第2章 古き友の咎 15
ハンドレッドはダリウスの背中を押しながら中庭の馬車乗り場までやって来た。ダリウスは「たまには休みませんか?」と乗り気で無いように言いながらも、ハンドレッドについて外出するのは城で書類を抱えている仕事よりもずっと気に入っていた。
「今日はどこへ行くんですか?」
「ロカの家だ。」
「ええ...先日会ったばかりではありませんか。」
「良いんだ。」
彼の家に用があるのだから。海賊の事をダリウスに打ち明けておくかどうか、ハンドレッドは迷った。しかしダリウスの事だから大げさにマルメロを疑って、兄姉やフェルネェルに気づかれてしまうかも知れない。
一台の馬車が、二人の目の前をやや乱暴に走り抜けていった。
「兄さん?」
ダリウスは驚いた。
「え?マリウスだったか?」
「はい。珍しいですね、兄が城外に出かけるなんて...。」
マリウスはマリージアの用を言いつけられる事が多く、あまり城を離れない。ハンドレッドとダリウスは遠くなって行く馬車の影を見ていた。
「あの走り方、後ろは誰も乗せていないような気がします。」
「一人なら馬で行けば良いのに。誰か迎えに行くのだろうか?」
「それなら車輪に気を使うと思いますけどねぇ...まあ、兄は慣れていないのでわからないかも知れません。それか、結構遠くへ行くかですね。」
「遠く?」
「宿が取れない可能性があれば、馬車だったら中で眠れるでしょう。荷物も積めますしね。」
「ああ、そうか。」
ハンドレッドはダリウスの引いて来た馬車に乗り込み、ダリウスはゆっくりと馬を歩かせた。座席にだらし無くもたれ掛かっていると、石畳でも揺れが辛くないように気を使っているのが何となく感じられた。
マルメロの屋敷の敷地に入ったダリウスは、間の悪いタイミングで到着してしまった事を察知した。ロカが馬を引いて、屋敷の前にやって来た所だったからだ。
ロカは御者台にダリウスの姿を確認し、軽く手を上げて挨拶をした。そして、ハンドレッド殿下が来たという事はラナの件を伝えられたのだろう、と思った。想い人と結婚できないとなればきっと動転し、引き離される前に、真実かどうかを確かめに本人に会いに来たに違いない。
馬車から降りて来たハンドレッドはロカの姿を見て言った。
「やあ、ロカ。出かけるところなのか?」
「...ええ。僕以外に行くべき者がいませんからね。」
「そうか。それは悪い時に来てしまったな。」
友人としてロカを訪ねる、というのが言い訳として最も自然だ。ラナはあまり喋らないし、ハンドレッドがいると迷惑そうだった。マルメロに会うというのもおかしな話だ。
「お兄ちゃん待って、」
屋敷の方からラナが駆けて来て、ロカに飛びついた。ハンドレッドたちには気が付いていない様子だ。
「私も連れて行って!こんな事になって、お養父様と二人でいるのは無理だもの!」
「ラナ...。でも、山道は大変だよ。早くても四日か五日はかかるのだから。」
「それでも...お願い...。お兄ちゃん、言った通りにしたらずっと一緒に居られるって言ったよね?」
「ああ、うん、そうだね、ラナ。ハンドレッド殿下が、そこに会いに来ているよ。」
ロカは焦って、自分に言い聞かせるようにゆっくりと言った。
ラナは慌ててロカの後ろに隠れた。
「!...。」
「僕が、ラナがサンドラゴンの末裔では無いという証拠を必ず持ち帰って来ます。」
ロカはハンドレッドに向き合うと、強い決意を伝えた。ハンドレッドとダリウスはぽかんとした。
「...今、何と仰いましたか?」
「ラナがサンドラゴンの末裔...?」
二人は顔を見合わせる。
「ロカ!」
ハンドレッドはロカに詰め寄った。
「は、はい。」
「どう言う事だ!?教えてくれ!」
しまった、とようやくロカは理解した。ハンドレッドには伝わっていなかったのだ。
(余計な事を口にしてしまったな.........いや、寧ろ知った方が好都合だろうか?)
「申し訳ありません殿下。」
ロカは声色を変え、深く頭を下げた。
「我が家に養子に来る以前、マリーゼに住むラナはそのように教えられていたそうなのです。ですがもう黙っておくわけに行かなくなり、先日マリージア殿下に真実を告白したのです。」
「それが本当なら大変な事だ!」
ハンドレッドは興奮して言った。その表情は怒りや困惑ではなく、好奇心に溢れていた。
「それで、証拠はあるのか?」
「その証拠を探しに行く所のようですよ。ハンドレッド様。」
「ラナには実の兄がいるんです。その兄を探してサンドラゴンの末裔では無い証拠を持って来いというのが父の命なのですが...。家系図なんかがあれば良いですね。」
「兄の居場所はわかっているのか?」
ロカは端目にラナを見て、聞かせるまいとするように小さな声で答えた。
「...それが、幼いラナを捨てて行ったきり行方知れずで。まずは故郷であるマリーゼを当たってみようと思います。」
「咎捨谷!」
ハンドレッドの輝く目がロカを見つめる。
「私も共に連れて行ってくれないか、ロカ。」
「ハンドレッド様!?」
「一度行っておかなければならないと思っていたところだった。忌まわしき王家の罪を自分の目で知っておきたかったんだ。父様も若い頃に訪れたそうじゃないか、お前たちの父と共に。」
「でも四日、五日はかかりますよ。少なくとも...。」
「良いじゃ無いか、どうせ授与式はファムリアとの会談が終わるまで延期なんだ。」
「僕は、構わないですよ。ただ...。」
ロカは言った。
「ラナも連れて行かなければならないようですから、父と話して来ます。少しお待ちいただけますか?」
「わかった。」
ハンドレッドが頷いたので、ロカはラナの手を引いて屋敷の中へ戻った。ハンドレッドが来たのは予想外だったが、ラナを諦めてもらうためには本人が直接関わってくれた方が好都合だ。咎捨谷へ行き、何かしらサンドラゴンの由来する様な物を手に入れてラナの物だとしてしまうのがロカの計画だった。人目が増えて厄介ではあるが、あの二人なら隙もあるだろう。
ラナを連れて行きたくは無かった。だが仕方ない。あの様に機嫌の悪い、低く唸る様なため息をつきながらうろうろと歩き回って、座ったかと思えば足をイライラと揺すり、その上時折柄にもなくおろおろと頭を抱える父と家で待たせておくのは可哀想だ。
ラナを待たせて父の元へ行く。指を噛むマルメロが、「くそっ!どうしてこんなことに...。」「あの嘘つきの親不孝者が...。」と呟いたのをロカは聞き逃さなかった。
「お父様。」
マルメロはロカの声に驚き顔を上げた。
「まだ出発していなかったのか。」
「何を狼狽えてらっしゃるのですか、堅牢のマルメロ・ルペッサンともあろう人が。ラナがサンドラゴンの末裔だったとして、何が問題だと言うのです。」
ロカは腹が立っていた。父に意見する事に恐れる気持ちは全く無かった。
「な、何を...?」
「サンドラゴンは暗殺された王子でしょう。勝者が正しいとは限らない。不当に王位を追われた可能性だってあります。ならばラナが真にサンドラゴンの末裔だった時は、現王家を王位の簒奪者として争う事も視野に入れなければならない。」
マルメロの丸い目が、ギョッとしてますます丸く開いていた。
「何と恐ろしい事を言うのだお前は!」
大きく太い指の手のひらが、ロカの両肩を掴んだ。世迷言から目を覚ませ、と言う様に。
ロカはがっかりした。当然、全て口から出まかせだ。よくもまあこんな台詞が次いで出るものだと自分で感心してしまうくらいだ。そしてわかったのだ。自分は父親とは違う。父は色々と小細工をしてのし上がろうとしてはいるが、所詮強いものにおべっかを使っているだけで大きなはったりをかます度胸はない小物だ。王家やルペッサン本家と同じ舞台には一生かかっても上がれまい。
「僕はラナを連れて確かめて来ます。あなたはこの屋敷でマリージア王女のご機嫌を伺っていると良い。」
唖然としているマルメロにそう言い放つと、ロカは踵を返し、部屋を後にした。外で不安そうに待っていたラナは、ロカがしっかりした表情で微笑んだのでとても安心した。
「お待たせしました。」
ハンドレッドたちの元に戻ると、彼らはにこやかに二人を迎えた。
「ラナも一緒となると、馬車がもう一台必要でしょうか。」
「馬二頭に馬車一台で良いでしょう。山道を登りますから、二頭で交代させるようにすれば疲れも少なくなります。」
「わかりました。」
ロカは馬の背に括っていた荷物をダリウスに手渡し、ダリウスが馬車の箱の上に荷物を上げた。
「随分、荷物が少ないな。」
「実はこのように長旅をするのは初めてで。資金はあるので何とかなるかと思ったのですが...。」
「まあ、マリーゼなら物はあるだろう。ウィストリアで揃えても良い。」
カッツォに聞いたトロプス鉱山の状況を思い出すと山間の暮らしぶりは悲惨なようだが、交易地であるマリーゼは唯一賑やかな町であると言っていた。
「でも宿が取れるかわかりませんよ。いざとなったら野営になるかも知れません。」
「そうですか。人数が増えて心強いですね。お二人が一緒に行く事になって良かった。」
二人の会話を聞いていて、ハンドレッドはふと気付いた。
「ああ、マリウスはもしかして...。」
「!ええ、そうかも知れません。マリージア様の会食に居たはずです。」
ラナが馬車に乗り込んだ。ダリウスとロカは地図を広げ、相談をしている。
「ダリウス君、城下町を出たらあの森を通って行きませんか?人目にもつかないし、だいぶ近道が出来るでしょう。」
「良いですね。ではここから街道に出て...途中の宿に。明日はウィストリアに泊まりますから、そこで物を買ったら良いでしょう。よろしいですか?ハンドレッド様。」
「ああ。」
そうしてロカが馬に、ダリウスが御者台に向かうと、ハンドレッドも御者台に上りダリウスの横に座った。
「馬車の走らせ方を見たいんだ。」
「構いませんが...そうですね、ラナ様とお二人というのも気まずいでしょうから。」
「?」
婚約が駄目になって、というつもりでダリウスは言ったが、ハンドレッドはきょとんとしていた。森を通るならミスサリアに手を振るくらいは出来るかも知れない、とハンドレッドは考えていた。




