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5. 【Side.セレン】 ゲームの世界?

前話と少しだけ時間軸が重なります。

透が目覚めたところからです。


 人が起き上がる気配がしました。


「あ、気が付かれました?」


 私に気付いていなかったようで、彼はびっくりした様子で振り向きました。


「良かった、気分はどうですか?」


 声をかけたのですが、彼は私を見て固まっています。

 状況が把握できないのでしょう。

 でも、もしかしたら……


「えーと……もしかしたら、言葉が通じていないのかしら?」


「あ、いや、分かります」


 答えた彼の声に、一瞬息をのみました。


 ………うそ。


 記憶よりもずっと素敵な声だなんて、反則です!


 声にときめいてしまったことを何とか表に出さずに話を続けていたのですが


「では、私のことはセレンと呼んで下さい」


「セレン、さん?」


「呼び捨てで構いませんわ」


「………セレン」


 一瞬。

 心臓が止まるかと思いました。


 自分で言いだしたことなのに。

 名前を呼ばれただけで、こんなにドキドキするなんて………。


「あ、全身が痛いっておっしゃってましたね。とりあえず医師を呼んできますから、少しだけお待ちください」


 これ以上は持ちそうにありません。

 一旦退避です!


 ……あ。


「やだ、私ったら。忘れてたわ」


 オジリスに言われていた瓶を取り、彼に差し出しました。


 でも、警戒しているらしく、飲んでくれません。ならばと一口飲んでみせましたが、彼がそれを飲み干したときに気が付きました。


 ……こ、これって間接キス………!


 な、何故気づかなかったんでしょう、私!


「すぐに戻りますから」


 そう言うと、失礼でない程度に急いで部屋を飛び出しました。


 火照った頬には、多分気づかれなかったと思います……。






 深呼吸を一つして、オジリスへ遠話を飛ばしました。

 すぐに行きます、と連絡を受け、そのまま私は大食堂へ向かいます。


「おや、姫ちゃん、どうした?」


 おばちゃんが声をかけてくれました。

 ここの古株、勤続30年のベテランです。


「朝ごはん、食べそこなっちゃったの。何か軽食を用意してもらえる? 3人分くらい」


「おやまぁ、そんなに食べるのかい?」


「私ひとりじゃないですッ!」


「あはは! わかってるよ! あれだろ? 今朝の騒ぎのせいだろ?」


「ああ……おばちゃんにも聞こえた?」


「そりゃもうばっちり」


「ですよね………」


 あの魔術師、イムリス様が厳重注意してくださっているはずだけど、減給処分も加えるよう、進言すべきかしら………。


 ため息をつきながら、おばちゃんが用意してくれた軽食と紅茶をワゴンに乗せます。


「おばちゃん、このワゴンしばらく借りてても大丈夫?」


「大丈夫よ~。気を付けてね」


「はーい」


 運んでいる途中、侍女に見つかって一悶着ありましたが、異界人との接触は限られた者のみになっていると言い張り、切り抜けました。


「おや、姫様自らお給仕ですか?」


 あ、こらオジリス、『姫』はNGです!


「姫……?」


 ほら、やっぱりびっくりしてるし!


「あれ、まだ教えていなかったのかな?」


「……ええ。こちらの世界の事を何も知らないのに、王女なんて言っても混乱するだけだと思って」


 言いながらお茶を注ぎます。

 こういうのは本来、侍女の仕事ですが、7歳から老師の下で修業させられましたからね。

 お茶を淹れるのは大得意です。掃除と洗濯もできますよ!

 料理はちょっと苦手ですけど。


 姫としてどうよと思ったりもしますが、出来ないより出来た方が良いに決まっていますので気にしません。


 一応、オジリスにも食事をすすめてみましたが、やはりすぐ戻るらしいので、用意しておいたバスケットを手渡しました。


 部屋を出て行く直前に、オジリスの口が『ガンバレ』と動いたのはきっと気のせい。


 とりあえず紅茶は、透の口に合ったようです。良かった。


「沢山召し上がってくださいね」


 私がそう言うと、透は小さく微笑んで頷いてくれました。


 ……初めて、笑顔を見ました。


 心臓、もつでしょうか………。






 透のテーブルマナーは完璧でした。

 食べ方が、すごく綺麗です。

 気が付くと目で追ってしまいます。


 正直言うと、食事をしながら何を話したのか、覚えていません。

 他愛のないことばかりだった気はするのですが。


 そろそろ食事も終わろうとする頃、ルードから遠話が飛び込んできました。

 術者がマリティアーナであると。


『マリ!? では、彼女は自分自身の他に何を持って異界へ行ったの?』


 どう考えても質量が違いすぎます。

 20キロ前後の何かを持って行ったとしか思えません。


『今のところ不明だ。引き続き捜索している。お前も何か気づいたら連絡しろ』


『承知しました』


 さて、気持ちを切り替えないと。

 居住まいを正して、口を開きます。


「最初の質問にお答えしたいのですが、よろしいでしょうか」


「ええ。ぜひ」


 頷く透に、私はゆっくりと話し出しました。彼がここに来ることになったその訳を。






 経緯を説明し、謝罪をしましたが、彼は私のせいではないと言ってくれました。


 それどころか、


「彼女は、あなたを巻き込むまいとしたのかもしれませんよ? だから相談しなかった」


 その発想はなかったので、驚きましたが、同時にその方がマリらしい、とも思いました。私の勝手な願望も混ざっているかもしれませんが。


「どちらにせよ、過ぎたことです。それに、半年経てば帰れるのでしょう? 気にしないでください」


 そう言って彼は優しく笑ってくれました。


 うわっ……!


 頬が赤くなるのがわかります。

 隠し切れません。


 反射的にうつむいてしまいました。

 鼓動がうるさいです。


「……あれ? マリティアーナさん、12歳ですよね?」


「ええ」


「等量交換……でも、俺と同じ質量のわけがない」


 すぐそこに気が付くとは、さすがです。

 彼女が何を持って行ったのか、まだわからないことを話していると、カル兄様が乱入してきました。


 予想外です。


 おかげで、『異界の記憶』のことまで話す羽目になってしまいました。


 きっと呆れられる。


 そう思ったのに。


「俺にも、『前世の記憶』がある」


「…………え?」


「それもおそらく、『異界の記憶』が」


 想像を絶する答えが返ってきました。

 でも、本当の爆弾は、その後でした。


「セレン」


「はい?」


「いくつか確認したいんだけど、いいかな?」


「なんでしょうか?」


「まず、この国の名前だけど、アグライアであってる?」


「はい。………って、え!?」


 まだ国の名前は言っていないはず……!


「さきほどのカルロスは、近衛隊の大佐?」


「……な、なんで知って……」


「セレンのあだ名は魔導士王女(プリンセス・ウィザード)?」


「え……ッ?」


「上級魔導士にルード・ゴランって居るかな? 黒髪黒目の」


「………!」


 驚きで声が出ません。


「あと、赤毛に淡褐色(ヘーゼル)の瞳のケビン・ミトスは、まだ見習い? それとも、もう近衛に入った?」


 ケビンのことまで………!


「それから、宰相の息子はメルク・ドルバル? 彼は金髪にグレーの瞳?」


「どう……して……」


 何で?

 何で知っているの?!


「それから………ああ、思い出した。隣国の王子はブライアンだった。確かダークブロンドに青い瞳」


「なんでそんなことまで知っているの!? いくら『情報通』だからって………」


「………『情報通』?」


 失言に気付いて、ハッと口を押さえますが、漏れ出た言葉は戻りません。


「君の『記憶』だと、俺は『情報通』ってこと?」


「………」


 どうしよう。

 どこまで話せばいいのでしょう?

 まさかゲームのキャラそっくりですとか言えません。

 ………でもその前に。


「透こそ、何故、知っているのです? あなたの『記憶』はこの世界なの?」


「うん、そう。この世界の記憶が一番鮮明なんだ。どういうわけか」


「…………」


 どういうこと?

 透はこの国の人間だったの?


 でも、だったら何故、今のこの国の状況を知っているの?


 それとも、イムリス様が言っていた、『時を超えた召喚』なの?

 ……ということは、この世界のどこかに、前世の透がいる、とか? まさか………!?


「セレン」


 声がすごく近いところから聞こえてあわてて顔をあげます。


「え、え、なんで……」


 透はいつのまにか、私の座るイスの傍らで片膝をつき、少し下から私を覗き込んでいました。


「実を言うと、俺もちょっと混乱している。でもセレンには全部話しておきたい」


 そう言って私の右手を両手で………!

 う、上目づかいで手を握るなんて、反則ですッ………!

 治まりつつあった顔の火照りが再燃です。

 鼓動がうるさいです。


「だからセレンも、全部話してくれないか。初対面の俺を信用しろ、というのは無理な話だとは思うけど、でもおそらく、それが一番良い方法だから」


 胸が、苦しいです。

 そんな目で見ないで。

 信じてもらえるだろうかと、問いかけるその瞳が切なくて。

 握られた右手が熱くて。


「………信じます。話してください。全部。その代わり、私の話も、信じてください」


「ありがとう。もちろんだ」


 満足する答えだったのでしょう。

 ほっと息を吐いてからの微笑みは、まるで氷が溶けたようでした。






 それから。


 私たちは互いに知っていることを話し、こんなことがあるのかと、茫然としました。


 お互いがお互いの世界を、ゲームで知っていた、なんて。


 でも。

 ゲームの記憶とは微妙に違う点もあって。


「多分、俺たちの前世は、また違う『異界』なんだろう」


 すっかり砕けた口調で透が言います。


「アグライアでも樫木学園でもない世界ってことね?」


 口調が砕けたのは私も同じですが。


「ああ。もしかしたら前世の世界に『異界覗き』の才を持った者がいたんじゃないかな」


「その力で、アグライアや樫木学園を覗いて、それを基にゲームを作った?」


「多分ね。全部を覗けるわけじゃないし、シナリオの都合もあるしで、微妙にずれたんだろう。ゲームの製作会社、覚えてる?」


「流石に覚えてないわ。でもそうね……同じ会社かも。いえ、会社が違っても、シナリオライターが一緒だったのかもしれないわね」


「シナリオライターより、むしろ絵師か? ビジュアルがそっくりだし」


「ああ、そうかもしれないわ。で、絵師から話を聞いたライターがゲームに合わせてシナリオを作ったのかしら。だとしても、兄上と姉上を殺しちゃうのはひどいわ」


「覗いた世界がここじゃなくてここの並行世界(パラレルワールド)だったかもしれない。心当たり、ない? お兄さんたちの命を奪ったかもしれない『流行り病』に」


「……あるわ。多分それ、私が7歳の時よ」


 忘れられるわけがありません。

 それは、私に魔道の素質があることが判明するきっかけだったのですから。


「その年の冬、高熱、嘔吐、下痢が続いて、何も食べられないまま、意識が混濁して死んでしまう子供やお年寄りが沢山出たの」


「……感染性胃腸炎かな。ノロとか?」


「えーと、それ何?」


「あ、こういう知識というか、記憶はないんだ?」


「……ええ、残念ながら」


「そうか。ごめん続けて」


「その流行り病に最初に罹ったのは兄上だったわ。私も姉上も自室から出ないように言われてたのだけど、姉上はこっそり兄上の様子を見に行って感染してしまったの」


「君は抜け出さなかったの?」


「ええ。でも、王宮にいるのは危ないから、離宮に移るように言われたわ。侍女たちが準備で大騒ぎしている間、私は中庭で一人、遊んでいたのだけど、その時突然、頭の中で声がしたの」


「声?」


「湯冷まし1リットルに、砂糖40g、食塩3gを溶かして飲ませると良いって」


「………それ、経口補水液だ」


「けい? 何?」


「経口補水液。脱水症状を防ぐ飲み物だよ。俺の世界ではよく知られた治療法だ」


「え、そうなの……?」


「で、その『声』は誰だったの?」


「よくわからないの。とにかく、それをオジリス……当時はまだ医師見習いだったけど、彼に伝えて兄上たちに飲ませてもらったわ」


「オジリスはよく信じたね」


「そうすれば治るから絶対にやって! と詰め寄ったらしいの。よく覚えてないけど。オジリスも、飲ませたところで害はないし、それで私の気が済むならと、言われるとおりにしてみたって、言っていたわ」


「そしたら効果覿面(こうかてきめん)だった」


「ええ。だからすぐに国中に広めたそうよ。材料はすぐ手に入るし、簡単だし。今では、ごく普通の家庭療法になってるわ」


「なるほどね。で、その『声』の主は?」


「わからないの」


「わからない?」


「この方法をどうやって知ったのかって聞かれて、よくわからないけど誰かが言っていたと、そう答えたわ。そしたら、風が運んだ声を聴いたのではないか、魔力があるんじゃないかって話になったの」


 初代国王には魔力があったけど、それ以降、魔力を持つ王族はほとんどいなかったから、かなり大騒ぎになったそうです。覚えていないけど。


「魔力検査を行うのは、本当は10歳なのだけど、前倒しで検査が行われたわ。そしたら本当に魔力があって、特に『風』への親和性が高いことがわかって、それから先は老師の下で修業三昧よ」


「つまり、通常より3年早く修業を始めたわけだ」


「ええ。とは言っても、ルードみたいに3歳の時に魔力があることが分かる場合もあるから、特別早いというわけでもないけれど」


「………3歳?」


「手を触れずに玩具(おもちゃ)を飛ばして遊んでたそうよ」


「それも風?」


「と、重力制御ね」


「3歳で?」


「3歳で。歴代最年少の上級魔導士で、将来賢者になるのは間違いないって言われてるわ」


 同じ年ですけど。

 こればかりは仕方ありません。

 魔導士の世界では、努力で覆せない素質の差というものが、確実に存在するのです。


「話を戻すけど、セレンの聞いた『声』は、本当に風が運んだ声?」


「……言いたいこと、分かるわ。そうね。もしかしたらそれは、風が声を運んだのではなく、単に『記憶』を思い出しただけなのかもしれない……」


「ってことは、君の『記憶』のせいで『異界覗き』の覗いた世界の歴史が変わった?」


「……そうなるのかも」


 でも、良い方に変わったんだから、問題ないわよね?


「………セレン」


「はい?」


「君は、どこまで覚えてる?」


「え?」


「ゲーム以外のこと、何か覚えてる?」


「………いいえ。覚えていないわ。さっきのけい何とかの作り方が、もし『記憶』なのだとしたら、それくらい」


「俺もそうだ。妹がいたことくらいは思い出しだけど、それだってゲーム絡みだし」


「不思議よね。普通思い出すなら、もっと大事なことを思い出しそうなものだけど」


「家族とか、死因とか?」


「ええ。だってそっちの方が重要、よね?」


「そうだな。ただそれは『前世』にとっては、だ」


「………え? どういうこと?」


「今の俺たちにとっては前世の家族やら死因やらよりも、このゲームの記憶の方が大事だ。違うか?」


「それは………そうだけど」


「変な話だが………今、必要な情報だけを、必要なタイミングで思い出している、いや、思い出せさせられている気がする」


「…………」


 否定したいのに否定できません。


 透がゲームのことを思い出したのは、ここにくる直前だったそうです。

 それは私も同じで、透が来る直前でした。


 それまで薄ぼんやりしたものだった記憶が、はっきりとした形になったのは、もしかしたらルードの薬のせいではなく、思い出すタイミングだったからなのかもしれません。


「そう、かもしれないけど…………そうさせられているって、一体誰に?」


「………わからない。神、みたいなもの?」


「見たことないわ」


「俺もだ」


 顔を見合わせて苦笑します。


「考えても仕方ないですね」


 すっぱり切り替えましょう。


「不要な情報が遮断されてるのは、むしろ好都合だわ。惑わされなくて済むわけだし。せいぜい利用させてもらいましょう」


「同感だ」


 くすり、と笑って透が立ち上がった。


「その考えで行くと、俺の記憶がこの先役に立つことがあるということだろう。情報は提供するから、生活の保障をお願いします、魔導士王女(プリンセス・ウィザード)


「あら、言われるまでもありませんわ。元はと言えばわたくし共の不手際。王家の一員として心からおもてなしさせていただきます」


 ドレスを軽くつまんで一礼し、顔をあげると、すぐ目の前に透が立っていた。


「王家の一員、ね……」


 苦笑しながら私の片手を取る。


「それより俺は、セレンの個人的なおもてなしの方がいいな」


 そう言って手の甲に軽く口づけた。


「………!」


「耳まで赤いよ、セレン?」


「………誰のせいですかッ!」


「あれ、手の甲へのキスなんて慣れているでしょ、王女様?」


「………慣れてないから」


 赤くなった顔を見られたくなくて、くるりと後ろを向きます。


「え?」


「だから、7歳から魔道の修業してたから、王女として社交界に出たことなんてほとんどないからッ」


「………そうなんだ」


 呟く声が嬉しそうに聞こえるのは気のせいでしょうか?


「………え?」


 いきなり、温かいものに包まれました。


 これって。


 後ろから抱きしめられてます?!


「と、透……?」


「じゃあ、慣れて」


 耳元で囁かれた瞬間、ゾクリとしました。

 会話をしている間に彼の声にずいぶん慣れましたが、囁き声の破壊力は半端ないですッ!


「慣れて。俺にだけ」


 え、それってどういう意味……と、思った次の瞬間、耳朶に柔らかくて温かな感触が。


 え、え、え、ええ……ッ?!


 み、み、耳へのキスは反則ですッ!!

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