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39. ★幕間劇★ ハクロの告白

 幼いルードの入院手続き――と言っても、下準備はほとんど「辻村」が済ませていたため、吾がやったのは、ルードを指定された部屋に連れていき、2,3の書類を受け取るだけであったが―-を済ませ、リムジンに戻ると、皆、神妙な顔をしていた。


 あの『日記』を読めば当然か。


 吾はリムジンの運転手に、車内で話をするので、小一時間ほどその辺りを回ってくれと頼むと、彼らに吾の知る限りのことを話しだした。「辻村」との打ち合わせ通りに。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 発端はカラザだ。それは間違いない。あやつが吾を呼んだのがすべての始まりだ。


 だが、事態が混沌とするそもそもの原因はアズィール・アルマッハ。


 そう、ヴィクトリア王朝の初代国王だ。


 カラザと吾は「アズ」と呼んでいた。


 彼らは親友、というか悪友というか、カラザに言わせれば腐れ縁だが、傍から見ているといいコンビだったよ。


 アズも魔導士だった。

 カラザには遠く及ばなかったが。


 彼の特性は変わっていた。『植物』だ。

 戦では役に立たない能力とされていた。


 まあ、彼自身、魔道より剣術の方が得意で、そのことはあまり気にしていなかった。


 アズとカラザと吾が行動を共にするようになってから5年ほど経ったころ、吾は頻繁に頭痛に悩まされるようになった。


 原因は明確で、膨大な知識と記憶に脳が悲鳴を上げていたのだ。吾の脳は所詮狼ゆえ。


 カラザは、吾を解放して元の世界に戻すしかないかと考えていたが、アズは、一つ考えがある。試してみていいか、と言った。


 それは、吾の知識や記憶を記録する場所を、別に作ったらどうかというものであった。そこに吾の意識をつなげる形にすれば、脳の負担が減るのではないかと。


 気づいたようだな。そう、その記録場所。


 それこそが、あの樫の木だったのだよ。


 勿論、普通の樫の木では無理だ。


 アズが細工をしたからこそだ。


 アズは、その特性が植物であることから、吾といっしょにドングリがとんできたことに気付いていた。それが芽吹いているかもしれない。吾と同じ世界の植物の方が適しているのではないか、というアズの意見に従い、吾らはあの場所に戻った。


 ドングリは確かに芽吹いていた。


 ひょろりとした若木になっていた。


 そして今にも枯れそうだった。


 おそらく土壌が合わないのだろう。いや、もしかしたらこの世界の空気成分が合わないのかもしれない、とアズは言った。


 そこでアズは、吾の記憶を記録させるために用意していた魔石に何やら細工を施した。


 ついでにこの樫の木を、この土地にあった身体に作り変えると言って。


 身体、というのはおかしいか。

 まあ、ニュアンスはわかるだろう。


 とにかく、アズは魔石を埋め込み、樫の木は息を吹き返し、吾は頭痛から解放された。




 さて、そこまではいい。問題はその後だ。


 やがてカラザは戦死し、アズは、時の王の一人娘を娶って王になった。


 アズは吾を元の世界に戻す術を開発しようと魔道省を作った。アグライアが魔道の国と呼ばれる原因だな。


 しかし、なかなか実現しなかった。

 ああ、技術の問題ではない。


 異界を覗いたり、召喚したりは可能になった。そなたらも知っているようにな。


 だが、吾がいた世界を見つけることが難しかったようだ。アズは、吾の存在を秘していたから余計にな。


 秘した理由?


 『時戻し』に決まっているだろう。


 アズは『時戻し』の技を意図的に消し去った。あってはならない技術だと言って。


 吾にこの術をかけた件についてだけは、いつも後悔していたよ。


 カラザの死後、アズは吾に『時戻し』を解除するよう薦めた。


 しかし吾は応えなかった。


 当然だろう? 吾の家族を守るのに、こんなに便利なものはない。解除するのは、吾の子らが独立した後と決めておった。


 アズは、解除した上で吾の存在を明らかにし、吾の世界の探索に役立てたかったようだ。吾の世界の手がかりが何もない、ということが、難航している理由だったからな。


 ん? 樫の木か?

 あれはアズがしかけた細工のおかげで変質し、上手くいかなかったらしい。


 そうだな。吾がいれば、すぐ世界を見つけられるという保証があったなら、術の解除に同意したかもしれぬ。


 しかし、そうではなかった。


 見つかる可能性が高くなるかもしれぬ、くらいだった。見つかったとしても、長い年月がかかってしまうやも、と。


 吾は狼だ。当然、寿命は人より短い。

 人の1年と吾の1年はその意味が違う。


 召喚されたのと同じ『時』に戻れたとしても、吾の身体が老いていては意味がない。


 故に。

 見つかるまでの命を、そしてその後の力を保証してくれるこの術を、解除するという選択肢は、吾にはなかった。


 アズもそれはわかっていたのだろう。

 無理強いはしなかったよ。




 そして300年の月日が流れた。


 アズ以降の王たちは吾の存在を知らず、カラザの子孫だけが細々と研究を続けていた。


 だが、カラザの子孫が全て魔術に秀でていたわけではない。性格に問題のある者もいた。吾を魔道省に売ろうとした者も。


 吾は、カラザの子孫だからというだけで近づくことをやめた。人となりを見極め、良しと判断した者にだけ近づき、協力を願った。


 そのため、吾の世界を見つけるまでに、一層時間がかかることになったがな。


 吾の世界の見つけたのはヒューバート。

 マリの祖父だ。


 しかし彼には、魔力がなかった。


 魔道省に事情を話して吾を元の世界に送ろうと、出かけた先に事故にあった。


 留守番していたマリと吾を残してな。


 だからマリは知っていたのだよ。

 吾を戻すべき世界がどこかを。




 ここから先が、少し複雑になる。

 世界が分かれるからだ。

 ゲーム的にいえば、複数のルートがある、といったところか?




 最初の世界。


 それは、マリが単独で、吾を元の世界に送ることに成功した世界だ。


 時間を誤ることもなく、元の世界、元の時間に戻ることができた。


 その時、共にあの樫の木のドングリを持ち込んだ。無論、吾の世界に植えるためだ。


 何のために?


 忘れたか。吾の記憶は全部樫の木の中だ。


 故に、元の世界から樫の木に繋がるための媒介が必要だった。


 吾と共に戻ったドングリは、すぐ芽吹き、界を超えてアグライアの樫の木と繋がった。


 そこまでは、良かった。思惑通りだった。


 だが、ある日、いきなり映像が見えた。


 吾を送り出したマリが、魔道省の査問を受け、魔導士の資格をはく奪され、あのいけすかない親戚の元に戻らざるをえなくなった映像が。


 それは樫の木が見せた映像だった。

 いや、正確には樫の木やドングリを通して見えた映像、というべきだな。


 愕然とした。マリが、吾のせいで辛い目に合っていることに。


 しかし、歯噛みしてもどうにもならず、吾はただ、その光景を見るしかなかった。


 マリは、樫の木のドングリを幾つか束ねたものを、お守りとして身に着けていた。


 だから見えた。見えてしまった。


 彼女が親戚の家で虐げられ、最後は娼館へ売られ、若くして病に倒れるところが。




 ああ。

 何度も思った。


 『時戻し』を解除して、樫の木とのつながりを絶とうかと。


 だが、できなかった。


 何もできなかったのだ。


 見ることを辞めることも、できなかった。


 最初の世界の吾は。




 そう。この話は今の吾ではない。

 最初の世界の吾だ。


 事態が混沌とする原因はアズだが、実際に混沌とさせたのは最初の世界の吾だ。


 やがて、最初の吾は思いついた。

 自分がこの世界に戻る時に、マリを一緒に連れてくればいいのではないかと。


 無論、本来はそんなことはできない。


 しかし、界の移動を利用して時を超えることは可能だ。


 だが最初の吾には、一人で時空を超えることができない。知識はあっても、魔方陣を描くことができなかったからな。


 しかし、見ることはできる。


 そして樫の木。

 これを通じて、過去の自分に声を届けられないかと思いついた。




 結論から言うとそれは成功した。


 声を聞いた吾は、気づかれないように魔石を集め、魔力を溜めた。


 一度に集められる量は少ないが、300年だ。余裕で集まったよ。


 それを魔方陣が発動する際に持ち込み、自分の世界に戻る時にマリを引きずり込んだ。


 それが2番目の世界だ。




 しかし、2番目の世界でも、マリは不幸であった。


 失念していたのだ。言葉が違うことを。


 300年前、亜麻色の髪に青い瞳の少女が、自分たちには分からない言葉で狼と意思疎通しているとなれば、想像がつくだろう?


 そう。完全に化け物扱いだった。


 結局マリは、吾らと……狼と共に山に潜んだ。マリはそれでも良いと笑っていたが、しかしある時、病に倒れ、そしてそのまま亡くなってしまった。


 人の世界にいれば、薬で治った病だ。


 だが、狼の吾には何もできなかった。


 そして、2番目の吾は、哀しみと共に『時戻し』を解除した。


 ただの狼としてその生涯を終えた。




 それを見ていた最初の吾は、また考えた。


 こちらの世界に来るのは悪くない。


 だが、時代が悪い。


 元の世界、元の時間ではなく、もっと未来の時間に戻るようにしたらどうだろうかと。


 その世界にマリを残して、自分一人アグライアに戻り、吾を元の世界に戻してくれる者を新たに探せばよいのではないかと。


 そこで最初の吾は、再び過去の自分に声を届けた。


 魔方陣の文字の、『年』を『時間』に直すようにと。


 そう。あれは、マリのミスではない。


 吾がしたのだ。


 確かに吾の手では魔方陣は描けない。


 だが、『年』を『時間』に直すくらいのことならできるのだよ。




 そして、透が巻き込まれた。

 それが3番目の世界だ。




 3番目の世界で、すぐに透は帰ってきた。あちらで半年過ごした後、一人で。


 そして樫の木の下でマリに会い、神社にマリと吾を連れ帰った。


 吾もすぐにアグライアに戻りたかった。


 しかし、こちらの世界で魔石の代わりとなるものが分からなかった。


 透は魔石を少し持ち帰っており、それを理事長に預け、合成を依頼した。


 うむ、そのあたりはこの世界と同じだ。


 マリは透の従妹として学園に編入し、やがて忍と恋仲になった。


 この世界と同じように。


 そんなある日、透が吾に相談にきた。


 向こうの世界に行きたいと。


 せっかく戻ったのになぜかと尋ねる吾に、透は言った。


 会いたい人がいると。


 そのとおり。


 透は、セレン、主に会いたかったのだ。


 吾と一緒に向こうに戻り、自分が向こうで正しい魔方陣を描けば、吾も元の世界に戻れる。他の人を探す必要はない、という透に、結局、吾は頷いた。


 卒業式の後。


 透は、マリと共に魔方陣を描き、そして吾と共にアグライアへ戻った。


 戻った直後に、透は、用意しておいた魔方陣を展開し、吾を今度こそ300年前の世界に送り込んだ。


 そうして。


 3番目の世界の吾は。


 見た。


 樫の木を通して。


 3番目の世界のその後を。




 3番目の世界では、セレンに兄と姉はいなかった。そう、『プリくに』の世界、だな。


 故に。

 セレンは、国益を無視して、自分の意志だけで婚姻を結ぶことができなかった。


 二人は心通わせるものの、結局、隣国の第二王子ブライアンが婿入りすることになる。


 とはいえ、政略結婚の相手以外に、秘密の恋人がいるのは珍しいことではない。


 国の上層部も、そこは黙認していた。


 だが、その結婚式の日。

 ルードが暴走した。


 おのれの物にならぬならと、セレンを亡き者にしようとした。


 透がセレンをかばい、3賢者が3人がかりでルードを捕えた。


 しかし透は、その時の傷が元で、数日後、命を落としてしまう。


 セレンは嘆き悲しんだ。


 嘆き過ぎて心をなくし、まるで感情のない人形のようになった。


 そして、透の死後から3年。


 その命日に、彼女は自ら命を絶った。

 2歳の王女と、生後半年の王子を残して。


 遺書にはこうあった。


 王族の義務は果たしました。

 私は愛しい人のところへ行きます。




 マリは幸福になったが、透とセレンは不幸になった。


 それが、3番目の世界だ。




 最初の吾と、3番目の吾は嘆いた。


 セレンを、アズの子孫を、自分のせいで不幸にしてしまったことを。関係のない透を巻き込んでしまったことを。


 最初の吾と、3番目の吾は、樫の木を通して議論した。皆を救う方法はないのかと。




 セレンの兄と姉を救ったらどうか。


 言いだしたのがどちらだったかわからぬ。


 ただ、そうすれば、セレンが意に染まぬ結婚をする必要はなくなる。


 それでもルードは暴走するかもしれぬが、試す価値はあると、彼らは揃って、過去に声を届けた。


 中庭で遊んでいた7歳のセレンに。


 そうだ。経口補水液の作り方。

 あれは最初の吾と3番目の吾の声だ。




 そうして4番目の世界が産まれた。

 セレンが女王にならない世界だ。




 だが、それだけでは上手くいかなかった。


 セレンと透は、会った瞬間に惹かれあうのだが、言葉の壁で、互いの気持ちを伝えることができないのだ。


 そして、二人が惹かれあっていることに気付いたルードは、先手を打って賢者となる。


 そしてセレンを欲した。


 3番目の世界なら、セレンは女王だから、いくら賢者が欲しても無理だ。


 しかし、4番目の世界では一王女。王家は彼女を、いとも簡単にルードに渡した。


 そして透は一人、元の世界に戻り、二度とアグライアには戻らなかった。


 4番目の吾は、マリの手で一人、アグライアに戻る。その後、吾を元の世界に戻せる人物を見つけることができず、さ迷い歩き、樫の木の寿命が尽きて倒れるのと同時に、膨大な知識に脳が押しつぶされ、発狂する。


 最初の吾と、3番目の吾は、何とかして右目の解除の術を発動させようとしたが、樫の木がなくなったために力が届かず、それどころか、様子を見ることすらできなくなった。


 故に、4番目の吾のその後は判らぬ。


 しかし時戻しの所為で死ぬに死ねず、アグライアを荒らしまわる白い災厄となったのではないかと推測される。


 右目の解除の術に気付く者など、いないだろうからな。




 最初の吾と、3番目の吾は思案した。


 つまり問題は言葉だと。しかしどうすればいいのか、分からなかった。


 分からぬままに、議論を続けた。


 その所為だろうか。1番目と3番目の世界の繋がりが太くなった。


 訓練をしなくても、互いの世界を垣間見ることができる者が出てきた。


 互いの世界に転生する者も現れた。


 最初は気にも留めなかった。


 転生したといっても、記憶はないのだ。その魂の色を見て、ああ、こいつは元々1番目の世界の者かと思うだけだった。




 そんな中、最初の世界に小さな変化が起きた。


 そう。『ゲーム』だ。そなたらのいう『キラトキ』と『プリくに』。


 だが、それもまた、当時の吾らにはどうでも良いことだった。




 そんなある日。


 前世の記憶を思い出した者がいた。


 彼は何故か、吾がカラザに呼び出されるよりもずっと昔に転生した。


 理由はわからぬ。

 転生の法則など知る由もないからな。


 彼奴の転生したのは、アグライアの北方にある小さな島だった。


 そうだ、アルビオ。

 セレンが、英語に似ているといったあの国の言葉。あれはまさしく、英語が元なのだ。


 転生の記憶を思い出した彼が、文字を持たなかったかの国に持ち込んだものだ。同時に数字もな。


 ああ、そうだ。あの国に数字を持ち込んだものは召喚されたわけではない。転生の記憶を思い出しただけだ。


 その事実を知ったのは本当に偶然だった。


 何せそんな昔には樫の木はない。


 アルビオで生涯を終えた彼が、再びこちらに転生し、そこで再び『前世の記憶』を思い出し、一つの物語に仕立て上げ、樫の木の下で公演を行った。


 奴には『思い出す才能』があったのかもしれんな。


 吾らはそれを見て、記録を調べ、それが事実であることを知った。


 そして、なるほど、と思った。


 転生の記憶を思い出せば、言葉の問題はなくなるのだと。


 しかし思惑通りの転生など、できるわけがない。それは神の領域だ。いるなら、だが。


 だが繋ぐことはできる、と思いついた。


 吾らが樫の木を通して繋がるように、必要な言葉や知識を持つ者の意識を、セレンや透につなげることが出来るのではないかと。




 色々、試した。


 そして分かったことは、しっかりした意識のある者同士は繋げないということだった。


 だが、片方が睡眠状態や昏睡状態である場合は、繋ぐことができた。


 そうだ。


 セレン、透。


 そなたらは転生したわけではない。


 ただ、繋いでいるだけだ。最初の世界の、ゲームの知識を持つ者の意識をな。


 全て、ではない。必要な知識のみだ。


 具体的には、言語とゲームの知識、さらにその周辺の情報だけを、繋いでいる。


 全て繋げば、そなたらが混乱するだけだからな。


 そう、つまりはそういうことなのだ。




 さて。

 そうして5番目の世界が産まれた。


 4番目の亜流と言っても良いかもしれぬ。

 セレンと透がゲーム知識を持ち、出会った直後に言語の壁なく意思疎通が可能な世界。


 その結果が、今だ。


 そして5番目の吾は、繰り返す。


 ルードの「ノート」のおかげだ。


 ルードが解析した『時渡り』の術。


 これを使って300年後に戻る。


 そして樫の木に蓄えた記憶と知識を元に、この世界で300年を過ごす。


 後半の20年は、『辻村』として。


 そしてさきほど。


 『辻村』であった吾は解放された。


 今ではただの狼だ。


 記憶も、どれだけ残っているかわからぬ。


 何度も言うように、脳は狼だからな。


 一方、吾は、これから300年後に戻る。


 ルードを連れて。


 そして見守るのだ。


 ルードが開祖となる神社を。


 マリが基盤を作る岩崎家を。


 時に狼として。


 時に人の姿で。


 後半の20年は、『辻村』として。


 これが正しいかどうかは知らぬ。


 ただ、感じる。


 最初の吾と、3番目の吾が、共に喜んでいることを。


 そして吾もまた。


 この結末を悪くない、と、そう思っておるのだよ――

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