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21. 【Side.セレン】 王宮の樫の木と学園の樫の木

 ピザは、すごくおいしかったです。ご馳走様でした。


 ピザが瞬く間になくなると、物足りないと訴える男性陣は、どこからともなくポテトチップスやらポッキーやらを出してきてつまみ始めました。


 ハクロは土間で、透のお母様が持ってきてくれた古い毛布の上に、寝そべっています。


 私とマリは、買ってきた服を袋から出し、タグを切り離す作業を始めました。


「ねえ、マリ」


 作業の傍ら、マリに気になっていたことを問いかけます。


「あなた本当は、この世界に来るつもりはなかったのでしょう? ハクロだけ、送るつもりだったのではなくて?」


「………はい、その通りです」


 マリは、肩を落として頷きました。


「原因はわかってます。時空覗きの才もないのに移送の術を行って、結果、トール様が交換対象になって、その差分で、私がこっちにきてしまったのでしょう?」


「ええ、おそらくね」


「だから誰の所為でもない、私の所為です。私が、悪いんです。……トール様!」


「え?」


 唐突に呼ばれ、忍たちと談笑していた透がびっくりして振り向きます。


「その、すみませんでした! あの、今更ですけど私の所為でご迷惑」


「とは思ってないから謝らなくていいよ」


「でも」


「むしろ礼を言わないとね。おかげでセレンに会えた」


「…………それは、そうかも、ですが」


「それに君のせいだけじゃない。どちらかというと、君も、巻き込まれた方だ」


 言いながら透が私に目配せします。ええ、そうですね。その話はしておかないと。


「………え?」


 目をぱちくりさせるマリに、イムリス様の見解を伝えます。この一件、真の偶然ではなく『人でないもの』の意志が絡んでいると。


「………は?」


「え、何ですって?」


「人外の意志?」


 マリ、忍、悟が驚きの声をあげます。


「というのが賢者の見解だ。そしてその正体は、おそらく樫の木だろうというのが、両陛下――セレンのご両親の推理だ」


 そう言って透は、皆に王宮の中庭にある樫の木について説明をしました。


「本当に、学園と同じ木だったのですか?」


「少なくとも俺には同じに見えた」


 忍の問いに、透が頷きます。


「………不可解」


『大体、木に意志などあるのか?』


「それに木の目的って………」


 悟、ハクロ、忍の疑問はもっともです。

 私もそれが不思議です。

 木の意志や目的なんて見当が付きません。


「………多分、分かったと思う」


「「「『「え!」』」」」


 透の発言に全員が声をあげます。


「さっき、気が付いたんだ。車の中で」


 車の中……。あ、あのドングリ?


「あ、あれ? そういえば姫様、どうやってこちらに来れたのですか? 魔道省が使える魔石を総動員してもお二人一緒に移送するのは難しいと思うのですが………」


 マリがハッと気づいて問いかけます。

 あら、ようやく気が付きましたか。

 どんぐりの一件を彼女に説明します。


「え、じゃあ、車の中で落ちたどんぐりって、王宮の樫の木のどんぐりですか!?」


「おそらくね」


「それで、気が付いたんだ。これが樫の木の目的じゃないかって」


『どんぐりが目的?』


「……ああ、わかりました。つまり、ドングリを『運ぶこと』が目的というわけですね」


「なるほど。種子の散布は植物の根源」


 忍と悟が納得したような声を出します。


「いや、単なる子孫繁栄じゃなく、自分自身を存在させるためじゃないかと思う」


「………え?」


 透の説明に目を丸くします。

 自分自身を、存在………?


「理事長が言っていたろう? 1年後に、過去へ行く方法が分かると」


 ええ、確かに。皆が頷きます。


「それがどんな方法かは分からないが、魔力が必要であることは間違いない。だが、こっちの世界では、魔石は圧倒的に少ない」


「今更ですが……魔石ってなんですか?」


「あ、これです」


 忍の疑問に、私は横に置いてあったローブから魔石を取り出しました。


「これは、マリに翻訳の術をかける際、使用した魔石です」


「翻訳の、術?」


 首をかしげる悟の横で、忍が、あ、と声をあげます。


「そうですよね。あちらとこちらでは、言語は違うはずですよね?」


「……そういえばそうだ。なのに言葉が通じることを不思議に思わなかったとは迂闊」


 言いながら悟が眉をひそめます。


「ずいぶん便利な術があるんですね」


「ええ。ですが、術者が両方の言語を操れなければならないので……」


 感心する忍に万能でないことを告げます。


「それでも、すごい術です。それ、普通の人では扱えませんか?」


 ええ、そう思いますよね、やっぱり。でも


「それは無理だ。魔導士以上じゃないと」


 答えてくれたのは透でした。

 その通りです。普通の人には使えません。

 それに……


「それ以前に、この魔石にはもう翻訳の術式は刻まれていません」


「え?」


「一度使うと消えてしまうのです」


「そして、この術式を刻めるのはイムリス様だけだ。あちらの世界ではね」


「無論、私にも透にもできません」


「………そうなんですか」


「残念無念」


 私と透の説明に忍と悟がため息をつきます。

 無理もありません。使えればこんなに便利なものはないでしょう。外国語教室が軒並み閑古鳥になる以外は。


「術式が消えて翻訳の術は使えませんが、魔石として魔力を溜めることは可能です」


「失礼、ちょっと見せていただいても?」


「どうぞ」


 忍に魔石を渡します。


「きれいな赤色ですね」


「赤は希少です。多いのは青や緑ですね」


「色によって違いがあるのですか?」


「同じ大きさであれば、赤が最も多くの魔力を込めることができます。ただ、赤は小さいものが多く、滅多に見つかりません。大量の魔力を必要とする場合は、もう少し大きな青や緑を使います」


「これ、お預かりしても?」


「分析依頼?」


 悟が忍に問いかけます。


「ええ。成分を分析すれば、何か適合するものがあるかもしれません。天然物で該当するものがなかったとしても、合成することができるかもしれませんし」


「そうだな。もしあれば、そのほうが良い。魔石の方がやはり安定している」


 透も頷いています。

 合成……ということは


「鉱石を合成する技術があるの?」


「ああ。工業用を含めれば、市場に出回っている数は天然ものより合成の方が多いんじゃないかな。主な鉱石はそのほとんどが合成できるよ。ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、オパール……後は……」


「レッドベリルやアレキサンドライトなどの希少鉱物は、出回っている品のほとんどは人造石ですしね」


「つまり、魔石の代わりが安く手に入る可能性があるってことだよ」


 うわ……。異界の技術ってすごいです。


「でも念のため、ドングリも準備しておいた方が良いだろうな。1年後のためには」


 あ、そうでした。

 1年後、過去に行く方法が分かるだろうけど、その時に魔力が必要だという、そういう話でしたね。


「方法はまだわからないが、過去へ行くため、ドングリが必要になることは、ほぼ間違いないと思う。そうなると、俺たちと共に異界を渡ったように、ハクロと共に過去へ行くどんぐりもあるだろう」


「ええ、そうでしょうね」


「ハクロが居たのは300年前。樫の木の樹齢も300年だ」


「あ…………!」


 ようやく、わかりました。

 透が何を言いたいのか。


「おそらく、ハクロが運んだどんぐりが芽吹いたのが学園の樫の木だ」


『だけ、ではないな、おそらく』


 ハクロが口を挟みました。


『王宮の樫の木も、そうだろう』


「え?」


 なんでそうなるんですか?


『今まで言わなんだがな、実は、吾がかの地に召喚された時、同時に、吾と同じ白い狼が何もない空間から現れるのを見た』


「………ええ!?」


『最初は何だかわからなんだが、カラザの話を聞いて合点がいった。あれは未来の吾の姿だと。故に承知したのだ。間違いなく戻ることができると確信したからこそ、しばしカラザに付き合うことをな』


「そうだったんだ………」


『で、その現れた未来の吾の方から、何やら礫のようなものが飛んできて、どうも一緒にかの地に渡ったようなのだ。小石でも飛んできたのだろうと大して気にしてなかったが、今思うとそれがどんぐりだったのだろう。実は、吾が召喚された地は、かの中庭でな』


「え、そうだったの!?」


『とは言え、その頃まだ王宮は建ってなかった。当然、樫の木もなかった』


「………」


『おそらく、吾が過去に戻るタイミングと異界に渡るタイミングがちょうど合ってしまい、どんぐりが巻き込まれ、かの地へ落ち、そこで芽吹いたのが王宮の樫の木なのだろう。その証拠に、吾はかの地で、王宮以外で樫の木を見たことがない』


「ええ!?」


「本当か!?」


 き、気が付きませんでした。

 本当に王宮以外に樫の木はないの?


『ない、な。吾の知る限りでは。妙な話ではあるが、吾がかの地に持ち込んだと考えると筋が通る』


 ハクロの帰還に使うドングリは、おそらく学園の樫の木のドングリ。


 それが成長したものが、王宮の樫の木であり、同時に学園の樫の木でもある………?


 学園の樫の木は、自分自身が親であると同時に子孫………?


 循環………しているの?


「………学園の樫の木が、自分自身を存在させるため、王宮の樫の木に働きかけたのだと思っていたけど」


 ポツリと透が呟きます。


「王宮の樫の木も、自分自身を存在させるため、学園の樫の木と協働したのか……?」


『のだと、吾は思うぞ』


「でも、どうやって? 確かに学園の樫の木は、かつてご神木とされていましたが、所詮、樫の木です。そんな力……異界の樫の木と協働したり、未来を見せたりする力をどうやって得たのでしょう?」


 忍の疑問に、透がゆっくり口を開きます。


「どんぐりは、放っておくと魔力が出てしまうが………全部出るわけじゃ、ない」


「ええ、そうね。一度魔力をこめたどんぐりは、再び魔力をこめるのも簡単だわ」


 道ができている、とでもいうのかしら。


「一度膨らませた風船は簡単に膨らませられるように、ですか?」


「というより、呼び水みたいな感じだ」


 忍の例えはよくわかりませんが、透のはわかります。そうですね。微量に残った魔力が呼び水になっているのかもしれません。


「何にせよ、一度魔力をこめたどんぐりには、少しだが魔力が残っている。そのドングリが発芽したら………?」


「もしかして、そこから採れるドングリにもある程度魔力が残っている?」


「そのドングリにまた魔力が込められて」


「300年前の世界でまた発芽して………」


「どんぐりに溜まる魔力は………少しずつ蓄積されて、強くなる?」


「300年を繰り返すうちに、秘めた魔力がどんどん大きく、強くなるのか?」


「異界の夢を見せられるくらいに?」


「異界の、いわば自分の分身と意志を通じ合わせられるくらいに?」


 皆、口々に意見を出し合った後、申し合せたように、しばらく黙り込みます。


 300年。


 まるで想像ができません。


 樫の木は、ドングリは、繰り返しているのでしょうか。この300年を何回も。


 微量な魔力が膨大になるほどの回数を。


「……祈りは、魔力を込めるのに似ている」


 突然、透が呟きました。


「え?」


「魔道の修業をしていて思ったんだ。魔力の込め方は、まるで祈りのようだと」


「祈り………」


「学園の樫の木は、長い間ご神木として祭られていた。その間ずっと、人々の祈りを受けていたのなら」


「学園の樫の木に、その祈りが……魔力が、溜まっている?」


 そうかもしれません。


 ドングリに蓄積され、樫の木の中に秘められた魔力が、呼び水となり、人々の祈りを魔力に変えて蓄積していたのかもしれません。


 ああ、そう言えば、王宮も……


「王宮の樫の木も………。中庭でドングリを拾ってその場で魔力を込める練習をする者がいるわ。どんぐりに込めるつもりの魔力が、その行き場を誤り、樫の木本体へ注がれることもあるかもしれません」


「そもそも、時間が経ってどんぐりから出てしまった魔力は何処に?」


「……考えたことがなかったな……。もしかしたら樫の木に集まるのか?」


 悟の疑問に透が呟きます。


「水が低いところへ流れるように?」


「というより、流れ星が重力にひかれるように、じゃないでしょうか?」


「樫の木に溜められた魔力が呼び水となるのかもしれません」


 ドングリの中に微量に残った魔力が呼び水となるように。


『要するに、王宮、学園とも、成長過程で魔力が蓄積されていく可能性が高いわけだ』


「それを300年、何度も繰り返しているわけですよね」


『うむ。こればかりは何度繰り返しているのか見当もつかぬな』


「ところで、王宮の樫の木は、本当に学園の樫の木の子孫なのでしょうか?」


「え?」


 忍の問いの意味が、よくわかりません。


「ハクロを過去に戻す時、学園のどんぐりを使うことは予測できます。幼等部や初等部が使うので、ドングリは沢山ストックしてありますから。でも今回、透たちが異界から王宮のドングリを持ち込みました。車内に落ちていたものが全てとは考えられません」


「………確かにそうだ。気づかなかっただけで、あの中庭に沢山こぼれていると思っていいだろうな」


 透が頷きます。私もそう思います。


「中等部と高等部の終業式は今日でしたが、幼等部と初等部の終業式は明日です。学年ごとに、最後の写真を樫の木の前で撮ります」


「そして順番待ちの間、手持無沙汰にドングリを集める子は多い。もちろん秋じゃないから、この時期にはあまり残ってない。でも、数が少ないからこそ、みな競って探すんだ」


「拾い集めたそれを、持ち帰る子もいますが、そのほとんどは教員に渡されます。撮影の邪魔になりますしね。そして教員はそれを、秋に集めたものと一緒に保管します」


「混ざるな、完全に」


「…………」


 混沌としてきました。

 王宮のドングリと学園のドングリと、見分けがつくはずがありません。


「どっちが、どっちの子孫なんだ……?」


『どちらもありなのではないか?』


「どちらも?」


『学園の樫の木の親木が学園か王宮か、王宮の樫の木の親木が学園か王宮か、考えられるパターンはいくつかあるが、いずれも確率は同じだ。それを何度も繰り返しているのだから、どのパターンもありなのではないか?』


「…………」


 混乱してきました。


「えーと、ごめんなさい、よくわからないんですけど、つまりどういうことなんでしょうか………」


 マリが小声で尋ねます。


『要するに、学園の樫の木も王宮の樫の木も、同じと思っていいのではないか、ということだ』


「違う場所にあるのに、同じ木、ですか?」


『最初にそう言ったのは透だろう?』


「………確かに同じに見えたけど……。そうだな。同じ存在と考えていいかもな」


 透はふうっと、ため息をつきました。


「協働というより、同調(シンクロ)か」


『ま、証拠はない。が、同じと考えて問題ないと思うぞ』


「というより、その方がいろいろ納得」


「ですね」


 確かめる術はありませんが、そういうものだと受け取った方がよさそうです。

 それにしても……


「なぜ、王宮の中庭以外では、樫の木が育たなかったのかしら」


「王宮は全体に結界が張ってある。特に中庭のある内廷は、かなり厳重だったろう? どんぐりが外へ持ち出されることはなかったのではないか?」


「それでも鳥は来てたわ。そもそもドングリは、鳥や小動物に運ばれていくものではなくて?」


「あるいは、土地が合わなかったのかもしれませんね。王宮の中庭だけが適した理由はよくわかりませんが」


「王宮が魔道に満ちていたからかも」


『樫の木が芽吹いた当初は、まだかの地は王宮ではなかったと、言ったはずだが?』


「……そうですね。おそらく、単に土が合わなかったのでしょう。土の親和性が高いものが調べればわかるかもしれませんが………」


 そこまで言って、ふと、思い出しました。


「そう言えば、マリも土だったわね」


「あ、はい。でも、中庭の土を調べたことはありません。っていうか、そもそも私、内廷に出入りを許されてません」


「ええ、それは知っているわ」


 まあ、ちょっと疑問に思っただけですし。正直、中庭の土壌とか、今はもう、どうでもいいです。


「マリさんは『土の魔道』なんですか? 何ができるんです? 地盤改良とか?」


 忍がマリに問いかけます。


「ええと、魔導士なら改良もできますけど、私は無理です。その土地の特性を感じて、何の植物が適しているのかを判断したり、水脈を見つけたりする程度です」


「水脈?」


「水の流れを読むのですか?」


「いいえ。水ではなく、土の流れを読みます。土が流れているということはすなわち、そこに水脈があるということですから」


「それでも十分ですね」


「同意。農業の基礎」


「調査をしなくても分かるのは便利です」


「あ……ありがとうございます」


 あら。

 マリが真っ赤になってます。


「ところで、明日からの予定ですが」


 パン、と手を叩いて、忍が話題を変えました。


「マリさんとセレンさんは、ちょっとお勉強が必要かと思うのですが」


「ええ、その通りですね……」


 ちょっとではなく、かなり沢山……。


「なので、明日から勉強会をしませんか?」


「勉強会?」


「ええ。セレンさんには透が、マリさんには私が教えるということでどうでしょうか?」


「同意。っていうか異議は認めないと推察」


「確かにな。悟は抜きか?」


「悟はこれから忙しくなるでしょう?」


「…………ああ。そうか。そうだな」


 砕けてこい、という声が聞こえました。

 えーと、もしかして花梨さんのこと、話しちゃったんでしょうか、透は……。


「それでよろしいですか、セレンさん?」


「ええ。勿論です」


 本当は忍や悟の方が学力高いはずだけど、透以外に教わる選択肢はありません。


「マリさんも?」


「は、はい、よ、よろしくお願いします!」


 ペコリと頭を下げるマリに、忍が蕩けるような視線を向けます。


 …………えーと。


『ねぇ、透。勉強会は4人とも一緒の部屋の方がいいかしら………』


 何となく、マリと忍を二人きりにしない方が良いような気がしました。


『………そうだね。不本意だけど』


『不本意?』


『本当はセレンと二人きりがいい』


『………勉強にならなくなるから却下』


『言うと思った』


 小さくため息をついたのは見ないふりです。だって、勉強ができなくて困るのは私ですから。

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