13. 【Side.セレン】 婚約披露
婚約披露を兼ねた誕生パーティまであと1ヶ月となった頃。
隣国のブライアン王子から兄上に宛てて、婚約者のアーシェラ嬢と共にダブル結婚式に参列したいと連絡がありました。
兄上は隣国に行って以来、ブライアン王子と親密に書簡のやり取りを行っています。
兄上曰く、何やら馬が合ったとか。
この調子だと、ブライアン王子の結婚式には兄上が参列することになりそうですね。
それまでに同行する婚約者が見つかればいいのですが。
何はともあれ、隣国との関係が良好なのは喜ばしいことです。
透は連日大忙しです。
これまでも透の知識や持ち物を発端として様々な研究が進んでいますが、それ以外にも何か使えそうな技術はないかと、毎日考えています。
数日前はレンズとそれを利用した望遠鏡や顕微鏡について、技術省と話をしていました。
メルクは、異界の様々な制度に興味があるようです。
郵便制度は、うまくいけば1年以内に実現できそうだと言っていました。
先日は教育制度について透に色々質問していました。
無償制度と給食制度を何とか取り入れたいようです。
資金としては、シモス川の鉱脈を期待しているようです。
って、これも透の記憶のおかげですね。
「もしかして昔、俺以外にも召喚された人とかいたのかな?」
一昨日、急に透に聞かれました。
「……心当たりはないけれど、どうして?」
「いや、数字が同じだから」
言われて初めて私も気付きましたが、この世界の数字と、透の世界の数字は同じです。
「だから昔、召喚された人が、数字と0の概念を教えたのかと思って」
そうかもしれません。召喚ではなく、転生の記憶を持っていた可能性もありますね。
「後で調べてみましょうか」
と、その時は言ったのですが、その後色々忙しく、結局それきり忘れてしまいました。
「ダンスの練習をしましょう!」
いきなり飛び込んできてマイペースな発言をしてくださったのは矢張り姉上です。
「……ダンスですか?」
最初は姉上の言動にいちいち動揺していた透ですが、最近ではすっかり慣れたようで、ほんの少し片眉をひそめただけで、笑顔で振り向きました。
打ち合わせをしていた技術省の職員の方がよっぽど渋い顔をしています。
「パーティにダンスはつきものです! 主役が踊れないというわけにはいきません! 少なくとも5曲は踊れるようにしておかなければ!」
「ご……5曲ですか?」
「大丈夫、今からやれば覚えられます!」
今すぐにでもレッスンに引っ張っていきそうな姉上を、私と透、技術省の職員でどうにか説き伏せ、明日の午後から毎日2時間だけダンスレッスンを行うことで何とか引き取っていただきました。
「悪いな、あまり日数も残っていないのに」
「ごめんなさい、姉上が………」
姉上が退室した後、私と透で技術省の職員に謝ります。
「いえ、お二方のせいでは。それに一の姫様も、二の姫様やトール様と共に過ごされたいのでしょう」
技術省で独占するわけにはいきません、と苦笑しながら許していただきました。
「………共に過ごしたい、か」
その夜、寝室で透がポツリと呟きました。
「セレン、明日から家族と過ごすか?」
あ、やはりそれを気にしていたのですね。
「ありがとう。でも大丈夫よ」
魔方陣により引き離されるのは、私と家族ではなく、私と透。
皆はそう思っているのです。
なのに私が透を置いて、家族と共に過ごせば、要らぬ懸念を生むでしょう。
「油断大敵、そうでしょう?」
「…………ごめ」
透の謝罪の言葉を唇で塞ぎました。
触れるだけですぐ離れます。
「お礼の言葉の方が嬉しいわ」
透は柔らかく笑うと私を抱きしめました。
「ありがとう、セレン」
耳元で囁かれて心臓が跳ねます。
何度経験しても慣れません。
囁き声に弱いとか、言うんじゃなかったです。
その後は、ご想像にお任せします………。
ついに誕生パーティの日になりました。
侍女の手を借りて母上の用意した薄紫色のイブニングドレスを身に着けます。
肩と背中は出ていますが、ホルターネックからつながる細やかなレース生地が胸元を覆い隠しています。
ウエストから下はふわりとしたレースが何重にも重なり合い、動きにあわせて細かくゆらめきます。
婚約披露では、相手の髪や目の色のアクセサリーを身に着ける風習があります。
なので今日のアクセサリーは全てオニキスです。
オニキスの美しい漆黒は、迷いの無い信念の象徴です。
苦しい時でも前に進む力を与え、導いてくれる石です。
また、悪い意味での感情の起伏を押さえてくれる、夫婦の幸せを保つ石とも言われます。
「婚約披露にぴったりの石ですわね」
侍女の意見に全面的に同意です。
トン、トン、トン
「セレン、入っていい?」
扉の向こうから透の声が聞こえました。
「どうぞ」
私の返事と、侍女が扉を開けるのはほとんど同時でした。
入ってきた透は、薄紫のテールコートを着ています。
この色をまとっているということが即ち、王家に認められた証です。
スタッドボタンとカフスボタンはタイガーアイです。
タイガーアイの色は個々に違いますが、その中から私の髪色に近い色を選び出してくれたようです。
タイガーアイは『すべてを見通す眼』です。
物事の本質を見抜き、災厄を退け、決断力と行動力を高め、最良の判断へと導く石です。
同時に、邪悪な力を跳ね返すパワーがあります。
透が持つのに相応しい石だと思います。
「準備できた?」
いつもと違う服装に身を包んだ透は、少し照れたような笑みを浮かべています。
いつもは無造作に梳かしただけの髪も、今日はしっかりセットされています。
思わず見惚れてしまいました。
「セレン?」
「あ、はい! 大丈夫です」
慌てて答えると、透は私に近づき
「………綺麗だ」
耳元で囁きました。
だからそれは反則………。
「と、透も、よく似合ってます」
「そう? 何か、こういうの着慣れないから落ち着かないんだけど」
「そんなこと………素敵です」
「ふうん? 惚れ直した」
「はい!」
正直に伝えたら透の頬が赤くなりました。
「参ったな………。このまま攫っていきたい」
くいっと、透が私の腰を引き寄せます。
「思ったより肌が出てるね。他の奴に見せたくないなぁ」
「肌って………肩と背中よ?」
「肩でも背中でも嫌だ」
「透ったら………」
「セレンティア様、トール様」
ドアの外から遠慮会釈のない低い声が、有無を言わせぬ強さで空気を切り裂きました。
「………セドリック」
「お時間でございます」
「………はーい」
「行こうか」
透が差し出した手を取り、私は会場に向かいました。
普段、パーティでは、魔導士のローブに身を包み、風魔法を駆使して会場の声を拾い、兄上や父上に報告するのが私の役目です。
ですが私の誕生パーティや、王家が揃って貴族の挨拶を受ける新年パーティなどでは、『王女』としてふるまわなければなりません。
貴族たちの嘘と建前とほんの少しの真実を織り交ぜた美辞麗句が流れる中を、隙を見せずに泳ぎ回るのは、本当に億劫で面倒で、いつも胃が痛みます。
でも、今日は別です。
私の隣に透がいます。
ただそれだけなのに、幸せです。
父上の誕生祝いと婚約の発表の時も。
私から参加者へ謝意の挨拶をする時も。
貴族たちとの会話の時も。
組んだ腕から、あるいは軽く腰に回された手のひらから、時折交わす視線から、透の暖かな想いが伝わってきます。
それだけで、安らげるのです。
恋愛は錯覚だという人がいます。
惹かれているのは「相手」ではなく、好きだと感じている自分の「想い」なのだと。
そういうこともあるかもしれません。
でも、こんなに私を歓びで満たしてくれるこの想いが、愛でなくて何なのでしょう。
音楽が変わりました。
ダンスの始まりです。
最初に踊るのは、王とその家族です。
父上と母上、姉上とカルロス大佐。
兄上はカルロス大佐の妹、ルナリア・イリス・ゴドウィン嬢と共に進み出ます。
彼女は半月前に15歳になったばかり。今日が正式な社交界デビューです。
私も透と共にフロア中央へ進みます。
「……試験の方がマシだ」
流石の透も緊張しているようです。
「大丈夫よ」
向かい合って最初の姿勢を組みながら、私はにっこり微笑みました。
「ただ、楽しめばいいの」
「……そう、だね」
ふわりと、透も微笑みます。
「君が俺の腕の中にいるのだから、楽しまなければ勿体ない」
つないだ手に自然と力が入ります。
必要以上に身体が密着していますが、構いません。私も、生まれて初めてダンスを楽しいと思えそうです。
1曲終わると、一旦席へ戻ります。
今度は貴族たちが踊る番です。
席には、給仕が色々な飲み物を用意して控えています。
兄上たちはシャンパンやワインを手に取りますが、私は果実風味炭酸飲料をいただきます。透に言わせるとこれはシャンメリーだそうですが。
透はジンジャーエールを手にしています。
この国では社交界デビューする15歳以上であれば飲酒しても構わないのですが、けして手を出しません。
アルコールを飲んだことがなく、飲んだらどうなるか分からないため、飲まないそうです。
ほんの少しでも、本当の計画が漏れるかもしれないリスクを冒すわけにはいかない、というのがその理由です。けして元の世界のルールを気にしているわけではないと言っていました。
その話を聞いてからは私もアルコールは飲んでいません。多少なら飲めるのですが。
「セレンティア様」
メルクが声をかけてきました。
「お誕生日とご婚約、おめでとうございます」
「ありがとう」
「トールも、おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「君には本当に、色々世話になった」
「そうでもないさ」
「なのに、すまない。私は………」
あら。メルクのこんな顔、初めて見ました。いつも自信たっぷりなのに。
「そこまで」
透が苦笑しながらメルクの言葉を遮ります。
「卑屈になることはないだろう? 色々手を尽くしてくれたことは知っている」
え、そうなんですか?
全然知りませんでした……。
「結果が出なくては意味がない」
相変わらず自分に厳しいですね。
「気にしなくていい。というか、迷惑をかけるのはこれからだ。多分ね」
メルクは数度、目をパチクリさせていましたが、すぐにいつもの笑みになりました。
「なるほど。了解した」
え、これだけで了解しちゃうんですか?
「前払いだな」
「本当はもう少し役立つ情報を提供できれば良かったんだけど」
「いや、十分だ。試行錯誤した技術の方が応用も効くし、発展するからな」
「メル」
横から兄上が声をかけてきました。
「悪いが時間だ。次は父上がセレンと踊りたがっている」
あ、本当、2曲目が終わりかけていますね。
「トール、君には母上の相手をお願いしたい」
と、兄上は言っていますが、実はこれ、規定事項です。
私は父上の後は兄上とカル兄様。
透は母上の後は姉上、ルナリア嬢と踊ります。
何のことはありません、王家と公爵家で相手をぐるぐる変えていくだけです。
その後は誰と踊ってもいいのですが、ラストダンスは本来のパートナーと踊るのがルールです。
とは言っても、私は透以外と踊るつもりはありませんけど。
曲が終わり、父上に連れられてフロア中央に進みます。
3曲目からは王家も貴族も関係なく踊るので、フロアは人が一杯になります。
ですが、王家の人間にぶつかるほど近づく人間もいないので、私たちは比較的ゆったり踊ることができます。
「誕生日おめでとう、セレン」
「ありがとうございます、父上」
音楽とステップと衣擦れの音が響く中、小声のやり取りはお互いにしか聞こえません。風魔法を駆使すれば別ですが。
「しかし年月が経つのは早いものだな。あの小さな娘が婚約か」
「……ありがとうございます、父上。私のわがままを聞いてくださって。それから、申し訳ありません。御傍で親孝行できなくて」
「そのようなこと。気にするな」
父上は苦笑しているようです。
「幸せになりなさい。それが最大の親孝行だ」
「………はい、父上」
「次は私だな」
「はい、兄上」
休憩を挟まず、続けて兄上と踊ります。
「兄上、ルナリア嬢と婚約なさいますの?」
従妹とはいえ、兄上が家族以外をエスコートしたのは初めてです。
「いや、それはないだろうね」
クスクスと面白そうに笑っています。
「シアが嫁ぐゴドウィン家と、これ以上縁を結ぶ必要はない。シアの社交界デビューの時、エスコートをカルロスに任せたから、その返礼だよ」
「でも、ブライアン王子の結婚式までに決めなくてはいけないのでは?」
「別にそうと決まったものではない。一人で参加すればいいだけだ」
「それはそうですが………」
「そう急かすなよ。じっくり選ばせろ」
「………ごめんなさい、兄上」
「ん? 何を謝る?」
「だって、姉上だけでなく、私も、外交的には全く意味のない相手で………」
「なんだ。そんなこと気にするな」
「でも」
「政略結婚に頼らなければならないほど堕ちちゃいないぞ、我が国は」
「堕ちたとか堕ちてないとかいう問題ではないと思いますが」
「そんなものがなくても何とかして見せるさ。俺とメルクの力を甘く見るな」
「甘く見ているつもりはありませんけど、でも、王女としての責務を全然………」
「ちゃんと果たしてるぞ?」
「………はい?」
「この国に多大な貢献をしてくれたトールに、彼の最も欲しいものを褒美として渡すのは王家の責務だろ?」
「………兄上」
「ちゃんと褒美としての責務を果たせよ?」
それはつまり、透と仲良くしろということですね?
素直にそう言ってくれればいいのに。
「はい、兄上。………ありがとうございます」
礼を言う私に、兄上は少し照れたような笑みを見せてくれました。
「さて、義妹君、連続で大丈夫かな?」
「ええ、カル兄様」
兄上からカル兄様に変わります。
「うん、綺麗だね。シアが君にドレスを着せたがる理由が分かったよ」
「あら、ありがとうございます」
軽い賛辞に同じ軽さで答えながらステップを踏みます。
「ところで、今日のルナリア嬢の装い、もしかして姉上が?」
「当たりだ。分かるか?」
あ、やっぱり。何となく姉上の趣味だな、と思っていましたが。
「伯母上たちに、ご迷惑おかけしませんでしたか?」
「いや? 一緒になって盛り上がっていたよ」
「ならいいのですが………」
「お洒落はシアの趣味だからね」
「結婚後のターゲットは、ルナリア嬢になりそうですわね」
「娘が産まれればそちらにシフトするだろうけどね」
「あ、物凄く容易に想像できました」
「……俺もだ」
クスクスと笑いあいます。
「『お洒落』はそれなりに金はかかるが、必要なものだ。それにシアは、無闇矢鱈に高価なものばかり使うわけではない。上等なものをそれに見合った値段で買っているだけだ。流行遅れのドレスやアクセサリーをうまくリメイクすることも知っている。公爵夫人として常識の範囲内だから問題ない」
確かにドレスは、社交界という戦場に臨む鎧ですから、必要経費、なんですよね。
それに『元王女』の『公爵夫人』がいつも同じドレスというわけにはいきません。
流行を作る側でもありますし。
その辺りのことを、カル兄様もよくわかっていらっしゃるようです。
「カル兄様」
「なんだい?」
「姉上を、よろしくお願いします」
「ああ、もちろん」
言われるまでもない、と、表情で語ってくれました。
「少し休まないか?」
カル兄様と踊り終わると、ルナリア嬢と踊り終わった透が提案してきました。
「ええ、流石に疲れたわ」
席に戻ろうとしたら透にやんわりと止められました。
「こっちに」
連れてこられた先はテラスでした。
ここには小さなテーブルと椅子があり、会話や軽食を楽しむ事も可能です。
庭へ続く低い階段を降り、小道を抜ければ樫の木のある庭園へ行くこともできます。
そのテラスに、先客がいました。
「………お師匠様!?」
「久しぶりですね、姫」
私の師匠にして元賢者のコルレオス老師が、椅子に腰掛けていました。
夜の闇の中、真っ白の髪が浮かんで見えます。
「いらしていただいたのですね! ありがとうございます。御身体は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。とはいえ立つのは少々。座ったままですみません」
にこやかな笑みで答えながら、老師の視線は透へ向かっています。
「あなたは、初めまして、ですね」
「はい、コルレオス様。御噂はかねがね」
「ええ、私も聞いています。イムリスからね」
言い忘れていましたが、老師はイムリス様の実の兄です。
なのにしゃべり方が兄妹で全く違う理由は、以前伺ったのですが教えてくださいませんでした。
それにしても、いついらしたのでしょう。
何故透は老師がいらしていることを知っていたのでしょう?
不思議に思って尋ねると
「さっき、イムリス様から遠話があったんだ」
なるほどです。でも、何故透にだけで、私に連絡がなかったのでしょうか?
「君への誕生日プレゼントだそうだよ」
………それはまあ、老師にお会いするのは嬉しいですが。
「そのために体調のすぐれない老師をこんなところに?」
「姫、私がイムリスに頼んだのですよ」
老師が軽く咳き込みながら説明してくれました。
その様子を見て、透が会場へ戻り、温かなハチミツ水を持ってきてくれました。
「よろしければどうぞ」
「ああ、ありがとうございます。気を使ってもらって申し訳ありません」
「いいえ」
「それよりお師匠様、イムリス様に頼んだというのは……」
「……今日は、お二人に謝りに来たのです」
「「………え?」」
意外な言葉に、私と透は揃って声をあげると、互いの顔を見合わせたのでした。




