008.気づいたこと、魔法陣の真実
セラスさんの家で暮らしはじめて、1ヵ月が経過した。
今のところは生活にとくに問題はない。
まあ、せいぜいセラスさんがエロすぎて、目に毒であるくらいだ。
今でも魔力を増やす特訓は毎日続けているし、今では”ファイアーボール”を100発使っても、魔力を使いきれないほどの量になった。
「お前は魔力量だけなら、自信をもっていいぞ。まあ、それでも私の半分近くだがな」
「…いつか、追い抜いて見せます」
「ほう? 言うようになったな。期待せずに待ってるぞ」
そう言って笑いながら、セラスさんは去って行った。
なんだよ、ただ冷やかしに来ただけかよ。
絶対に彼女が驚くほど、成長してやる。
僕が今住んでいる家は、部屋が3つにキッチン、トイレが付いた家だ。
リリーと暮らしていた家よりも小さく、ログハウスみたいな家だった。
僕はその内の一室を与えられ、そこで寝泊りしている。
ベットなんて上等なものはないし、風呂もないが、不満はない。
食事は僕が担当している。
セラスさんが作ると、皿の上に素材がそのまま、ポンと出てくるのだ。
生魚をそのまま出されたとき、さすがにこれではダメだと思い、僕が作るようになった。
だか彼女は魔法で魚を炙り、豪快に食べていた。
食材は基本的に自給自足だ。
森にある木の実や、川魚を採取し、調理している。
調味料はほとんどないため、採取した香草などを使っている。
地球で食べていたような、満足する味には到底及ばない。
「ヴィンスの作る料理は、うまいな。拾ったかいがあった」
セラスさんは僕の料理は、おいしそうに食べてくれる。
まるで犬でも拾ってきたみたいな言い方だったが、まあ喜んでくれるのならいい。
実際彼女にとって僕は、ペットとか、そういうのに近い感覚なのかもしれない。
決して一人の男とは、見られていないだろう。
悔しいが僕はまだまだ弱い。いつか見返してやる。
彼女は吸血鬼族のため、生き物の血を定期的に吸わなければ死んでしまう。
僕が来る前は、適当に森にいる魔物の血を吸っていたそうだ。
だが、今は3日に一度は、僕の血を要求してくる。
「ヴィンス。血を吸わせてくれないか?」
普段の高圧的な態度からは、想像もできないような殊勝な様子で頼んでくる。
彼女なりに僕に対して遠慮しているのかもしれない。
しかし顔には「早く吸いたい」と書いてある。
僕はもちろん許可する。
血を吸うと言っても、貧血を起こすほど吸われるわけではない。
吸われている量は感覚的に、100ml前後だと思う。
大して体調に影響はない。
セラスさんが血を吸うときは、僕の首から尖った牙を入れている。
血を吸うときになると、勝手に牙が長くなるらしい。
牙が刺さると、さすがに痛いし、傷が治りきる前にまた吸われているために、今では後がくっきりと残っている。
さらにその時、彼女は腕を僕の頭に回し、体に抱き付くようにして、血を吸うのだ。
当然、彼女の大きくて柔らかい胸やら、さらさらな髪やらが僕の体に触れる。
さらにムワリとした濃厚な女の香いが、僕の理性をゆっくりと浸食してくる。
「リリーの血は非常に美味だった。だが、お前の血は、さらに芳醇でリリーよりも美味だな。癖になりそうだ」
そう言う彼女は、頬に朱が入り蕩けたような表情で言う。
そんな彼女に、僕の心臓はドキリと大きく跳ねた。
毎回のことだが、彼女はたまに妙に鈍いところがある。
自分の胸への視線には過敏に反応するくせに、血を吸うときの彼女はかなり無防備だ。
よほど、血が吸いたくてたまらないのだと思う。
それでも3日に一度の頻度でしか血を要求してこないのは、恐らく僕の体調を気遣っているのだ。
1ヵ月一緒に暮らしてみて、そういった小さいところに、彼女の気遣いや優しさのようなものを感じるときが多くなった。
「…首筋のあとは、隠しておけ。この後があると、オメトル教や他の連中から狙われる」
「でも、どう隠せば?」
「お前は私の奴隷で所有物だから、首輪でも着けてみるか? きっと似合うぞ?」
「えと、…冗談ですよね?」
「そう聞こえるか? いいだろう。また今度、私が直々に着けてやる。これでお前は私の物だという自覚もでるだろう」
きっと彼女はドSだ。
なぜなら僕の困った様子を見て、楽しそうないい笑顔を浮かべているからな。
まあ彼女の性格については、置いておこう。
魔法についてだが、呪文を彼女から教わって、2、3日練習すれば、Lv.3の魔法を使えるようになった。
そしていつものように、魔法の練習していたある日、僕はあることに気が付いた。
それは魔力を圧縮するということだ。
魔力を魔法に込めるときに、小さな箱にグッと押し込めるようなイメージをしながら込めるのだ。
魔力は通常よりも、遥かに多く消費してしまう。
だが、圧縮した魔力を込めたものと、そうでない魔法とでは、威力が段違いだった。
”ファイアーボール”一つでも、圧縮した魔力を込めれば、大木一本を吹き飛ばすほどの威力をもつようになった。
これは大発見だ。
魔法に詳しいそうな、セラスさんに聞いてみても、
「魔力を圧縮? なんだそれは?」
と、本気で首を傾げていた。
長年生きる彼女が知らない、ということはあまり知られていないことなのだろうと思う。
ちなみに彼女は魔力圧縮を出来なかった。
イメージがうまくできないのかもしれない。
ところが、僕の立てた予想は若干、誤りがあった。
それは、セラスさんの魔法を見てからわかったことだ。
「じゃあ、セラスさんの”ファイアーボール”を見せてくれませんか?」
「…いいだろう」
彼女はスラスラと慣れた様子で呪文を詠唱し、”ファイアーボール”を発動すると、僕のと同じように、森の木々を吹き飛ばす威力があったのだ。
あれ? なんでセラスさんの魔法は、圧縮してないのに威力が僕と同じなんだ?
「……ヴィンス、知らないようだから教えてやるが、魔法は使えば使うほど、威力が上がるとされている。それを熟練度が上がる、と私たちは表現している。当然私の熟練度はMAXだ」
なるほど、熟練度か。
おそらく使うにつれて、込める魔力を無意識に圧縮するようになり、込める魔力の純度のようなものが上がるのだろう。
僕はそれを、意識的にできるのだ。
つまり魔法を覚えたての僕でも、セラスさんのような熟練の魔法士並の威力が出せるというわけだ。
聖騎士団に”ファイアーボール”を放ったとき、威力はまだまだと言われた意味がよくわかった。
あいつは熟練度のことを知っていたのだ。
初めの予想とは違ったが、僕の魔法の威力は結果的に大きく上昇した。
1ヵ月しかたっていないが、それでもだいぶ強くなった気がする。
食材を調達するために、毎日森を駆け回っているし、魔物もかなりの量を殺した。
一度殺されかけたからかはわからないが、今の僕に魔物を殺す際の躊躇は一切ない。
やらなければ殺られる。
弱肉強食なこの世界では、それが当たり前なのだ。
地球の常識では、生きるのは難しい。
「ヴィンスは魔法の才能はあるが、どうにも接近戦、戦士には向いていないように見える」
僕が特訓をしているある日、セラスさんにそんなことを言われた。
確かに、僕は武器なんて扱ったこともないし、魔法一筋で今まで特訓してきた。
「だが、魔法以外使えないとなると、お前は遠距離の戦闘でしか役に立たないな」
「あの~、やっぱり、剣とか槍とか使えたほうがいいですかね?」
「それはもちろんいいに決まってるだろう、だがお前、使えるのか?」
武器なんてリリーに教えて貰ったことなどないし、日本でも持ったことすらなかった。
やったことがあるのは、バットを振り回したぐらいか。
「…無理です。教えてくれませんか?」
ダメ元で頼んでみることにした。
何も教えないとか言っていたけど、結局Lv.3の呪文を教えてくれたし、以外に何とかなるかもしれない。
「ダメだ。私はお前の師匠でも先生でもない。お前は私の奴隷、そして私はお前の主。……努力しろ」
やっぱりダメだった。
まあ、教えてもらえないことは、わかってたけど。
でも、どうすればいいのだろう。
武器なんてこの家にはないし、木の棒で素振りでもするか。
「そういえば、セラスさんはどうやって戦うんですか?」
「私か? 私は基本的には、魔法と刀だな」
そう言ってどこから出したのか、刃渡り1.5メートルくらいの真っ黒な刀を見せてくれた。
すごくカッコイイし、刀を持った彼女は美しく、魅惑的だった。
僕もこんな主人公がもっているような武器を使ってみたい。
「…これはお前には扱えないぞ。こう見えても、かなり重いからな。吸血鬼の筋力があってこそ、振える刀だ」
そうなのか。
セラスさんは吸血鬼で、僕より力持ちだもんな。
他に使えそうなものは、持っていないようだし。
さて、どうしようか。
やはり魔法を使うのは、詠唱時間がネックになる。
詠唱している間にバッサリやられたら、たとえ強力な魔法を使えたとしても意味はない。
これは魔法士全員にいえる問題だな。
近接戦か…。
今のところは、敵に近づかれる前に魔法で対処するしかないな。
一応素振りだけは行うことにしよう。
「ああ、言い忘れていたが、私の部屋にある本は勝手に持って行って構わない。だが汚すなよ、高いんだからな」
本? ああ、床の上に大量に転がっていたやつか。
「どんな本があるんですか?」
「主に魔法陣関連の本だ。魔法陣を使うと、誰でも魔力を込めれば魔法が発動できる。お前が使った転移魔法陣のようにな」
あ、そう言えばそうだ。
今まで、魔法陣で魔法を使う場合でも、適正がないと発動しないと思っていた。
そういえば、リリーの説明でも、魔法陣は誰でも何度でも魔法を使えると言っていた気がする。
魔法陣について学ぶ機会がなかったから、すっかり忘れていた。
「セラスさんは、魔法陣に詳しいんですか?」
「まあ、昔少しかじっていた程度だ。詳しいというほどもない。私にはあまり必要ないからな」
セラスさんはドヤ顔で言い放つ。
まあ、あんな強そうな刀もあるしな。
魔法で戦うよりも、刀でバッサリ敵を倒しているイメージの方が合っている。
「……そういえばこの世界の魔法士たちは、なんで呪文で魔法を使うんですか? 魔法陣を武器に刻めば、いつでも素早く魔法を使えると思うんですけど…」
「魔法陣を組み込んだ武器や道具は、”魔法具”と呼ばれて、高値で取引されている。確かにお前の言う方法は有効だが、魔法陣を武器に刻むなんて、不可能だろう」
彼女が言うには、魔法陣を使う魔法士は極わずからしい。
魔法陣の知識をもつ者が、まずほとんどいない。
そして一番の問題は、人が持てるサイズの武器に、巨大な魔法陣を刻み込むのは困難なのだ。
Lv.1の魔法でも、直径1メートルの円の中に、複雑に書きこまなければならない。
だから、魔法陣を使う魔法士は、紙に陣を書いて運搬しているらしい。
確かに、転移魔法陣もサイズも4メートル以上あったし、床に書かれていた。
武器に刻めるサイズの魔法陣があった時代は、魔災戦争よりもはるか昔、古の時代だけだ。
すでにその技術は失われており、武器や道具だけがその時代の名残として今も残っている、というわけだ。
「私が持っている魔法陣の本も、現代に書かれたものだ。だから読んで魔法陣を書けるようになったとしても、武器には刻めない。………だが、何かの役には立つかもしれないと思ってな」
「な、なるほど、わかりました。魔法陣について勉強してみます」
なんだかんだ言って、彼女は僕に進むべき道を示してくれる。
実に頼りになる存在だ。
今の僕には、セラスさんに出会えてよかったと本心から言うことが出来る。