうしてお前がこんな...ところ...に...。」

偶然に喜びながら歩いて来たカッツォは、ハンドレッドの後ろにいる二人に気づき表情を凍らせた。

疲れの出ているロカの顔は上目に、死期の近い人間が生者を恨むような顔付きでカッツォを見つめている。一瞬、カッツォは怯んだがそんな事はすぐにどうでもよくなってしまった。隣の少年と同じく疲れた顔で、記憶の中にあるのと同じ幼顔(おさながお)で、無関係の出来事を少々面倒そうに待っている、それは間違えようもない、(ラナ)だった。





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