第三話 「ルナ2駐留艦隊! 決死の挑戦」
米国防総省では航空宇宙軍の参謀たちが深刻な顔を寄せ合って、事態を検討していた。
「信じられん。機雷を六個も使った包囲攻撃だぞ。沈まなかったばかりか、無傷で切り抜けるとは」
参謀の一人の言葉に、同僚たちは賛意の発言をした。
「ロケットを仮想敵とした無人兵器は通用しないのか?」
「あんな艦が何隻も現れたら、我が国は制宙権を失う」
慎重派だった参謀は、作戦自体を批判した。
「やまと撃沈は、やはり早計だったのでは? 日本はすでに気付いているでしょう」
連絡将校が、更に悪い報告をした。
「NASAから苦情が来ています。大量のデブリをばら撒いたので、低軌道衛星の数個は確実に壊れると。打ち上げた衛星の費用を考えれば当然ですが」
ワッツ総司令長官は、参謀たちの顔をにらみ付けた。
「確かに対価は高かった。だが貴重な実戦データーは得られた。次の実戦でデーターを活かせばよい。やまとは沈める、タイタニックになってもらう。重力制御で飛ぶ世界初の宇宙船は、我が国のエンタープライズでなければならない。今の世界経済は、宇宙資源がなければ成り立たない。我が国が超大国であり続けるためには、宇宙における覇権を手放すわけにはいかん」
参謀のほとんどは現実的だった。その一人が発言した。
「ですが、やまとはすでに静止衛星軌道まで上昇しています。充分な数の無人兵器は有りません」
ワッツ総司令長官は、これを一蹴する発言をした。
「なら、主力を有人兵器にすればよい」
参謀たちの間からざわめきが起きた。
「まさか、ルナ2の駐留艦隊を使うのですか?」
ワッツ総司令長官はうなずいた。
「やまとの試験航海は、月の裏側を回って地球に帰還する軌道だ。今、ルナ2は月の裏側にいる。目撃者がいない戦場があるではないか」
現実主義的な参謀はリスクを指摘した。
「ですが、艦隊に甚大な損害が出るかもしれません」
「大丈夫だ。やまとと互角以上に戦える新造艦がある」
参謀たちの間で、またざわめきが起きた。
「閣下、エンタープライズの艤装が完了したのですか?」
ワッツ総司令長官は再びうなずいた。
やまとは慣性飛行で月へ向かっていた。といっても、艦内は一Gが保たれていた。CICの床に作戦指揮盤が表示されていた。士官たちがそれを囲んでいた。
「すでに静止衛星軌道を越えた。おそらく無人兵器はほとんど配備されていないだろう。月面には対デブリ用の電磁投射砲がある。月は低重力なので、第一宇宙速度は出せる。本艦には脅威になり得る」
副長なのに出番が無かった西島巌二佐は熱弁を振るった。平時は饒舌だが、いざというときには何も言わない。昼はよく灯が点くが、肝心な夜になると点かなくなる、昼行灯とあだ名されている人物だった。こんな人物が選抜されるとは、宙自の人材不足は深刻ではないかと鷹野は思った。
「だが既設の電磁投射砲を使えば、犯人の正体がばれる。問題はテロリストが未知の電磁投射砲を月面に持ち込んだ可能性だ」
無駄話だと思った鷹野は、発言を求めた。
「発言してよいでしょうか?」
「鷹野技官、君に許されているのは技術的な助言だけだ」
自分の発言を遮られた西島副長は、あからさまに不機嫌な表情をした。
「技術的な助言です。電磁投射砲は意外と面倒な兵器です。膨大な電力が必要ですし、砲弾以外の消耗部品も多いし、反動が大きいので設置も大変です。真空では放熱も問題になります。歩兵携行用のミサイルとは比べ物にならない不便な兵器です。到底テロリストの手に負える物ではありません。その可能性は除外してよいと思います」
「それは戦術的な問題だ」
西島は一蹴したつもりだったが、鷹野は引き下がらなかった。
「では戦術的な助言をさせてもらいます。天頂軌道をとるべきです。要は月の裏側を回ればよいのです。公転面にこだわる必要はありません。テロリストの裏をかくのです。現在のやまとの軌道を見れば、誰もが月の赤道上空を周回すると思うでしょう。しかし重力制御推進のやまとなら軌道の変更は容易です」
西島は反論した。
「それは予定した試験航海の軌道とは異なる」
「だから裏をかけるんです」
これ以上西島を相手にするのは無駄だと思った鷹野は、川端を見た。それを見て、西島も川端を見た。川端は迷った。それを見た鷹野は駄目押しをした。
「艦長、テロリストはルナ2の駐留艦隊を出撃させる可能性があります」
昼行灯の西島は、危機感が足りないお人好しだった。
「馬鹿な! やまとを攻撃したのはアメリカだと本気で思っているのか?」
西島は鷹野を批判した。当然、鷹野は反論した。
「機雷を同時に六個も使える国はアメリカだけです」
「アメリカは同盟国だぞ!」
「それでは教えてください。六個の機雷を同時に使える国はどこですか?」
西島は答えに詰まった。
「天頂軌道を使えば、ルナ2の艦隊を振り切れます。これ以上の戦闘は避けるべきです」
それを聞いて、川端は腹をくくった。
「やまとは天頂軌道で月を周回する」
ルナ2は資源採集のために、アメリカが運んできた小惑星だった。月を周回する地球の孫衛星で、アメリカ最大の宇宙根拠地になっていた。ルナ2基地では艦隊出撃の準備作業が進められていた。
「ロサンゼルス級六隻に、スターウルフ級四隻、そしてエンタープライズに加え、スターファイター2六機が戦闘待機。全戦力出撃か」
主計課の士官は頭をかいた。
「ルナ2の兵站のほとんどを使い果たすぞ。これを補給するための物資を送ってもらう事を考えると、莫大な出費だ。日本の宇宙船に、そんな価値があるのかね?」
他の士官が応じた。
「それを決めるのは国防総省だ。俺たちは与えられた任務を果たすだけだ」
「そりゃそうだ」
西島だけでなく、彼らも危機感が足りなかった。
駐留艦隊の一部はすでに宇宙港を出港していた。残りの艦でも推進剤の注入、弾薬の搬入、乗組員の乗艦が進められていた。
その中で異彩を放つ艦があった。円盤の下に細長い横棒が付いている。噴射ノズルが無い。他の艦よりも大きい。明らかにピカピカの新造艦と分かる。アメリカ合衆国航空宇宙軍所属、秘匿兵器のエンタープライズだ。
「ほう、重力制御は本物だ。無重量のはずの艦内を普通に歩ける。これを推進力に使うのか。シミュレーションの通り、運動性能は抜群だろうな」
スチュワート艦長は、CICの艦長席に座った。大型艦の割にはCICは小さい。だが効率的な乗員配置がなされていた。CICのデッキクルー全員が配置についた。
「艦長、出港準備が整いました」
副長の報告に、スチュワート艦長がうなずいた。マイクを手に取り、艦内に訓示を放送した。
「艦長より達する。本艦の処女航海は戦闘任務となった。敵は本艦と同じ重力制御エンジンを搭載している。だが厳しい訓練に耐え抜いた諸君なら、勝利を勝ち取れる。祖国のために最善を尽くして欲しい。以上だ」
最後まで宇宙港に残っていたエンタープライズは、噴射をせずに、宇宙港を出港した。
天頂軌道とは?
静止衛星が赤道上空を回るのに対し、北極と南極の上空を回る、九十度傾いた軌道。