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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第2章 古き友の咎 14

ラナは馬車の中で、あまりの緊張に既に気分が悪くなってきていた。

(お兄ちゃん...。)

先日、城から届けられた小さくて愛らしいルクレの実をあしらったピンク色のドレスも、普段のドレスに増して一層、窮屈に感じられて着心地が悪い。マリージア様が自分のために仕立てたと言うのだからそんな事を思ってはいけないのだ、と言い聞かせる程にドレスのサイズはどんどん小さくなっていくような気がした。

「大丈夫。僕を信じて。」

今日の朝、ロカはそう言ってラナの額に軽くキスをした。これまでもそうやって、しかしこれまでは、ロカが全部やってくれた。ラナが何かしなきゃならない事は、ラナが何か言わなきゃならない事は、一度だってありはしなかった。しかもこれからラナがしなければならないのはとても大それた事だというのぐらいは、無知なラナにだってわかっていた。

ラナがルペッサン家にやって来て一番の笑顔で、城で粗相のないように、失敗のないように、と大変に心配して見送られた養父の顔が何度も思い浮かび、ラナの胃を内側から突いていた。ラナはマルメロが決して嫌いではなかった。養女に迎えられ、比較する者はいないがきっと実娘と遜色の無い暮らしをさせてもらって感謝している。

(うう...絶対にご飯なんて食べられない...。)

車輪の音がガラガラと強い音に変わり、ラナは馬車がもう城門を潜っていると気が付いた。諦めの境地に至ることも出来ず、ため息すら出ない。緊張と不安がラナの内側に蓄積されていくばかりだ。

(おそ...畏れながら...マリージア様、私は...。)

気持ちが落ち着かず、ロカに言われた事を頭の中で練習する事にした。

(違う。先に本日は、お招きいただいて、ありがとうございます...。畏れながら...私は、ハンドレッド殿下と結婚する事は出来ません...。何故なら...何故なら...。)

馬が足を止め、車輪が半周して動きを止めた。ラナの息も小さく音を立てて吸い込まれた後に、止まる。御者が扉を開け、ラナに手を差し伸べる。

慣れない髪飾り、慣れないドレス、慣れない靴。着替えさせられて鏡に映っていたのはどこかの王女かというくらいに可愛らしく惚れ惚れするような少女だったが、それが自分だとはラナはどうしても思えなかった。

(そっか...今、私、私じゃないんだ...。)

素晴らしい装いをした少女は、迎えに来たドーデミリオン家の少年に美しいお辞儀をこなし、その後に続いた。

ラナはそれをどこか外側から見ている気分だった。体の少し上くらいから。それはいつものラナだった。下を歩いている少女は、皆の期待するルペッサン家の養女、ラナだ。

ドーデミリオン家の少年は、朗らかに色々と説明しながら廊下を案内している。名前を言われたはずだが、三人いるうちの誰だったか、聞き逃してしまった。少女は愛想の良い笑顔を返しながら物怖じもせずに正しい受け応えをしていた。ラナは何を喋っているかもわからなかった。自分が追い出されて勝手に動いている身体が、そうしているのだった。

会食の部屋に入り、花や、心の落ち着く草原の風景の絵画や、綺麗なテーブルクロスや、女性好みに飾り付けられた居心地の良い空間でマリージアがラナを出迎えた時も、ラナは教え込まれた通りに優雅な挨拶をした。

(すごいな...私じゃなければ、私にも出来るんだ。)

ラナは不思議な気持ちでその光景を眺めている。


部屋にはマリージア王女とマリウス・ドーデミリオン、それに給仕の者たちだけだった。怖い顔のフェルネェル執政官、それにハンドレッド王子がいなくてラナはホッとした。

扉を開けたふくよかな女性は、ラナと入れ替わりに部屋を出て行った。ミナモザは仕立てた服が、それを完璧に着こなせる少女の物になったのを見届けて満足だった。

「良かった。とても似合っているわ。」

「マリージア様に贈り物をいただくなんて、私などには勿体無い事です。でも、とても素敵なドレスで...夢のようです。」

マリージアは、以前会ったしどろもどろした少女とは印象が随分変わったと思って驚いた。そして嬉しくなり優しい微笑みを浮かべた。当然、マルメロが今日のために必死に仕込んだのだろうが、特別な装いには少女を変える、そういった力があるのだ。

マリージアは気に入った。この少女ならば、ハンドレッドの隣に若き王妃として座る事も出来るだろう。素直で、性格が大人しい。けれど教えれば覚える、若い可能性がある。

「さあ、座って?今日は良いデザートがあるのよ。ハンドレッドが教えてくれた、バナナスコーンというものなの。キヌートでは詰めバナナ焼きと言って食べられているのですって。私もまだ食べていないのよ、楽しみだわ。」

マリージアは気さくにラナの背中に手を回し、自ら椅子に座らせた。

ラナは運ばれてくる食事を、正しい作法で楽しんだ。心と身体がばらばらになった状態で抱いた感想としては、ルペッサン家の方が食事が気取っているという事だった。今日が特別なのかもしれないが、出される食事は家のものよりも素材味が強く、それでもより美味しい。

「ハンドレッドはまだ少し頼りないところがあるけれど、素直で真っ直ぐな子よ。」

マリージアが自分を気に入って食事を楽しんでいる事がラナにもわかっていた。

「はい、とてもお優しい方だと思います。」

ラナも自分に良くしてくれる王女が大好きになっていた。もしラナがハンドレッドと結婚する様になれば、マリージアとこんな優雅な毎日を過ごすのだろう。王妃の養父(マルメロ)は誇らし気に騎士の紋章を掲げる。それは素晴らしい事に思えた。ロカはーー。


(「ずっと一緒にいられるよ、ラナ。」)


ラナはハッと我に返った。

ふわふわと宙に浮いていた心は自分の身体にぴったり戻り、途端に心臓が痛い程に大きく脈打ち始めた。細かく震える手のひらには汗が滲み、ドレスをぎゅうっと掴んだ。

(ラナ...おち...落ち着いて...。)

もうデザートが運ばれてくるところだ。やらなければならない。言わなければならない。

(お兄ちゃん...っ!)

ラナは立ち上がった。それはこれまでの振る舞いからは信じられない程に粗暴で、逃げ出そうとする猫のように荒い呼吸をしていて、マリージアもマリウスも、給仕係もラナが突然何をしているのかわからずに驚いた。

固まった給仕係は、とりあえずデザートの皿をラナの前に置いてそそくさと場を後にした。

「わた、あの、私...じゃない、ほん、本日は、お招きいただきまして、本当にありがとうございます、マリージア様。」

はじまりから大失敗だった。ぽかんとしているマリージアから視線を落とし、真っ赤な顔をして、それでももう後戻りは出来ないので続けようとするのだが、声が詰まって口だけがパクパクと動いていた。すっかり乾いた唇が今にも裂けそうだった。口の中にあるわけでも無い唾を飲み込もうとし、咳をする。

「お...おそ...おそ、畏れながら、私は、ハ、ハン、ハンドレッド王子...様と、と...け、結婚する事は、出来ないのです。な...。」

あまりに緊張しているので、見ている者は彼女が可哀想にさえ思えた。

「何故なら...。」

だから皆、彼女の言葉をちゃんと聞いてあげようというのが先で、彼女が何を言っているかも理解していなかったし、何を言うかなんて想像だにしていなかった。

「何故なら、私は...ラナ・ルディ、ルペッサンは、サ...!サンドラゴンの末裔だからです!」

ラナは全身の力が抜けて、足がすっかり震えていたので、椅子にストンと座ってしまった。

(い...言えた...!お兄ちゃん...!)

言ってしまった。口に出したものは、もう戻す事は出来ない。

「...。」

部屋の中は奇妙に静まり返っていた。マリージアはしばらく経って、マリウスを見た。マリウスも珍しく面食らった顔をしていて、マリージアの視線に気づくと二、三度首を横に振った。

「...どう言う事なの?」

マリージアが言った。

ラナは頭が真っ白になっていたけれど、何とか思い出して答えた。

「孤児院の前はマリーゼにいました。とにかく一族の事は秘密に、と育てられて来ました。でも最早隠したままお話を進めるわけにもいかず、言わなくてはならないと...。」

ラナは確かに意識を持って喋っていたが、一番言ってはいけない事を言い終えた安堵感からか、ロカに教えられた通りにすらすらと台詞が出て来た。

「...真実なの?」

マリージアは到底、信じてはいなかった。信じるはずがない。それはロカも言っていた。


(「でもその疑惑が出ただけで結婚話は無しになる。王家が血縁者と結婚する事は絶対に許されないのだからね。」)


「私も疑っています。けれど、実の両親にはそう言われて育ちました。養父は知りません...とても、言えなくて...義兄には相談しました。それで、この席で言わなければならないと...。」

「...。」

マリージアはそれまでの優しい表情から一変、目つきは剣を握る時のような鋭さで思案を巡らせている。温かさを失っていく手付かずのバナナスコーンを見つめているラナは気付いていなかった。

「マリウス。すぐにマルメロをここに呼びなさい。」

「!あの、養父(ちち)は本当に知らなくて...!」

ラナは焦った。顔を上げると、マリージアの顔を見て言葉を失う。

「...別に、咎めはしないわ。ただこの話を無かった事にする為には、彼も知らなくてはならないでしょう。」



慌てた様子の馬車が城から到着したのを見て、ロカは計画が思い通りに進んでいる合図だと受け取った。後はキヌート港の外れに住む頬に傷のある男が、何者かに殺されているのを確認するだけだ。銀貨の山を目にしたテス達のぎらぎらした目の輝きを思い出す。

一日中そわそわうろうろしていたマルメロは突然の迎えに戸惑いながらも馬車に乗り込んだ。


「な...何ですと!?」

マルメロはただただ唖然として、泣きそうな顔で震えている養女を見た。

「そんなはずはありません。何かの間違いです!そうだろうラナ!この子は引き取った時、家柄も良く無く困窮して病気で...。」

しかしそれなりの身なりをさせてみると、そうと言われればそうなのかもしれないという疑念は生まれる。出自がはっきりしないことが仇になろうとは、まさかマルメロは思わなかった。

「時間を...時間を下さい!この子が王家の血縁などでは無いと証明するための...どうか、この件は、無しでは無く保留...という事に...。」

「...血縁者では無い証拠など、提示出来るのですか?」

マリウスが言うと、いつもは威張り散らしているマルメロは救いを得たかのように両手を摩った。

「ええ、もちろん、何としてでも...。」

「血縁者だという証拠であれば嘘でも用意出来るでしょうがしかし、違うという証明は、一切の疑惑無くするのは、難しいのではありませんか?」

小憎らしくマリウスが言うのをマルメロは悔しそうに睨みつけた。しかし、生意気な少年の顔を見てふと思いつき、丸い目を見開くと、パンのような握り拳で大きな手の平を打った。

「...!そうだ!この子には兄がおりました。引き取った時この子は幼かったが、兄はもう大きかった。良く出来た賢い子どもだった。家系についてもはっきりわかるはずです!その兄を探し出し証言させましょう、この子が王家の血縁などでは無いと!」

マリージアはため息をついて言った。

「...良いでしょう。こちら側でも調査をするわ。サンドラゴンがあの時生きていたとなれば大変な事だもの。この件はマルメロ、ラナ。他の者には絶対に言わぬよう。マリウス、あなたもよ。」

冷めたバナナスコーンからはまだ甘い香りが漂っていた。ラナは大役を終え、少しでも早く家に帰って着替えたいという気持ちだけでずっと俯いていた。




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