7. ★幕間劇★ プリくに攻略者たち
「で、侍従から担架を取り上げてまで異界人を見にいったご感想は?」
「思った以上の収穫だった。メルも来れば良かったのに」
執務室に入るなり、メルクから皮肉交じりの問いを浴びせられたが、アルファルド王太子は意に介さず、ニコニコと答えた。
「ご機嫌ですね。何がありました?」
「顔を真っ赤にして焦るセレンが見れた」
「………はぁ?」
呆気にとられたメルクに、アルファルドは事の次第を語って聞かせる。
「――というわけだから、トールはしばらく宮廷で預かるよ」
「それは構いませんが………」
「何が気になる?」
「偶然にしては出来過ぎているかと」
「うん、だからさっき、イムリス様を通じて、ゼルガルガ様とキムテドル様にも監視依頼をしてきた」
「3賢者全員に?」
「念には念を入れないとね。最近、東側が何やら胡散臭いし」
「ええ、賢者が4名揃わぬうちにと、何やら企んでいるようですね」
本来、この国の賢者は4名だ。
4賢者が4方向を守るのがこの国の守護の基本だが、今は1名が欠員となっている。
東の守護者、賢者イムリス
西の守護者、賢者キムテドル
南の守護者、賢者ゼルバルガ
そして空席は北の守護者。
以前はセレンティアとルードの師であるコルネウス老師がその任に着いていたが、老齢を理由に1年半前に退いた。
今はルードが代理としてその任についている。
近い将来、彼が賢者に昇格し、正式に北の守護者となるだろう。
「異界へ渡った者の真意も掴めてないし、用心に越したことはないさ」
「そうですね」
「父上には、後で俺から話をしておくが、何か俺、見落としていることあるか?」
親友の表情が今一つ納得していない様子なのを見て、問いかけるアルファルド。
「いえ、今のところは特にないかと。後は魔道省の結果次第で」
「じゃあ、何が気がかりなんだ?」
「気がかりというか………その『顔を真っ赤にして焦る』セレンティア姫というのが、今一つ想像できなくて」
アグライア王国三兄妹。
長子アルファルドは策士。
一の姫グレイシアは無邪気。
二の姫セレンティアは冷静沈着。
それは広く知られた事実で、故に、国王は長女グレイシアを政争の具とすることを早々に諦め、公爵家の跡取りであるカルロスとの婚姻を決定したのだと、もっぱらの噂だ。
実際は単にグレイシア王女の一目ぼれなのだが。
一方セレンティアは、年相応の少女が惹かれるものには一切興味を示さず、ただただ魔道の腕を磨くことに専念する魔導士王女。
誕生日にねだるものはドレスや宝石などではなく魔道書か魔石。
「だよな。けど事実だ。耳まで真っ赤にしてた」
クスクスと思い出し笑いをする王太子。
「シアとセレンは顔立ちはともかく、性格は全く似てないと思ってたが、『一目ぼれ』した時の反応が同じとは思わなかったよ」
「グレイシア様と同じ反応?」
「変なとこ姉妹だよな」
いやぁ、笑った笑った、と言いながら席に着く王太子をメルクは複雑な思いで眺めた。
「シア様と同じ………」
呟いた言葉は小さすぎて、王太子には届かなかった。
王太子は知らない。
この優秀で冷酷な幼馴染が、密かにグレイシアに惹かれていたことを。
カルロスとの婚約発表を聞いて人知れず唇を噛みしめたことを。
その心の痛みがまだ消えていないことを。
(見誤っていたのだろうか。二の姫様の性格を)
メルクは、目の前の書類に没頭するふりをしながら、想いに沈んだ。
脳裏に浮かぶ少女はいつも冷やかだ。
感情がないのではないかと思えるほどに。
(だが、彼女もやはり乙女だったということか。シア様のように………)
何とか想像した『顔を真っ赤にして焦るセレン』は、確かにグレイシアにそっくりで。
胸が、痛んだ。
あるいはこの痛みは、もしかしたら別の感情に育つ芽であったのかもしれない。
が、メルクは小さくため息をつくと、自らその芽を叩き潰し、心の奥底に葬り去った。
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「う、ヒック、ヒク………」
「ケビンく~ん。そろそろ泣き止んで食べない? 食堂のおばちゃんに悪いでしょ?」
少し遅い昼食をと大食堂に向かったオジリスは、回廊の隅で暗い顔をしているケビンを見つけ、大食堂へと誘った。
するとケビンは、席に着いた途端、泣き出した。目の前の定食に目もくれずに。
「おやおや、まあまあ、一体どうした?」
とうとうおばちゃんがやってきた。
「何があったか知らないけどね、それだけ泣けば、お腹も減るだろう。ちょいと冷めちまったが、早くそいつを食べちまいな。人間、空腹だと思考がドツボにはまっちまうよ?」
「つまり泣いてもいいけど食えってこった」
「容赦ないねぇ、あんた」
オジリスの解説に、おばちゃんは豪快にゲラゲラと笑った。
「それはそうとさ、あんたらなら知ってるかい? 例の異界から来たっていう人のこと」
瞬間、ケビンの身体がビクンと揺れた。
「あ、おばちゃんにも聞こえちゃった?」
ケビンの様子を片目で見つつ答えるオジリス。
「そりゃもうばっちり………って、なんだかどっかでしたような会話だね」
おばちゃんは小首をかしげたが、すぐにポンと手を叩いた。
「そうそう、姫ちゃんとも同じ会話をしたんだ。今朝、軽食を取りに来てね」
「あ、あれ、俺食べた。ごっそーさん」
「どーいたしまして。残りはルードかい?」
「いや、例の異界人」
「へぇ! お口にあったかね?」
「さぁ。俺は彼が食べたとこ見てないし」
「なんで?」
「サンドイッチだけもらってったから」
「おやま。じゃ、姫ちゃんと異界人と二人っきりで食事させたのかい?」
いつのまにかケビンが泣き止み、二人の会話に耳をそばだてている。
いや、ケビンだけではなかった。
大食堂で運よく彼らの周りに席を取っていた人々は、みな聞き耳を立てていた。
「いや、それがさ………」
オジリスは事の次第を知る限り説明した。
「じゃ、その異界人のトール君は、姫ちゃんの好きな人だったってわけかい!?」
「正確には姫の前世でね」
「いいねぇいいねぇ。胸キュンだねぇ」
おばちゃんは一人で盛り上がっている。
「それで、その後どうなったんだい?」
「さぁ? その後会ってないから」
「…………してました」
「え?」
小さな声に振り向くと、ケビンが下を向いて、絞り出すような声を出していた。
「……さっき庭園で、姫が………く、黒髪の男性と……キスしてました!」
ざわっとあたりがざわめく。
「おやま」
流石のオジリスも目を丸くする。
「まあまあまあ!」
おばちゃんは何故か大喜びだ。
「いいねぇ、いいねぇ、青春だねぇ。前世からの想いが叶ったんだねぇ、運命だねぇ!」
「トール君、意外と手が早かったんだなぁ」
「きっとトール君も、前世の姫ちゃんのことが好きだったんだよ! なのに想いを伝える前に姫ちゃんが亡くなってしまったのさ! そして召喚された先にいた姫ちゃんがその生まれ変わりと知って、前世で叶えられなかった想いを叶えたんだよ!」
「………おばちゃん、想像力たくましいね。誰もそんなこと言ってないよ?」
「そうに決まってるよ! いいねぇ、異界をまたいだ恋!! 世紀の恋だねぇ!!」
おばちゃんはすっかり陶酔している。
「ま、世紀の恋かどうかはともかくとして」
オジリスはケビンに向きなおった。
「つまりお前は失恋して泣いてたわけだ」
「う……うう……」
「って、まだ泣くか」
(なんつーか、これも若さかねぇ。俺くらいになると失恋で泣くとかないしなぁ)
温くなったお茶をすすりながら、オジリスは目の前のケビンを少し羨んだ。
「ま、気の済むまで泣け。泣くだけ泣いて、涙が枯れたら浮上しろ」
「はい………ヒク………」
ケビンが泣き止む頃、定食がすっかり冷え切っていたことは言うまでもない。
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「父上のお見立ては?」
午餐という名の面接後、セレンティアと透以外の6名は別室で審議を行っていた。
「うむ、悪くない」
「悪くないどころか! あのセレンの心を動かしたのよ? それだけでもすごいわ!」
興奮するグレイシア姫の横で、アルファルド王太子が苦笑する。
「しかし少々タイミングが良すぎるかと」
「姫が思い出したその日に、だからの」
イムリスも頷く。
「イムリス様、消えた術者とその思惑は」
「まだわからん。ただ此度の事件、真の偶然ではなく、『人でないもの』による意志が絡んでいることは間違いなさそうじゃ」
「……は?」
「『人でないもの』による意志?」
王太子とカルロスが首をかしげる。
「まさか『神』とか言い出しますまいな」
国王も苦笑している。
「言わんわ。いるなら会ってみたいがの」
「では、一体………」
「わからん。何らかの意志が介在したらしき痕跡はあった。しかしその残留思念はあまりにも『異質』で『人でないもの』としか言いようがないのじゃ」
「それって一体………」
「異質な意思、ですか?」
首をひねる一同。
「じゃがの、そこに悪意はなかった。それだけは確かじゃ。『人でないもの』の思惑に、トールが巻き込まれた、というべきじゃて。トールの本質は、ぬしらがさきほど確かめた通りじゃ」
「イムリス様は、トールがセレンに相応しいとお思いですの?」
「隣国カラールの第二王子よりはな」
一同の視線は国王と王妃へ向けられた。
「まさか父上、またブライアンから?」
「うむ、書状が来ておったの」
「しつこいわね。きっぱりお断りしたのに」
グレイシアも眉をひそめる。
「セレンは魔導士だ。わが国の防衛機構を正確に把握している。国外には出せぬ」
「あらあら。あの子がこの国に不利益を働くわけがないでしょう? 可愛い娘を出したくないって、ハッキリおっしゃったら? なにせあのブライアンですもの」
「な、成人前に侍女を孕ませたってマジ?」
カルロスの問いに王太子が答える。
「そういう噂は確かにあるな」
「その侍女と子供は?」
「孕んだまま部下に嫁がせたとか」
「うわ、サイテー」
「それでも懲りずに、美姫と有名なシェイコフ侯爵令嬢にご執心という噂じゃな」
「なにそれ、セレンに求婚しながら!?」
「わ、シア落ち着いて」
激高する婚約者をなだめるカルロスの横で、王太子が眉をひそめた。
「シェイコフ侯爵令嬢って、アーシェラ譲か?」
「おや、よくご存知じゃの。殿下も美姫に興味がおありか?」
「もちろん興味はあるが、今はシェイコフ侯爵の動きの方が気になるな」
「ふむ、最近、国境の山に手の者を向かわせているようだな。あの山の半分はシェイコフ領。調査に入る自体は不思議ではないが」
「父上、ブライアンへの返信は?」
「まだ書いておらぬ」
「では、こういうのは? セレンは魔導士で王女教育は受けていない。その上、既に心に決めた者があり、とても王子に相応しくない。代わりに両国の友好の証として、貴殿の従妹である侯爵令嬢アーシェラ殿をアルファルド王太子の嫁にいただきたい、という返信を、ブライアンに届けるフリをして」
「ふむ、シェイコフ侯爵に届くよう仕組むか」
「シェイコフにしてみれば、隣接している我が国との友好の保障になり、父親としてはブライアンへ娘を嫁がせるリスクを回避、両国友好の懸け橋という大義名分もたつ」
「我らにしても国境が安定するのは助かるし、カラールも友好国と更なる縁組を企てるよりは、東方のルレオス国の姫あたりを狙う方が得策。セレンを嫁にという話は立ち消える上に、お前は美人の嫁を手に入れるか」
「兄上、最後が本心じゃなくて?」
「想像に任せるよ」
「でも『心に決めた者』とか書いても平気? 向こうもうちの情勢は把握してるでしょ?」
「心配ないよ、シア。今頃は城中にトールとセレンの恋物語が広まってるさ。多少のタイムラグはこの際問題ないだろう」
「ああ、それもそうね。まさか二人が、腕を組んでここまで来るとは思わなかったわ」
「会食の様子を見ても、セレンがトールに心惹かれているのは明らかだったし」
「ええ、安心しましたわ。いつも冷静で色恋はおろか、お洒落にも関心がなかったのに、やっぱりあの子も女の子ねぇ」
「では伯父上は、トールをこの国に留めるおつもりか?」
「それも選択肢の一つだな」
「なに、王女の婿として相応しき者となるよう、鍛えてやるから安心せい」
「ですが父上、もしトールがどうしても異界へ帰ると言って、セレンがそれに付いていくと言ったら、どうします?」
「うむ………」
「私は賛成よ」
「母上?」
「あの子なら、どこに行ったって、ちゃんとやっていけるわ。だったら、好きな人の傍にいさせてあげたいわ」
「……いやそれは無理じゃな」
「あら、何故ですの?」
「魔石が圧倒的に足らぬ。彼一人ですら魔道省の在庫をほとんど使ったのじゃ。ましてやセレンも連れてとなると………」
「防衛に回している魔石まで必要になる」
「よって、二人同時に異界へ、という選択肢はあり得ん」
「ふむ。まぁ、それはそれで良い。我らとしては、有能な魔導士を一人手に入れられるというわけだ」
ほどなくイムリスとグレイシア、カルロスは退席し、その場に残った国の中枢3名は、ブライアンへ送る書状について、詳細の検討を始めるのだった。
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カルロスは、婚約者を自室へ送り届け、しばし甘い時を過ごすと、医療省へ向かった。
「オジリス、いる?」
「これはカルロス大佐。本日は何用で?」
「例の薬、もらえる?」
「は? 3日前にお渡ししたばかりですが」
カルロスの言う『例の薬』は避妊薬だ。
行為の前に女性に飲ませるものだが、3日前に処方した薬の量は、たっぷり1ヶ月分はあったはずである。
「まさか、グレイシア様以外に」
「違う違う! ンなわけないだろ! トール君にあげようと思って」
「………はぁ?」
「未来の義弟にちょっとしたご褒美をね」
オジリスは目を丸くした。
今のセリフの意味はすなわち
「王家は彼を受け入れるのですか?」
「諸手を挙げて。よくぞ、あの堅物を落としてくれた。それも絶妙のタイミングでってね」
「絶妙のタイミング?」
「あ、それはまぁこっちの話。それより、薬ちょーだい」
「はぁ………」
もともと一介の医師に、近衛騎士団の大佐でありかつ公爵令息であるカルロスの命令に背くという選択肢はない。
「では、トールは半年後に異界へ帰るのではなく、ここに留まるのですか?」
薬を用意しながら問うオジリス。
「その確率が高いと思うよ?」
「そうですか………」
「あれ、なにその反応。もしかしてオジリスもセレンのこと好きだったりする?」
「嫌いではありませんが」
苦笑しつつ、ドキリ、とする。
ケビンの話を聞いて、ほんの少し胸がざわついたのは事実だ。
「………妹、みたいなものですよ」
「ふぅん? ま、そういう事にしておくよ」
「それしかありませんから」
「はいはい、と。しかしあれだね。もし本当にトールがこのまま留まって、セレンの婿になったりしたら、ルード、荒れるね~。賢者になんてならない! とか言い出すかも」
ルードがセレンティアに想いを寄せていることは、城中ほとんどの者が知っている。
知らないのはおそらく当の本人だけだろう。
「ケビンはさっき大荒れでしたよ」
「え、なんで? 情報早くない?」
「姫とトールが、宮廷の庭園で口づけを交わしているのを見てしまったそうです」
「おやま。トール君、意外と手が早いね」
大食堂での自分とほぼ同じセリフに苦笑しつつ、オジリスは薬を手渡した。
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「ルード、あなたが姫を娶るのに相応しい者になろうと努力していたのは知っています。ですがあなたは姫に何も告げていません。姫にとってあなたは、修業仲間であり、上司であり、抜くどころか並ぶこともできない壁でしかない」
久々に訪ねてきたと思ったら、挨拶もそこそこに運命を呪う弟子に、流石の老師も少々辟易し、つい口調が荒くなる。
「賢者になったら告げるつもりだった。生涯を国に捧げるから、セレンが欲しいと」
「姫にとっては寝耳に水ですね。何故もっと前に告げなかったのです? あなたはただ怖かっただけでしょう。姫に断られるのが怖い。共に仕事ができなくなるのが怖い」
「言えるわけない!! なまじ水の流れが読めるから判ってしまう。セレンが俺を男として見てないことを。恋愛感情なんて、これっぽっちも持っていないことを!」
「だから報酬として姫をもらうつもりだったのですか? それで姫の心が手に入るとでも?」
「それからゆっくりでいいと思っていた。最初は例え王女としての義務からであっても、長い年月のうちに少しでもと………」
「すでにあなた方は長い年月を共に過ごしていますよ? だからこそ言うべきだったのです。自分も男であると意識させるために。そうすれば、今少し違う展開になっていたかもしれないのに」
「今更……」
ルードは深く苦しげなため息をついた。
「ええ、今更ですね。諦めますか? 二人を祝って身を引くのも愛ですよ」
「どうして奴なんだ………。なんでこのタイミングで……」
「……身を引きたくても引けないほどの想い、ですか……」
「どうして………。今世でセレンの一番近くにいたのは、俺なのに、なんで……!!」
「恋に落ちるのに距離と時間は関係ないですよ。恋の終わりには時々関係しますけど」
老師の言葉を、しかしルードは聞いてなかった。
ただひたすら、運命のいたずらを嘆き、呪詛の言葉を吐き続けた――