3. 【Side.セレン】 思い出した記憶
夢の中で、同じ年頃の女の子と話をしています。そこが学校で、相手が同級生であることを、なぜか私は知っていました。
「キラトキ? 乙女ゲーム?」
夢の中の私が尋ねます。
「そう! スチルが綺麗なの!」
彼女が雑誌を開きます。
「ね、ね、美麗でしょ!?」
「乙女ゲームなんだから当たり前でしょ?」
「そーだけどさーーー!」
「あれ、ヒロインが4人もいるの?」
開かれた頁に4人の女性が描かれてます。
「あ、4人じゃなくて4パターンなの。最初のアンケートが心理テストになってて、それにどう答えるかでヒロインの性格とアバターが変わるの。で、1パターンで2名しか攻略できない! これ重要!」
「つまり、フルコンプするためには、最初のアンケートからやり直し?」
「そうなの!」
「4パターンで2名なら攻略対象は8名?」
「そうそう! ほら、これね!」
指差した先の説明書きを読みます。
「ええと、色気爆発生徒会長、ツンデレ副会長、スポーツ万能幼馴染、素直になれない問題児、年下ワンコ、天然ぶった腹黒、厳しい担任、優しい実習生?」
「メインはやっぱり生徒会長よ! スチルがめっちゃ色っぽいの! でも、でもね! いつも冷酷な副会長が、好感度あげてようやく見せてくれるデレもたまんないの!」
「ふぅん」
「うわ、反応薄い!」
「だって興味ないし」
「なんでよ~~。声優陣も豪華なんだよ! 見てみて!」
「あ、ほんと。ベテランばっかり」
「もうね、生徒会長とか、イヤホンで聞くとマジやばい! 耳元であのボイスで囁かれるとたまんない!」
「そうなんだ」
「あれ乗ってこない。声優好きだよね?」
「人によるわ」
「じゃあ、好きな声優さんって誰?」
「****さんの声は好き」
「いるよ!」
「え、どこ?」
「次のページ!」
めくったそこに『サポートキャラ』として、2名の女性と1名の男性が描かれています。
「養護教諭、クラスメイト、情報通?」
「その情報通! 神薙透! CV見て!」
「……本当だ。こんな仕事もしてるんだ」
「こんなって何よ、こんなって!」
「でも攻略対象じゃないんでしょ?」
「うん、掲示板でも騒いでた。なんで攻略できないんだ~~~って!」
「……だよねぇ」
むしろ生徒会長より、彼の方が好みです。
「彼ね、生徒会長と副会長の幼馴染なの。だから二人の攻略ルートだと必ず出てくるし、それ以外でも、一定以上の好感度になると、色々教えてくれるんだ」
「他の人のルートでも出てくるの?」
「お助けキャラだからね。それにフルコンプのご褒美が、サポートキャラを含めた全員集合のスチルと、全員のお祝いボイスなんだけど、そのボイスがちょっと良いのよね!」
「それは聞きたいかも」
「ふ、ふ、ふ。興味を持ったようですね。では、どうぞ!」
「………なんで持ってるの?」
渡されたゲームには、雑誌と同じ絵の上に『キラメキ☆トキメキ☆学園生活 ~恋する乙女の一年間~』というタイトルが。
なるほど、だから『キラトキ』なのね。
「フルコンプしたから、売りに行こうと思って。でも、これを機に乙女ゲーにはまってくれると嬉しい! ので、ぜひプレイして!」
「………思い出した記憶がこれって……」
私はベッドの中で文字通り頭を抱えます。
ゲームの内容までしっかり思い出しました。そう、フルコンプしたのです、前世の私は。そしてお祝いボイスは確かにヤバかったです。
オススメである生徒会長もそうでしたが、私の好みは、やはり神薙透でした。思い出しただけで顔が火照ります。転生しても好みは変わらないようです。
「………あれ?」
ふと、気が付きました。
ゲームは『樫木学園』での1年間ですが、その学園のシンボルツリーの樫の木が………
「王宮の樫の木と同じ………?」
大きさや形がそっくりだった気がします。
「………現実の記憶が混同したかしら?」
まぁ、どうでもいいですね。
私はため息をつくと、身支度をするためにベッドから降りました。
「セ~レ~ン!」
うっかりしていました。
朝食で姉上や母上に会わないよう、時間をずらそうと思っていたのに、いつもの時間に内廷の食堂に来てしまいました。
「今度のお休みはいつ?」
姉上が嬉々として尋ねてきます。
「お休み、ですか……?」
「予定がなかったら予定して! で、ドレスを作りましょう!」
……予想通りです。嬉しくありませんが。
「色は薄紫以外にないけど、形は色々試しましょうね!」
「あの、姉上、私は魔導士ですからローブ」
「だめよ! ローブ禁止!」
即却下ですか。そうですか。
「……わかりました。休みについては、上司と相談します」
放っておいたら、私の意見は完全無視のドレスを作られてしまいます。それなら自分の意見を述べる状況を作った方が良いです。
「わかったわ、なるべく早くね!」
満面の笑みで姉上が答えたその時、
『誰か!! 至急実験室へ!!』
切羽詰まった遠話が飛び込んできました。
「セレン、今のは……!?」
方角も相手も定めず、風に乗せて全方位へ飛ばされた遠話。
魔導士以外にも聞こえてしまうこの手法は、普通なら絶対行いません。
「魔道省で何かあったようです、失礼!」
駆け出しながら答えたので、セリフの後半は届かなかったかもしれません。
『何事じゃ!』
『何があった!』
『詳細を連絡せよ』
イムリス様をはじめ3人の賢者様の遠話が同時に飛び込んできます。
お三方はさすがに魔導士にしか聞こえない手法で声を飛ばしています。
『人です! 魔方陣に異界の人が!』
え? 異界の人?
とにかく実験室へ行かないと!
朝食を食べそこなったことに気が付いたのは、かなり後の事でした。
惨憺たる有様です。
部屋中に魔石が飛び散っています。
それも、魔力を全て放出した状態で。
これだけの魔力を一度に使うなんて!
部屋の中央に描かれた魔方陣は、形が崩れています。
先に来ていたルードとイムリス様が眉をひそめてそれを見ています。
…………確かにこれは、眉をひそめたくなります。なんでこんなことを………。
イムリス様が、遠話で他の二人の賢者様に、自分が対応する旨を伝えられています。
その様子を片眼で見ながら、一歩、魔方陣に近づきます。
中心に人が倒れています。
遠話の言っていた『異界人』でしょう。
男性のようです。
顔は見えませんが、黒髪で、見慣れない服を……って、あ、れれ……?
「あの服……」
見覚えがありました。
それは夢に出てきた『樫木学園』の制服でした。
「なんで………」
茫然と立ち尽くす私の後ろからバタバタと足音が響き、オジリスが姿を現しました。
「イムリス様、お呼びですか!」
「オジリス、今日も当直はお前か。彼を診てやっておくれ」
どうやらイムリス様が呼び寄せたようです。オジリスは私の脇をすり抜け、中央の彼に近づきました。
「見たことのない服だが」
ぼそり、とルードが呟く。
「お前は見覚えがあるようだな」
う。
ですよね、聞こえてましたよね。
「薬のおかげで思い出した記憶の一部です」
とりあえずそれだけ告げておきます。
「………つまり、お前の前世である異界から来た人物、というわけか?」
「おそらく。あるいは『それに近い並行世界』かもしれませんが」
まさかゲームの世界とか言えません。
オジリスが診療のため、異界人の身体を少し動かしたので、顔が露わになりました。
「………!!」
心臓が跳ねました。
う……うそ、でしょう?
「神薙、透……?」
イムリス様とルードが、すごい勢いでこちらに振り向きました。
「知り合いかね?」
「い、いえ、知り合いというか、一方的に、知っているだけというか」
「例の『記憶』にある人物ということか」
「え、ええ。ええ、そうです」
「………時を超えた召喚、か……? 意図的か、あるいは偶然………?」
「イムリス様、そもそもセレンが時を超えて転生した可能性もあります」
「ふむ、確かに。あるいは異界とこちらと、時の流れが異なるゆえの差か」
当の本人を無視して議論が始まりました。
「外傷は見当たりません。呼吸と脈拍も正常です。気を失っているだけでしょう」
そう言うとオジリスは、何かを手に持って、私に近づいてきました。
「彼の上着のポケットに入っていましたが、読めません。姫ならいかがですか?」
受け取ったそれは
「定期券……」
「テイキケン? なんだい、それは」
議論を中断して近づいてきたイムリス様が右手を差し出したので、手渡します。
「フム……異界の文字だね」
「テイキケン、というのは何だ?」
「ええと、電車という交通手段がありまして、これは駅馬車のようにルートが決まっております。同じ区間を一定期間利用する場合、前もってこの定期券を購入しておくと、その都度料金を払わずに乗れるのです」
「ふむ。領収書みたいなものかね」
「まあ、そういう意味合いもあります」
「ここに書かれている文字の意味は?」
「どのルートをいつまで利用できるのかと、その所有者の名前です」
「所有者の名前?」
「………カンナギ、トオル、と」
「なるほど。さきほどお前が呟いた名だな」
「あの、ちなみに『カンナギ』が家名で、『トオル』が個人の名前です」
「ほう、配置が逆か。異界は色々違うの」
「オジリス、担架持ってきたぞ」
声に振り向くと、そこにいたのは
「兄上?」
「これは、殿下自ら申し訳ありません」
「気にするな。誰かを呼ぶより早いと思っただけだが、こいつを運ぶのは結構大変だな。遅くなってすまん」
……確かに早朝で人は少ないけど、一国の王子のやることじゃないよね? 口実ですよね? 見に来たかっただけですよね、絶対!
「で、彼が噂の異界人?」
「姫の想い人じゃ」
「は、はいぃぃぃっ!?」
イイイ、イムリスサマ?
「わ、私そんなこと、一言も、言っておりませんが!?」
「おや違うかの? この者の顔を見た折の姫の鼓動は、恋慕のそれに似ておったが?」
「~~~~~~~~ッ」
こ、これだから賢者はッ!
「ふぅん? 耳まで赤いよ、セレン?」
兄上……。
なんでそんなに嬉しそうなんですか……。
「なるほど。メルの言っていた例の『夢』絡みか。もしかして転生前の恋人?」
「片恋ですよ」
ルードがこれ以上ないくらい冷やかな声で訂正してくれました。
「『一方的に知っているだけ』だそうです。大体、仮に彼がセレンの前世での知り合いだとしても、転生した彼女を、そうと判断できるはずもない」
ハイ、そうですね。ご指摘ありがとうございます上司様。っていうか、知り合いになれるはずないんですけどね!
「じゃが、言葉がわかるのは都合がいい」
賢者の印である二連の腕輪がチャリンと鳴るのと同時に、魔石が一つ飛んできました。風を操って手元に落としたそれには、術式が一つ組み込まれています。
「あ、翻訳の術ですね」
異国の言葉を使えるようになる便利な術式ですが、一つ問題があります。術者が両方の言語を操れなければ意味がないのです。
「この者に施す術者は姫しかおるまいて」
「はい。お預かりいたします」
「あれ、すぐ異界に送り返すんじゃないの?」
兄上が怪訝そうに問いかけます。本来ならその通りです。でも……。
「そうはいかないのです、殿下」
この部屋を見れば魔導士には明瞭な事実について、ルードが説明を始めました。
「まず、圧倒的に魔石が不足しています。この術をしかけた者は、魔道省に備蓄してある魔石をギリギリまで使用したようです」
「そんなに? やたら飛び散っているな、とは思ったけど」
その間、私はオジリスを手伝うことにしました。意識のない者を担架に乗せるのは一人では難しいですから。
………はい、そうです、口実です。ほっといてください。
「備蓄の残りを使ってしまえば国の防衛機構に支障が出ます。ですので、それらには手を付けず、ここにある魔石に改めて魔力を充電しますが、それには半年ほど必要かと」
「半年?」
「あまり一度に行うと術者の体調が損なわれます。通常業務の合間に、皆で少しずつ行うしかありません」
「そうか………」
「その間に崩れた魔方陣の解析をします。彼がどこから召喚されたのか探らねば」
「術者に尋ねれば?」
「………できないのですよ」
ふぅ、と息を吐くルード。
私も思わずため息をつきました。
私も魔導士ですから、この魔方陣の意味が分かります。
それゆえに眉をひそめていたのです。
何故こんなことをしたのかと。
彼が召喚されたのは、おそらく事故。
この魔方陣の目的は、召喚ではなく、むしろその逆。
術者が異界に転移するためのもの。
「異界に転移? では何故彼がここに?」
「等量交換の法則です。召喚も転移も、原理は同じです。異界とこちら、両方で同じ質量を交換するのです。召喚の際は、呼び出すものと同じ質量のものを準備します。土くれでも岩でも何でもいいのですが」
「転移の場合は?」
「異界のものを適当に選ぶことになります」
「……つまり術者が、異界の状態を確認せず術を行使し、彼が巻き込まれた?」
「おそらく」
それだけではありません。
本来、元の世界と召喚された者は、目に見えない『つながり』があるもの。
でもこの魔法陣には、その『つながり』を断ち切る術が仕込まれています。
ルードはそこまで説明しなかったけれど、魔方陣の解析が必要なのは、そのせいです。
「誰がそんなことを」
「すぐにわかります。今、魔道省全職員の所在確認を行っています」
「そうか……」
「兄上」
話が一段落したので声をかけました。
「すみません、彼を運ぶのを手伝っていただけませんか?」
担架には乗せましたが、オジリス一人では運べません。
そして、私の力では運ぶのは無理です。
もう少し重力制御の魔法が得意なら何とかなるのですが………。
私にできるのは担架に乗せるくらいです。
「ああ、そうだな、すまん、替わろう」
「医療省でよろしいでしょうか、殿下?」
オジリスが確認の意味で搬送先を尋ねましたが
「………いや、外廷に一室用意しよう」
「「「「え?」」」」
帰ってきた答えは意外なものでした。
我が国の王宮は、一番外側を軍の諸施設で、そのすぐ内側を魔道省で固めています。
この二つは同時に防衛ラインです。
魔道省の内側は医療省と技術省で、さらにその内側を各省庁が占めています。
地形の問題もありますし、研究所や演習場のほか、各省の寮やちょっとした売店、大食堂などの共有施設もありますから、明確に線引きされているわけではありませんが、おおむねそういう配置になっています。
そして各省庁の内側が宮廷です。近衛騎士団が警備にあたります。
宮廷は内廷と外廷に分かれていて、内廷は王とその家族――私たちが住まう場所です。いわば王のプライベート空間です。
そして外廷は、貴族の舞台です。
迎賓館を中心に、社交界の会場となる大広間や休憩室、談話室、音楽室、図書室、庭園などがあります。
公爵家は恒常的に、内廷に最も近い場所に一室を賜っていますが、それ以外の貴族は別です。外廷に一室を賜るのは大変な名誉になるのです。
その外廷に一室用意するって………。
「彼はセレンの知り合いなのだろう? その上、術者のミス、すなわちこちらの落ち度で、少なくとも半年はここで暮らさなければならない。ならば外廷で賓客としてもてなすのが筋だろう」
「よろしいのですか兄上? 父上に相談なく決めてしまって」
「私にだってそのくらいの権限はあるさ。それより彼の世話はお前がしろよ? 異界の習慣なんて他の者ではわからないし、何より、想い人なんだからね?」
「……ひ、一言多いですっ!」
絶対、面白がってますよねッ!
結局、イムリス様は父上に事情を説明するからと一足先に宮廷に向かい、ルードは後始末のため魔道省へ。私は今日一日出勤しなくてよいことになり、兄上とオジリスが彼を運ぶのに付き添いました。
イムリス様が『殿下の命令』を遠話で飛ばしてくれたおかげで、彼を連れてきた時には既に外廷の一室が整えられていました。
上着だけ脱がせ、ベッドに寝かせます。
オジリスが改めて診察している間に兄上は自分の執務室へ戻りました。
「少し拒絶反応が出ていますね」
異界とこちらでは環境が異なります。空気成分が異なることも珍しくありません。故に、召喚されると拒絶反応をおこすことがたまにあります。
アレルギー反応と言った方がわかりやすいかもしれません。重い場合は命に係わることもありますが……
「大丈夫、ごく軽いものです。肌に少し湿疹と赤みが出ている程度ですから」
そう言ってオジリスは、カバンの中から薬瓶を取り出した。
「身体がこちらに馴染めば治りますが、念のため、目が覚めたら飲ませてください」
「………それ、栄養剤ですよね?」
過重労働で疲れ切った時に滋養強壮としてよく飲みます。
「体力回復だけでなく、身体本来の免疫力を活性化する働きがありますから。では、後はお任せいたします」
一礼して、部屋を出る前に、オジリスは、ふと、こちらを振り返りました。
「………姫」
「はい?」
「その………本当なのでしょうか」
「何が?」
「………想い人、というのは」
「うッ………」
一気に顔が火照りました。
「………わかりました」
答えに窮している間に、オジリスは一人納得し、部屋を出て行きました。
「………何がわかったのよ、もう………」
ふぅ、と息を吐いて、改めてベッドの彼に視線を送ります。
軽くウェーブしている少し長めの黒髪。
スッと通った鼻梁。
閉じた瞳を縁どる長い睫。
瞳の色はおそらく黒。
二次元と三次元の違いはあるけど、基本的に夢の通りの容姿です。
声も……同じなのかしら………。