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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第2章 古き友の咎 12

南オルミスの王子と、そのお付きで英雄の子孫と、ファムリアの姫と、記憶を失った精霊王と、犬の姿をした精霊が、即席の椅子を並べて狭いテーブルを囲んで粗末な料理を食べている。楽しそうにお喋りしている彼らを見てカッツォは、おそらくこの世界は平和なのだろう、などと考えた。

ピィ、とパン屑を啄ばみにやって来たピークは、カッツォの気持ちがわかっているのは自分だけだというように、カッツォの指に頬を擦り寄せる。

「この魚料理はなんて美味しいんだ!」

ハンドレッドが感激の声をあげた。

ダリウスも横で頷いて、

「このミズハ草がよく合いますね。カッツォ殿、城に来て料理人に教えるべきですよ!」

と言った。

「ああ、そのシズミの蒸し煮なら港のベランに教わったんだよ。他にも色々な料理を知ってる。呼ぶなら彼を呼ぶといい...ただし、半時は彼の失恋物語を聞かなくちゃならないけどね。」

「エルレチカさんと、どうして別れたのかな?」

「それが、結婚を申し込んだら振られたんだってさ。」

ミスサリアとカッツォの会話に、ハンドレッドはぎくりとした。魚のスープが喉に入ってむせ込むと、ダリウスが仕方無さそうに背中をさすった。

「そうなんだ。仲が良かったのに。」

「ベランもまさか断られるとは思わなかったようで、とても落ち込んでいたなぁ。」

「エルレチカという方は、赤い髪のとても綺麗な女性ですか?」

ダリウスは両手で自分の両肩のあたりに長い髪を表しながら言った。

「そう、その人だよ。」

カッツォが頷く。ハンドレッドは疎外感を感じて少しムッとしながら、ダリウスに言った。

「知っているのか?」

「ウィストリア大学のウィルマートン教授の恋人でしょう、お茶をいただきましたよ。」

「私は会わなかったか?」

「ハンドレッド様はちょうどいらっしゃいませんでしたね。」

「今度はウィストリアにいるのかぁ...。」

カッツォが呆れてか感心してか、言った。

「教授が仰っていましたが、エルレチカというのは古語で"罪な程美しい"という意味だそうですよ。まさしくお名前の通りの方でしたね。」

「結婚の申し込みを断られるなんて事があるのか?」

ハンドレッドがやけに深刻な調子で言った。

「そりゃあ、あるだろ。相手が嫌だとか。」

「そ、そうか。そういう事もある...か。」

カッツォが答えると、ハンドレッドは一人ぶつぶつ言いながら俯いた。

「シュロー、シュロ、おいで。」

にこにこしているダリウスに呼ばれると、部屋の隅に寝そべっていたシュロはため息をついてから、のっそりと立ち上がった。ダリウスは膝下にやってきたシュロの首の毛を撫で回し、自分の食事から牛の肉を取ってシュロにやった。

「...。」

シュロは顔をしかめて匂いを嗅いでから、しぶしぶ肉を口に入れた。

ハンドレッドが見ているのにダリウスに見えないというのはいつか不都合が生じるだろうと、シュロは姿を隠す事はしていなかった。ハンドレッドがダリウスなら大丈夫だとイヴェットに言ったからだった。しかし喋る事はせず、動物の振りをしている。

「ダリウスさんは動物が好きなんですね。」

イヴェットは庭でタランを可愛がっていたダリウスを思い出して、言った。

「はい。母の部屋には猫がいるんですよ。」

「猫!いるの!?見てみたいなぁ。」

「...気性が荒いので、連れて来るのは難しいですねえ。私には懐いているんですが、兄と弟を噛む事がありますから。」

「ダリウスさんの家はどこにあるの?」

「私たちは城内に住んでいるんです。」と、ダリウスは言った。

「南オルミス城の中核部、城自体にはオルミス王家の方々が住んでいらっしゃいます。その周りを囲む城壁内は、王家の従者の住まいがありますね。北東は執政官のフェルネェル・ルペッサン殿を筆頭に、我がドーデミリオン家の居住区もいただいております。南西は近衛隊長のラルハイン・ルペッサン殿のお部屋がありまして、内勤の衣装係や料理人などもそれぞれの部屋を与えられています。更に外側は兵舎になっており、近衛騎士団と王家直属の騎士団が主に使用しています。南の城門側は城外の私騎士団の使用が許可されています。といっても、フェルネェル殿の慈愛の騎士団とマルメロ殿の堅牢の騎士団しかありませんけれどね。城に住んでいない方々は城下町からの通勤です。」

「あの壁の中だけで、そんなにたくさんの人たちが暮らしているんだ...。」

「外から見えるのはただの防壁なんですよ。その中に城下町があって、更に奥に南オルミス城があるのです。」

「そんなに壁が何重にもなっているのは、戦争の為?」

「そうですね、そのうち学校で習うと思いますが、オルミス王家が北にあった時代はファルトーソーとの抗争が絶えず防壁を厚く重ねた強固な造りの城だったんですよ。」

ファルトーソー、と言う名をイヴェットは奥歯で噛み締めた。

「二百年ほど前、ファルトーソーに襲撃を受けたオルミス城からトマス・ルペッサンの孫であるロームズ・ルペッサンがアグリール王女を連れて命からがら海を越えこの巨大大陸(サルト=カティス)に辿り着き、二人が結婚して南オルミスが建国されました。今度は落とされる事の無いよう、更に頑健な城を作ったんですね。」

「ふーん...。」

お姫様を救って結婚するなんておとぎ話のようだとイヴェットは思った。城の塔の窓から助けを求める美しい王女様。城を襲っている逆賊にクルマーシュと海賊たちを想像した。主人公はロームズ・ルペッサンという若く凛々しい青年だ。

「ロームズ・ルペッサンって何をしていた人?」

「海軍の艦隊を率いるサンサムリオ・ルペッサンの再従兄弟です。左側のルペッサン家はその頃特に記録がないので、一水兵だったのではないでしょうか。」

「左?」

「ルペッサン家というのは、アンデロスとトマスという優秀な兄弟から家名が上がったんですよね。元々はサキタリ商会の...サキタリ商会、というのはこの巨大大陸を発見したオーネット・サキタリですが、その船団がこう、三隻あって主となるオーネットの船の右舷側にアンデロス、左舷側にトマスの船が並んでいたそうで。」

「へー...ダリウスさんってとても歴史に詳しいんだね。」

イヴェットの言葉に、ダリウスはいつもよりもう少しばかり得意な顔をした。

「王子の従者ですからね。それに当時ドーデミリオン家はルペッサン家と親交があったので。この辺りは複雑なので、"セアラ・エッカーナ号"という小説を読むと良いですよ。特に女性は読み易いかと。」

カッツォの家にある食器は殆んどが木で出来ているので、食卓はコトコトカタカタ音を立てていた。ダリウスも、ハンドレッドも、カッツォやミスサリアに負けないくらいお喋りが好きだった。シュロを除けば一番静かなのはイヴェットで、その次に今日はカッツォの口数が少ない。



楽しい食事の時間が終わると、イヴェットとミスサリアはもう長い間カッツォに借りている部屋で、他の三人とピークとシュロはカッツォの部屋で眠る事になった。

「私はタランと一緒に眠りましょうか?」と、それも悪くなさそうに言うダリウスを引き留めると、「ではここで。」と、床に毛布を引いてさっさと寝息を立てている。

「ダリウスはどこでもすぐに眠れるのが特技だ。違う枕でも、野営でも、固いベッドでも。」

星明かりの青い部屋の中で、どうやら眠れないらしいハンドレッドが言った。

「まあそう言わないでくれよ。俺が自分で作ったんだから。」

カッツォは冗談めかして意地悪を言った。

「いや、そう言うわけじゃないんだ。」

と案の定慌てるハンドレッドに、笑う。

「確かに固いけどそれで眠れないわけじゃない。でも君はベッドも作れるのか...自分で作ったのにどうしてもっとふかふかにしなかったんだ?」

「そんな...、鉱山生まれの孤児院育ちの町外れに住むただのガキがさ、豪勢なベッドなんか作らないよ。」

「...君は出会った事が無いだけなんだ。ふかふかのベッドにだ。他の者だってそうだ。でなけりゃ宿屋だって君だって、ふかふかのベッドを用意しない理由(わけ)がないんだ。だってその方が、ずっと良いんだから。」

カッツォはハンドレッドが言うのを、うつらうつらとした半分の意識の中で聞いていた。

「今度城に来たら私のベッドに寝てみると良い。」

「ああ。」カッツォは大きな欠伸をした。「そうさせてもらうよ。もう寝よう。」

「...眠れないんだ。先に寝ていてくれ。」

「本当に、まったく迷惑な話だよ。」

と、部屋の影になっている暗がりからシュロの気配が動いた。

「王子の思考がうるさくて寝られやしないよ。」

「シュロ、起きてたのか。」

「どうして人間は恋ってのをするとこんなに思考を騒つかせるんだろうね。」

「恋?」

カッツォが仰向けになっていた身体をうつ伏せに転がって、顔を上げた。

「...な、ちょっと、ちょ、待ってくれシュロ!」

ハンドレッドは慌てて起き上がる、しかしダリウスを気にして声を潜めたまま叫ぶ。

シュロは機嫌が悪いようだった。ダリウスやロカのせいで行動が制限されていたので、鬱憤を晴らそうとしていた。

「王子はミザリーと結婚したいそうだ。」

「!」

「シュロ!」

「へえ〜?それで様子がおかしかったのか。」

カッツォは目を細めて、初めてハンドレッドと彼が会った時のような顔でハンドレッドを見た。

「そりゃあ良い。すごく良い事だなぁ。」

カッツォが言ったので、ハンドレッドは驚いた。

「...そう思うか?」

「ああ。」

正直なところハンドレッドは、カッツォが恋敵になるのではないかと考えていた。だから彼が何の難色も示さなかった事をとても嬉しく思った。





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