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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第2章 古き友の咎 6

よく整備された静閑な風景だった。 主街道は直線で北東から南西に貫いているものと円形に造られた街を一周しているものの二本ある。その街道を中心にして南半分は宿場町や商業施設が栄えており、北半分はすべて大学の敷地になっている。街の半分だけでも面積はキヌート港の三倍はある。

ウィストリア大学の街道沿いは芝生に植木が並んでいた。どれも南オルミスに育つものばかり、それぞれの植物の名が地面の石版に彫刻されている。馬車を停めて歩いて行くと、その美しい庭の小径には様々な石像が飾られている。贅沢に銀や銅で造られている像もある。馬や鳥や海の生き物を(かたど)っていた。

「おそらく精霊の像だと思う。あれはナランサ、向こうにファムレ、あの大きく翼があるのがカヴマイラ。そしてこれが、精霊王セレニア。」

少女の小さな像だった。城の塔の上にある像と同じ物だった。精霊王と冠すにはあまりにも等身大の、その辺りを歩いていれば将来を期待され評判くらいはたちそうだが、まだまだあどけない表情の像だった。

「こんなのが精霊王の像なんですか?」

不思議そうにダリウスは言った。

「見た目で判断するのは良くない。」

ハンドレッドは、ダリウスだって一番に背の低さを見られる事を嫌っているのに彼自身がそう言うのを諌めるつもりがあった。。しかしそれは誤解だったようで、ダリウスはこう言った。

「いえ、畏怖や崇拝を表すのならばもっと大きく像を造れば良いのに、と思ったもので。」

「それもそうだな。」

塔の上はともかく、こんな広い敷地に置くのだったら確かにもっと大きくとも良い。ハンドレッドが考えてていると、背後から泣くような笑うようなくぐもった異様な声が聞こえて来た。

「!?」

二人が気味悪く思い振り返ると、泣きながら笑っている中年の男が立っていた。顔は腕で隠されて見えない、線の細い体つきの男だった。

「な...何ですか!?あなたは!」

ダリウスがハンドレッドの前に出る。男は顔を上げた。その呆けたような大きく丸い目が彼を童顔に見せているが、皺や大きな手の節くれの感じからしてアルフレッドよりは歳上だろうと二人は思った。

「すみません...昔を思い出してしまって。」

男は年甲斐もなく鼻水を啜り上げながら、二人の少年に対して言った。

男は涙を拭い鼻で大きく深呼吸をすると、身なりを整え改めて二人に向き直った。

「その像はアルソリオの祭壇にある精霊王の像の複製です。本物はセレニアが自らの力の一部を封じた身がわり像であると言われています。」

「なるほど...。」

ハンドレッドは像を見た。同じくセレニアの力の一部だと語られた少女、イヴェットはこの像にまったく似ていない。共通点と言えば身長くらいのものだ。

「三十年前にこの場所で、お父上があなたとまったく同じ事を疑問に思われて...」

男はダリウスを見て言った。それからハンドレッドを見た。

「カルラ王妃が同じようにお応えになりました。見た目で判断するのは良くないわ、と。ハンドレッド殿下。」

彼の表情は、最近フェルネェルがハンドレッドを見つめる表情とよく似ている気がした。

「母様が?」

「私はウィルマートン・ヘツレヘブ。ウィストリア大学で教鞭をとっております。カルラ王妃がウィストリアの学生の頃、同級生だった者です。」

「私の父は学生では無かったはずですが?」

「サルキニス様は若き日にレニサス王と共にここを訪れました。カルラ王妃と私が案内役を仰せつかったのです。」

ハンドレッドはウィルマートンの顔をじっくりと見た。すると彼の年齢は父とあまり変わらないはずだったが、彼は四十過ぎにしては若く見える顔立ちをしていた。

「悪いが、今日は母の思い出話を聞きに来たわけでは無いんだ。」

ハンドレッドは自分に言い聞かせるように言った。

「精霊...考という本を探しに来たんだ。」

「レイドン・ルディオーネット著の"精霊学第一考"ですね。あちらに見えるレイドン資料館の二階精霊学のコーナーにありますよ。」

ウィルマートンは丸い屋根の建物を指差し、すらすらと答えた。

「あ...ありがとう。」

彼の説明に圧倒されたものの、ハンドレッドはふと気が付いた。

「精霊を憶えているのか?」

「覚え直した、そして思い出したが正解です。ウィストリアの精霊研究は既に再開されています。何せ殆どの者が人生の大半を費やす研究の対象だった訳ですから、それを突然忘れるという事は生活の主軸を失ったのと同義です。昼食の後するべき事がわからない、さっき書いたメモの意味がわからない、となれば可笑しいでしょう。毎日目にするはずの像が何だかわからない、あの日はみんなしてこの庭をうろうろ彷徨っていましたね。

なので、すぐに我々は忘れた事に気付き、複数名の議論によって何を忘れたかを探り出し、それがあのレイドン資料館だと...あの建物が何だったか、誰も憶えていなかったのですから。我々はあのなかに、、結果それは既知の情報だった事を思い出すに至ったというわけです。同時期に観光客の激減がありました。初めは戦争意識の高まりからかと考えられましたが、記録によればそれまでの外部からの殆どの客は地域や身分に関わらずレイドン資料館を見学していました。つまり、精霊という存在は少なくとも南オルミスの人々にとって共通認識であり、ウィストリアに来たなら見ておこうと考える程度には大きな興味の対象であったはずなのです。

そして記憶の忘却があってからの資料館への客足はゼロ。街の人々も精霊はおろか、レイドン教授の事も憶えておりません。」

ウィルマートンはその奥にある頭の中を全て覗き込もうとするかのようにじっくりとハンドレッドの目を見る。

「どうか教えて頂けませんか?殿下がその本をお探しの理由(わけ)を。」

ハンドレッドは悩んだ。ウィルマートンが聞いているのは、ハンドレッドが精霊を思い出した理由ーーレイドンの書を探すに至る過程であり、それはオーネット領の事件とソラミルの話をすれば良かったのだが、彼の目が見透かしているのがまるでミスサリアの魔法やシュロとイヴェットの存在の事のように感じられたのだった。

「レイドン資料館をご案内します。どうぞ、こちらへ。」

彼は答えを急かさなかった。ハンドレッドとダリウスはウィルマートンについて丸い屋根の建物に向かった。



「この穹窿状の屋根と大理石の床はアルソリオの宮殿の一部を模しています。レイドンは北オルミスに渡り、アルソリオの遺跡も調査していました。」

中は薄暗かった。大きな窓には暗幕が掛かっている。ウィルマートンは分厚いカーテンを開けて光を入れた。

「"精霊学第一考"はレイドンが亡くなった後、彼の学生によって遺品が整理された時に発見された手帳のメモをまとめた本です。」

ハンドレッドは手渡されたその本の表紙を眺めた。これまでに読んだ"精霊学"のどの巻よりも薄く、厚みのない簡素な表紙をしていた。

「ここで読んでいっても良いだろうか?」

「どうぞ、是非ごゆっくり。観光客のいない今は静かなものですから。」

ウィルマートンは質問した事には言葉が多いものの、気が利く人間のようですぐに席を外した。ダリウスは物珍しそうに館内を見回っている。黒い革張りの居心地の良いソファに深く腰掛け、高い天井の美しい梁の形を見つめ一息ついた。

("我が友エディメルの精霊について。")

ページをめくると、はじめに書いてあったのはそれだった。

("北オルミスのシロンの咲く沼からヘイスとエッカーナに惹かれ建国船ファムレに乗り、オーネット領に棲みつく。女性的な性質を持つ精霊の名はケンシー。ミシュワの群生から生気を吸い生きる。はじめはミシュワの花の姿をしていた。

オーネット領の当主たちは彼女の存在を知っていたが、直接関わる事はしなかった。ダイス・オーネットとクローレア夫人の一人息子、エディメル・オーネットが免疫不全の病を持って生まれて来るまでは、お互い見守り見守られるだけの関係だったという事だ。ケンシーがエディメルという赤ん坊を不憫に思いミシュワと自分の生気を与えて生かし続けたのは、精霊の人間を育て増やすという行動指針に彼女が沿ったに過ぎない。または、彼の両親の願いにして。")

幼いエディメルがいかにしてケンシーを慕うようになったか、という内容が続いた。ケンシーが人の姿を取るようになってから、彼らの関係はより親密になっていった。

("エディメルはもはや新たな病にかかっている。ケンシーを愛している。彼女は全て彼の望み通りに動く。容姿、仕草、会話の答え、彼を諌める時もまた彼の好みの叱責で。

彼女を警戒しているレラはケンシーがエディメルに見える時があると言った。ケンシーがエディメルに生気を与えると同時に彼の生気を吸い、彼自身の性質を投影しているのであれば精霊には持って生まれた『人格』は無い。")

ハンドレッドはページをめくる。

("イグニーズについて"...イグニーズ!?)

ダリウスが二階でどさどさと本を落としているのにもハンドレッドは気がつかなかった。



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