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第六話 「決戦、ファー・サイド・ムーンの攻防戦!(後編)」

 やまとのCICでは、鷹野が不気味な笑みを浮かべていた。


「さあ、撃てるものなら撃ってみなさい。撃てないのなら、撃てるようにしてあげるわ。全砲塔、ロサンゼルスに照準、砲撃!」

『アイ、コピー』


 やまとの三門の電磁投射砲(レールガン)が火を噴いた。まだ多量の推進剤を積んでいたため、運動性能が鈍っていたロサンゼルスは、砲弾をかわせなかった。一発が艦尾に命中し、艦首に突き抜けた。その直後、多量の推進剤の爆発によってロサンゼルスは宇宙に散った。


「ロサンゼルス、轟沈!」


 その様子を見ていたスチュワートの手が震えた。


「数を逆手にとって、味方を盾にするとは……許せん!」


 数にものを言わせて敵をなぶり殺しにする方が卑怯とは考えないところが、アメリカ人らしかった。


「やまと、進路を変えました。今度はデンバーです」

「させるか! デンバーを回避するポジションを取れ」

「無理です。やまとの方がデンバーに近いため、本艦は遅れをとっています」


 観測士は少しためらった後、付け加えた。


「やまとの運動性能は、本艦より上です!」


 やまとの主砲が火を噴いた。砲弾の一発が、デンバーの腹をえぐった。


「デンバー、大破、航行不能!」


 米艦隊は単縦陣をとっていたのが裏目に出た。その間に潜り込まれたため、同士討ちの危険(リスク)を抱えた。米艦隊は各艦が独自の行動をとって、単縦陣を崩そうとした。だが、統制のとれない行動は、むしろ事態を悪化させた。


「やまと、デトロイトに向かっています。……いえ、シカゴです」


 エンタープライズの観測士が報告した。米艦隊は単縦陣を崩そうとした結果、エンタープライズから見て、最後尾のデトロイトの影から複数の艦が様々な方向に姿を現した。


「やまとの進路が予測できません!」


 観測士が報告した直後、今度は二つの閃光が現れた。


「デトロイト、大破、航行不能。シカゴ、中破、戦闘不能!」


 スチュワートは唇を噛んだ。なぜ味方はやまとに反撃しないのか? そう思った瞬間、理由が分かった。


「通信士、全艦に打電しろ。我に構わず攻撃しろ。エンタープライズの運動性能なら必ずかわせる」


 クロスビー艦隊司令はエンタープライズから通信を受け取ったが、躊躇した。その躊躇が犠牲を増やした。


「ニューヨーク、轟沈!」


 ルナ2駐留艦隊は、瞬く間に五隻のロサンゼルス級を失った。スターウルフ級より旧式とはいえ、艦隊の半数を失った。クロスビー艦隊司令は決断した。


「エンタープライズ以外の全艦は、主砲でやまとに集中砲火を浴びせろ!」


 残存艦は旋回運動を開始し、全ての砲口をやまとへ向けた。

 やまとのAIはこれに気付いた。


『残存艦が一斉に旋回運動を始めました。やまとに集中砲火を浴びせるつもりのようです』


 鷹野は不敵な笑みを浮かべた。


「引っ掛かったわね。敵の発射タイミングは予測できる?」

『可能です』

「全砲塔、エンタープライズに照準。敵の攻撃と同時に最大加速度で回避。敵弾の通過と同時に全砲塔砲撃!」

『アイ、コピー』


 スターウルフ級四隻とロサンゼルス級一隻は旋回運動を終えた。攻撃命令を待った。


「全艦、撃ち方始め!」


 クロスビー艦隊司令の命令で、五隻、合計十四門の電磁投射砲(レールガン)が火を噴いた。それと同じタイミングでやまとは最大加速度で弾道の横へ移動した。機雷との戦闘で、やまとは最大加速度を出していなかった。反重力フィールドでデブリを跳ね返せると分かっていたので、わざとデブリから逃げなかった。米艦隊は誤ったデーターを元に砲撃をした。十四の砲弾がやまとの横を通過するのと同時に、やまとの電磁投射砲(レールガン)三門が火を噴いた。更に三発の砲弾が、エンタープライズを襲った。

 エンタープライズの観測士が悲鳴に近い声を上げた。


「砲弾十七、回避できません!」


 やまとのAIは、米艦隊が放った砲弾の弾道から、エンタープライズの回避軌道を予測した。予測した軌道を狙った砲弾の一つがエンタープライズの円盤部分の右舷を直撃した。反重力アクティブアーマーどころか反重力も備えていなかったエンタープライズの艦体は、砲弾の貫通を止めることができなかった。運が悪いことに、弾薬庫を直撃された。弾薬庫のミサイルの爆発によって、円盤の三分の一が吹き飛んだ。

 エンタープライズの艦内は修羅場と化した。少なくない死傷者が出た。ダメージコントロール班が応急処置に追われた。そのダメコン要員にも犠牲者が出た。ダメコン以外の乗組員のほとんども、応急処置に参加しなければならなかった。CICに深刻な状況が伝えられた。


『弾薬庫に誘爆、艦内に火災発生。消火中ですが人手が足りません! 延焼を食い止めるためには、火災が発生している区画は生存者の捜索をあきらめ、隔壁を閉鎖するしかありません!』

『核融合炉停止。現在キャパシタから電力を調達。そのキャパシタも四十パーセントが失われました。蓄電量が臨海プラズマ状態を下回っています。核融合炉の再点火は不可能です!』

『第一主砲、第二主砲喪失。一番から四番のミサイル発射管も喪失。火器管制(FCS)が機能停止、攻撃不能!』

『医療班よりCICへ。死傷者の数は確認できただけで三十人。更に増える可能性あり。救助の人員が決定的に足りません!』

『こちら機関室、主機は健在ですが、電力供給が不安定です。艦内の一Gを維持できません!』


 スチュワートは噛んだ唇から血を流した。艦内重力が失われたため、血の滴がスチュワートの目の前に浮いた。


「機関室、艦内重力はもういい。航行は可能か? ルナ2に帰投できるか?」

『残ったキャパシタの全電力を使えば、かろうじて可能です』

「ルナ2へ帰投する。総員船外服を着用し、電力の供給は主機を最優先にしろ。艦隊とルナ2に打電、『我中破す、戦闘不能、ルナ2に帰投する』」


 この通信は、米軍の士気に大ダメージを与えた。対やまとの切り札を、同士討ちで失った。その衝撃は大きかった。やまとはそこにつけこんだ。米艦隊の反応が遅れた隙をついて、最後のロサンゼルス級、フィラデルフィアに接近した。フィラデルフィアが何もできないうちに、主砲を斉射した。


「やまと、本艦に砲撃!」

「回避運動……」


 フィラデルフィアの艦長が命令する前に、三発の砲弾全てが命中し、フィラデルフィアをデブリに変えた。

 フィラデルフィアの近くにいた米艦はスターパンターだった。


「フィラデルフィア、轟沈! デブリ群が接近!」


 観測士の報告を聞いたスターパンターの艦長は、即座に命じた。


「デブリを回避する軌道へ遷移しろ」


 だが、これはやまとのAIに読まれていた。やまともデブリを回避しながら、スターパンターの未来位置に主砲を撃った。


「やまと、デブリ群の反対側に出現。本艦に砲撃!」

「砲弾の回避を最優先にしろ。主砲、照準は適当でいい。とにかく撃て!」


 スターパンターの艦長は最善の命令を出した。だが両者の運動性能の圧倒的な差は埋められなかった。スターパンターの横っ腹を砲弾が貫通した。一方やまとは余裕をもって、砲弾をかわした。

 スターパンターは機関部にダメージを受けた。更にデブリのシャワーを浴びて、穴だらけになった。轟沈しなかったのが不思議だった。スターパンターの艦長が下せる命令は一つしかなかった。


「総員速やかに退艦せよ!」


 死に体となったスターパンターを無視し、やまとは一番近くにいたスタータイガーを目指した。


「なんて軌道だ!」


 スターパンターの観測士は思わずつぶやいた。やまとはスターパンターの主砲の射線をかわしながら、楕円軌道で迫ってきた。ケプラーの法則により、天体を巡る飛行物は全て楕円軌道を飛ぶ。だがやまとの軌道は、ケプラーの法則を、月の重力を無視したものだった。推進剤を積まない大推力の宇宙船にのみ許される軌道だった。


「やまと、高速で接近!」


 観測士の報告に、艦長は即座に命令を出した。


「砲手、やまとに主砲の照準を合わせろ! 艦も回頭しろ」


 スタータイガーの艦長が命じたが、無理な話だった。


「無理です。長砲身の主砲の旋回速度では間に合いません!」


 スタータイガーの艦長は有能だった。即座に新しい命令を出した。


「砲雷長、ミサイル発射。ありったけ撃て!」


 スタータイガーは、やまとにミサイルを発射した。このときやまとは、スタータイガーを副砲の射程圏内に捉えていた。やまとの副砲の硬エックス線レーザーがミサイルを破壊した。砲身がない副砲は素早く向きを変えることができるうえ、光速で飛ぶレーザーと比べれば、ミサイルなど静止しているのと同然だった。威力が高い硬エックス線レーザーは、極短時間の照射でミサイルを破壊できた。自らのミサイルが至近距離で爆発したスタータイガーは、自らのミサイルで損傷した。


「艦首の損傷が拡大、このままだと弾薬庫に誘爆します!」


 スタータイガーの艦長はやはり有能だった。即座に次の手を打った。


「全隔壁緊急閉鎖、推進剤への誘爆だけは避けろ!」


 ミサイルを搭載していたスタータイガーの艦首が吹き飛んだ。その衝撃でスタータイガーは回転を始めた。


「艦首喪失、操舵不能! 艦首以外にも損傷が多数発生、複数の区画から空気漏れが発生!」

火器管制(FCS)機能停止、攻撃不能!」


 スタータイガーの艦長は苦渋の決断をした。


「機関室、水素タンクの弁を開放してポンプを逆流させろ」

『推進剤を捨てるんですか?』

「操舵不能だ。もはや役に立たん。誘爆の防止が最優先だ。総員船外服を着用。酸素は艦内に放出し、着替える間、艦内気圧を維持しろ。ダメージコントロール班は空気漏れの修理を急げ。しかし火災は絶対に起こすな。酸素濃度に注意しろ。酸素中毒になる前に着替えろ」


 艦体の回転を止めることができない状況では困難な作業だったが、それが最善の手だった。

 残り二隻となった米艦隊は、ようやく態勢を立て直した。スターウルフとスターシャークは広い間隔をとって、単横陣をとった。やまとに対して二隻から同時に攻撃可能で、どちらかが破壊されてもデブリを余裕をもって回避できるポジションを獲得した。性能が互角なら、圧倒的に優位だ。性能が互角という前提なら。エンタープライズが戦線を離脱した今、やまとは無双状態だった。

 スタータイガーの影から現れたやまとは、スターウルフに十二発のミサイルを放った。だがこの距離なら、ミサイルで迎撃可能だった。スターウルフは迎撃ミサイルを放った。その間にやまとはスターシャークへ直進した。


 やまとのCICで、鷹野はAIに命じた。


「AI、核融合炉の出力を一二〇パーセントへ上昇。艦首プラズマ伝導路の磁場を生成」

『アイ、コピー』


 川端には鷹野の行動は自殺行為に見えた。


「あの、出力を上げ過ぎでは?」

「核融合炉の安全係数は一・五、五十パーセントの余裕(マージン)をとって設計してある。まだ新品だから、この程度なら大丈夫よ」

「このまま敵に直進したら、砲弾をかわしきれないのでは?」

「大丈夫、砲弾ごと敵を蒸発させてやるわ」

「どうやって蒸発させるのですか?」

「艦首プラズマ砲を使うわ」

「本艦にそのような武器は無いはずですが?」

「核融合炉のプラズマを放出できるようになってるじゃない」


 川端は思い出した。


「あれは重力制御エンジンが使えなくなったときに、核融合炉を予備のロケットエンジンとして使用するための装備のはずですが?」

「そんなの口実に決まっているじゃない。ヤマトと言えば波動砲よ。動力炉と直結した最強の艦首砲、これが無ければヤマトじゃない! 何のために設計が簡単なトカマク型ではなく、難しいタンデムミラー型の核融合炉を採用したと思っているの」


 何度目か分からないが、川端は頭を抱えた。もはや自分は艦長ではない。情けない飾り物だと自覚した。


「AI、艦首プラズマ噴射口を開け」

『アイ、コピー』


 スターシャークの艦長は戸惑った。やまとが電磁投射砲(レールガン)の射線上を直進してくる。撃ってくれと言っているようなものだ。だが躊躇は命取りになる。そのことは、この戦闘で思い知っていた。


「全主砲、発射!」


 三発の砲弾がやまとに放たれた。

 その様子は、やまとのAIも見ていた。


『敵が軸線上にのりました。敵は電磁投射砲(レールガン)を発射しました』


 鷹野は迷わず、AIに命令した。


「対ショック、対閃光防御」


 鷹野のメガネが音声認識で反応した。レンズに色がつき、サングラスに変わった。


「艦首プラズマ砲、発射!」

『アイ、コピー』


 やまとの艦首に閃光が生まれた。その中心から、一億度を越えるプラズマ流が放射された。


「標的から高熱源が接近!」


 スターシャークのCICの観測士が報告した。それがスターシャークのCICの最後の活動になった。プラズマ流は鷹野の予言どおり、砲弾を蒸発させ、スターシャークに命中した。一億度という高温に耐えられる物質は、地球上には存在しない。一瞬でスターシャークの艦体は融解し、プラズマ化した。その最期は、轟沈などという生易しいものではなかった。


「スターシャーク、轟沈、いえ、消滅……」


 スターウルフのCICの観測士が報告した。やまとの圧倒的な火力を見せつけられたスターウルフは、完全に戦意を失った。

 トカマク型は、ドーナッツ状の核融合炉です。エンタープライズはトカマク型を採用したので、円盤状の艦体になっています(実はこじつけですが)。タンデムミラー型は円筒状の核融合炉です。円筒の一端を開放することで、プラズマの放射が容易にできます。

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