最終話 「地球よ、やまとは帰ってきた!」
やまとは転進してスターウルフに接近した。主砲の照準をスターウルフに向け、照準波を見せつけるように浴びせた。鷹野は再びヘッドセットのマイクのスイッチをオンにした。
「テロリストに告ぐ。降伏せよ。さもなくば撃沈する。繰り返す。降伏せよ。さもなくば撃沈する」
特攻精神など持ち合わせていないアメリカ人のクロスビー艦隊司令は、降伏勧告を受諾した。スターウルフは電磁投射砲を艦体から切り離して、武装解除した。
主砲の照準をスターウルフに合わせたまま、やまとは艦首をルナ2に向けた。
「アメリカ合衆国航空宇宙軍ルナ2基地へ。こちらは日本宇宙自衛隊所属、護衛艦やまと。テロリストの宇宙船がルナ2の宇宙港に入港したのを確認している。ただちにテロリストの宇宙船を引き渡せ。テロリストの艦船の接収権は、最初にテロリストを発見した我が国にある。アメリカ合衆国は国際宇宙条約に批准している。テロリストを匿うのなら、合衆国政府が国際宇宙条約の批准を破棄しない限り、第二〇三条第四項にもとづき、ルナ2基地はアメリカ軍に反乱したテロリストと見なされる。そうなれば、交戦権は本艦にある」
さすがにウィトン基地司令は反論した。
「何を言う! 我が防空隊を撃墜したのはそちらではないか。基地に先に手を出したのはそちらではないか!」
「防空隊? 本艦はそのような物は知らない。本艦のレーダーは何も捕捉していない。テロリストと交戦状態になったので、支援を要請するためにルナ2基地に向かっただけだ。支援を要請する通信は行った。どのような理由かは知らないが、それを無視したそちらに非難する資格は無い。そちらが宇宙港に匿っているテロリストの宇宙船は、ルナ2を砲撃したではないか。その事実がテロリストだという証拠だ」
ウィトン基地司令は返事に困った。今まで馬鹿にしていたやまとの行動の理由が、ようやく理解できた。国際宇宙条約を盾に取られたら、全く反論できない。やまとを葬れば全てを隠蔽できる。そう考えた浅はかさが、大きなツケになった。
スチュワート艦長が司令室に入ってきた。スチュワート艦長は敬礼した後、ウィトン基地司令に進言した。
「閣下、エンタープライズを自沈させましょう」
ウィトン基地司令はさすがに驚いた。
「馬鹿な! 艦長の君が何を言う?」
「我々は嵌められたのです。ここでやまとの要求を拒んだら、やまとはあの砲で宇宙港を攻撃するでしょう。我々はその大義名分を与えてしまったのです。スターシャークの最期はご覧になったでしょう。宇宙港の隔壁など紙同然です。宇宙港まで破壊されたら、基地は事実上壊滅します。宇宙港ごと破壊されるより、自沈させた方がマシです。断腸の思いですが、エンタープライズを救う手段はもはやありません」
スチュワート艦長の声には、苦渋の響きがこもっていた。
「しかし……」
「やまとがここまで強気になれるのには、理由があると思いませんか」
「理由?」
ウィトン基地司令は分からなかった。
「トールです。我が軍がトールを落下させた証拠を押さえているかもしれません」
「まさか! それを証明できるのか?」
スチュワート艦長は、その反論を完全には否定できなかった。
「厳密な証明はできません。ですが、やまとは高度六百キロで何かを捜索していました。最悪のケースを想定し、被害を最小限に抑えるのが、我々の行動原理です。証拠を暴露されたら、我が国は国際社会で困難な立場に立たされます。やまとの進宙式には、多数の国の人間が出席していたのです。それらの国々は我が国を非難するでしょう。敵ではなく同盟国を艦船を、予告も無しに攻撃したのです。真珠湾攻撃以上の暴挙です。日本だけでなく、他の同盟国の信頼も失います。我が国は完全に孤立します」
ウィトン基地司令は文民統制の原則論を持ち出した。
「それは政治だ。我々が決めることではない」
この方向では説得できないと思ったスチュワート艦長は、別の問題を持ち出した。
「では、今遭難している友軍の将兵を、どうされるおつもりですか? 一刻も早く救助しなければなりません。ですが、やまととにらみ合いを続けていては、できません。やまとに矛を収めさせなければなりません。駐留艦隊とエンタープライズは、我が国とは関係ないテロリストだとしらを切るしかありません。テロリストを逮捕するという名目で、将兵を救助する救助艇を出すべきです。残念ですが、スターウルフも乗組員を脱出させた後、自沈させます。やまとを襲撃したのは、我が軍の艦隊や兵器だという証拠を隠滅するのです」
ウィトン基地司令は沈黙した。
「これが困難な決断であることは理解しています。自分もしたくありません。しかし、これが最善の選択だと自分は考えます」
ウィトン基地司令は大きく深呼吸をした。
「分かった。私もそれが最善だと思う」
ルナ2はタグボートでエンタープライズを出航させた後、自爆させた。こうしてエンタープライズは、アメリカの黒歴史として、闇に葬られた。
米国防総省はハリケーンの直撃を受けたような状態になっていた。
「ぜ、ぜ、全滅ぅ? 十一隻の艦隊が一回の会戦で全滅! 相手はたった一隻だぞ。やまとは化け物か!」
ルナ2から送られてきたテキストと動画の報告書を見たワッツ総司令長官は、愕然とした。
「なんだこの報告書は! 戦艦を一個のデブリも残さず消滅できる火力? デブリどころか電磁投射砲の砲弾も通用しない装甲? エンタープライズを凌駕する運動性能? こんな物が信じられるか!」
ワッツ総司令長官本人も気づいていた。信じられないのではなく、信じたくないのだ。米航空宇宙軍の主力戦闘艦は十五隻だった。そのうちの十一隻を失った。自分に未来が無いことは明らかだった。それでも自分一人の責任とは思いたくなかった。
「DIAは何をやっていたのだ! 事前に入手した情報は、全て嘘ではないか!」
わめき散らすワッツ総司令長官に、副官が命令を伝えた。
「閣下、国防長官から命令が出されました。大統領閣下が直接報告を聞きたいとおっしゃるので、今からホワイトハウスに行くので同行せよとの命令です」
ワッツ総司令長官は力なく立ち上がり、総司令部の出口に向かった。すれ違うとき、副官が小声でささやいた。
「国務省がすでに動いています。日本政府も憲法の縛りがあるので、必要以上にことを荒立てるつもりはなさそうです。真相は闇に葬られることになりそうです。しかし、宇宙の覇権は手放すことになるでしょう」
闇に葬られるのは真相だけではない、ワッツ総司令長官はそう思った。
やまとは月の南極上空を通過した。やまとの前には、満月ならぬ満地球が浮かんでいた。
地球では緊急ニュースが放送されていた。米航空宇宙軍のルナ2駐留艦隊が、演習中に大規模な事故を起こしたこと。その責任を問われ、国防長官と航空宇宙軍総司令長官が解任されたことが報道されていた。事態をいち早く知った日米両政府は、とりあえず戦闘は無かったことにすることで合意したのだ。だが宇宙での日米のパワーバランスは変わった。外交への影響は避けられないだろう。
「懐かしい。何もかも懐かしい」
地球を見た川端は、感激で涙を流した。たった一日の航海で、中年の川端は、老人のような顔になっていた。川端は一分一秒でも早く地球に帰りたかった。自衛隊を退役して、二度と地球を離れない決心をしていた。
その横に鷹野が立っていた。鷹野はタブレットに実戦データーを表示させながら、設計図らしい物をスケッチしていた。やまと級二番艦むさしではなく、次世代のきい級の設計図だった。やまとの成功は、この航海で証明された。鷹野の関心は次世代の宇宙船に移っていた。
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