第2章 古き友の咎 11
「何で君こそ、こんな所にいるんだ?彼らは...」
ハンドレッドは地面を転がって踠いている男たちを指差して言った。
「賊か。流石の剣技だな。」
何の疑いも持たずに感心しているハンドレッドに、ロカは警戒した。彼の純粋な目が、ロカの頭の中の企みも全て見透かしてしまうのではないかと、そんな気がしたからだった。
「怪我はないか?すぐ近くに私の友人の家がある。」
ロカの心臓は忘れていた鼓動を取り戻したように感じられた。ドクドクと鎖骨の下の脈動が速くなっていく。さっき、ハンドレッドは既にその名を呼んでいた。友人というのが誰なのか、憶測する必要もない。
「大丈夫です。」
「折角だ、もう一人の友人である君にも紹介しよう。コーディになれば二人が会う機会もあるだろうし。夕飯を囲むには...部屋が狭いかもしれないが。」
「有り難うございます。しかし僕は帰らなければ、家の者が心配しますから。」
「そうか。君はもしかして城下の方から?」
「ええ。こんな危険がある所とは思いませんでした、金目当てに...後を尾けられていたみたいです。」
そう言いながら、端目に男たちを見る。さっさと消えろという意味だった。表情を見ると、彼らにも伝わってはいるようだ。
「キヌート港へ行って馬車で帰ります。」
「それが良さそうだな。」
森の葉がざわざわと揺れる音がした。奥から何かが近づいて来ている。
「ドレ君ー!」
呼び声を聞いたハンドレッドの表情が硬直した。
「良かった!迷っちゃったのかと思ったよ!」
ロカは小枝を踏みしめながら道に出て来た、大きな目が印象的な、丸顔の幼さの残る少女と目が合った。
「あれ、その人たちは?」
「私の友人だ。後ろのは...。」
「怪我をしてるね!ボクに任せて!」
ミスサリアは起き上がろうとしているごろつき二人に駆け寄った。
「危ない、ミザリー。」
ハンドレッドが止めようとした時には既に、男たちの傷口は血が止まり塞がって行くところだった。
「痛くねぇ...。」
「これは...!?」
「ごめんね、今は調子が悪くて傷痕が治せないんだ。」
男たちは自分の腕や胸を撫り、ぽかんと呆けた顔でミスサリアを見上げた。ハンドレッドは焦って彼女の前に割って入り、男たちに剣を突き付けた。
「動くな。お前たちはキヌートの兵士に引き渡す。」
「うわああ!」
男たちは切っ先から逃れるように、足を地面に引っ掛けながら走って行ってしまった。
「あ!こら!動くなと言ったのに!」
ハンドレッドが怒って追いかけようとするが、すっかり意気を失ったロカが止める。
「...退路を塞ぐべきでしたね。」
「私の命令に逆らったな!」
憤慨するハンドレッドをロカがなだめる。
「そんなに大した悪人でもありません。荷物にならず好都合ですよ。ところで、そちらの方は...?」
「彼女は...ミザリー。ミザリー、彼はロカ。堅牢の騎士団団長マルメロ・ルペッサンの子息だよ。」
「...どうぞ、宜しく。」
ロカはハンドレッドが一介の少女に過ぎない彼女に自分の紹介を詳しくした事に疑問を覚えながらも、丁寧に挨拶をした。
「よろしくね、ロカ君!」
屈託の無い笑顔で手のひらを差し出す彼女に、ロカは戸惑う。ハンドレッドは自分の事を"ルペッサン"だと伝えたはずなのに。
ロカの様子に気付いたハンドレッドが慌てて耳打ちをした。
「その...ミザリーの事は、いずれ詳しく紹介する。今は何も訊かないでくれ。」
「...?はあ...。」
結局得体の知れない手を仕方なく取って、ロカは彼女と握手をした。
夕暮れに向かい森は静まり返っていた。
「以前、君に聞いたのを覚えているか?イグニーズ・ルペッサンの話...。」
「ええ。殿下がお調べになっているという。」
「君の言った通りにウィストリア大学へ行ってみたんだ。探していた本はあって、オーネット領がああなった原因がわかったよ。ミザリーたちにはオーネット領の解決に力を貸してもらったからな、私が知った事を話す為にここへ来たんだ。」
「そうでしたか。父などは大変に喜んでいましたね、殿下がご解決なされた事を。」
彼女がさっき触れただけで男たちの傷が治ったのをロカはしっかり見ていた。何も考えていなそうな顔で機嫌よく彼女は歩いている。
「君にも話そう、過去の王家が、王家を取り巻くものたちが、いかに愚かだったのかを。また今度家を訪ねても良いかな。」
「...ええ。」
(僕を訪ねてくださるのなら...。)とロカは心の中で付け加えた。自分と親交を深めるのを口実に、ラナとの縁談を着実に進めていくつもりなのだろうか。
町外れの家が見えて来た。先程の白い馬がブルブルと三人を迎えるように身を震わせる。
その前に立っていた小さな人影が、彼らに気づき走り寄って来た。
「お帰りなさい、王子様、お姉ちゃん...?」
子どもはロカを見て、足を止める。知らない人に怯える幼い姿は、ロカに出会ったばかりの頃のラナを思い起こさせた。
「私の友人のロカだ。彼女はイヴェット。」
「こ、こんにちは...。」
イヴェットはミスサリアの背中に隠れるようにしておずおずと言った。
「こんにちは。ミザリーさんの妹ですか?」
ロカは思わず笑ってしまいながら、イヴェットに目線が合う様に身を屈めた。
「うん。妹みたいなものだよ。」
と、ミスサリアは言った。
「イヴェット、ダリウスは?」
「お兄ちゃんと遊んでるよ。呼んでくるね!」
イヴェットは家の中へ駆け込んで行く。
「ダリウス君も来ているんですね。」
「そうなんだ。最近、どこへ行ってもついてくる。ここに着いて先に帰れと行ったんだがな。どうやらフェルネェルの差し金らしいが...。」
「フェルネェル様が?でも確かに、殿下一人で旅をなさるというのはご心配でしょうね、先程のような事もありますし。」
「ハンドレッド様!」
ドアの開く音がして、ロカもよく聞き覚えのある声がした。ダリウス・ドーデミリオンはハンドレッドに駆け寄って、言った。
「遅いのでまた迷われたのかと思いましたよ。」
「とってつけたように心配しなくて良い。二人で遊んでいた事はわかっているんだぞ。」
「いやぁ、カッツォ殿が石並べを覚えたらなかなか強くてですね...。おや、ロカ殿ではありませんか。そんな装いでどうしたんです?まるでハンドレッド様のようですね。」
「ええ。少々、殿下に感化されたみたいです。僕ももう少し外を見てみようと思い立ったので。」
ロカはもう一人、家から出て来た人物をダリウスの後ろに見つけていた。視線は一度も向けなかった。はっきりと目に映らないシルエットこそ、記憶の中にある少年の姿と一致する。
「ああ、ロカ、さっき紹介したいと言ったのは彼だ。今度私のコーディになる、カッツォ・エサム。カッツォ、彼はロカ・ルペッサンだ。二人とも物知りだからきっと話せば面白いと思う。」
カッツォの歩みに戸惑いがあるように感じるのは、ルペッサン家の人間に気後れしているのだとハンドレッドやダリウスは思った。
あの時ーー二度とラナに会わないという約束を破ってカッツォ・エサムが屋敷に現れた時、父の命令で使用人たちがその子どもを捕らえるのをロカは遠目に見ていた。側で珍しい動物がピィピィと騒いでいた。
今も肩に鳥を乗せている、カッツォの表情はロカにも読めなかった。自分をラナの義兄と知っているのかどうかーー。
(父のやった金か。こんなに近い所に住んでいたなんて...。)
「お会い出来て光栄です。カッツォ・エサム殿。」
ロカはにこやかな笑顔で手を差し出した。カッツォはごくごく自然な振る舞いでその手を受けた。
「ルペッサン家の方にそんなお言葉をいただくほどの者ではありませんよ。」
ロカはじっくりとカッツォの顔を見た。左頬に奇妙な線が入っている。縫い目もなくかさぶたでもない傷痕は不自然だった。
「ハンドレッド殿下とは随分親しくされているそうではありませんか。ルペッサン家など王家の足下にも及びません。...それとも、ルペッサン家に特別な思い入れでも?」
目を細めて反応を待つ。カッツォは頭の後ろを掻いて、
「いやぁ...ドレはただ、王子らしくないっていうか、親しみやすいっていうか...。」
とへらへらと笑った。
「な、何!?そんな風に私を見ていたのか!?」
ハンドレッドはショックを受けて言った。
「あー、わかりますねぇ。」
「ダリウス!?」
「アルフレッド様やベアトール様とはちょっと違いますからねぇ。」
「ふふ...本当に仲がよろしいんですね。王の友と言うのは、時に意見する事さえ許される...。」
ロカはハンドレッドを見て微笑んだ。
「では、僕はもう行きます。城下町でまたお会いしましょう。」
ロカはハンドレッドたちに一礼をして、農道を歩いて行った。夕陽は沈みかかり空は紫紺色になってゆく。
「...マルメロ・ルペッサンの屋敷に行ってみたんだ。」
ダリウスとイヴェットたちが家に戻り、ロカの背中が小さな点になった頃、ハンドレッドはカッツォとミスサリアに言った。
「海賊との関係を探ろうと思ってな。あのロカと、彼の義妹は何も知らない様子だが...もう少し近付いて調べてみようと思っている。」
「...。」
カッツォは口を開きかけたが、しばらく考え込むようにして何も言わずに家の中へ入って行ってしまった。
「どうしたんだ?」
「義妹って?」
ミスサリアがハンドレッドの隣に来て、言った。辺りが暗闇に溶け込んでいく中で彼女の大きな目が星のように輝いていた。ハンドレッドの心臓が体のすべてになったかのように、大きさと速度を増していく。
「ロカの家には、養女が...。」
ハンドレッドは口をどもらせた。こんな話はどうでもいいと誰かに背中を押されているように思われた。胸の奥から言葉が勝手に溢れて来てしまうのに喉は詰まっている、それが苦しく吐き出さなければどうにもならないように感じられた。
「ミザリー、その...。」
「うん?」
「...私は、南オルミスが、と、ファムリアが、もっと、平和になったら良いと思っているんだ。つまり、未来永劫に、戦争になる可能性など無い間柄になったら良いと、思っている...。」
「そうだね!ボクもそう思うよ!」
ミスサリアはとても嬉しそうに笑った。
「そうか...!だ、だから...。ミザリー、ミスサリア姫、君と、私が...。」
ハンドレッドは大きく深呼吸をした。
「けっ」
「お姉ちゃん、王子様、ご飯だよー!」
イヴェットが遠慮なくドアを開けて元気いっぱいに叫んだので、ハンドレッドの言葉は夕闇に溶けるようにかき消されてしまった。
「どうしたの?」
イヴェットは固まっているハンドレッドの顔を覗き込む。ミスサリアとイヴェットが肩を揺さぶると、小さな声で「後から行く...。」という返事をしたので、二人は先に家に入る事にした。
イヴェットもすっかりハンドレッドに慣れてきていた。礼儀作法をちゃんとしなくてもハンドレッドは気さくで優しいからだった。どことなく偉そうな振る舞いは感じるけれど、よく失敗して落ち込んだりする親近感があった。彼はカッツォやミスサリアや、シュロの言う事に素直に反応した。それに、
(さっきのロカっていう人の方が、王子様のイメージにぴったりだったなぁ。)
と思った。




