第2章 古き友の咎 4
ダリウスは服と剣を置いて帰って行った。
「困ってる?」
それを見つめているカッツォにミスサリアは言った。
「カッツォが困ってるんだったら、ボクが助けるよ。」
彼女の笑顔は、優しいというよりは満々の自信に満ちた挑戦的な目つきだった。彼女に頼めば何でも必ず解決することは明らかだった。下手に隠し事をすれば、とんでもないことになりそうな気がした。
カッツォは首の後ろを掻きながら、言った。
「確かに困ってるよ。でもそれは、自分が授与式に出るつもりでいる事になんだ。」
そうして、大きくため息をついた。
「ドレに恥をかかせらんないだろ。でも俺は...本当は、城下町の壁の中には二度と入らないって約束をしているんだよ。」
「誰と?」
「...マルメロ・ルペッサン。」
カッツォはふと城の方を仰ぎ見た。どこにいたのかピークが降りて来て、地面をちょこちょこと飛びはねた。
「俺には妹がいたんだ。二つ歳の離れた妹だよ。孤児院にいた俺たちのところにある日、マルメロ・ルペッサンがやって来て、ラナを...妹を養女にすると言った。」
イヴェットは、港のスライが言っていた生き別れの妹の話を思い出していた。カッツォの二つ下ならば、今はイヴェットよりもずっと歳上なのだと思いながら聞いていた。
「金をくれると言ったから俺は、喜んで妹を養女に出したんだよ。その代わり妹の事は忘れろと言われたんだ。なのに俺は一月もしないうちに...妹がルペッサンの屋敷でどんなにいい暮らしをしてるかなんて事が気になったんだ。城下町に忍び込んでさ、様子を見に行ったんだけど...捕まって一晩牢屋に閉じ込められたよ。侵入者だって追われたもんだからちょっとした騒ぎになったものでさ、城下町に住んでいる人は俺を見たら思い出すかも知れないんだ。だから俺は前科者なんだよ、本当は城下町に入る資格なんてないんだ。」
カッツォは「は、は。」と付け足すように笑った。
「そういうわけだからなぁ、困ってるけど助けてもらえるような事じゃないんだ。でもありがとうミザリー。助けるって言ってもらえて嬉しいよ。
...剣は、新しいのを用意してくれるってドレが言ってたよなぁ。ちょっと使い心地を試してみようかな。タランを連れて行くよ。水を飲ませてやらなくちゃ。」
「そうだね。行ってらっしゃい!」
ミスサリアはいつもの彼女の笑顔で送り出した。イヴェットはタランの手綱を取り落としたりしているカッツォが森へ入って行くまで、何も言わずに座っていた。
「食事の支度をしようか。」
浮かない顔をしているイヴェットにミスサリアは言った。
「うん。」
イヴェットは立ち上がって、スカートの後ろを手で払う。
「何を作るの?」
「牛肉のスープにしようか。」
「じゃあパン?」
「そうだね。」
ミスサリアは何も変わったところがなく、何も気にしている様子もなかった。
「お姉ちゃんどう思う?お兄ちゃんの事...。」
ミズハ草を切りながら、聞いてみる。カッツォの家の台所にあるものは、包丁というよりはサバイバルナイフのような形状だった。調理用はオーウェンナイフという名前で、ミスサリアも手馴れた様子で扱っているのでこれが一般的なのだろう。
「うーん?カッツォは、困ってないってことだよね。だってカッツォは城下町に行こうと思っているし、ダリ君も問題無いって言ってたもの。」
「でも、お兄ちゃんは悩んでるでしょ?城下町に行っちゃいけないんじゃ無いかって...。」
「そうなの?」
「え...と、わかんない。でもそう思ったけど...。もしかしたら、妹に会うかもしれないのが、怖いんじゃないのかな。」
「どうして?」
「お兄ちゃん、妹をお金で売ったみたいに言っていたでしょ。でも孤児院にいたんだから、お屋敷でいい暮らしが出来るからって思ったんじゃないかな。だって今も出来るだけ近くに住んでいるし、忍び込んで捕まったのだって、きっと心配だったんだよ。」
「そうなんだ。ボク、そういうのあんまりわからないんだよね。じゃあカッツォは結局、授与式に出たいのかな?出たくないのかな?」
イヴェットは少しの間手を止めて考えた。
「...出たいんだと思う。きっと今も、妹に会いたいんだよ。」
「そっか。じゃあ、カッツォは授与式に出れば願いが叶うんだね。」
ミスサリアはとても嬉しそうに言った。
「...そうだよね。お兄ちゃん、良かったね!」
イヴェットも嬉しくなった。難しく考えているだけで、カッツォにとって良いことが起きているのは間違いないのだ。
マルメロ・ルペッサンは、イリウスから受け取った書状を見るなり、飛び上がって喜んだ。その様があまりにもおかしくてイリウスがうっかり笑ってしまった事も何とも感じない程に彼は舞い上がっていた。
「これは、これは誠に、マリージア殿下からの招待状で間違いないのかね!?」
「勿論です。フェルネェル殿も当然目を通されましたが、内容には一筆の変更も加えておりません。」
そこには"ラナ・ルディルペッサンを会食に招待する。"と記されていた。
「ラナ、ラナだ。ラナだけが。という事は、ラナが殿下のお気に召されたという事で相違ないな?」
「ハンドレッド殿下が大変気にかけられていると耳にしております。それならばと、マリージア殿下がミナモザ殿にラナ様のドレスを仕立てさせておりますので、後日それをお召しになって、お越しくださいという事です。」
「ラナ!ラナはいるか!なんて孝行な養女だ!なんて幸せな娘だろう!お前も王家の仲間入りだ、そして私も。いやいや、まだ喜ぶには気が早い。こういう時は落ち着いて、そう、お二人の気持ちを大切にしなければなりませんな、とそう殿下にお答えするのだマルメロよ。この段になってお前がヘマをするんじゃないぞ、これで胸を張ってルペッサンの双頭と頭を並べることが出来る!待て待て、急くな急くな。」
一人でうろうろうろうろといつまで経っても落ち着かない。実は面白い人なのかもしれないと、イリウスは思った。
騒ぎに様子を見に来たロカは、慌てて自分の部屋に戻った。ロカは焦っていた。このままではラナがハンドレッド王子と婚約してしまう。愛するラナが、どこにもやらないと誓ったラナが、自分の手から離れていく。何とかしなければならなかった。
部屋の扉を閉めて、鍵穴から廊下に誰もいないことを確認した。そしてイライラと美しい金髪を掻き上げ、頭を抱える。
「そうだ。ラナが王家の婚約者として相応しくないと思わせるんだ。お父様も諦めざるを得ない何か...。」
ロカは部屋を見回した。大きな鏡の横の壁に幼い日の家族の肖像画が掛かっている。趣味である釣竿と、乗馬のブーツ。書棚にはハンドレッド王子に気に入られるために勉強中のルペッサンの系譜、オルミスの歴史など。
(相応しくない...それどころか、最も嫌われる事。二度と婚約の候補には上がらない...ラナにとっても問題が残らない事。)
ロカはふと思いついた。それはとんでもない名案だった。唯一の方法で、最良の手段に思えた。
「ラナはマリーゼの孤児院にいた。咎捨谷...うん...そうだ!それなら絶対に結婚は出来ない...証拠も無い...。」
ラナはロカを信じるだろう。ロカの側を離れない為だといえば、言う通りにするはずだ。
(...証拠?)
しかし一つだけ問題があった。邪魔な者があった。ラナの出自を知るたった一人の人間の存在だ。
「カッツォ・エサム...。」
彼女の実の兄だけはどうにかして殺さなければならない。彼は妹を売ったばかりか、彼女を忘れるという約束も破った者だからだ。




