11 人から得るもの
トゥヴァリの家には、たくさんの本が並んでいる。本とインクは足りなくなれば新しく補充された。
ドーデミリオンの家の『精霊王の物語』の一節には、
『我々はせめて記録を残す手段だけは用意されるよう、精霊王に要求した。精霊王は承諾し、人々の家に紙とペンを常備することを約束した。さながらホテルのサービスのように。』とある。
ホテルのサービスとは何か、アイピレイスに聞くと、「うーん、今君たちに精霊がしているようなことだ。」と言ったので、トゥヴァリはよくわからなかった。
色々な家の『精霊王の物語』には、同じ場面を記述している物が見受けられるが、違う内容になっている事があった。
「見た角度や記憶違いがあるのだろう。」と教えてくれたのはドーデミリオンのイグルシスだった。
彼は『精霊王の物語』を読み合わせーそれぞれ家ごとに違う内容の同じ場面を読んで、その時本当に起こったのは何だったか考えることーを趣味に四十年生きてきた。
同じ趣味を持つ友人に出会えることは嬉しい、と彼は言った。
「私は次で五十歳。もうじき、精霊の迎えが来るだろう。私がこれまでに考えた事を、引き継いで欲しい。」
戸惑うトゥヴァリにイグルシスは言った。
「私は退屈な日々を埋めていく為に、『精霊王の物語』を読んできた。書かれている事を考えてきた。だがトゥヴァリ、君は違う。何かを成し遂げる為に『物語』を識ろうとしている。
きっと、私には及ばない考えが浮かぶはずだ。」
イグルシスに死んでほしく無いとトゥヴァリは思っていた。
しかし、町の多くの人と親しくなると、ある決まった日の間隔で誰かが死んでいくのがわかった。
七日ごとにその日は来た。
いつかのその日に、イグルシスもいなくなった。
トゥヴァリは町のほとんどの人たちと親しくしていたが、西南地区にだけは近寄ることはなかった。
今やトゥヴァリの名前は誰もが知っていて、それが"若くして死んだ子ども"が死ぬ数日前に親しくしていたルディだという事も、西南地区の人間にはよく知られているのだった。
イグルシスは言っていた。
「以前、西南地区のミスラに見せてもらった本には、『精霊王の物語』は書かれていなかった。
『精霊王の物語』とはつまり、人が一箇所に集められた時、幾つかの大精霊が生まれ、大精霊同士の三日三晩の戦いが起こり、狼犬の大精霊が封印される。そうして人の大精霊セレニアが王となりこの国を作り、元老院が不死を願う、その場面の事を言う。
ミスラの本に書かれていたのはその後の人々の生活のことだ。今の我々と変わらない暮らしぶりが書かれているだけだったが、知らない言葉が多すぎてあまり記憶に留めなかった。私の予感が正しければ、君の識りたい事はミスラの本に書かれているかもしれない。」
イグルシスが生きているうちに借りてもらうのだった、とトゥヴァリは後悔していた。
「お前のせいでペルシュは死んだんだろ!」
レニスの言葉が思い浮かぶ。
(許してなどもらえるはずが無い...。)
ペルシュがどうして死んでしまったのか、何を読んだってわからない。
それでも、あの時、ペルシュとトゥヴァリが冒険をしたかったとしても、他にやりようがあったはずだ。
行き先を親に言うとか、もっと安全な場所で遊ぶとか。
トゥヴァリが、他人を心配する気持ちを何にも知らなかったせいだ。
もしかしたらペルシュは、何らかの罰を受けたのかもしれないとトゥヴァリは考えていた。
何か、精霊王のものに手をかけたー。
(ミスラの家の物語を知りたい。)
自分の好奇心が自制心を勝りつつあることに苛立った。
トゥヴァリは昼食過ぎに西南地区の通りに立った。
広場に何人か集まっているのが見えた。
「こんにちは。」
緊張しながら、その人たちに声をかける。
(...だめなら、帰ろう。)
「やあ、こんにちは。」
普通に返事を返してもらえて、トゥヴァリはホッとした。
「アイピレイス様の弟子だろう。」
「もしかしたら君は、この地区には近寄り辛いのかと思っていたんだ。」
「アイピレイス様が信頼している子だ、レニスの言う事はきっと何かの間違いなのだと思うよ。」
彼らは口々に言った。
(またアイピレイス様に、助けられている。)
「へえ、俺が嘘つきだって言うわけだな?」
レニスの声に、トゥヴァリは振り向く。
「何しに来た?」
「ミスラの家の物語を貸してもらいたくて来た。」
「ああ、お前、なんだかくだらない事をやってるんだってな。」
レニスは乾いた笑いを浮かべた。
「よりによって、ミスラがお前の頼み事を聞くわけが無いぜ。」
「...何故?」
「ミスラはペルシュの母親だからだよ。」
「...そうか。」
それでは諦めるしか無い、とトゥヴァリは思った。
「レニス、お前はトゥヴァリに辛く当たるが、ペルシュはいつものように精霊に連れて行かれてしまっただけだ。」
さっき話していた男が、間に入って言った。
「トゥヴァリが死なせたわけじゃ無い。」
「こいつのせいさ。じゃなきゃ何でペルシュが死ぬんだ。」
「精霊が間違えたんじゃ無いだろうか。」
「はっ。今日こいつと話した後、赤い精霊が来ても知らないぜ。」
レニスは面白く無い顔で、トゥヴァリを睨みつけている。
「お前はもう、いつまでも子どものような事を言うのはやめなさい。」
「じゃあ誰がこいつを罰するんだ!こいつは謝りもしない。俺が言わなけりゃ、ペルシュは浮かばれないまんまだろ!」
「俺は謝るよ。」
トゥヴァリは真っ直ぐにレニスの目を見て言った。レニスは目を逸らす。
「何が起きてペルシュが死んだのか、俺が何をしてしまったか、俺が何について謝ればいいのか識って、謝る。」
「レニス!もしトゥヴァリの罪を知り、正しい罰を与えられるとすればそれは精霊王様だけだ。」
レニスは男の言葉に、舌打ちをして、その場を立ち去った。大人たちは、レニスがいつまでも子どもでいて困ると口々に言い合った。
「トゥヴァリ、ミスラの気持ちは俺にもわからない。君に会うと何を思うのか。だから、俺がミスラの家の物語を借りてこよう。どうだい?」
「そうだな、それが良いと思う。」
トゥヴァリを庇ってくれた男の意見に、他の人も同意した。
「...!ありがとうございます。」
トゥヴァリはもう一度お礼を言って、深く頭を下げた。




