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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第2章 古き友の咎 1

父は果物を齧りながら何度目かのため息をついた。ため息と言うよりは強い鼻息だった。視線は明後日の方向を向いており、普段口うるさく言っている食事のマナーは御構い無しに、人より大きめの特徴的な歯の間から果物の欠片をこぼしていた。

「お父様、何かあったのかな?」

ラナは隣にいる兄にひそひそ声で話しかけた。

「うん...。」

ロカは答えを濁した。父の機嫌は悪いでもなく良いでも無い。感情の起伏が他人にもわかりやすい父だけに、今日の様子をロカも訝しんでいた。

いくつかの話題の中から慎重に選び、父に切り出した。

「そう言えば、堅牢の騎士団の良い噂を聞きました。キヌートで海賊から子供たちを救ったとか。」

マルメロ・ルペッサンは一瞬動きを止めたが、再び同じ動作を繰り返す。

「そうだ。我が騎士団ならば当然だ。国民の危機に早急に対処するのは城下に住む者の務め。」

そう言ったきり、ジャクジャクジャクジャク果実を噛み砕く音だけが食卓を支配する。しばらくしてふと気が変わったかのようにマルメロは言った。

「ハンドレッド王子が随分ご立派に成長なされたと、獅子騎士団で話題になっているらしい。」

ロカはそれを聞いて驚いた。あの気弱そうな人の良いだけの王子が、何をすればアルフレッド王子の騎士団に認められるのだろうか。

「それは素晴らしい事ですね。アルフレッド王子に似た頼もしさと、ベアトール王子の気さくさと、マリージア王女の優しさを兼ね備えたような方でした。」

ロカが言うのに適当に頷きながら、マルメロは机の上で両の太い指を組み合わせる。

「ハンドレッド王子が城下外の者に王の(コーディ)の称号をお与えになるそうだ。」

「王の友...ですか。」

「死んだオーネット領主たちや、あの小憎らしいマルクスウェンが得ている。王の友はいつでも城に自由に出入りが許され、王族に意見をしても誰にも咎められない。ルペッサンを越える肩書き...お前が戴くはずだったのだ、ロカ。」

マルメロは機嫌の悪い時の顔になり、話を聞いても何も動じていない息子を軽く睨みつけた。

父が自分に怒っていたとは思わなかったロカは、気まずく話を続ける。

「ハンドレッド王子は、どのような方を(コーディ)にされたんですか?」

と言って、ハッと城での事を思い出した。塔の上に手紙を運んできた鳥ーー友人からだ、とハンドレッドは言った。

(まさか...カッツォ・エサム?)

ロカが眉間に皺を寄せるのを見て、マルメロは多少の危機感を覚えたか、と息子を許した。

「キヌート港に住む十六歳の男だそうだ。ああ、フェルネェルがよく許したものだ。昔カルラ王妃もウィストリアの学者だのグラスゴート領の研究者だのに王の友の称号を与えたいと言い出して、南オルミスの伝統が威厳がとあの婆アめが愚痴愚痴言っていたのだがな。今更老婆心でも出したのか?」

ふん、と鼻息を荒げ、マルメロは食事を続けた。

ロカはもう話を聞いておらず、違う事を考えていた。

(もし本当にカッツォ・エサムなら...(ラナ)に会いに来る為にハンドレッド王子に取り入っているのかもしれない...。)


食卓を出たロカは、ラナの手をしっかり握ったまま庭まで連れて行った。食事の後に二人で庭で過ごすのは珍しく無いが、機嫌の悪そうなロカは珍しい。濃い緑色の葉に紅い花をつけるアマルの木に隠れるように、子どもたちの為のベンチがあった。

「お兄ちゃん?」

美しい顔立ちの青年は少女の手を握ったまま、ベンチに腰掛ける。

きょとんとしている義妹の顔をじっと見つめた。

「ラナ。」

ロカはとても落ち着いた声で言った。

「何があっても僕たちは一緒だよ。ラナの兄は僕一人だ。」

「うん?」

ラナは不思議そうに、しかし嬉しそうに返事をして隣に座った。

遠くから二人を見ていた使用人たちは、いつもの事ながら仲のいい兄妹だと噂し合う。いつまで経っても、大きくなっても、仲が良すぎるほどに良い。「いい加減、ああもくっ付いて歩いているのはどうなの」と言う者もいるが、とっくにその関係を疑っている者は「でも本当の兄妹では無いし、いいんじゃ無いかしら」と返した。

ロカはラナの肩に手をおくと、頬に小さく口づけをした。

「あ...。」

ラナは驚いた顔をして、すぐににっこりと笑った。

「久しぶりだね。ずっと一緒にいるためのおまじない。」

ロカは笑顔を返したが、元気が無いままだとラナは思った。

「ロカ様ー!ラナ様ー!」

使用人の叫ぶ声が聞こえる。ここは二人の秘密の場所で、使用人たちは二人がここにいる事になかなか気づかないーーのだと、子どもの頃は思っていた。大人の身長になって外から見れば、アマルの木は大してこの場所を覆い隠していない事がロカにもわかっている。見て見ぬふりをするように大人たちに配慮されていると知った時には恥ずかしくてラナに近づくのを控えた時期もあった。

「何だい?」

庭の小径に出て来たロカに使用人は言った。

「マルメロ様がお呼びです。ハンドレッド殿下がお見えになられたと...。」

「はあ?」


ロカとラナが急いで屋敷に戻ると、玄関ホールに響き渡る父の声が聞こえた。

「王家の方が足をお運びくださるなんて...おお、ロカ、ラナ!殿下をお待たせしてはいかん!」

「良いんだマルメロ。私が急に来たのだから。」

ロカが見たハンドレッド王子は、前回から何週間かしか経っていないのに、随分雰囲気が変わったようだった。堂々としており、城の外へ出て来たからかごてごてと着せられている感のあった以前より軽装になっていた。

王族が城下の者を城に呼ぶことはあっても、屋敷を訪ねてくることなどそうそう無い。従者のダリウス・ドーデミリオンは表情の読めぬ顔で、王子の後ろに控えている。

「どうなさったのですか、屋敷にいらっしゃるなんて...。」

「これ、ロカ!」

「特に用事はない。友人の家に遊びに行こうと思っただけなんだ。」

父の機嫌は明らかに、最高に良くなっていた。

「では、ロカにもコーディの称号を...?」

「コーディ?」

ハンドレッドは意外な事を言われたというふうに首を捻った。

「...そうだな、それも良いかもしれない。」

マルメロは大きな歯を剥き出しに満面の笑みを見せる。

「マルメロ、私はな...。」

「これは失礼しました。早くもてなしの支度をせんか!」

「良いんだ、そういう堅苦しいことは。...今日は帰るよ、突然押しかけてしまってすまなかった。今度はきちんと手紙を出してから訪問するから。」

「お帰りになるのですか?」

ロカは意を決して発言した。このまま帰らせても良かったが、何故王子が突然家にやって来たのか真意を探っておきたいと考えたのだった。

「よろしければ、僕が屋敷をご案内しましょう。城に比べればつまらないかもしれませんが、外国の物が好きな父のコレクションには面白い物もありますよ。」

「それは嬉しいな、ロカ。君と話したいと思って来たんだ。」

ハンドレッドはマルメロから解放されてほっとしたのか、力を抜いた笑顔でロカを見た。ロカは少し考えてから、後ろを振り返って言った。

「...ラナは部屋に行っておいで。」

「何を言うんだ!ラナが王子とお近づきになる折角の...!」

「すみません、ラナは今日具合が悪いのです。」

「そうか。気にせずに部屋でゆっくり休んでいてくれ。」

ロカはハンドレッドがラナを気に入って会いに来たのでは、と杞憂していた。それを探ろうとしたのだが、ハンドレッドはラナに対して特に残念そうな素振りも見せなかった。

「では、行きましょう。庭からご覧になりませんか?ルワレーリオ諸島から取り寄せた珍しい植物が植えられているんですよ。」

ロカが促すと、ハンドレッドは嬉しそうに彼についていった。その後をダリウスが続く。三人の後ろ姿を見送りながら、マルメロ・ルペッサンはニヤニヤと笑いがこみ上げてくるのを隠せなかった。



「随分葉が大きいな。幹も茶色くなく変な感じだ。」

「これはバナナの木です。何故か実をつけないのですが...。」

「バナナ?!これが...?」

ハンドレッドは興味を持ったようで、感心してバナナの木を見上げた。

「君の家は面白いな、ロカ。」

「...オーネット家の真似をしているだけですよ。オーネット家には北オルミス、ルワレーリオ諸島、南オルミス、ファムリアの様々な物が集まっていたでしょう。父が博識気取りのマルメロと呼ばれているのは知っています。」

ダリウスは声には出さなかったが、後ろで軽く頷いた。

「真似でもここまで集めるには根気がいるだろう。......このバナナの木は、商人が持ってきたものを買ったのか?それとも船を持っているのか?」

「我が家は船で栄えたルペッサン家の中では異端で、こと海に関しては全くの苦手なんです。長年付き合いのある冒険家がおりまして、父が聞きかじった珍しい物を依頼して持って来させているんですよ。」

「...冒険家?」

「ランドールという、まあ商人ですけど、父が欲しいといえば森に分け入り山を登って探してくれるんです。ハンドレッド殿下もお求めのものがあれば用意させますよ。彼に頼めば手に入らないものは無いくらいです。」

「そんな仕事もあるんだな。しかし例えば...その、なんだ。海賊とかは大丈夫なのか?海を渡っていて。」

「海賊ですか?襲われた事があると言っていましたね。でもランドールの船は立派ですよ。父が警備兵と金を出していますから。もちろん、波駆馬(サフジャナラン)号と比べられたらほんの小舟ですけど。」

「...そうか。」

ハンドレッドはロカの説明を素直に聞いているだけで、この場にいないラナの事などは一度も話題に出されない。ロカも次第にハンドレッドに気を許し始めていた。

「そう言えばオーネット領の異変は解決されたそうですが、イグニーズの件はお役に立ったのでしょうか?」

ロカが聞くと、ハンドレッドは少し動揺したような仕草を見せる。ダリウスがうん、うんと咳払いをした。

「...まだ関係性はわかっていないんだ。そうだ、ロカ。精霊考?という本を知らないか?」

何か辛い事を思い出させてしまったのだとロカは察した。ダリウスのほんのわずかに変わった表情がロカを責めている。ロカは気まずさに軽率な言動を反省し、詫びる代わりに必死に答えを絞り出した。

「...僕は存じ上げませんが、ウィストリアの大学にならば南オルミス中の書物の原本があるといいます。何かお調べでしたら、ウィストリアの学者を召喚されては如何でしょう。」

「...なるほど!」

ハンドレッドはとても喜んで言った。

「君は博識だな、ロカ。マルメロが偽物だと人がどう噂しようが、君は本物だ。君をそう育てたのは、間違いなくマルメロなんだろう。父を恥じる事は何一つ無いと私は思う。」

とハンドレッドが言ったので、ロカは驚いて言葉を失ってしまった。




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