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005.一難去って、また一難


転移魔法陣を発動させ、エレベーターに乗っているときのような身体の浮遊感がなくなった後、床の魔法陣の眩しい光はゆっくりと収束した。

僕は光に細めた目をしっかりと見開く。

すると先程の薄暗い地下室ではなく、暖かい日の光が差し込む森の中に、僕はたたずんでいた。


この森は家の周囲に広がっていた、昼間でも薄暗くジメジメしたあの森ではないだろう。


あの不気味な森よりも、ここは鳥の声が響き明るい雰囲気がある。

リリーはいつも一人であの森を通り、生活必需品を買って来ていた。

確かに不気味な森だったが、彼女が言うほど危険そうには見えなかった。

彼女はあの森に僕が入ることを、何故禁止していたのだろう。


魔方陣の周囲には、ただ美しい緑の森が広がるだけで、特に危険なものはなかった。

魔法陣から聖騎士団の連中が現れるようなこともない。


今はここで、リリーが魔方陣から来るのを待つことにする。

彼女は必ず生きて、きっと魔方陣から現れるはずだ。

しかし、僕の頭はどうしても考えてしまう。


リリーはあのあと、神父服に殺されたのではないか。

もしかしたら、僕が迎えにいった方がいいのではないか。


ためしにもう一度魔方陣に、魔力を通してみるが、何も起こりはしなかった。

この転移魔方陣は、あの家の地下室から、ここまで転移する一歩通行の陣なのだろう。

今の僕にできることは、ここで待つしかない。


言いようもない不安に駆られながら、僕は彼女が現れるのを期待して、魔方陣を眺め続けた。



いつの間にか日が暮れて、辺りは夜の闇につつまれていた。

僕がここに来てから、魔方陣に変化はない。


リリーは恐らく、捕まったか、最悪殺されている。

彼女が神父服に、聖剣で刺される場面が脳にフラッシュバックする。



「くそ!!」



どんどんと湧いてくる嫌な想像を、僕は叫び声とともに無理矢理に振り払った。


今はグダグダと後悔ばかりしていても仕方がないし、事態は好転しない。

半日以上待っても、彼女は現れなかったのだ。


彼女はきっと捕まっているのだ。

殺されてはいない。

聖騎士団の抹殺対象は、吸血鬼族ヴァンパイアである僕だけなはずだ。

もしかしたら僕をおびき寄せるために、彼女を人質にでもしているのかもしれない。


リリーが殺されているなんて、考えるのはやめだ。

彼女は絶対に生きている。

約束したじゃないか、必ず私も後から行くと。


捕まっているのならば、助けないとな。

あいつらは”オメトル神国”所属だと言っていた。


しかしこのまま敵のいる国へ突撃しても、結果は見えている。



「もっと力がほしい」



国に行く前に、僕自身が強くならなければならない。

あいつら聖騎士団に通用するほどの、強力な力を。


でも、どうすればいいのだろう。

やはり今まで通り、魔法を強化するべきだろうか。

幸い、僕にはリリーから受け継いだ、魔法の才能がある。

身体を鍛え、武器の扱いを学ぶよりも、魔法の方が僕には適しているように思う。


しかし、Lv.2以上の魔法を学ぶのは、そう簡単ではない。

Lv.2以上の魔法を覚えるには、学校か、教えてもらえる人に師事しないといけないからだ。


学校へ通うのは、無一文の僕には現実出来ではない。

もし通うとしても、何処か大きな町で働かなければならない。

だが、吸血鬼の特徴である赤い瞳をもつ僕が、町に入ることができるのだろうか。


それに、今いる場所が何処なのか、皆目検討がつかない。

世界地図は以前、読んだ本に載っていたからわかるが、やっぱり誰か頼りになる人を見つけないとな。



「とにかく、今は人を探さないと。……待ってて、母さん」



僕は暗い森の中へと、足を進めた。




------




「ハアハア、つ、疲れた……」



森を歩き回って、どれほどの時間が経過しただろうか。

落ちていた木の枝に魔法で火をつけ松明代わりにし、魔方陣のあった場所からひたすら歩いてみたが、見えるものと言ったら、木と草ばかり。


人影なんて全く見えないし、動物もいない。



「はあ…もう、限界…」



僕は地面にぐったりと倒れこんだ。

空も太陽が昇りかけ、少しだけ明るくなっていた。

日が完全に昇りきるまで、今は少し休もう。


そういえば、もうかなり長い時間、何も食べていない。

最後に食べたのは、もう日付けが変わっているから、昨日の朝ということになる。

魔力を使うと、体力、精神力を消費する。

聖騎士団が襲ってくる前にも、魔法の練習をしていた僕の疲労はピークに達している。

しかし、まだまだ森は抜けられそうにないし、街までどれだけかかるかわからない。


どこかに食べ物はないのか…。


見回しても、あたりに食べられそうなものはない。

水魔法でも使えれば、飲み水を確保できるのだが、僕にはそれもできない。

日本では食事に困ったことなどあまりなかったし、こっちの世界でもリリーが用意してくれていたから、食事の重要性を忘れていた。

このままではリリーを救う前に、飢え死にしていしまう。


どうしたものか。



「まずい、なんだか、クラクラしてきた」



気のせいか、なんだか視界がぼやけてきた。

魔力と体力が尽きかけているのかもしれない。


僕は近くの木の幹に身体をあずけた。

すると突然、僕の目の前に大きな黒い物体が飛び出した。



「グルウゥゥ」



!! なんだ!?



黒い物体の正体は、魔物だった。

それも体長が2メートルはある、黒い体毛に覆われた狼。


こいつは本で見たことがある。

たしか載っていた本は”魔物図鑑 B級編”だったか。


牙を剥き出しにして、今にも襲い掛かりそうな魔物は恐らく”ブラッドウルフ”という名だ。

戦いに慣れた熟練者でも、簡単に殺して食してしまう、強力な魔物だと説明にあった。

そして、初心者が一人で出会えばまず助からないだろう、とも記してあった。

まさしく本の説明と、僕の今の状況はぴったり一致する。

さらに、僕は魔力も体力も底を尽き、立つのもやっとの状態だ。



「グルウゥゥ…」



ブラッドウルフは幸いなことに、すぐに襲ってくるつもりはないようだ。

細長い口から涎を垂らし、僕の動きを観察している。


奴から目を反らしたらダメだ。

反らした瞬間、僕は奴の餌食になる。

こんな得体のしれない場所で、死ぬわけにはいかない。

まだ僕はたったの8歳なのだ。

やりたいこと、知りたいことが山ほどある。


僕はブラッドウルフから目を背けることなく、ゆっくりと後退した。

もしかしたら、このまま後ろへ下がれば、見逃してくれるかもしれない。



「ガルウゥゥ!!!」



甘かった。

ブラッドウルフは僕が後退したことで、自分よりも弱いと判断したのか、鋭い爪と牙を剥き出しにして飛びかかってきた。

ブラッドウルフの動きに対して、僕の体は思うように動かない。


やばい! 殺される! クソ!


僕は枯渇一歩手前の状態から、なけなしの魔力をなんとか身体から絞り出し、”ファイアーボール”を唱える。



「――猛る灼熱の炎よ、我が手に集いて、敵を貫け――”ファイアーボール”!!」



勢いよく僕の手からバスケットバール大の火炎球が飛び出す。

練習では、魔力を最大限込めてもっと大きいサイズで発動していたが、今はこれが限界だ。



ドカンッ!



轟音と共に、僕の放った魔法がブラッドウルフにヒットした。

狼の体は吹き飛ばされ、一度木の幹にバウンドし、地面に落ちた。

奴の体からは、黒い煙がもうもうと立ち込めている。


よし! これなら奴は死んだはずだ!



「グルウゥゥ」



仕留めたと安心して、ガッツポーズを決めていると、ブラッドウルフは何事もなかったように、倒れたからだをムクリと起き上がらせた。

魔法の当たった体に、傷らしいものは見えない。

つまり奴はLv.2の魔法を受けても無傷というわけだ。


ああ…。これは、勝てない…。


絶望だ。

神がいるとしたら、僕にだけ試練を与えすぎではないだろうか。

やはり聖騎士団から母親を置き去りにし、一人だけ逃げおおせた罰なのだろうか。

それなら甘んじて受けた方がいいかもな。



「…」



違う。

僕には、リリーを助ける使命がある。

僕は母親にさんざん世話になったし、最後まで僕を守ってくれた彼女を、このまま見捨てるなんてできはしない。

彼女はきっと生きて、僕の助けを待っているに違いない。


こんなところで、…死んでたまるか!!



「――猛る灼熱の炎よ、我が手に集いて、敵を貫け――”ファイアーボール”!!」



僕は炎塊を放つ前に、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。



「ウオォォォ!!!!」



今度はさっき放った”ファイアーボール”よりもさらに魔力を込めた。

これで本当に最後、打ち止めだ。

僕の魔力は、今の魔法で完全に尽きた。



「ギャン!!」



最後の魔力で放った燃え盛る炎の塊は、何とかブラッドウルフに当たってくれた。



「ハアハアハア…」



僕は息も絶え絶えになりながら、煙で見えない魔物の様子を確認しようとする。

今度こそ殺ったはずだ。

手ごたえはあった。

しかし、煙が晴れて見えた光景に、僕はさらに絶望させられた。


くそ。これでもダメなのか…。


ブラッドウルフの状態は、耳が片方吹き飛び、首のあたりが黒く炭化し、所々から出血している。

たしかに奴は無傷ではなかった。

しかし、しっかりと地面を四本の足で立っていた。



「グルルルアアアア!!!!」



血まみれのブラッドウルフは力強く、吠えた。

こいつは僕が傷を負わしたことで、怒っている。


魔力はもうない。

完全に枯渇したのか、さっきからめまいが酷く、激しい頭痛、寒気、猛烈な吐き気に襲われている。



「オエェェ」



僕はたまらず、地面に胃液を吐き出した。


やばい。

これが魔力枯渇の症状なのか。

今まで、枯渇寸前で魔力の使用を止めていたが、完全に枯渇した状態が、こんなに苦しいなんて思わなかった。

魔力が完全に枯渇すれば死ぬなんて言われているのも、これなら納得だ。


はあ。万策つきた。

もうどうしようもないじゃないか…。

まあ、このままいけば、魔物に殺される前に魔力枯渇で死にそうだけど。



「ガルルルゥアアア!!!!」



地面に跪いた僕は、隙だらけの無防備状態。

薄れゆく意識の中で、ブラッドウルフが牙の並んだ口を大きく開けて飛びかかってくる光景が、僕の見た最後となった。

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