000.プロローグ、一つの人生の終わり
焼けつくような暑さの、夏のある日。
高校生である僕は、本当なら今の時間、教室で弁当を食べているところだ。
しかし現在、学校の校舎の隅で、僕は数人の男子に囲まれていた。
僕をぐるりと囲む男子たちは、偏差値の高いこの高校では滅多に見られないはずの、不良と呼ばれる者たちだ。
僕のような勉強しかできないような奴に、こんなガラの悪そうな友達はいない。
というか、最近この街に引っ越して来て、前の学校でもぼっちだった僕に、友達なんてのはもちろん存在しない。
ほしいとは思っていても、初対面の相手に何を話していいのかわからないし、優しく話かけられても会話が続かない。
部活にでも入れば、一緒に活動する中で、仲のいい友達でもできるのだろうが、それも理由があってできない。
僕には両親がいない。
事故や病気で死んだわけではなく、最初からいないのだ。
決して裕福ではないため、バイトをして少しでも生活の足しにしなければならない。
部活をして、青春を謳歌している時間は、僕にはなかった。
そんな一見不幸に見える僕には、兄が一人いる。
そのため今は、学校近くのアパートの一室で兄と二人で暮らしている。
兄はこの世界で、唯一の家族だ。
たまに喧嘩をしてしまうが、優しい兄は僕がどんな自分勝手なことをしても、最後には必ず許してくれる。
そして僕が困っていると、ヒーローみたいに駆けつけて救ってくれる、そんな最高の兄。
小さい頃から僕を守ってくれる兄の背中に、僕はずっと憧れの目をで見てきた。
いつも僕が守ってもらう側だが、いつかは兄を守る側になりたい、と常日頃考えている。
そのためにバイトをし、勉学に励み、少しでも兄の助けになれるように、努力しているというわけだ。
現在兄は高校3年生。
僕と違って、転校初日から友達をつくり、1週間もすればクラスの人気者になった。
勉強も僕以上にできて、いつも友達に囲まれる兄の姿を、僕は眩しそうに目を細めて眺める。
兄は僕の目標だ。
小さい頃は、そんな兄の能力に激しい嫉妬を覚えた。
2年しか歳の離れていない兄は、すべてが弟より上で、僕と違ってなんでもできる。
そんな優秀な兄と、まわりから常に比べられ、当時の僕は劣等感を感じていた。
そのことで兄にも、多大な迷惑をかけた。
今でも当時のことを深く反省している。
「おい、転校生」
僕を囲む男子たちの一人。
プリンみたいに髪の色をいびつに染めた男子が、ヘラヘラした笑みを僕に向けて、話かけてきた。
そこには、教室で楽しそうに会話する、友達同士の和気藹々とした雰囲気は存在しない。
「おい。聞いてんのか? ……いいから財布だせ。いつもみたいにな。」
プリン頭がそう言うと、まわりの男子たちもヘラヘラと僕をあざ笑う。
僕は現在、かつあげされている。
これは今に始まったことではなく、転校してきてから3日に一度は、こうしてお金を要求してくる。
昔から僕は、こういう連中に目を付けられやすい。
僕には目を付けられる覚えなどないのに。
いったい何故なのだろうか…。
今日はバイトの給料日前、僕の財布はいつも以上に余裕がなかった。
「今日は、多めに貸してくれないか? ま、お前に拒否権はないけどな」
過去に本気でこいつらに抵抗したことがあるが、一人では立ち向かったとしても結果は見えていた。
案の定ボコボコにされ、もう少しで兄にいじめられていることがバレて、迷惑を掛けるところだった。
これ以上、世話になるわけにはいかない。
渋々プリン頭に、財布を渡した。
プリン頭は僕の手から奪うようにして財布を取り、中身を確認した。
「…ちっ、これだけかよ。シケてんな…」
仕方ないだろ、それでも僕が汗水たらしたお金なんだよ。
僕は奥歯をきつく噛みしめ、プリン頭を睨み付ける。
睨んだところでどうしようもないのだが。
「おい。放課後、金をおろして俺に渡せ」
「は?」
「仕方ねーだろ。今日は後輩におごってやるって言っちまったんだ。これだけじゃ、全然たんねーよ」
プリン頭は僕の財布から抜き取った数枚の千円札を、ひらひらと泳がせながら言った。
こいつ何をいってるんだ?
僕はプリン頭が最初何を言っているのか本気でわからなかった。
後輩におごる?
…お前の都合なんて知らないし、関係ない。
「おい、まさか、嫌、なんて言うんじゃねーよな?」
ポキポキと指の関節を鳴らしながら、僕の顔を覗き込んできた。
とりあえずこの場は了承しておいて放課後になったら速攻で逃げるか…。
うん、それしかない。
「わ、わかり――」
「そう言って逃げるなよ? まあいいや、財布はこのまま預かっといてやる、逃げられねーようにな」
くそ! 無駄に頭を働かせやがって!
財布にはキャッシュカードが入っている。
僕の生活の生命線である。これを一時的であっても失うわけにはいかない。
「さ、財布は返してください! 逃げるなんて、しませんから!」
「は! 信じられるかよ! お前は俺たちのATMだ。これからも、ずっとな!」
…話を聞く気がないらしい。
これは歯向かうしかないか…。
せめて財布たけでも、取り返さないとな。
僕はプリン頭に殴りかかろうと、全身に力を込める。
あまりスポーツは得意ではないが、今はそんなこと言ってられない。
「うああああ!!!」
僕は握りしめた拳を、プリン頭に向けて振りかぶった。
口からは勝手に変な叫び声が出ていたが、そんなことを気にしている余裕は僕にはなかった。
「ぎゃは! やろうってか!?」
パシッ。
僕の全力攻撃はプリン頭にあさっりと受け止められた。
こいつは見かけどおり、喧嘩慣れしている。
わかっていたが、やはり僕では勝てない。
「ほら、お返しだ!」
頬を殴られ、後ろに吹っ飛ばされた。
そこからはよくわからないうちに、地面に転がされ、取り巻きの男子とともに殴られ蹴られ。
僕は体を丸めて、必死に防御し、嵐が去るのをひたすら待った。
「おい! 何してんだ!」
!!!
この声は!?
「ちっ、るせーな。お前にはかんけーねぇだろ。…だまってろ」
「…お前たちが蹴っているのは、うちの弟だ。今すぐやめろ」
この声は、間違いなく兄さんだ。
ピンチにいつも駆けつけてくれる、僕のヒーロー。
「に、兄さん!」
「ちょっと待ってろ。お前のやられた分はきっちり返してやる」
「へ! たった一人で何が出来るんだ!? お前ら、やっちまえ!」
プリン頭が特撮の悪役みたいな言葉を合図に、兄と不良たちとの戦闘は始まった。
戦いは、一方的であった。
最後に立っていたのはもちろん、僕の憧れの兄だ。
兄は初めにリーダーのプリン頭の顎に素早くフックを入れ、後ろから襲う不良たちの攻撃を全て避け、バッタバッタと倒していった。
こうした不良連中に絡まれやすい僕を、常に守っていたために、兄は喧嘩が強かった。
プリン頭が喧嘩慣れしているとはいえ、ただの高校生には勝てないレベルにまで、兄は達していたのだ。
「ふう…。最近はこういうトラブルもなくなったと思っていたが…」
「…ごめん。兄さん」
「お前のことだから、黙ってたんだろ? ごめんな。気づいてやれなくて…」
「いや、兄さんが謝ることはないよ。ありがとう。助かったよ」
「これからは、すぐに俺に言うんだぞ? お前は唯一の家族なんだ。絶対に見捨てない」
兄はそう言って、無様に這いつくばる僕に手を差し伸べた。
兄はやっぱり優しいし、かっこいい。
でも、優秀な兄に頼ってばかりではダメだ。
もう僕も高校生になったのだから、いい加減こんなトラブルぐらい一人で解決できるようになりたい。
僕と兄は、悔しそうな表情で地面に伏している不良たちを後に、校舎へと戻った。
僕はその時気づかなかった。
プリン頭が遠ざかっていく僕と兄の背中を、激しい憎悪を込めた、濁った瞳で睨み付けていたことを――。
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今日は兄のおかげで助かった。
財布も無事に取り返したし、蹴られて痣があるだけで、大した怪我もない。
ホームルームが終わり、教室の生徒たちがいそいそと帰り支度や部活の準備をしているなか、僕は教科書を鞄に詰め、静かに教室を出た。
同じクラスの仲間に、別れの挨拶をすることもなければ、話かけられることもない。
ぼっちは極力目立たないように、ただ去るのみだ。
校舎を出ると、予想通りというか、昼間のプリン頭+αにまたもや取り囲まれていた。
昼間と違い、僕に向ける表情には、浮ついた笑みはなかった。
「……ちょっと面かせ」
プリン頭の言葉には、有無を言わさない何かがあった。全力ダッシュで逃げてもよかったが、問題が先伸ばしになるだけだ。
今は従うしかない。
不良たちのあとに続き、僕は街中を進んだ。
人目のないところに連れ込んで、リンチでもされるのだろうか。
道中、プリン頭やその取り巻きたちは、一言も声を発さない。
昼間とは違い、プリン頭の纏う雰囲気には、怒気とは違うものが含まれているように思う。
その雰囲気にあてられて、取り巻きたちも沈黙を保っているのだろう。
これは…やばいかもしれない。
今回は兄がいない。
助けてくれる人もいない。
このまま隙をついてダッシュで逃げるか…。
いや、でも取り巻きたちに逃げ道を塞がれているため、それはできない。
どうするべきか、素直に金を渡して、あとは逃げるか、また殴らるのを覚悟で立ち向かうか。
そんなことを考えていると、どうやらプリン頭の向かう目的地へ到着してしまったようだ。
ビルとビルの隙間の、ジメジメとした薄暗い場所。
人目はもちろんないし、大声を出しても恐らく効果はない。
「さてと…昼間はよくも、やってくれたな」
噛み砕くように言葉を発したプリン頭の睨み付ける目が、僕には酷く濁って見えた。
とても正気だとは思えない。
「お前を使って、あの野郎を呼び出してある。もう少しで、お前の大好きな兄貴が来てくれるはずだ、へへへへへ」
どうやら、こいつの目的は僕でも金でもなく、兄にあるようだ。
プリン頭は不気味に笑う。
たかが一度、兄に倒されただけで、どうしてここまで狂ってしまったのか。
「まあ…お前の兄をやる前に、まずはお前を半殺しにしとくか」
!!!
プリン頭が僕の腹へ、強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ぐぇっ!!」
僕は潰れたカエルみたいな声をあげる。
こいつ、少しは加減しようとか考えないのか…。
またもや地面に転がされた僕は、プリン頭にマウントポジションをとられ、顔面をひたすら殴られ続けた。
「ぐひゃひゃ!」
声を出せば、余計に殴られると思い、僕は殴られている間、必死に声を押し殺す。
笑い声をあげるプリン頭の尋常じゃない様子に、取り巻きたちも唖然とした表情で眺めている。
ガスッガスッガスッ――。
しばらくプリン頭が僕の顔面を殴る音だけが、あたりに響いていた。
一体いつまで殴る気なんだろうか、凶悪な笑みを浮かべるプリン頭は、楽しそうに殴り続けている。
僕が腕でガードしようとしても、防御の隙間を執拗に攻めてくる。
「…おい! やめろ!」
兄の声が聞こえたと思うと、突如プリン頭の体が僕の上から吹き飛んだ。
「だ、大丈夫か!? …………ひ、ひどい」
ぐったりした僕に兄は即座に駆け寄り、怪我の様子を見ている。
鼻のほねは確実に折れている。
まぶたが腫れて、目がうまく開かない。
恐らく、僕の顔は誰か判別できないような酷いものになっている。
「弟は関係ないだろ! お前を殴ったのは俺だ! 昼間の報復なら、俺だけにしろ!」
そんな! 兄は僕を助けてくれただけだ!
僕のトラブルのせいで、兄が復讐されるいわれはない!
そう言おうとしても、口の中が切れていて、痛みでうまく言葉を発せなかった。
あうあう、と赤ん坊のような言葉にならない声がでてしまう。
そんな僕の様子を、兄は悔しそうに見ていた。
「やりすぎだ! お前ら、警察に突き出してやる!」
「……お前! 殺す! 殺してやる!」
兄に吹っ飛ばされたプリン頭は顔を醜く歪め、怒り狂っている。
そして懐へ手を忍ばせると、折り畳み式のナイフを取り出した。
「!? おい! やりすぎだぞ!」
「殺す! 殺す!」
同じ言葉を繰り返し、ナイフを兄へと向けるプリン頭へ、さすがにそれはやりすぎと感じたのか、取り巻きたちが止めに入ろうとする。
「死ね!」
「!?」
プリン頭が兄へとナイフを振りかぶる。
兄はナイフを持った腕を抑え込もうと、プリン頭へ飛びかかった。
危ない!!!
しかしやはり、兄は優秀だった。
瞬く間にプリン頭のナイフを持つ腕を、身体を使って抑えこみ、関節技を決める。
そしてそのまま、体を地面に押し倒した。
「ぐわわぁあ!」
間接を決められ動けないプリン頭は、親の仇を見るような目で兄を睨み付けていた。
兄はそんなプリン頭の様子を気にした様子もなく、淡々とナイフを回収し、ポケットへとしまう。
兄に抑えられたプリン頭は、しばらく叫び、暴れ、なんとか拘束を解こうともがいた。
しかし無駄だと悟ったのか、突然黙りこみ、ピクリとも動かなくなった。
「ふう…すまない。警察に電話してくれ」
「わ、わかった」
兄はプリン頭を警察へ任せるつもりらしい。
ナイフまで持ち出したのだ。下手をすれば命に係わる。
また復讐されたら、たまったもんじゃないしな。
僕はスマホを取り出し、110を押す。
警察という単語を聞いてビビッたのか、いつの間にか取り巻きたちは一人も残っていなかった。
プリン頭は、先ほどの狂いっぷりが嘘だったみたいに、大人しくしている。
一体何がこいつをここまでさせたのか。
「…おい、なんで、こんなことしたんだ?」
プリン頭の腕に関節技を決めている兄が、プリン頭の狂った原因を聞こうとするが、彼が口を開くとは僕には思えなかった。
「……ごめんなさい。…反省しています」
僕の予想に反し、プリン頭は謝罪の言葉を口にした。
非常に嘘くさい。
プリン頭の言葉が棒読みで、気持ちがこもっているようには聞こえなかったのは、僕の心が荒んでるからなのだろうか。
「あの…離してくれ、ませんか? もう抵抗はしません」
「本当だな?」
「……はい」
謝罪もしたし、ナイフも取り上げられたプリン頭を無害だと判断したのか、兄は拘束を解いた。
僕にはこいつが信用できず、拘束を解くべきではないと思うが、奴は素手だし、兄がいれば大丈夫だろう。
「ふう。…お前は大丈夫か?」
兄はプリンに背を向け、僕の怪我へと視線を向けた。
全く不用心だ。僕とは違い、誰にでも優しく、人気者の兄は、人を疑うことを知らないのかもしれない。
!!
そこで僕は気づいた。
後ろのプリン頭が先程と同様の凶悪な笑みを浮かべているのを。
「に、兄さん!」
咄嗟に叫び、兄は気づいて後ろを振り向く。
「なっ!?」
しかし兄に再び襲い掛かると思ったが、違った。
プリン頭は驚きの声を上げる兄の横を、素早く走り抜け、僕へと向かってきたのだ。
「ヒャハハハ!! まずはお前だ!」
狂ったプリン頭に、今度こそ殺されるかと思ったが、ナイフは兄が回収している。
素手だけなら、大した攻撃もできないだろう。
そんな風に考えていたが、甘かった。
こいつが持っているナイフが、一本とは限らなかったからだ。
僕がもう1本のナイフの存在に気づいた時には、遅かった。
プリン頭が僕の目の前で、ナイフを大きく振りかぶっていたのだ。
あ、死んだ。
僕は死を覚悟した。
足が震えて動かないし、避けられない。
動けず、このまま体をブッスリと刺されるのだろう。
これも兄がいるから何とかしてくれると、安心しきった僕の甘えた考えが原因だ。
馬鹿は死ななければ、治らない。
本当にその通りだ。
僕は目をグッと閉じ、来るべき痛みに備えた。
「…」
いつまでたっても、予想した痛みは来なかった。
あれ? もしかしてもう刺されたのか?
それとも、もう僕は死んだのか?
僕が恐る恐る目を開くと、兄がナイフを受け止めていた――。
――自身の体で。
「に、兄さん!! そんな!?」
刺された。
間抜けな僕を庇って兄が。
それから何があったのかは、よく覚えていない。
とにかく我武者羅に暴れて、プリン頭を撃退したような気もする。
そして気づいたら、胸をナイフで深く刺された血まみれの兄を、これまた血まみれの僕が抱えていた。
プリン頭の姿もいつの間にか消えていて、血濡れのナイフだけが、冷たいアスファルトの上に転がっていた。
「す、すまない…。お、お前を…」
「に、兄さん! ぼ、僕のせいで!」
「お前のせいじゃない。俺が、油断、しただけだ。お前は悪くない」
兄はこんなときでも優しかった。
何が兄を守れるようになりたい、だ。
兄が刺されたのは僕が原因で、僕の弱さのせいだ。
兄は胸を刺されていた。
傷口から止めどなく、真っ赤な生暖かい血が溢れだし、体を、服を、アスファルトを赤く染める。
傷は深く、僕の頭の冷静な部分が、これは助からないと告げていた。
あの時、プリン頭に歯向かわなければ。
あの時、走って逃げていれば。
僕がもっと強くければ。
もっと、もっと、もっと――。
兄の体は、どんどんと冷たくなる。
傷を押さえて、血を止めようとしてもダメだった。
押さえた手の指の隙間から、ドロリと溢れ出てくる。
「…すまな、い。お前は、俺の代わりに、生きてくれ」
その言葉を最後に、兄の瞳から光が消え、力を失った手はだらりと垂れた。
僕の唯一の家族が、死んだ。
「う、うわわわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
声を張り上げ、喉が裂けるほど叫んだ。
「だ、誰か! 誰か!! 兄さんをた、助けてください!」
こんな状況でも、僕は人に頼ることを選んだ。
誰か来てくれれば、兄は助かるのではないか、という愚かな考えによって。
しかし、僕の呼びかけに答える者はいない。
どんなときでも助けてくれるヒーロー《きょうだい》は、たった今死んだのだ。
優しかった兄の顔は青白く、光を失った瞳はただ虚空を見つめ、人形のように顔から表情が抜け落ちていた。
兄は死んだのだ。
「ウェエエ」
僕は兄の死を理解した瞬間、言いようもない孤独感、喪失感に襲われ、アスファルトへ吐いた。
その吐瀉物の中に、大量の赤黒いものが混じっていたことに、そのとき僕は気が付かなかった。
激しい絶望と後悔が僕の心を染めるなか、僕の意識はゆっくりと暗黒に包まれた。
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その日、とある孤児の兄弟が、路地で殺害されたニュースが全国に流れた。
兄は胸部を、弟は横腹を刺され、どちらも失血死。
事件の容疑者は、同じ高校の生徒。
容疑者は幼少から、両親や兄から虐待を受けており、仲の良い兄弟を見て腹が立った、と証言した。
そのあまりに幼稚で稚拙な犯行動機に、ニュースを見た人々は多少の怒りを覚えた。
その2年後、兄弟を無残にも殺害した凶悪犯は、留置所の中でひっそりと首を吊って自殺した。
遺書などは発見されなかった。
自殺の理由はわからない――。