第四話 「決戦、ファー・サイド・ムーンの攻防戦!(前編)」
慣性飛行をしていたやまとは、月の裏側に回る直前で、天頂軌道に遷移した。ロケットでは不可能な機動だった。やまとを観測していた、地球と月のアマチュア天文家たちは驚いた。
やまとの乗組員は戦闘配置についていた。
「月の北極上空を通過しました。あと二百秒でルナ2が月の地平線から現れます」
操舵手の報告に乗組員全員が、つばを飲み込んでルナ2が現れるのを待った。鷹野だけは、コラーゲンとDHAがブレンドされた、紙パックの飲むヨーグルト(ビフィズス菌倍増)をストローで飲みながら、立っていた。トクホとはいえビーンボールな食品でも、鷹野の旺盛な好奇心はバットを振った。
「鷹野技官、今は戦闘配置だ。不謹慎ではないか」
鷹野を恨んでいる西島は、鷹野を非難した。
「私は自衛官ではありません。アドバイザーです。アドバイスが必要になったら、ちゃんと仕事をします」
「そういう問題では……」
「副長、やめたまえ」
川端が西島を制止した。
「しかし……」
「不必要にCICを騒がせないでくれ」
要するに鷹野を無視しろ、艦長が言外にそう言っていると気づいた西島は、おとなしくなった。
そうしている間に、ルナ2が月の地平線から姿を現した。だが姿を現したのは、ルナ2だけではなかった。
「ルナ2と同じ孫衛星軌道上に宇宙船が十一隻います」
観測士の報告に、乗組員たちの緊張が高まった。
「敵味方識別装置の結果は?」
川端の命令に、通信士は有効な答えができなかった。
「応答がありません。国籍、船籍を隠しています」
乗組員たちの緊張が、更に高まった。
「船の型は特定できないか?」
川端の命令を待たずに、観測士は作業を始めていた。
「まもなくできます……できました。米軍のロサンゼルス級六隻、スターウルフ級四隻、艦種不明の大型船一隻。不明の大型船以外は、ルナ2の駐留艦隊と見て間違いありません!」
川端と観測士のやりとりを聞いていた鷹野は呟いた。
「ふむ、やまとが赤道上空を周回した場合は、単縦陣による波状攻撃で迎え撃つつもりだったのね。不明の一隻はエンタープライズね」
そう言った後、鷹野はヨーグルトを飲み干して、紙パックをぺしゃんこにした。
実は鷹野は米国防総省にサイバー攻撃を仕掛け、エンタープライズの情報を盗み出していた。同時に米国防情報局からの開本へのサイバー攻撃に対抗し、DIAにやまとの偽情報を掴ませていた。情報戦は同盟国であっても油断はできない。鷹野は平時の自衛官以上に、シビアな経験をしていた。
「艦長、笑われるだけだと思いますが、一般回線で呼びかけてください。一応、建前は必要です」
川端は鷹野のアドバイスに従った。
「通信士、一般回線を開け」
「開きました」
川端はヘッドセットのマイクのスイッチをオンにした。
「こちらは日本宇宙自衛隊所属、艦番号301、護衛艦やまと。船籍不明の船に告げる。国籍および船籍を明らかにせよ」
鷹野の予想どおり、駐留艦隊とルナ2の軍人たちは笑い出した。
「繰り返す。国際法にのっとり、国籍および船籍を明らかにせよ」
駐留艦隊とルナ2の軍人たちは、更に笑い転げた。
「司令、標的が作戦開始距離に入りました」
艦隊旗艦スターウルフの観測士の報告を聞いて、全員の笑いがおさまった。
「よし教えてやれ!」
クロスビー艦隊司令の指示と同時に、十隻の宇宙船がミサイルを発射した。
「ミサイル群接近、数五十以上!」
観測士の報告に、CICの全員の顔が青ざめた。だが鷹野だけは例外だった。鷹野は川端からヘッドセットをむしり取ると、敵に告げた。
「こちらはやまと。お前らは所属を明らかにしないまま、本艦を攻撃した。国際宇宙条約第二〇三条第一項により、お前らをテロリストと定義する。同第二項により、無条件降伏以外の交渉には応じない。本艦は自衛のため、お前らを殲滅する」
そう告げると、鷹野はマイクのスイッチをオフにした。
アメリカの軍人たちは、再び笑い出した。
だがやまとのCICは誰も笑わなかった。
「殲滅! 正気か? 逃げるべきだ!」
西島が叫んだ。
「AI、ケースイエローを実行」
『アイ、コピー。アイハブコントロール』
西島を無視してAIに命令した鷹野は、川端と西島に言った。
「逃げる? とんでもない。いくらやまとでも逃げ切れません。敵にはエンタープライズもいます」
「「エンタープライズ?」」
川端と西島の質問がハモった。
「米軍の重力制御推進の戦艦です」
二人が絶句している間でも、AIは仕事をしていた。
『艦首迎撃ミサイル六発発射。残り六発を装填します』
「やまとが助かる方法は一つしかありません。この決戦に勝利することです」
鷹野はCICにいる全員に宣言した。「これ以上の戦闘は避けるべきです」という前言を、無節操にひるがえした。
両者が放った合計七十以上のミサイルは、軌道が交差したタイミングで爆発した。やまとのミサイルが米軍のミサイルに接近したタイミングで爆発、大量の破片を高速で周囲に撒き散らした。そのデブリが衝突したミサイルが爆発、連鎖反応を起こした。
『迎撃を免れたミサイルは六発、副砲で迎撃します』
やまとの外殻の二ヶ所が開き、大口径のレンズがついた突起が出現した。砲身が無い突起は簡単に向きを変えられた。レンズから硬エックス線レーザーを発射し、生き残ったミサイルを全て破壊した。
「助かったのか?」
西島の質問に、鷹野は首を横に振った。
「まだです。ここまでは敵の作戦通りです」
「なんだと!」
「目の前を見てください。デブリの雲がやまとの前方を塞いでいます。やまとが転進する間に、多数の電磁投射砲で攻撃して、まぐれ当たりを期待するつもりです。『下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる』。物量にものを言わせる飽和攻撃、アメリカ流の作戦です」
「天頂軌道なら艦隊を振り切れると言ったのは、お前じゃないか!」
西島はヒステッリクに叫んだ。川端は西島より冷静だった。
「ではどうするのかね?」
「中央突破です」
「中央突破だと?」
川端も冷静さが揺らいだ。
「『宇宙戦艦ヤマト2199』の第十五話『帰還限界点』で沖田艦長は言いました。『死中に活を見出さねば、この包囲を破ることはできない』。まさに今の我々の状況です。『狙うは旗艦ただ一隻』です」
『全兵装を格納します。第一戦速まで加速し、反重力フィールドを低レベルで展開、外殻コイルに給電します』
AIが告げた通り、やまとは自由落下で加速し、デブリの雲へ突入した。