1 精霊と人と動物の国
鳶色の髪と目の少年はトゥヴァリだと名乗った。差し出す手を掴もうとすると、
「ペルシュ、そいつは親なしだぜ!」
「ルーディー!」
同世代の少年たちが囃し立てる。二人のやり取りをずっと面白がって見ていたのだと知って、ペルシュは腹を立てた。
「放っておこう。慣れてるから。」
トゥヴァリはぷいとそっぽを向いた。
やっぱり気にしているじゃないか、とペルシュは心の中で怒る。
このまま彼を帰してしまったら、もう一緒に遊ぶ事は無いかもしれない。
「トゥヴァリ、明日行こう。さっきの話、冒険だよ。一緒に行こう!」
トゥヴァリは驚いていたが、すぐににっこり笑った。笑顔になるとかわいいという事を、ペルシュは胸にしまった。
陽が落ちて、精霊の光がアルソリオの町中を飛び回るのがよく見える。日中も光っているけれど、やはり陽がくれてからのほうが、ふわりと綺麗に見える。
こんがり焼けた森豚の香りに誘われてペルシュが広場へ行くと、もうたくさんの人が集まっていた。
たくさん並んだテーブルの決められた場所へ行くと、ペルシュの両親がペルシュを挟んで座った。
光の球ー精霊が三人の食事を運んでくる。
「あなた、どこかのルディと遊んだんですって?」
母親は付け合わせのミズハ草を千切りながら言った。「怒っているのではなく心配しているの」と最後に言う、いつものお説教の始まりだった。
さっきいた誰かが、母に告げ口したのだ。
「良い子だよ。みんな彼を知らないだけ。」
「ああ、水をくれ。今日はいつもより喉が渇く。」
父が言うと、精霊たちは慌てたように周りに集まってきた。
光の点滅が速くなっている。
精霊たちが会話をしているのだと言われている。言葉は聞こえないけれど、なんとなくその時々の感情は伺える。
「ペルシュ、あなたに何かあったら。」
「これは薬草?少し楽になったよ。」
ペルシュは母の言葉を聞き流し、注意深く辺りを見ていた。
(やっぱり...トゥヴァリはここじゃないんだ。)
ルディと呼ばれたからには、宮殿の近くに住んでいるに違いない。ルディは"庇護を受ける者"の意味で、孤児や養子を指す。ルディセレニアー精霊王セレニアの庇護を受ける者は、宮殿の近くに家を与えられていた。
ペルシュ一家が住んでいるのは西南の地区だ。こうして食事を共にする同地区の人の顔はよく知っているけれど、他地区の人は関わりを持たないので殆ど知らない。トゥヴァリと話したのは今日が初めてだが、彼はたまにこの地区をウロウロして噂になっていた。
食事が終わり、肉汁の残った皿を置いてペルシュたちは席を立った。もう自分の家に帰って寝るだけだ。
あとは精霊が魔法ですべてを片付ける。
「ペルシュ、ジェニマスさんのところへ。」
歩き始めていたペルシュを母が呼び止めた。気付くと人だかりが出来ている。ペルシュは目を大きくして、言われた通りその人だかりに加わった。
「ありがとう、みんな。ありがとう。」
ジェニマス爺さんは集まった人たちと握手を交わしながら、穏やかに微笑んでいた。
爺さんの側にいる精霊が赤く光っている。白と黄色の間のぼんやりしたいつもの光より、異様に恐ろしい。ペルシュは赤い精霊に近づくのが嫌だったが、唇をきっと結んでジェニマスの側へ行った。
「さようなら。楽しかったよ。」
「ジェニマス爺さん!」
「ペルシュか。元気でな。」
爺さんは、ペルシュの赤毛の頭をそっと撫でた。
ジェニマス爺さんは自分の家に伝わる、『精霊王の物語』をよく話してくれた。ペルシュも悪ガキの少年たちも、よく集まって聞いていた。封印された怒りの精霊の話を聞いた日は、いつ世界が滅びるのかと悩んで眠れなかったものだ。
その晩、気持ちの良い布団の中で、ペルシュは(どうして人は死んでしまうんだろう?)と考えた。
精霊は人の死期を感じると、赤く光ってそれを伝える。赤い光が灯った人にはお別れをする。明日になればジェニマス爺さんは抜け殻となって、宮殿の精霊王の元に運ばれてしまうのだ。
その抜け殻は、森に撒かれて動物が食べるのだ、という人がいる。『精霊王の物語』は家ごとに伝わっている内容が違っていて、あまりに変な話は人に話さないけれど、それを語り合うのが楽しみの一つだった。
『人が動物の死骸を食い、動物が人の死骸を食う。自然のサイクルに人は還ったのだ。しかしそれさえ精霊の魔法で行われている。』
窓から暖かい色の精霊がペルシュを覗きに来たのが見える。その光がだんだんと目の前いっぱいに広がって、ペルシュの頭の中のごちゃごちゃは全部かき消されてしまった。
(魔法...。)
次の日、目が覚めたペルシュは身支度を整え、家の外に出た。
ジェニマス爺さんの孫のレニスは、昨日はペルシュたちにちょっかいをかけていたくせに、今日はさすがに落ち込んでいた。
「レニス。」
「爺ちゃんはもう精霊が持って行っちゃったんだ。」
持って行ったと言っても、どこにどう運ばれているかは定かではない。魔法で消えてしまうのだから、一瞬のことなのだ。
「もう動物に食べられちゃったのかな。」
レニスは鼻を啜っていた。
「今日はトゥヴァリと冒険に出る約束をしてる。」
ペルシュは言った。
「ジェニマス爺さんがどうなったか探してくるよ。」
ペルシュは、昨日トゥヴァリと約束をした西の林へ駆けて行った。精霊の光がふわりとその後を追った。