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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第2章 古き友の咎 16

木漏れ日の中を抜ける時、歩いているよりも緑の葉が近くハンドレッドは心地良さを感じていた。人は石の中よりも森に住むべきでは無いだろうか、などと考えていた。石壁がすべてこのように木々で出来ていたら良い。

(名案だ。歴代の王は誰も思いつかなかったんだろうか?)

木々は日を遮ら無いし、気持ちが洗われる。国の守りが薄くなる?敵対する勢力などなければ良いのだ。皆アルソリオという一つの国から別れた兄弟なのだから。お互いに譲歩し手を取り合わずに良い国など作れるものだろうか。

精霊だってそうだ。封印されている今こそ、精霊を畏怖し共に生きる存在だと言うことを国民に教えよう。扱いを間違えないよう精霊を尊重し、イグニーズのような過ちを犯さなければオーネット領のような事故は起きない。ミスサリアやシュロの使う魔法は素晴らしいものだ。彼らならあの力を、愚かな事には使わないだろう。

カッツォの家が見えて来た。この時間ならシュロとミスサリアが湖で魔法の練習を、カッツォが剣の稽古を、イヴェットが昼食のメニューを考え始める頃だろう。

だが、森の中は静まり返っているように思われた。

(港へ行っているかもしれないな。)

ハンドレッドがぼーっと眺めているのが先に見える家だとわかり、ダリウスは諌めた。

「さすがに今回の事は、カッツォ殿にも言ってはいけませんよ。」

「わ...わかっている!」

本当は、またミスサリアと一緒に旅が出来たら良いのに、と考えていた。オーネット領や海賊船で、ミスサリアはいつだってハンドレッドの為に行動してくれた。だがハンドレッドは情けない所しか見せられていない。この間までのハンドレッドはどこか自信を持てず、判断も曖昧で逃げ腰だった。彼女がハンドレッドを変えたのだ。


(「キミが困っているんだったら、どうしたって助けるよ!」)


あの時ミスサリアは、ハンドレッドが王子だとは知らなかったはずだ。もしかしたら知っていたのかもしれない。彼女にとっては何だって良いのだ。ハンドレッドが王子であろうがなかろうが、ミスサリアはハンドレッドを見て、手を取ってくれる。

「早くカッツォがコーディになれば良いのに。」

ハンドレッドはぼやいた。王の(コーディ)との関係は他の誰も咎める事が出来ない。どんな秘密だって共有して良いはずだ。

「...ウィルマートン教授が言っていた事が気になって、少し調べたんですよ。」

ダリウスは珍しく深刻そうな調子で言った。

「少し気をつけたほうがいいかもしれません。過去にコーディとなった方が、亡くなった原因には事故がとても多いんです。」

「...どういう意味だ?」

カッツォの家に着いた時、庭にタランがいない事に気がついた。馬車の箱は残されている。

「ちょっと、止めてくれないか。」

「どうしました?」

ロカも馬を止まらせた。ハンドレッドは御者台から降り、タランが繋がれていた木につけられた乱暴な切り傷を手でなぞる。

「...?」

「留守のようですね。」

窓から家を覗き込んだロカが言った。

「港にでも行っているのでは無いですか?僕らも先を急ぎましょう。のんびりしていては彼の授与式がますます遅れてしまいますよ。」

「そうだな。帰りにまた寄る事にしよう。」

「本当に、仲がよろしいですね。羨ましいくらいです。」

ロカはハンドレッドを御者台に促し、馬車が止まったので不安そうに顔を出したラナに、「大丈夫だよ。」と優しく言った。

窓から見えた暗い部屋の中は物が散乱し、荒れていた。細目で傷の多く付いたテーブルの下を睨むと、倒れている人間の足のようなものが見えた。男の足だ。もう一つ、動かずに部屋の隅に転がっているのもよく見れば人間の形だ。

(女子どもは出来るだけ逃がすように言ったのに...彼らの腕では仕方ないか。顔を見られて焦るだろうからな。)

「ついこの間、会ったばかりですのに。」

隣に戻ったハンドレッドに、ダリウスも呆れて言った。

「毎日だって会いたいんだ。顔を見られるだけでも良い。」

「はあ...まるで恋煩いですね。」

ダリウスが調べたコーディの中には王族とそういう関係の者も少なからずいたという。王位継承権の無い王族は結婚が許されないので、同性の恋人を慰めの手段としたのだろう。コーディとは元々それを公に認める為の制度だったのかもしれない。

(...コーディがいて結婚した王の例もありますが...。)

ダリウスはハンドレッドが結婚した後もカッツォ、カッツォと言っている姿を想像し、何だか情けない気持ちになった。



ウィストリアへは草原に敷かれた街道を延々と馬車で二日、馬なら1日と少しの時間がかかる。ちょうど半分くらいの距離に宿屋がある。周りには何も無いが一軒宿の建物はとても大きい。中庭には港とウィストリアを行き来する商人の馬車が停まっている。

昔から王族も使用しているこの宿には王族専用の部屋も用意されていた。ダリウスが事情を話し、女将は奥の離れに四人を案内した。王族専用の部屋にはハンドレッドしか入れないが、三人は従者の為の部屋にそれぞれ案内された。

辺りも暗くなった頃、篝火に照らされた土壁の建物はひんやりと冷たい。部屋の中はオルミス王家の印でもある赤い生地に星の印の幕が掛けられている。上等なふかふかのベッドだった。ハンドレッドは部屋を出てみた。同じ離れに三人の部屋もあるが、ダリウスなどはとっくに眠ってしまっただろうし、ロカとラナは部屋から出て来る気配が無い。

(カッツォたちと一緒だったら、向こうの食堂にでも行って商人の話を聞いたりするのだろうな...。)

一人で行ってみようかと迷いながら、中庭に出る。たくさんの馬が繋がれており、時折ぶるぶると唇を鳴らしていた。曇っていて星の出ない夜だった。点々と置かれた篝火の周りだけが見えている。

ハンドレッドは自分たちの馬車を見つけ、側に寄った。繋がれているのは大人しく賢そうな大きな目をした茶色と白の混色の馬だった。タランとは違い言うことをよく聞く扱いやすそうな馬だ。

「お前の名は何と言うのだろう。ダリウスは知っているかな。」

目をウトウトさせていて、馬も寝るのだな、とハンドレッドは思った。

「フィネスですよ。」

暗闇の中から声がして、ハンドレッドは驚いた。ダリウスに良く似た、けれど背の高い少年が馬車の後ろから姿を見せた。

「マリウス!」

「まったく...ハンドレッド様がどうしてここにいらっしゃるんです?」

マリウスは怒っているのか荒いため息を吐いた。

「ロカ殿とご一緒だなんて、...ダリウスは一体何を考えているんだ。」

「話は聞いた。マリウスもマリーゼへ行くのだろう?マリウスも一緒に行かないか?どうせ道は一つだ。」

「何故そんなに楽しげでいらっしゃるんですか?...ご友人へのお気持ちはその程度だったと?」

マリウスはまるで独り言のようにそう言った。ハンドレッドは何か咎められているようで居心地が悪かった。その様子をじっと見ていたマリウスの表情が少し変わる。

「...人数が多ければ自然と歩みが遅くなります、私は迅速な調査を命じられていますから。明日朝早いうちに発ちますよ。」

「そうか...。」

目を離して次に話しかけようと顔を上げた時には、もうマリウスは立ち去ってしまっていた。ハンドレッドは、マリウスは自分の事が苦手なのでは無いかと考えていた。一番歳の近いダリウスに比べて、距離を置かれていると感じる事が多い。それは兄姉との距離感に似ているものがあった。




朝、起きてから中庭に行ってみると、フィネスの隣にあった馬車が無くなっていた。マリウスは自分たちのせいで無理をしてウィストリアの先へ行こうと急いでいるのでは無いだろうか、とハンドレッドは心配になった。山道は人も馬も体力が必要だと言うのに。

「おはようございます、ハンドレッド殿下。」

「おはよう、ロカ。」

ロカは、彼に良く似た美しい金のたてがみを持つ茶色い馬の元へ行き餌を与えた。よく可愛がっているのだろう、馬も彼に懐いている。

「ハンドレッド殿下?」

ハンドレッドがじっとロカの一挙一動を見つめているのに気が付いた、ロカは居心地悪そうに顔を上げる。特に何かを思って見つめていたわけではなかったので、取り繕う為の話題をハンドレッドは探した。

「...君もこの旅の間は私の事をドレと呼んでくれた方がいいと思うんだ。」

「わかりました。ドレ殿下ですね。」

「いや、殿下も付けないでいい。行く先々で私が王子だと公表して回る事はない。王子だとわからない方が民にも接しやすいと思うんだ。」

「...わかりました。ドレ、様。ですね。それとすみませんが、ラナを起こして来ます。彼女は起きるのが苦手なんです。」

二人とも部屋に戻りそれぞれ運ばれてきた朝食を済ませると、ハンドレッドたちも早々に宿を後にした。

「私がフィネスに乗っても良いか?」

ダリウスがロカの馬に箱を繋いでいる横で、ハンドレッドは聞いた。

「良いですよ。よくフィネスの名前をご存知ですねぇ?さてはハンドレッド様...。」

「ああ。実は昨晩、」

マリウスに会った、とハンドレッドは言おうとしたのだが、「馬とお話し出来るんですか!?...すみません、冗談ですよ。冗談。」とダリウスが言ったものだから、言う機会を逃してしまった。

ロカとラナが馬車に乗り、ダリウスが御者を務める。フィネスはハンドレッドの思い通りに歩いた。些細な感情の機微まで感じ取って答えているかのようだ。なんて良い馬だろう、と思いながらも、タランの傍若無人な顔つきを懐かしく感じた。

馬に跨っていると、馬車の歩みはとても遅く馬が可哀想なのではないかと、ハンドレッドは思った。例えば街道の横が気持ちの良い風吹く草原になった時、フィネスの首が今にも駆け出したいというようにむずむずと動いたり、時折疲れたのかグッと力強く体を立て直すような動きをするのを、こうして跨って一体になっていれば細かく気がつく事が出来るが馬車を引かせている時はついおざなりになってしまう。長距離の移動なら尚更だ。御者が馬の気持ちと共に行動出来ればいいが、特に城の馬車などは、箱の中を気にして馬をこき使ってしまってはいないだろうか。

そんな事を考えていると、ダリウスが言った。

「ペルシュも、馬車を引くのが楽しそうですね。」

「その馬の名前か?」

「だ、そうです。アルソリオで初めに馬を友とした人の名前ですね。ロカ殿も歴史にお詳しいようですね。」

「...学校で習ったか?」

「もちろん習いましたよ。軽くですけれどね。馬とオルミスの関係はとても深く............私も最近、物忘れが酷いですね。」

ダリウスは落ち込んだようにため息をついた。

「...精霊に関係があるんじゃないか。確か、馬の大精霊がいたはずだ。ナランサという。」

「あ、何だかそんな気がします。...私たちの記憶は封印、されているのでしたっけ。迷惑な魔法ですね。私たちは何か大切な事を忘れた事すら忘れてしまっているという事なんでしょうか。」

ダリウスが言うので、ハンドレッドは考えた。精霊の記憶はどれほど大切な事だったのだろう。知識を得直しても元々自分の中にあった精霊の記憶が戻ったわけではない。記憶を失っている今は、失う以前の自分から見ればまるで自分が自分じゃないようにも感じられるのだろうか。




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