002.魔法の発動、重要なのは
僕が兄同様、プリン頭に殺されて、異世界に転生したとわかってから、半年が経過した。
相変わらず、金髪碧眼の美女以外の人間は、僕の前には現れない。
しかし、彼女が僕に話かける言葉を最近になって理解できるようになってきた。
まだ舌が未発達なのか、自分ではうまく発音できはしないが、そう遠くない未来に、この世界の言語を喋れるようになる。
前世では、英語でさえ覚えるのに、すごく苦労したが、やはり幼少時は物覚えもいいのだろう。
彼女の言葉の意味を理解できるようになり、どうやら僕の名前は”ヴィンセント”というらしい。
彼女は短く”ヴィンス”と呼んでいる。
異世界らしくカッコイイ名前だが、いざ彼女から呼ばれても、それが自分の名だとわからないときが多々ある。
以前は日本の平凡な名前だったのだ。
これもいずれは慣れて、自分の名だと受け入れられるはずだ。
そして彼女はやはり、僕の母親だった。
地球では望んでやまなかった、血の繋がった親。
しかし、父親を僕は一度も見ていない。
生まれた我が子を、一年近くも見ない父親なんて稀だろうから、もしかしたら死んでしまったのかもしれない。
はたまた、もっと複雑な事情があるのか。
でも、母と呼べる人がいてよかった。
彼女の名は”リリー”というらしい。
僕の初めての母だ。大切にしよう。
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僕が誕生して、早くも2年の月日がたとうとしていた。
この頃には僕は、この世界の言語を理解、発音し、喋れるようになっていた。
初めて母親であるリリーさんを”母さん”と呼ぶと、彼女は大いに喜んでくれた。
さらに、僕が初めて二本足で立った時も、彼女は泣きながら歓喜した。
「さすが私の息子だわ! えらいわ! ヴィンス!」
2歳で立ち上がるというのは、凄いことなのだろうか。
僕は前世で、どんな子どもだったのか聞いたことがなかったため、いまいち凄いのか普通なのか、わからなかった。
しかし、リリーが喜んでくれたから、良しとしよう。
今後も、彼女に喜んで貰えるように、頑張ろうと思う。
そして僕が以前、本棚から落ちて怪我をしたときに、やはりリリーは魔法を使ったようだ。
彼女にどんな魔法だったのかと聞いてみると、僕が1歳にして魔法に興味を示したと知り、リリーは嬉々として、この世界の魔法について、話てくれた。
「いい? ヴィンス、魔法というのはね、――」
彼女の説明をでは、魔法には大まかに二種類あるらしい。
”属性系魔法”と”特質系魔法”の二つだ。
属性系魔法には、火、水、風、土、の四種類の属性の魔法。
これはイメージどおり、炎や水を発現させる魔法だ。
そして特質系魔法。
これは属性魔法の四属性に起因した現象以外、様々なことをできるようになる魔法のようだ。
彼女が僕の治療に使った魔法は、特質系に分類されている治癒魔法。
他にも、転移魔法、再生魔法、次元魔法など、種類は多い。
これらをまとめて、特質系魔法と呼んでいる。
リリーの知らない魔法の多くは、特質系魔法に分類されるとのことだ。
そして個人が使える魔法の種類には、それぞれ適正がある。
例えばリリーは属性系は火と水が使えず、特質系は治癒魔法だけしか使えない、といった感じだ。
魔法の適正は、純粋な才能だ。
稀にすべての魔法を使える者がいるらしいが、それは歴史に名を残すような、伝説級の存在だけだ。
ほとんどは属性系魔法が2、3種類だけ。
特質系魔法の場合は、1種類以上使えるだけでも、かなり珍しいらしい。
魔法は基本的に、己の体に宿る魔力を代償に発動する。
呪文を唱えるか、魔法陣に魔力を込めるか、魔法の発動にも種類がある。
しかし、呪文のほうが一般的らしい。
呪文で魔法を使う場合、内容を理解し、覚え、魔力の制御が出来れば発動できる。
魔法陣を描く場合は、膨大な知識が必要となる。
一般人にはまずできない、高度な技法だ。
しかし、一度書いた魔法陣は、陣が壊れない限り、魔力を込めれば、誰でも何度でも使える。
やはりこちらも、魔力の制御が必要になるが。
魔力の制御を間違えると、魔法が暴走し、魔力枯渇を引き起こす。
魔力は生命力と言い換えてもいいくらい、生物にはなくてはならないものだ。
それが枯渇すれば、最悪死ぬ。
高度な魔法ほど、呪文は長くなり、魔法陣は複雑で、発動にはより多くの魔力を必要とする。
魔力は使えば使うほど、自信に宿る魔力量も多くなる。
使えば使うほどより強靭になる、筋肉のようなものだろう。
「いい? 魔法を限界まで使っちゃだめよ。死んじゃうかもしれないし、もし魔力が無くなったりしたら、私の治癒魔法でも治せないからね?」
どんな魔法でも、魔力を回復させることはできないらしい。
魔法は消費した魔力量に応じ、物理法則を無視した現象を引き起こすものだ。
魔力を消費して得られる魔力は、消費した分より少なくなる。
回復はできない。
魔力は休んでいれば、自然に回復する。
それなりに時間はかかるが、待つしかない。
彼女の魔法についての説明は以上だった。
まさにテンプレ通りの設定だ。
魔力を使えば使うほど、宿せる魔力量が増えるのならば、幼少時の今からコツコツと増やしていくべきだろう。
そして将来的には、この世界の魔法を使えるようになってやろうと思う。
男なら誰だって魔法に憧れるし、使えるなら使ってみたい。
転生者である僕が、はたして魔法を使えるのか心配だが、恐らく大丈夫なはずだ。
僕まだこの世界について、知らないことが多すぎる。
幸い、僕のいる部屋の本棚には、30冊以上の本がある。
チラッと内容を見てみたが、この世界は印刷技術が発展していないのか、本はほとんどが手書きだった。
1冊だけでも、相当な価値があるはすだ。
それが30冊となると、僕の家は裕福なのかもしれない。
早速本棚から1冊、重厚な本を引き出し、ますは文字を覚えることに専念する。
恐らくだが、本棚には魔法についての専門書もあるだろう。
魔法を使えるようになるために、本を読まなければならない。
だか、それは文字を覚えてからだ。
リリーの指導や本を元に文字を覚え、この世界の常識を身に着け、魔法を使えるようになって、魔力を増やす。
魔法を覚えないことには、魔力量を増やせない。
今後、やるべきことは決まった。
あとはどれだけ本気になれるかだ。
地球で僕が死んだ原因は、僕に力がなかったからだ。
兄に頼り切った弱い僕は、強者を前にして、ただやられるしかなかった。
しかしこの世界で、同じ失敗を繰り返しはしない。
せっかく得た二度目の人生だ。
そう簡単に手放すわけにはいかない。
最強とまではなれなくとも、強者にはなってみせる。
僕は新たな決意を胸に、行動を開始した。
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文字を覚えるのは、先に言葉を覚えていたため、文字の教本を使ったり、リリーに教えて貰いながら、半年もあれば完璧に、読み書きができるようになっていた。
これで文字の教本以外の本も、読むことがだきる。
2歳にして文字を修得した僕に、リリーは不気味がるかと思ったが、そんなことは一切なかった。
リリーは僕の成長が普通よりも遥かに早いことを、疑問には思わず、手放しで喜んでくれた。
リリーが喜んでくれると、僕も嬉しくなる。
やはり母親というのは、いいものだ。
前世で母がいなかったことが悔やまれる。
もしも母がいてくれたら、僕や兄が死ぬことなんてなかったのだろうか。
いや、それは関係ないか。
僕は今、魔法の修得に取り組んでいる。
リリーに聞いたり、本棚にあった”魔法教本Lv.1”という本を読んだりして、魔法について勉強している。
この世界の魔法というのは、RPGのようにレベルがあるようだ。
レベルは魔法の発動難易度によって上がる仕組みで、Lv.1~Lv.5まで存在するらしい。
火魔法Lv.1では、ただ火を出すだけの魔法ばかりだったり、Lv.2になるとそれが複数操作できるようになったり、といった感じだ。
リリーによると、Lv.5の魔法を使えば地形を変えるほどの威力が出せるという話だった。
地形を変えるほど、というと核爆弾並の威力だろうか。
この世界では誰でも練習すれば、核爆弾並の魔法を使えるのか、と思ったがそうではなかった。
Lv.5の最高位魔法を使える者は、ほとんどいないらしい。
まず消費魔力が個人の宿す魔力量では、到底足りず、魔力の制御もできない。
発動できるのは、熟練の魔法士が1000人規模で集結し、ようやく使えるか否か、というレベルだ。
一人ではまず使えないらしい。
ちなみに僕の母親であるリリーは、
火魔法Lv.2
水魔法Lv.3
治癒魔法Lv.3
まで使えるらしい。
本やリリーの話をもとに推察すると、彼女は非常に優秀ば魔法士だと言えるだろう。
こんな立派な母親を持てて、息子の僕もなんだか誇らしい。
彼女の優秀な魔法の才能がぜひ、遺伝していてほしいと思う。
魔法教本Lv.1を読んだ僕は、早速実践するべく行動した。
さすがに生後1年の子供が、魔法を修得するのは不気味がられるだろうから、リリーに隠れてコッソリやろうと決めていた。
「さあ、ヴィンス。…もう遅いから、寝なさいね」
リリーはそう言って、いつものように僕の額にキスをし、部屋を出ていった。
この世界では子供と親が一緒に寝る、とい習慣がないのだろうか。
まあ、いくらまだ性欲がわかない歳だとしても、こんな美人が隣で寝ていて、熟睡できるはずもないのだが。
いや母親をそういう対象に見るべきではない。
リリーは家族だ。
彼女も自分のことを、イヤらしい目で見る息子など気持ち悪く思うに違いなし、そんなことになれば、ショックだろう。
彼女を傷つけるわけにはいかない。
もちろんそのつもりなど皆無だが、自嘲しよう。
リリーが部屋を去って、1時間くらいたった後。
よし、そろそろ大丈夫だろう。彼女は寝たはずだ。
魔法教本を開き、再度魔法の使い方を確認する。
魔法の呪文を唱え、初めての場合はゆっくりと魔力を込めるだけだ。
魔力というのは、最近になって自身の体に宿っているのが、なんとなく理解できたいた。
身体の内に意識を向ければ、ポワポワとした暖かい波動を感じる。これが魔力だ。
まず使う魔術は火魔法Lv.1の”ランタン”の魔法。
手のひらに名前の通り、ランタン程度の火を起こし、周囲を照らすだけの、最も簡単な魔法だ。
単純な魔法のため詠唱も短く、消費魔力も最も少ない魔法だし、今の年齢でも問題ないはずだ。
「闇夜を照らす炎よ、出でよ」
呪文を詠唱した途端、予想通り吹いたらすぐ消えてしまいそうな、チラチラした火が手のひらに出た。
本に書いてある魔法の挿絵よりも、さらに小さいのは、やはり込めた魔力が少ないからだろう。
僕はさらに、今以上に魔力を手のひらに込めてみた。
すると火は若干大きくなり、教本通りの威力になった。
なるほど。
呪文を唱えて魔法が発動している限りは、魔力をより多く込めたり、少なくすることで威力の大小をある程度コントロールできるらしい。
そして魔力を込めて続ければ、魔法の効果もその分持続する。
やはり魔力量は、魔法を使う上で非常に重要になってくる。
魔力があればあるだけ、この世界では優遇され、生活も楽になるはずだ。
この魔法が発動したということは、僕には火魔法の適正があるようだ。
適正がない場合は、呪文を詠唱し魔力を使っても魔法は発動しない。ただ魔力が減るだけらしい。
魔法教本Lv.1にはその名にある通り、属性系魔法Lv.1がすべて記載されていた。
簡単な魔術を4属性すべて使ってみたところ、僕の属性系魔法の適正は火と風だけだった。
この適正の数は別に特別すごい、というわけではない。
リリーも属性系魔法の適正は火と水の二種類持っているし、この世界の人間ならほとんどが二種類以上の適正を持っている。
自分の属性系の適正魔法がわかったから、今日はここまでにする。
この家にはLv.1以上の呪文が書いた本はなかった。
火属性魔法は、将来的にリリーに教えを請えばいい。
しかし、風属性はどこかで教えてもらうしかないだろう。
この世界に学校があるのかわからないが、あれば通ってみたい。
前世では友達皆無のぼっちだった。
新しいチャンスを得た今、一人くらいほしい。
Lv.1以上の魔法を覚える手段が今のところないため、明日からは魔力量を増やすことに専念しよう。
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初めて魔法を使ってから、1年が経過した。
僕は3歳になり、それは兄が死んで3年がたったといことだ。
まだ兄の最後の姿を夢に見ることはある。
夢を見ると、あの時プリン頭にやられるしかなかった弱い自分を、嫌でも思い出す。
そのおかげか、僕がこの世界にきて、努力するのをやめよう、という気持ちにはならなかった。
甘えた考えは、兄が殺されたあの日、あの世界に置いてきた。
新天地では、大事な人を守れるくらいの強さを手に入れてやる。
この世界には誕生日を祝う習慣がないのか、とくにイベントもなく歳が一つ増えた。
相変わらずリリー以外の人に会わないし、この家にも僕とリリー以外の人はいない。
だが母親がいるというだげで、寂しいと思うことはなかった。
リリーに父親のことを聞くと、気まずそうな顔をして、はぐらかされてしまった。
どうやら父親の存在は秘密のようだった。
彼女は何も言わないため、生きているのかどうかも、わからなかった。
さて、魔法についてだが、この1年間で魔力量がかなり上がった。
魔法は火属性と風属性のLv.1までしか使えないのは仕方がない。
いずれ高レベルの魔法を覚えればいいと思う。
魔法と言えば、やはり詠唱が常に必要なのが気になる。
無詠唱が使えないか、と魔力を無理やり込めたりしてみたが、発動はしなかった。
やはり呪文の詠唱は必須のようだ。
無詠唱は諦めるしかない。
もしかしたら、特質系魔法に無詠唱魔法があるかもしれないから、今後に期待しよう。
3歳になって今まで禁止されていた、家の外への外出がようやく許可された。
「おそと出てもいいですか?」
と子どもらしい口調と必殺の上目使いをしても、
「ダメ。外は危険なの。もう少し、我慢しなさい」
リリーに許可は貰えず、どんなに甘えてみても無駄だった。
2歳で外出なんて確かに危険だしな。
こればかりは成長するまで、我慢するしかなかった。
そうして待つこと1年、3歳になって、やっと外出が許されるようになった。
まだ庭以外は許可されていないが。
庭は広く、学校の校庭くらいの広さがあった。
ところどころに木が生えていて、管理が行き届いている。
これもすべて、リリーが一人でやっているのだろう。すごく大変そうだ。
今度から手伝うようにしようと思う。
庭の先には窓から見えたとおり、昼でも薄暗い森がある。
森には絶対に入るな、とリリーに厳命されている。なにやら非常に危ないとのことだった。
庭に出ているときは、リリーが僕を付きっきりで見守っていた。
やはりまだ心配なのだろう。
僕はとても愛されているみたいだ。
彼女の目があるため、庭で魔法の練習はできない。
今まで通り、夜にやるしかないようだ。
最近では窓から森へ、魔法を放って練習している。
どんな魔法でも魔力を込めれば、その分だけ威力も規模も大きくなると思っていたが、限度があるようだ。
”ランタン”の魔法に大量の魔力を込めれば、大きな炎ができるのでは、と思いやってみた。
しかし、結果は火は大きくなりはしたが、ある時一定になり、それ以上は魔力をどんなに込めても大きくならなかった。
恐らく、高レベルの魔法なら、もっと大量の魔力を込め、規模も威力も多きくできるのだろうと思う。
魔法を覚えたと言っても、まだ出来ることは少ない。
火魔法では拳サイズの火を起こせるだけだし、風魔法は強めの風を吹かせられる程度だ。
早くもっと、派手で大きな魔法を使ってみたい。
そう思いながら毎日、完全に枯渇するギリギリのラインまで魔力を使い、魔力量を増やし続けた。