003.母の想い、嵐の前の静けさ
------ side リリー ------
私は名はリリー。苗字はない。ただのリリーだ。
私が24歳の時、ついに子どもができた。
その子には”ヴィンセント”と名付けた。
私の初めての子ども。
非常に愛らしい子だ。
この子のためなら、私はどんなことでも出来る気がする。
ヴィンスは、生まれたときからほとんど泣かなかった。
夜泣きもしないし、トイレをしても泣かず、私を呼ぶように声をだすだけ。
知能が普通よりも、遅れている子なのかもしれないと心配したが、そんなことはなかった。
たとえそうだとしても、私は同じように愛する自信があったが。
ヴィンスの知能は、遅れるどころか、生まれたての赤ん坊のはずが、その目には意思らしいものがうかがえた。
そして我が子が成長するのは、あっという間だった。
ヴィンスは1歳ですでに、言葉を喋れるようになっていた。
それも子どもらしからぬ、敬語まで使っていた。
普通の親ならその姿を不気味に思うのかもしれないが、私はヴィンスが気遣いのできる優しい子だと知っていた。
ヴィンスの行動が常に、私のことを考えている気がするのだ。
私に迷惑をかけないようにと。
そしてヴィンスは3歳になった。
最近では私に隠れて、なにかしているようだ。
気になるが、ヴィンスが知られてほしくないのであれば、私も知らないほうがいいかもしれない。
私は我が子を信用している。
きっと悪いことではないはず。
頭ではわかっているが、やはり知りたい。
私に隠れて何をしているのか。
そこで夜、普段なら私が寝る時間にヴィンスの部屋をこっそり覗いた。
!!!
3歳の我が子は、なんと魔法を使っていた。
あれは火魔法の”ランタン”だろうか。
それを何度も何度も使っている。
恐らくあれは魔力量を鍛えているのだ。
まだ文字を覚えて日が短い3歳の子どもが、大人でも使うのに苦労するような魔法をだ。
普通は魔法なんて、最低でも10歳以上の年齢にならないと使えない。
それは呪文の意味を理解できないからだ。
同じように呪文を唱えても、意味を理解しないと発動しない。
Lv.1の属性系魔法の呪文は、出版された教本がある。
本の発行は多くの国が行っているため、世界中どこでも安く手に入れられる。
しかし、Lv.2以上の魔法呪文は、魔法の専門機関へ行かないと学べない。
魔法は呪文がわかれば発動するというものではない。
Lv.2以上の魔法はLv.1の魔法よりも遥かに魔力制御が難しいからだ。
独学で初めてLv.2を使うと、大多数が魔力暴走を起こし、魔力が枯渇する。
暴走による枯渇を防止するため、あえてLv.2以上の魔法呪文は専門機関以外では、わからないようになっているのだ。
私も昔は学校へ通い、Lv.2、3の魔法を覚えた。
ヴィンスも10歳を迎えれば、出来れば学校へ通わせたいと思っていた。
しかし、すでに我が息子は魔法を発動させていた。
しかもこれが初めてではないように見える。
手慣れた感じで、スラスラ詠唱し、発動させる。
ヴィンスの才能は、私の予想を超えている。
3歳にして魔法を使うなど、おとぎ話の中の英雄のようだ。
この子は将来、必ず世界の運命を左右する存在になるだろう。
「ふう……。今日はここまでにするか」
それから1時間くらい魔法を使い続けたヴィンスは、のそのそとベットに上がり、眠ってしまった。
私は起こさないように、そっと部屋に入り、いつものようにヴィンスの額にキスをした。
明日は一度、ヴィンスと話し合おう。
そして夜、隠れて魔法を使っていることを白状させるのだ。
ヴィンスは魔力が完全に枯渇するギリギリまで、魔法を使っていた。
これは非常に危険である。一歩間違えれば、死ぬ可能性だってあるのだ。
まずは説教をし、そのあとは私が魔法を教えるようにする。
私がヴィンスの才能を導いてやるのだ。
------ side ヴィンセント ------
「…」
今僕の前にはテーブルを挟んで、神妙な顔つきのリリーが座っていた。
その表情に、いつものような優しさは見えず、少しだけ怒っているようにも見える。
「…ヴィンス、あなたが毎晩なにをしているか、素直に白状しなさい」
「…」
隠れて魔法を使っていることが、バレていた。
いつの間に見られていたのか。
魔法を使う前は、いつもリリーが寝る時間になってからだ。
バレないと思っていたが、甘かった。
「ご、ごめんなさい。魔法を使っていました」
僕は怒られることを覚悟して、素直にゲロった。
一応謝りはしたが、魔法を使うことが悪いことだとは思わない。
むしろ魔力量を鍛えているのだから、いいことだろう。
「……よろしい。別に魔法を使うことを、私は怒っているんじゃないの。私に隠れてやったことが問題なのよ?」
リリーの表情がフッといつもの優しいものに変わった。
「で、でも…。この歳で魔法を使うなんて、不気味がられると思って…」
「…そう。確かに3歳の子どもが魔法を使うなんて、私も聞いたことがないわ」
「…」
「でも、自分の子どもを不気味がるような母親はいない」
!!!
リリーはなんていい母親なのだろうか。
一瞬彼女の言葉に、涙を流しそうになる。
この人が母親で本当によかった。
「これからは、私が見ているところで練習しなさい。いい?」
「はい!」
こうして僕は、リリーに魔法を習うことになった。
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その後の僕の生活は、まさしく順風満帆だったと言えるだろう。
朝起きて、リリーと楽しく食事をし、庭で魔法の練習、魔力量を鍛え、昼寝をし、家事の手伝いをし、夜はぐっすりと休む。
深い森にグルリと囲まれているこの家に、訪問者はいなかった。
リリーと二人、寂しくはない。
リリーに魔法を習い始めて、5年。僕は8歳になっていた。
魔法は火魔法だけ、Lv.2の魔法”ファイアーボール”を使えるようになった。
これはLv.1の魔法と違い、大きな攻撃力を持った魔法だ。バスケットボールサイズの炎の塊を飛ばす魔法。
魔力をさらに込めれば、最大で直径1メートルまでできる。
こんなものが当たれば、人間などひとたまりもなく、火炎に包まれ焼死するだろう。
僕はようやく魔法での、自衛手段を得た。
兄を失ったときのように、怯えているだけでは後悔する。
たとえ相手を殺してしまう場合でも、いざとなったらそれも辞さない覚悟が必要だ。
この5年で、魔力量は大きく上昇した。
リリーも、
「すでに私以上の魔力量だわ。我が息子ながら恐ろしい才能ね」
と言われるほど、僕の魔力は増えた。
「…やっぱい幼少期から魔法を使うと、魔力が増える量も大きいのかしら。8歳で私より多いなんて、ちょっと自信をなくすわ」
彼女は魔法士として、結構な自身を持っていたようだ。
彼女には悪いが、恐らく魔力は今後、もっと増えるだろう。
それこそ、彼女の何倍にもなるかもしれない。
「母さんは属性系魔法の他に、特質系の治癒魔法を使えるよね?」
「それでもよ。ヴィンスに魔法の能力で抜かれる日は近いのかもしれないわね。これでも私は、魔法面では結構有名だったのに…」
リリーはすっかり自信を喪失していた。
そういえば、特質系魔法はどうやったら使えるようになるのだろうか。
前に聞いた説明では、習得方法を教えて貰えなかった。
もしかしたら、属性系魔法と違い、少々特別なのかもしれない。
今の僕の魔力量は具体的に言うと、最大限魔力を込めた”ファイアーボール”を50発近く放つことが出来る。
いつも庭で練習しているが、空中に放っている。
そうしないと、地面がえぐれるか、森の木々が燃えるか、家を失う可能性があるからだ。
ここ1年で、僕は魔力量だけでなく、体も鍛えるようにしている。
一般的な筋トレしたり、庭をグルリとランニングをしたり。
簡単なことしかできないが、まだ8歳なのだから十分だろう。
最近では少しだけ、筋肉がついてきた。
デブになる心配はなさそうだ。
だが、幸せな日々は続かなかった。
何事にも、終わりがくる。
充実した暮らしを送る中、銀色に輝くそいつらはやってきた。
まるで死を運ぶ、死神のように、唐突に――。